第147話 勝負の行方
ゼノンが放つ爆発攻撃が、東軍の鳴り物の音を否応なしにかき消している。
護国の広場の石畳はあちこち破壊されて足場は悪くなってしまっているが、それでもシャンディは持ち前の脚力を駆使してその攻撃をかわしていた。
「大丈夫かな? シャンディさん、押されてるみたいだけど……」
現時点では守り一辺倒のシャンディ。修馬の見立てでは、明らかにゼノンの方が戦いを優位に進めているように見えた。彼の持つ『爆砕の鉾槍』の攻略は、一筋縄ではいかないようだ。
「そうだね。けど、あれはあれで彼女の作戦なんじゃないかなぁ? 多分」
ココは若干能天気な様子でそう答える。
「作戦? どういう?」
「うーん。まあ、見てればわかるって」
ココにそう言われたが戦争の勝敗が決まるこの勝負、そう呑気な気持ちで見ることは出来ない。これ以上帝国の侵攻を許すわけにはいかないし、修馬たち自身の運命も大きく変わってくる。戦争に負ければ、勿論自分たちも無事では済まないだろう。
気が気でない思いで2人の戦いを見つめていると、突然周りにいる重装兵たちがざわつき始めた。
「雑兵たちの相手をしていたら遅れてしまったみたいね」
気色ばむ重装兵たちを尻目に声が聞こえてきた方に視線を向けると、その先に馬に騎乗したレディアン女王の姿があった。後ろには騎兵旅団のカイル・アリアットもいる。
「西ストリーク国女王、レディアン・ロレーヌだ。我の首が欲しいか? 帝国重装兵たちよ」
馬上のレディアンは閉じた扇のようなもので1人の重装兵を差した。その先端から微かな電撃が弾けると、周りの重装兵たちは身構えるように各々持っている武器を前に出した。もう戦うつもりがなさそうな彼らだったが、流石に相手が総大将ともなると、そうも言ってはいられないらしい。
「これは一体、どういうことでしょうか?」
敵が構えるだけで襲ってこないこの状況を不可解に思ったのかカイルがそう尋ねると、更に背後から馬に乗ったマリアンナが現れ、その質問に答えた。
「恐らく勝負の行方が、将官同士の対決に委ねられたのだろう。違うか? シューマ」
彼女の言う通りだったので大きく頷くと、馬上のレディアンが「うふふふふ」と笑い、広げた扇で口元を押さえた。
「さようか。シャンディ准将の意向かどうかはわからぬが面白い。ならば私も、それに従おうではないか」
再び重装兵の間でどよめきが起こる。そしてその言葉には、横にいるカイルも目を丸くして絶句していた。
「正気でしょうか、レディアン様」
「口を慎め、カイル。私は気など触れていない。貴様はシャンディ准将が負けると見ているのか?」
「い、いえ、そういうことではないのですが……、よろしいのですか?」
「無論だ。この2人の勝負、もしもシャンディ准将が負けたならば、潔く降伏しよう。聞こえていたか、帝国重装兵共よ」
そう言われても戸惑うばかりで、言葉を返さない重装兵たち。だがしばらくすると、階級が高いと思われる兵が一歩前に出てきて、こちらに向かってこう言った。
「……その言葉に二言はないか?」
「見くびるな。私は西ストリーク国女王、レディアン・ロレーヌであるぞ」
誇り高く、そして美しいレディアンの横顔。彼女のシャンディに対する信頼は、一部の偽りもないだろう。
「了承した。ならば我々も、この場では手を出さないことを約束しよう」
それだけ言い、一歩下がる重装兵。だがレディアンはそんな彼を止めるように「ところで……」と声をかけた。
「我が弟、ラッザムはどこにいる?」
一瞬静まり返る、護国の広場。中央から鳴る鉾槍の爆音だけが、やけに耳に響いてくる。
「……ここにはいないが」
「そんなことは聞いておらん。どこにいるのかと問うているのだ」
冷たく言い放つレディアン。だが対する重装兵も、同様に冷めた答えを返してきた。
「それを敵に教えてやるはずもない」
そう言って背中を向ける重装兵。小さく眉を動かしたレディアンは、開いていた扇をピシャリと音を立てて閉じた。
「それではよかろう。ゼノン少将が勝った時は我が首をくれてやるが、シャンディ准将が勝った時はお前たちの命は私のものだ。ラッザムの居場所を教えて貰うぞ」
女王の首と聞いて、背中に冷たいものが走る修馬。もうこうなってしまった以上、シャンディ准将に頑張って貰うしかないが、果たして勝つことが出来るだろうか。
現在の状況はやはり、ゼノン優勢が続いているようだが、最初に見た時のような防戦一方というわけではないようだった。少しづつではあるが、シャンディの攻撃もゼノンの鎧にヒットしている。
「もしかして、ゼノンの動きが悪くなってきてる?」
修馬が聞くと、ココは目を細め、かっこつけるように片方の口角を上げた。
「この雨の中、あんな重そうな鎧を装備してあれだけ動けば、すぐにへばりそうなもんだよ」
成程と思い、改めて戦闘に目をやる修馬。ゼノンが大振りで鉾槍を振り回している一方、シャンディは極力最小限で攻撃をさけ、カウンター気味に細かく反撃している。少しでも集中力を欠いたら逆にやられてしまうような作戦だが、最初からシャンディはゼノンの体力を消耗させることだけを考えていたようだ。
「じゃあ、ここから攻めに転じればシャンディさんに勝機があるのか?」
そう聞くが、ココは首を縦に振らない。
「いや、もう少し……、かな」
まだ早いというココの言葉を受け、はやる気持ちを抑えこむ修馬。まるで自分が戦っているかのような感覚だ。
一進一退を繰り返している両者。だが雨が小降りになってきた頃、ゼノンの武器に異変が起きた。地面に叩きつけた鉾槍が、爆発せずに不発に終わったのだ。とうとう魔力が尽きたか。当然、術者の魔力である『オド』は無限ではない。
「行けっ!!」
背筋を伸ばし、ココと修馬が叫んだ。
それと同時にシャンディはそのしなやかな体を後ろに回転させ、遠心力を使い長剣を斜め上に向かって勢いよく跳ね上げる。
キーンッと、脳を叩きつけるような甲高い金属音が響く。
見るとゼノンの真紅の兜はどこかに吹き飛び、頭部が露わになってしまっていた。その顔は深い皺と薄い頭部から結構な高齢に見えたが、太い眉の下にある目だけは精力が有り余るようにギラギラしている。
「ぐうぅっ!」
意識を戻すためか、首を横に振るゼノン。だがふらついた足が破壊された石畳でもつれてしまい、そのままバランスを崩し背後に倒れてしまった。重い鎧が地面にぶつかり、ズシンッと何かの終わりを告げるような大きな音を鳴らす。
静かに近づいたシャンディは、腰だけ起こしたゼノンの喉元に切っ先を突きつけた。勝負ありだ。
「この戦、我々西軍の勝利だ。何か言い残したことがあれば聞いてやろう」
長剣の刃が老木の幹のように乾いたゼノンの首に触れ、赤い血を滲ませる。観念したであろうゼノンは鉾槍を強く握り、顎を大きく上げた。
「エクセイルを奪還したくらいで喜ぶのは早いのではないか? わが軍にはあの鋼鉄の武人、『マウル・ギルドルース』が残っているのだ。……せいぜい束の間の勝利を味わうがいい」
それがゼノンの精一杯の最後の虚勢だった。
「忠告痛み入るよ……」
シャンディは一度剣を引くと力強く横に振り抜き、ゼノンの首を一息で断ち斬った。