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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第27章―――
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第140話 敵陣突入

 修馬は両手に握る王宮騎士団の剣を、気合いをこめて前に突き出した。


「ぶぐっ!!」

 首を突かれた獣魔兵は体を硬直させると、力を失ったように膝が崩れた。濡れた地面がびちゃりと音を立てる。


 大きく息を吐いた修馬は、倒した獣魔兵の胸を右足を踏みつけ喉元に刺さった剣を引き抜き、そして辺りを見渡した。生き残っている敵はあと僅かのようだ。


「シャンディさん、先を急ごう。この町にはまだ、住人がいるみたいなんだ!」

 そう声を張ると、少し離れたところで獣魔兵に止めを刺したシャンディがこちらに視線を向けた。


「他にも民間人がいるだと……。まあ、確かに子供が1人でこんなところに住んでいるというのもおかしな話だが……、少し待て。まだ獣魔兵を一掃出来ていない」


「なら俺は先に行く。モナちゃんと約束したんだ。彼女のおじいちゃんを必ず助けるって!」

 修馬は王宮騎士団の剣を投げ捨て、涼風の双剣を召喚した。切っ先から噴き出る風が足元の雨粒を霧状に変化させる。


「無理に急ぐな。人を救うどころか、己の命を失うぞ!」

 馬上でそう叫ぶシャンディの横を、光る翼を生やした伊集院が颯爽と飛んできた。


「俺たちは死にやしねえ。帝国の野郎共に目にもの見せてやるんだよっ!」

 地面を蹴った伊集院は、上空に跳び翼を羽ばたかせ東に向かって飛んでいく。


「イジュは戦闘で興奮しているみたいだね。けどその気持ち、僕も少しだけ共感出来るかも」

 風魔法を駆使して飛んできたココはそう言い残すと、伊集院を追走していった。地上では、馬にまたがったマリアンナもその後を駆けていく。


「大丈夫です。あいつも言ったように俺たちは死なない。先陣を切るので、後はよろしくお願いします」

 涼風の双剣の切っ先から噴き出した風が濡れた草をはためかせると、修馬は東の方角に向かって弾丸の如く飛び出していった。


 大粒の雨が体に打ち付ける。ここは、ぽつりぽつりと家が建っている田園地帯。恐らくこの先に進めば、敵陣のある市街地に辿り着くだろう。


 風を切って地面を駆けながら、修馬は己の脳内で自問自答した。

 今までの戦闘の大半は魔物が相手だったが、ここからは間違いなく人の命を奪わなくてはいけなくなる。いつだったかココは、争いを起こす人々の悪しき心が、オミノスの成長を助長させると言っていた。自分は果たして、その悪しき心に侵されてしまっていないだろうか? 今は前線に向かっている最中だが、どういうわけか色んな感覚が麻痺し、鈍感になってしまっているような気がする。


「こんな先走って大丈夫か? 3500対8000の戦争だぞ」

 いつの間にか横に並んでいる伊集院がそう言ってきた。今更何を言っているのか。


「一番最初に飛び出したのはどこのどいつだよ。また死んでも知らねぇぞ」

「ははは。死なないっつても、痛みは感じるからな。俺は痛いのは御免だ」

「俺だって、嫌だよ!」

 激しい雨に顔をしかめながら、共に走る修馬と伊集院。他人が聞いたら、およそ戦地に向かう人間の会話には聞こえないだろう。


「嫌なのに何で戦うんだろうな?」

「うるせーな。嫌でも痛くても、守るもののために戦わなくちゃいけないんだよ」


「守るもののためにか……。俺たちの戦いは、戦争を止めるためだったもんな」

「わかってんじゃんか。そういうことだよ!」

 半ばやけくそにそう言うと、伊集院は子供みたいに「へへへっ」と笑った。


「……この内戦、絶対に勝つぞ!」

「当たり前だ。エクセイル城を攻略し、今度は帝国へ向かう。世界を二分にぶんするような戦争には絶対させない!!」


 強い風を受けながら、駆けていく修馬と飛ぶ伊集院。やがて目の前に並んでいる建物のシルエットが見えてきた。いよいよ市街地、東軍の敵陣だ。


 警戒し少し速度を緩めると、背後を飛ぶココが「矢が飛んでくる!!」と声を上げた。


 霞んで見える空の向こうから、大波のような影が薄っすらと見えてきた。初めはそれが何かわからなかったが、数秒の後、それこそが飛んできた無数の矢で作られた影なのだと認識した。


 立ち止まり、即座に王宮騎士団の剣を召喚する修馬。この武器には自律防御の魔法が備わっているが、果たしてあれを全て防ぐことが出来るだろうか?


「そんな原始的な飛び道具が通用すると思うなよ! ……『アイスウォール』ッ!!」

 天の方からピキピキピキッと、何かが凍りつくような音が聞こえてくる。伊集院が翼を羽ばたかせ上昇すると、頭上に1枚の巨大な氷の壁を作り出した。


「すげー、イジュ! 何だ、その魔法!?」

 ココが驚いたも無理はない。伊集院は100平方メートルはあろうかという氷の壁を天に築き、弧を描いて飛んできた矢を全部まとめて防ぎきったのだ。だが当の伊集院は、余裕気に鼻を擦る。


「俺にとっては容易いことだ。けど気を付けろ。あの矢の数は尋常じゃない。迎撃の準備は万端らしいな」

「そうだねぇ。第二波が来る前に、こちらからも挨拶を返さないと……」


 ココはしっかりと両手で握った杖を、天に向かって掲げた。

振鼓ふりつづみの杖よ、ココ・モンティクレールの名のもとに、その暴竜の如き力を解放し給え……。『金色こんじき百雷ひゃくらい』!!」


 空が白く光った。

 それと同時に、爆発的な衝撃波と音が辺りに鳴り響く。思わず目を瞑ってしまう修馬。

「何だ、今の魔法は!?」


 それは振鼓の杖から放たれた雷術。以前、修馬が使用した時は、小さな稲妻が出る程度だったが、術者が異なるとこうも威力が違う物だったのか。タケミナカタがこの武器を嫌う理由も、今なら少しは理解出来る。


「天候のおかげで良い魔法が打てたみたいだね。今ので、弓兵の半分はいったんじゃないかな?」

「半分!? 凄っ!!」


 ならば今が攻め時と、涼風の双剣で飛ぶように駆ける修馬。魔法の力で空を飛ぶ伊集院とココ、そして馬に乗ったマリアンナが後に続いた。本格的な戦の始まり。


 生き残った弓兵の矢を白獅子の盾が防ぎつつ、修馬は市街地の大通りを前へ前へと走った。こちらが青い下弦の月が描かれた旗を掲げているのに対して、敵の兵士たちは赤い上弦の月が描かれた旗を掲げていた。あれが東軍の旗のようだ。


 すれ違う兵士を双剣で瞬殺し、返り血を浴びながら石畳を蹴る。途中並走している馬上のマリアンナも剣を振るい、雑兵を次々と始末していった。まるで鬼神にでも取り憑かれたような、見事な戦いっぷり。彼女の通った跡には、東軍の旗がばたばたと倒れていく。


「……第二陣だっ!!」

 本隊であるシャンディ准将率いる騎兵旅団も追いつき、共に弓兵を駆逐していくと、通りを挟んだ奥に新たな人の壁が見えてきた。彼らの胸の辺りには、ぼんやりと赤く光る何かが灯されている。あれは何だ?


「今度は魔道士の部隊だ。魔法攻撃に備えよ!」

 馬を止めたシャンディが号令をかける。


 するとそれを待っていたかのように、魔道士の部隊が次々に火の玉を放ってきた。全員、火術使いらしい。


「この雨の中で火術とは、随分間の抜けた魔道士だな……」

 にやりと笑った伊集院は、自分の手にも炎を宿らせてみせた。笑った顔が不気味に赤く染まる。

「どうせ火術を使うなら、こんぐらいのことはやってみせろよっ! 行けっ、『インフェルノLEVEL2』!!」


 伊集院の手から巨大な炎が放たれると、それと同時にココも手のひらから炎を繰り出した。

「『赤き煉獄』っ!!」


 2人の放った炎が1つになり、魔道士部隊の放つ火の玉を一気に飲み込んだ。そしてその全てを押し返すように、大きな炎は魔道士の部隊を包み込む。「ぐあーっ!!」と苦し気な声が遠くに聞こえた。


「ちっ、魔法障壁で防がれたか……。大して倒せなかったみたいだ」

 伊集院は言う。確かに100人程度を包む巨大な炎だったが、倒れているのは最前列に近い魔道士だけのようだ。


「魔法使い相手に魔法攻撃は都合が悪かろう。シューマ、着いて参れっ!」

 シャンディが馬を走らせる。修馬とマリアンナはその後に続いた。残念ながら、今は人を斬ることに何のためらいもない。


 飛び交う魔道士部隊の赤き火の玉。しかし、それでは芸がない。この程度の魔法なら白獅子の盾や王宮騎士団の剣でも、充分に防ぐことが出来る。

 修馬は王宮騎士団の剣で、魔道士たちを淡々と斬り伏せた。死体の山が築かれていく、雨に濡れる町並み。それを目の当たりにしている修馬だが、悲しみも哀れみも抱くことはなかった。ただ一心不乱に、目の前の敵を屠り続ける。


 魔道士の部隊を蹴散らしていくと、それに続く第三陣にいた歩兵たちとの白兵戦が始まった。

 当初は数の力で西軍が押されていたが、徐々に個々の武力の差が浮き彫りになり、最終的には修馬たちやシャンディ准将のいる本隊を中心に、東軍の兵士の大半を倒し後退させることに成功した。


 その時点で西軍も半分ほどの数を失っていたが、敵軍はそれ以上の数を喪失していた。シャンディ准将の見積もりでは、西軍1800のところ、東軍の軍勢は残り2500。最初の3500対8000という数字から考えれば、勝利の機運はこちらにあると言えるだろう。


 馬から降りたシャンディは落ちてしまっていた西軍の旗を拾い上げると、再び馬にまたがり下弦の月が描かれた旗を高く高く掲げた。


「ここを越えれば、エクセイル城に繋がる西の橋だ! 皆の者、私に続けっ!!」


 士気の上がった騎兵たちも、手にしている旗を天高く掲げる。そして巻き起こる喊声かんせいは、厚く垂れ込める雨雲を震わせるほどに高く響き渡った。

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