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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第27章―――
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第139話 帝国獣魔兵

 降り続く雨によって遠くが霞む平原地帯。

 先頭を行くシャンディと修馬を乗せた馬は、下弦の月が描かれた旗をなびかせながら、ぬかるんだ草地を駆けていった。慣れない乗馬と打ちつける雨に耐えながら、修馬は必死にシャンディの腰に手を回す。悪天候によって本当に苦しいのは、前に乗る彼女の方だ。泣き言など決して言うことは出来ない。


 方向もわからなくなるほどの風雨の中、およそ30分ほど馬を走らせると、シャンディは何かに気づいたようにゆっくりと馬の脚を止めた。

「全軍、停止せよっ!!!」


 大地を響かせていた馬の脚が、それに合わせて静かに鳴り止む。だがそこは平原の真ん中で、城のある町の中心はまだ微かにも見えていない。


「シャンディさん、まだ市街地に辿り着いてないみたいだけど……」

 そう呟くと、シャンディは振り返りもせずに「恐らく市街地の近くまでは着いているが……、こちらの想定よりも早くも敵が現れたようだ」と神妙な面持ちで言った。


 敵軍っ!?

 シャンディの背後から辺りを警戒する修馬。他の兵士もそれに気づいたのか、息をひそめ周りをじっと見回している。


 前方からいびき声のような奇妙な音が聞こえてくると同時に、霞の中から石斧を持った黒い影が複数出現した。それは鉄の鎧を身に纏った腰の曲がった兵士たちだった。


「あ、あれは帝国の重装兵団か?」

 修馬のその言葉を、シャンディはすぐに否定する。


「いや。鎧を装備しているのでわかりづらいが、あれは恐らく豚の顔を持つ『醜面鬼しこめおに』という魔物だろう」

「ああ、帝国が兵士化させた魔物か……」

「そう。帝国の獣魔兵というやつだ!」


 シャンディが手綱を緩めると、栗毛の馬は獣魔兵の群れに駆けていった。対抗するように、獣魔兵たちも腰を曲げたままの体勢でこちらに突っ込んでくる。


 兵士たちの喊声かんせいと、獣魔兵の口から発せられるいびき声のような不快な音が戦場に入り乱れた。修馬は耳を塞ぎたくなる気持ちを誤魔化し前に向き合う。敵はもう目と鼻の先。


 馬上のシャンディが片手で長剣を振るう。赤い火花が散ったが、獣魔兵は倒れずにその場に踏みとどまった。そのまますれ違い、交差する。


「仕留め損ねたかっ!!」

 慌てて手綱を引き、後ろを睨むシャンディ。すると獣魔兵は、持っていた石斧を振り被りこちらに向かって全力で投擲とうてきしてきた。


 ガンッ!!

 鈍い音が鳴る。


 何も反応出来なかった修馬だったが、背負っていた白獅子の盾が自律防御で宙に浮き、その石斧を見事に防いでくれていた。肝を冷やしたが、間一髪助かったようだ。ありがとう、イシュタル。


「やるな、シューマ。守りは任せたぞ!」

 シャンディはそう言うと、馬を旋回させ石斧を失った獣魔兵の首元に、長剣の切っ先を槍の如く突き刺した。どす黒い血を流し、獣魔兵は濡れた草むらに崩れる。馬上から兜と鎧の僅かな隙間を狙う妙技。一度は外したものの、シャンディの剣術は流石の腕前だ。


 そうしてシャンディが剣を振るい、修馬が白獅子の盾で攻撃を防ぐ。馬を走らせつつ、数百はいると思われる獣魔兵を次々に倒していくと、霧の向こうにようやく集落のようなものが見えてきた。市街地はこの先にあるようだ。


「……あの農家の家、どういうことだ?」

 襲い来る獣魔兵を返り討ちにしつつ、シャンディは右手にある石造りの小さな家を見てそう言った。見るとその小さな家には、大勢の獣魔兵で取り囲まれてしまっていた。奴らは「ブオオオオオッ! ブオオオオオオッ!」と興奮したように喉の奥を鳴らしている。


 シャンディと修馬を乗せた馬がそちらに駆けていくと、家の正面の扉から一匹の獣魔兵が堂々とした姿で出てきた、そいつの手には1人の小さな女の子が抱えられている。


「まさか……、まだ人が住んでいる家があったのか」

 歯ぎしりをするシャンディ。首都エクセイルは緩衝地帯になっているとはいえ、争いが起きている2つの国の境界にある町。立ち入りは禁じているはずだった。


「食べないでーっ! 食べないでーっ!」

 女の子が泣き叫ぶ声が、否が応でもこちらに届いてくる。背中から顔にかけて、ぞっと青褪めていく修馬。


「……食べるって、あいつら人を喰うのかよ」

「いや、醜面鬼しこめおには人間は喰わない。だが犬や猫が好物なのさ」


「犬猫……」

 よく見るとその女の子の腕の中には、一匹の猫が抱えられていた。


「喰われないまでも、このままでは彼女の身が危ない。シューマ、手を貸してくれ!」

 焦れるように身を屈め、その馬の速度を上げようとするシャンディ。守りに徹していた修馬だが、あの家の周りにいる獣魔兵を全て相手にするのでは、シャンディ1人では流石に手に余るだろう。


「俺も戦う。出でよ、涼風の双剣!」

 修馬は召喚した双剣から風を噴出させると、馬上から飛び上がり、雨粒を弾きながら獣魔兵の群れに向かい滑空していった。


 殲滅する!

 修馬は腕を伸ばし風車のように体を回転させると、近くにいた数匹の獣魔兵を勢いよく跳ね飛ばした。いきなりの強襲に、慌てた様子の獣魔兵たち。その混乱に乗じて再び風を噴出させると、女の子を掴む獣魔兵に跳びかかりその首元に双剣の1本を突き刺した。


 喉の奥から何かを漏らす様な声を上げ、ぐったりと倒れる獣魔兵。修馬は猫を抱える女の子を守るように抱き、そして王宮騎士団の剣を召喚した。このままではこちらから攻めることは出来ないが、自律防御が付与された剣と盾があるので、女の子を守ることは出来るだろう。


「よくぞ救出した! 後は私に任せろっ!」

 シャンディを乗せた馬が駆けてくる。彼女の言う通り、この場は任せたいところだが、まだかなりの数の獣魔兵がいる。援護したい気持ちも当然あるが、女の子を守りながらではそれもかなわない。


「君、1人でここから逃げられないか?」

 修馬は腕の中の女の子に問う。まだ幼い子供に辛いことだとは思うが、このままでは作戦に支障をきたしかねない。


「おじいちゃんが! まだ、おじいちゃんがっ!!」

「おじいちゃん!? 嘘だろ、まだあの家の中に人がいるのか……?」

 愕然とする修馬だが、女の子は必死に首を横に振る。


「おじいちゃんはご飯を取りに行ってて、ここにはいないの……」

「じゃあ、どこに?」

「……多分、お城の方」

「城!? よりによって、エクセイル城か」


 これから戦場と化すであろうエクセイル城付近にいるのでは、命の保証は出来ない。やはりこの子だけでも、ここから離れさせなくてはいけない。


「俺たちはこれから市街地に向かう。君のおじいちゃんがいたら必ず助けるから、君は西に逃げるんだ。平原を越えた先にかつて学校だった建物がある。そこならば安全なはず」

 どうにか願い出るのだが、女の子は絶対に首を縦に振らない。


「おじいちゃんが……、おじいちゃんが死んじゃったら、私は1人ぼっちだから! おじいちゃんと離れたくない!」

 大粒の涙を零しながら、女の子はそう訴える。


 修馬自身も困惑しそうな状況だったが、小さな女の子を不安にさせてはいけないと、気丈に振舞うようにその肩を抱きしめ優しく頭部を撫でた。


「君、名前は?」

「……モナ」


「モナちゃん、今抱いているその猫も、君の大事な家族だろ?」

 修馬が聞くと、モナという名の女の子は抱いている茶トラの猫と目を合わせた。


 何かを感じたのか猫が「にゃー」と鳴くと、モナは涙を堪えるように唇を口の中に丸め込み、そして修馬に向かってゆっくりと頷いた。


「いいかい、君はその猫を守ってここから逃げるんだ。それがモナちゃんの役目。その代わり俺は、おじいちゃんのことを必ず助ける。それが俺の役割」


「……私が居たら、おじいちゃんは助からないの?」

「うん。残酷なことを言うようだけど、ここはすでに戦場。俺は君とおじいちゃんの両方は助けることが出来ない。……けど、君が猫と一緒に無事に逃げのびてくれたなら、俺はおじいちゃんを絶対に助けることが出来る」


 まだ震えていたモナだったが、彼女は修馬の肩から離れると涙と雨で濡れた顔を手で拭い、必死に歯を食いしばった。

「私がミィを守るから、お兄ちゃんはおじいちゃんを助けてください!」


「ああ、約束だ」

 モナの小さな両手を握りしめる修馬。そしてその手を離すと、モナは猫を抱えたまま、湿地と化した草原を振り返りもせずに全力で走り出した。


「走れ、モナっ!! 平原の先にある学校、そこに絶対におじいちゃんを連れていくからな!!」


 声をからして叫ぶ修馬。走るモナの姿は、やがて霞の向こうに消えていった。

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