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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第3章―――
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第13話 武器とタルト

 4つの聖地の力が弱まっているため、魔霞まがすみ山に施された『無垢なる嬰児みどりご』の封印が解けつつあるのだと、大魔導師ココは言った。

 4つの聖地の内、アルコの大滝に関してはマナと呼ばれる魔力が失われてしまっているということを、アルコの村の食堂で確かに聞いていた。

 では何故、アルコの大滝は魔力を失ってしまったのだろうか?


「聖地の力が弱まってきてるっていうのは、何か理由とかあるの?」

 修馬が尋ねると、ココは「良い質問ですね」とでも言いたげな顔をして、杖を修馬の顔に向けた。

「あの、天魔族が動きだしたからさっ!」

 そして鋭い目つきで声を上げるココ。どうも聖地をけがしているのは、天魔族の仕業らしい。


 無垢なる嬰児みどりごの封印は4つの聖地で守られているのだが、封自体を解くには数100年に1度生まれるという特別な能力を持った人間の力が必要なのだという。アルフォンテ王国の王家の血筋で、黒髪で生まれてくる女児。通称、『黒髪の巫女』。

 天魔族はこの機に乗じて、無垢なる嬰児みどりごの復活を画策しているのだそうだ。


 ココがまた指を鳴らすと、横の棚に置かれている紙切れが自然と浮き上がった。そしてふわふわとこちらに飛んでくると、ローテーブルの上にぽとりと落ち、4つに畳まれていた紙が勝手に開いていく。どこかの地図のように見えるが、これは……?


「昨日とある人が、斎戒さいかいの泉とアルコの大滝のマナが枯渇してしまってることを教えてくれたから、念のために魔人の腰掛け岩の上でお昼寝……、いや、見張っていたんだ。そしたら、まんまとそこにサッシャさんとシューマが来たっていうわけ」

 その地図の下の方を指差し、ココはそう言った。これは魔霞み山周辺の地図で、指差すところが魔人の腰掛け岩の場所のようだ。 


「いや、俺とサッシャは帝国に向かうため、魔霞み山を越えようとしていたんだ。その何とか岩は、たまたま通っただけじゃないか?」

 修馬がそう説明するが、ココは表情を変えずに首を横に振る。

「それはないかな。アルフォンテ王国からグローディウス帝国に向かうんだったら魔霞み山なんかに通らなくても、西にある関所を通れば良いだけだからね」

 ココは説明しながら、山の西の川を指し示す。そこには橋のようなものが描かれていた。それが関所も兼ねているのだろうか?


「天魔族はオミノスとかいう破壊神を復活させて、人間を滅ぼそうとしているってこと?」

「ううん、違う。いにしえより天魔族は、龍神オミノスの討伐を悲願にしているんだ。とはいえ、失敗した時は世界が滅ぶから、僕たちモンティクレール一族は代々この地に住み、無垢なる嬰児みどりごの封印を守っているんだよ。触らぬ神に祟りなしってことだね。まあ、黒髪の巫女が誕生した今の時代は彼らにとって数百年振りの機会だから、確実にまた魔人の腰掛け岩の魔力を奪いに来るだろうけどねぇ」

 子供のような顔をしたココだが、この時彼は老獪ろうかいな笑みを浮かべていた。サッシャとの再戦を、楽しみにしているようにも見てとれる。


「けど、黒髪の巫女は身投げして、死んじゃったんでしょ?」

 修馬が尋ねると、ココは目を丸くして顔を前に出した。

「ん? 身投げ?」


「城下町で聞いたんだけど、ひと月程前に自ら命を絶ったらしいよ」

「ひと月前? 黒髪の巫女なら、昨日この屋敷に来たんだけど……」

「えっ!?」

 声を上げる修馬。横で寝ている白い獣が、またしても迷惑そうに瞼を上げ、そしてすぐに閉じた。


「さっき僕が、斎戒の泉とアルコの大滝のマナが枯渇してしまってることを教えてくれた人がいるって言ったでしょ。それが黒髪の巫女だったんだよ」

 ココの言葉を受け、頭がこんがらがってくる修馬。

「えーっ、本物? おばけじゃなくて?」


「僕がおばけと人間の見分けがつかないとでも? 言っておくけど、黒髪の巫女にはとてつもなく強い神様の加護があるから、そう簡単には死なないと思うよ」

「神様の加護……?」

 よくわからない修馬は、自然と首を傾げた。


「シューマが不思議がるのも無理はない。普通の魔法使いは精霊の加護を受けるものだけど、黒髪の巫女はそれよりも遥かに位の高い神様の加護を受けているんだ。ちょっと、信じられないよね」

「うん……、そうだね」

 よくわからないままに、話がどんどんと進んでしまう。精霊や神様の加護がないと、魔法を使うことが出来ないのだろうか?


「そういえば今、気がついたんだけど、シューマの右肩にも神様っぽい霊が憑いてるね」

 ココに言われ、慌てて首を右に向ける。しかし己の右肩があるだけで、他には何もない。

「なんも見えない。どんな霊が憑いてるの?」


「多分、シューマの住んでる世界の神様だと思うけど、何だか凄い落ちぶれてるみたいだよ」

「落ちぶれた神っ!!」

 あばら屋のような社に住む、白髪で長い髭を蓄えたみすぼらしい老人を連想する修馬。異世界なのに魔法が使えないのは、この貧乏神のせいなのか?


「けど、落ちぶれているといっても神は神だね。シューマが僕の振鼓ふりつづみの杖や、自律防御が付いた剣を召喚できたのは、この神様のおかげみたい」

「えっ、そうなのっ!?」

「うん、間違いないよ。かなり偏屈で武骨な軍神だから、武器類の召喚しかできないみたいだけどね」


「武器オンリー!? 魔法は?」

 修馬が聞くと、ココは人差し指を重ねバッテンマークを作った。俺が憧れていた異世界での魔法生活は、ここで完全に幕を閉じた。


「けど、そんな術使う人この世界にいないから、むしろ魔法使いより貴重だと思うよ。僕も興味あるし、もう1回振鼓の杖を召喚してみて欲しいなぁ」

 ココは目を輝かせてそう言ってくる。だが修馬は、その召喚の仕方というのがいまいちよく理解できていなかった。

「武器召喚術って、どうやるの?」


 そう返すと、ココはソファーを深く座り直し、修馬の右肩に視線を合わせてきた。

「その神様、加護はしてくれているけど、シューマ自身の信仰心が薄いせいで、繋がりが希薄になってるみたい。これじゃあ折角の術も、うまく使いこなせないだろうねぇ」


 これは多くの日本人中高校生に言えることだが、神様への信仰心などある方が珍しいだろう。でも、召喚術が使えないのは、この異世界生活に置いて死活問題といえる。

「じゃあ、どうすればいい?」


「答えは簡単。神様との繋がりを厚くすればいいんだよ」

 ココは身を乗り出すと、修馬の右手を掴み手前に引っ張った。


 何をするのだろうかと、己の手を見つめる修馬。ココは振鼓の杖を床に置き、空いた手を修馬の右手首にかざし始めた。

はらたまえ、清め給え、守り給え、さきわえ給え……」


 人差し指で宙に何かを描くココ。そしてその指を修馬の右手首に押しつけると、触れられた場所に熱線で焼かれたような刺激が走った。

「あつっ!!」


 反射的に己の手を引き寄せる修馬。触れられた部分に目をやると、そこに赤い印が刻まれていることに気付いた。赤丸の中に、古い書き方をした漢字のような文字が幾つも描かれているタトゥーのような印。


「な、何、これは?」

 そう聞いたのだが、ココは首をひねらせる。

「うーん、よその世界の神様のことだから、よくわかんない。適当にやっただけだけど、多分これで神様との繋がりは厚くなったと思うよ」


 本当なのだろうか? 目を細め疑惑の眼差しでその謎の印を見つめる修馬。けど、ちょっとだけかっこいいなぁとも、心の中で密かに思っていた。


「これで武器が召喚できるようになったのかなぁ?」

「うん。とりあえず、この杖を頭の中に強く思い浮かべてみて」

 ココは床に置いていた振鼓の杖を手に取り、見えやすいように目の前に差し出してくる。後は、その思い浮かべた武器を手の中に具現化すればいいらしいが、具現化ってどうすればいいのだろうか?


 適当に両手を前に伸ばし、それっぽいポーズをとる修馬。半信半疑だが、とりあえず言われたとおりに目の前にある杖のイメージを、頭の中に思い浮かべる。

「出でよ、振鼓の杖!」


 するとどうだろう? 手の中から微かな光が満ちてきた。

 胸が強く鼓動し、背中に一筋の汗が流れる。そして数秒の後、修馬の手にはココの持つものと同じ、振鼓の杖がしっかりと握られていた。


「おお、成功した!! 凄いっ!」

 まるでイリュージョン。これが自分の意思でできるようになるのは、単純に滅茶苦茶嬉しい。武器召喚術師、広瀬修馬の誕生である。


 ココも手を叩いて喜んでくれている。

「凄い、凄い。面白い術だなぁ。他にも出してみて!」


 ココの要望に答え、王宮騎士団の剣を召喚する修馬。あんまり喜んでくれるので、流水の剣も召喚してみようかと思ったが、部屋の中を水浸しにしてしまいそうな気がしたので止めておいた。


「あー、面白かった。けど術を使いこなすには、日頃から信仰心を忘れないようにしないといけないよ」

 釘を刺してくるココ。しかし日本だけでも八百万やおよろずの神がいるというのに、一体どの神様に感謝すればいいのだろうか? とりあえず手を合わせて目を閉じる修馬。神様にサンキュー。


 不特定多数の神様に祈りを捧げる修馬の目の前で、ココは気だるそうに体を伸ばした。

「疲れたしもう休もうかなぁ。シューマも今日は泊っていくといいよ」

「いいの?」修馬は手を合わせたまま、閉じていた目を開く。

「もちろん。ここから山を降りるには、魔物が多すぎて1人では無理だろうからね。ところで、ご飯は食べる?」


 ココにそう尋ねられ腹を押さえる修馬。しかしそんなことをしなくてもお腹の空き具合は自分でしっかりと把握していた。間違いなく腹ペコです。

「何か貰えれば嬉しいけど……」


「それじゃあ、お粥でも作ってあげるよ」

 そう言って、奥の部屋に消えていくココ。

 十数分の後、白い皿を2つ持って戻ってきた。皿に盛られているのは、水分の少ないお粥。ココは「どうぞ」と言い、自分の皿にフーフーと息を吹きかける。修馬は再び手を合わせ「いただきます」と答えた。


 スプーンですくい、1口食べる。黒胡椒のぴりっとした辛みの後、チーズのような濃厚な味わいが舌の上で溶けた。ココはお粥と言っていたが、どうもこれはリゾットみたいな料理のようだ。


「凄く旨いね、このお粥」

 修馬がそう言うが、ココは未だ皿を手に持ち、フーフーと料理を冷ましている。きっと物凄く猫舌なのだろう。


 お腹が空いていた修馬は、ココのペースは無視して食べ進める。そして皿に残った最後の米粒を口に入れた時、ココはようやく息を吹きかけるのを止め、自分で食べるのではなく白い獣の目に差し出した。

「イシュタル、ご飯」


 寝ている白い獣は鼻をひくひくと動かすと、ゆっくり瞼を開けた。目の前にあるお粥の皿に顔を近づけ、今一度鼻を動かし、無感情な顔で食べはじめる。この獣、肉食じゃないのか?


「ココは食べないの?」

「うん。僕は基本、ごはんは食べないんだ。甘い物は好きだからあれば食べるけど、用意してたお菓子は昨日客人に出しちゃったから、今日は別に食べなくていいや」


「ふーん」

 仙人はかすみを食べて生きているとかいうが、大魔導師もその類なのかもしれない。そう思うと同時に修馬は、自分の荷物の中に甘い物を入っていることを思い出した。


「そうだ。アルコの村で桃を貰ったんだけど、よかったら食べる?」

「ももっ!?」

 大きく口を開けるココ。今にもよだれが垂れてきそうな恍惚こうこつの表情。


「そうか、もうそんな季節か……。アルコの村の白桃は、絶品なんだぁ。食べたいなぁ、食べたいなぁ」

 恋した乙女のように体をくねらせるココ。よほど甘い物がお好きと見える。


「い、いいよ。2つ貰ったから、2個ともあげるよ」

 修馬は肩掛けの麻袋の中から、桃を2つ取りだした。いや、取りだしたはずだった。確かに修馬は両手に1つづつ桃を掴んでいたはずなのだが、何故か気付いた時にはそれが直径20cm程の焼き菓子に変化していた。フレッシュな白桃がたっぷりと乗ったタルトのようなお菓子。


「ええっ!! シューマが一瞬でお菓子を作ったっ!? これ、何てお菓子!?」

「た、たぶん、ピーチタルトかな?」

 突然の出来事に戸惑う修馬。武器召喚術のように、デザートを召喚してしまったのだろうか?

 とりあえずそのタルトをテーブルの上に置いてみる。武器類を召喚した場合、手から離れた数秒後にどこかに消えてしまうのだが、このタルトはテーブルの上から無くなることはなかった。生地の香ばしい香りが、仄かに漂ってくる。


 さて、このタルトは一体どうしたものか? しかしタルトなのだから、食べるのが正しい在り方だろう。ココが奥の部屋からまな板と包丁を持ってきたので、適当に4等分にカットしてみる。


 食欲を抑えきれない様子のココは、切り立てのタルトを手で掴むと大きく口を開けがぶりとかじった。目を大きくして、もぐもぐと咀嚼する。


「おいひぃー! 何これ? 黄昏の世界のお菓子?」

「うん、よくわかんないけど、こっちの世界にないのならそういうことだね……」

 戸惑いながらもピーチタルトを口にする修馬。瑞々しい白桃の果肉がカスタードクリームと混ざり合い、さっくりと香ばしいタルト生地の食感と共に口の中で、幸福のハーモニーを奏でる。自分が住んでいる世界でのデザートだと答えたが、正直こんな旨いタルトは今まで食べたことがなかった。


「クリームの甘さが控えめで、滅茶苦茶旨いな……」

「そう! 白桃の甘みが最大限に生かされてて、超おいしー! なんて素晴らしいお菓子なんだっ!!」

 いつの間にかふたピース食べ終えたココが賛辞の言葉を贈る。異世界のスイーツ評論家も太鼓判の出来栄え。


 そしてまな板の上に余ったひとピースをじっと見つめるココ。

「それも食べていいよ」

 修馬が譲ると、ココは「イシュタルにも食べさせていい?」と聞いてきた。


「イ、イシュタル!? お菓子食べるの?」

 修馬がそう返すと、ココの代わりに白い獣が「にゃー!」と答えた。


 この獣には助けられた経緯もあるので、食べられるというのであればやぶさかではない。

 修馬は残ったピーチタルトを、先程お粥が盛られていた白い皿に乗せてやる。白い獣は鼻を近づけると、ペロペロと表面を舐め、そしてガツガツと旨そうに食べはじめた。

 この獣も甘い物が好きなのだろうか? 普通にお粥も食べるし、人間みたいな奴だ。


 お前、本当は言葉を喋れるんだろ……? 修馬は白い獣にテレパシーのように言葉を送る。しかしタルトを食べ終えた獣は、口の周りを舐めまわすだけで、こちらの方には見向きもしなかった。


 それから2人で、俺の住んでいる世界のお菓子の話をしたり、白い獣のイシュタルという名前の由来に関する会話を交わした。

 イシュタルという名は、黄昏旅行記の中に記されている神様の名前からとったそうで、「もちろん、シューマも知ってるよね!」と聞かれたが、「知らない」と答えたら、「信仰心が足りないからだ」と大笑いされた。


 そしてしばらくの後、修馬は客間に案内された。セミダブルのベッドが置かれた、12畳くらいの部屋。客間にしては充分過ぎる広さ。先程のリビングには窓がなかったが、この部屋には擦りガラスの窓がついていた。日は完全に沈み、外は完全に暗闇に覆われている。


 とりあえずすることがない修馬はベッドに横になり、これからのことに想いを巡らせた。

 サッシャがいなくなってしまって、これからどうすればいいだろう? やはり当初の計画通り、グローディウス帝国のバンフォンに向かえばよいだろうか? 山を下りる時はまた、白い獣に送って貰えないだろうか? 泉で出会ったあのタヌキ顔の美少女に、また出会うことができるだろうか?


 慣れない山歩きに疲れていたのか、色々考えている内に修馬はそのまま眠りについた。


  ―――第4章に続く。

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