第137話 西軍軍事拠点
カイル・アリアットによって案内されたのは、中央に時計台が供えられた大きな石造りの建物。かつては学校として使われていた建物らしいが、今は西軍の軍事拠点として使用しているとのことだ。
そして以前は教室だったと思われる今は何も無い部屋に通されしばらくすると、そこに金髪を丁寧に編み込んでいる女騎士が入ってきた。それはあの、シャンディ・ビスタプッチ准将だった。
「知らせを受けてまかさとは思ったが、やはりそなたたちであったか。まあ、またどこかで会う予感はしていたが……、歓迎するぞ」
「蜃気楼の塔、以来ですね」
修馬が答えると、シャンディは薄く笑いそして歯を噛みしめるようにして奥に視線を移した。
「ああ、そうだったな……。シューマもどうやら捜していた仲間を見つけることが出来たようでなりよりだ」
伊集院とマリアンナを交互に見るシャンディ。マリアンナは当然そうだが、彼女は蜃気楼の塔に一緒に居ながら、伊集院とは顔を合わせてはいなかったのだ。
「この男は伊集院。俺の同級生だ」
「ほう。では君も、奇術師ライゼンが言ってように黄昏の世界の住人というわけか。確かに独特の雰囲気を持っている。私は共和国騎兵旅団准将のシャンディ・ビスタプッチだ。よろしく頼む。そしてこちらの女性は……」
シャンディが視線を変えると、マリアンナはその場に跪き、深く頭を垂れた。
「シャンディ准将、お初にお目にかかります。私はアルフォンテ王国王宮騎士団……、もとい元王宮騎士団のマリアンナ・グラヴィエと申します。このストリーク国の内戦に思うところあり、やって参りました」
「ふむ。その美しき鎧、やはりそうだったか。アルフォンテ王国王宮騎士団と言えば、団長のミルフォード卿とは一度お会いしたことがある。王国への高い忠誠心を持った義侠の騎士であったな」
「はっ!」恐縮するマリアンナ。
「やはりその団員も同じ志を持っているようだが、そなたがこの内戦に参戦するとなれば、アルフォンテ王国にも火種が飛んでいく恐れがあるぞ」
「恐れながら申し上げますと、王国と帝国はすでに戦争間近の状態です。帝国が魔物を戦力に使用しているという事実は、私はこの旅で充分に理解することが出来ました。帝国がこれ以上力をつける前に、我々は次の一手を打たねばならないのです!」
マリアンナが力強くそう宣言すると、シャンディは頷き「そうですか……」と呟いた。以前より疲労感が出ていた表情が、心なしか少し崩れたような気がした。
「僕としては本当はこの内戦を止めたかったんだけど、それはもう状況的に難しそうだからね。天魔族と手を組んだ帝国には、ちょっとだけ反省して貰おうかな」
何か冗談でも言うようにココが笑うと、今度はシャンディが頭を下げた。
「まさか、大魔導師と謳われるココ様が我が軍に協力してくれるとは思いませんでした。劣勢続きの我が軍にとって、これは久しぶりの朗報です」
「ふーん、戦況は思わしくないんだねぇ」
「はい。帝国はあのゼノン少将率いる重装兵団をこのエクセイルに送り込んできたのです。彼らを攻略するのは容易ではないでしょう」
「重装兵団が来てるのか……」
シャンディの言葉に反応したのは、帝国の内情に詳しい伊集院だった。
「知ってるのか?」修馬が小声で尋ねる。
「直接会ったわけじゃないが、重装兵団といえば帝国の中でも白兵戦ではトップクラスの連中だって話だ。……とはいえ、俺の敵ではないけどな」
それを聞いていたシャンディは、「頼もしいですね。その言葉、是非とも我が軍の大将にも聞かせて差し上げたいです」と言って、先程入ってきた扉の前に歩を進めた。
「ついてきてください。西軍の司令部に案内しましょう」
言われるままに先を行くシャンディの後を追っていく修馬たち。そのまま板張りの廊下を歩いていき、突き当りにある大きな扉を開けると、戦場とは場違いに思えるようなティアラを付けた20代くらいの女性が座っていた。
「レディアン様。少々お時間よろしいでしょうか?」
「どうした、シャンディ准将。む、その者たちは……?」
鋭い視線を向けるレディアンと呼ばれた若い女。彼女が西軍の大将だというのか?
「彼らは勇猛な志願兵です。この戦いに勝利をもたらすために来てくれました」
「勇猛な志願兵?」
いぶかし気な表情のレディアン。まあ、自分のことながらその気持ちはよくわかる。勇猛という言葉に引っかかってるのだろう。
「一見強そうに見えないが、シャンディ准将が言うのなら間違いないのであろう。私は西ストリーク国女王、レディアン・ロレーヌだ。よろしく頼む」
包容力のある笑顔を向けるレディアン。単なる軍部のリーダーかと思いきや、彼女はこの国の君主だったようだ。
恐縮しつつも慌てて自己紹介する修馬たち。すると彼女は、その後すぐに今の戦局を教えてくれた。
「現在の軍勢は我が軍が3500のところ、東側はおよそ8000と不利な状況だ。町の中央にあるエクセイル城は、すでに帝国の重装兵団に制圧されてしまっている。どうにか城を奪還したいと思っているところだが……」
「何か策はあるのですか?」
「城は大きな堀で囲まれているので、攻めるには東西南北に掛かる4つの橋のいずれか通らねばならない。しかし、こちらから正面にあたる西の橋と南北の橋には、堅い守りが敷かれていると間者から報告を受けている。だが唯一後方の東の橋ならば若干兵が手薄になっているようだ。どうにかしてそちらに回り込み、東の橋から攻め、その混乱に乗じて更に他の橋からも兵を投入し一気に制圧する。今のところはそれが最善な策だと思うが如何かな?」
レディアンは机に肘をつき、持っていた扇のような道具をこちらに向けた。
「確かに橋上での戦いならば、多数であることがあまり意味をなさないかもしれないですねぇ」
そう同意したココだったが、首を傾げるとその角度のままレディアンの顔を覗き込んだ。
「陛下はどうにかして東に回り込むって言ってたけど、その道のりは確保出来てるんですか?」
一瞬静まり返る司令部室内。しかし、この静寂こそが雄弁にその答えを物語っていた。
「道が無いんだったら正面から攻め込もうぜ。俺は回りくどい策は好きじゃない」
不遜な態度で伊集院が言うと、シャンディは唖然とした様子で口を大きく開いた。
「倍以上の軍勢があるというのに、真っ向から戦いを挑むというのか? 兵法の定石で言えば、自ら負けに行くようなものだ!」
アホな伊集院がシャンディさんを怒らせてしまったなぁ。などと他人事のように考えていると、目の前のレディアンが扇で口元を隠し「うふふっ」と静かに笑い出した。
「東軍の軍師は、知略に長けている。下手に戦術を図るくらいなら、無策で攻めた方が逆に混乱するかもしれないということか……。正気の沙汰とは思えないが、いいだろう。シャンディ准将が連れてきた勇猛な志願兵とやらの策に、折角だから乗ってみようではないか!」
レディアンは狂気を湛えた笑みを浮かべそう言うと、持っていた扇を畳み、机の上をピシャリと叩いた。