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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第27章―――
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第135話 闇を駆け抜ける

 空からポツポツと雨粒が落ち始めた頃、雑草の生い茂る林道を抜けた修馬たちの目の前に、岩肌がむき出しになった広大な土地がその姿を見せた。


 ここはマドリックの町で聞いた『黒鉄くろがねの古戦場』と呼ばれるところらしい。かつて鉄鉱石の採掘を行っていた山で、その後、合戦場にもなっていたところだ。


 古代の遺跡のようにも見えるその山に向かって雨に濡れながら歩いていくと、遥か向こうから軍人らしき男を乗せた栗毛の馬が走ってくるのが見えた。


 最前線になっている旧首都エクセイルも近いので、全員の神経が過剰に反応する。マリアンナは武器を構え、ココと伊集院はその軍人を睨み、修馬も王宮騎士団の剣を召喚させ戦いに備えた。


 馬上の軍人もこちらの存在に気づいたようで、馬に乗ったまま近づいてくると、その馬脚をゆっくりと止めた。鎖かたびらを着た彼はやはり軍人のようで、白地に青い下弦の月が描かれた大きな旗を背負っていた。


「あれは西ストリーク軍の旗……。敵では無いようだ」

 それを見たマリアンナは、剣を鞘の中に収める。


「我は共和国騎兵旅団兵長、ロイド・アリアット。貴様たちはこんなところで何をしているのだ? この先は戦場だぞ!」

 馬上の軍人はしゃがれた声でそう叫んだ。威勢はいいが、だいぶ疲弊している様子が伺える。


「騎兵旅団ということは、シャンディさんの仲間だな。俺たちは彼女の知り合い。この内戦の助太刀に来た!」

「援軍だとっ!?」

 修馬の言葉に過剰に驚くロイド。確かに援軍と呼べるほどの兵力があるようには、到底見えない。


「確かに我は援軍を呼ぶために共和国に早馬を走らせているが、それは悪い冗談だ。この先は数千の兵士が命を取り合う戦場。君たちは大人しく、マドリックまで引き返した方が良い」


 大げさな身振りで撤退を要求するロイドを見て、マリアンナは眉をひそめて小さく呟いた。

「……戦況はあまり良くないようだな」


 援軍を呼ぶために、1人で馬を走らせてきたという兵士。そしてその彼の焦りを見る限り、旗色はあまり良くないようだ。 


「おい、話を聞いているのか!? 悪いが我は急いでいるのだ。お前たちの酔狂に構っている暇はない。一刻も早く撤退しろ! わかったなっ!!」

 彼はそう言うと、こちらの答えも聞かずに馬に鞭を打って去ってしまった。更に強まった雨が、修馬たちの体に打ちつける。


「……だそうだけど、どうする?」

 肩をすくめて、雨粒をすくうように両手を上に向ける伊集院。


「行くに決まってるだろ。戦局が悪いなら尚更だ」

 時は一刻を争う状況。すぐにでも、旧首都エクセイルに行かなくてはいけない。


「しかし、雨が酷いな。どこから山を越えるかが問題だ。この悪条件では、人を抱えての飛翔魔法は無理だぞ」

 伊集院が言うと、同調するようにココも頷いた。

「とは言え、この雨じゃあ山登りも危ないかもね。平地を迂回するのも時間がかかるし、鉱山の坑道を利用しようか」


「坑道?」

 改めて岩肌がむき出しになった山に目をやる修馬。確かにここは鉄鉱石の採掘場だったこともあり、よく見るとあちこちに、人の手で掘られた横穴が存在していた。そしてその中でも、一つだけひと際大きい横穴が窪地の奥に開いている。


「町の人の話だと、第3番坑道っていうのが旧首都エクセイルの境界まで続いてるんだって。多分あの大きい穴がそうなんじゃないかな?」

 窪地の穴を指差すココ。一行はその窪地まで小走りで駆けて行くと、その穴の木枠に書いてある文字に目を向けた。


「やっぱりここが第3番坑道みたいだ」

 笑顔を見せるココ。修馬はこの世界の文字が読めないが、木枠にはそう書かれているようだ。


「だったら、こっから行こう。雨の凌げるし、一石二鳥じゃないか」

 丁度雨も本降りになってきたので、修馬は人工の横穴に素早く潜り込んだ。中はしんと静まり返り、ひんやりとした空気に包まれている。


 特に異論もなかったので、4人はそのまま大きな坑道の中を早足で歩いていく。旧首都エクセイルまで続いていると言ったが、一体どれくらい歩けば辿り着くのだろう? 伊集院の手のひらの上に灯る魔法の灯火がゆらゆらと揺れ、坑道の壁を赤く照らしていた。


 そこから休憩を挟みつつ、体感的には6時間くらい歩き続けているのだが、まだ出口は見えない。外の雨が酷くなっているのか、壁面から滲み出た水で足元はすっかりぬかるんでしまっている。


 皆、言葉もなく歩いていたが、不意にマリアンナがひくひくと鼻を動かしこう言った。

「風の匂いがかすれてきている……」


「風の匂いってどういうこと? 何かの例え?」

「いや、そのままの意味だ。風がなくなってきているということは、東西に通じているどちらかの入口が塞がれた可能性があるということだ。ココ様、これはもしや……?」

 マリアンナが聞くと、ココは「あー」大きく口を開けた。


「もしかすると坑道の低くなっている部分が、水没しちゃってるかもしれないね」

「水没っ!? やばくない?」

 入口からすでに窪地にあった第3番坑道。今になって思えば、そこから雨水がどんどん中に流れてきてしまうのではないだろうか。


「急がないと、最悪ここから出れなくなるかもしれないな」

 伊集院の体の周りに小さな旋風が巻き上がる。何かの魔法を使おうとしているようだが、どうするつもりか?


「イジュ、この狭い空間を飛翔魔法で飛んでいくつもり? それは流石に自殺行為だよ」

「ふん。大魔導師ココ、それはこの世界の常識だ。黄昏の世界から来た俺には通用しない。見てろ!」


 伊集院は集中するように目を閉じると、左の手のひらを前に掲げた。

「出でよ、『魔導緩衝器マジックバンパー』!」


 彼の体の前方四隅に球状の氷のようなものが出現した。ふわふわと浮く球体は白い煙を纏い、不規則に回転している。


「何これ? 魔法障壁の一種?」

「まあ、そんなことだ。この氷状のオーブは、俺の体から反発するように出来ている。その4つのオーブと共に飛翔魔法で飛んでいけば、狭い空間でも壁にぶつかることなく安全に飛ぶことが出来るんだ」


「へー、イジュすげー」

 よくわかっていないような顔で、納得した振りをするココ。当然、修馬もよくわかっていない。


 そんなよくわからない魔法だが、他に策はなさそうなので素直に伊集院の言うことに従う3人。とりあえず体に掴まれと言うので、仕方なく全員で伊集院の首元にしがみついた。非常に暑苦しい状態。本当にこれで大丈夫なのだろうか?


 伊集院は額に青筋を浮かべると、魔法の力でどうにか全員を宙に浮かせた。


「行くぜ、ウイングフォーム!!」

 暗い坑道の中に、七色に光る魔法の翼が現れる。それと同時に修馬たちを抱えた伊集院が、競技自転車程の速度で前に飛び出した。


「うわあぁぁぁぁぁっ!!!」

 暗闇の坑道を、恐ろしい速度で滑空していく。時折壁面に当たっているであろうオーブがガリガリと音を上げると、その反動で修馬は外に投げ出されるような遠心力を感じた。確かにこれなら早く着くだろうが、肉体的、精神的負担が半端ない。


 ただ、体への負担が一番かかっているのは勿論、伊集院の方だった。

 息遣いが荒くなった彼は、しばらくしてその速度を弱めると、完全に途中で停止してしまい不時着するように地面に腹を擦りつけた。そんな彼に掴まって3人も必然的に地面に倒れ水浸しになる。先程より気持ち水位が上がっているようだ。


「すまん、魔力の限界だ。これ以上は無理……だ」

 伊集院はうつぶせのままそう言うと、頭を下げ濡れた地面に頬をつけた。ピチャンと水面が音を立てる。


「結局ここまでか……。どうする? 後は地道に走って脱出するか?」

「うーん。とりあえず僕が、イジュに力を貸してあげるよ。……魔導解放!」

 ココの小さな手が朧げな光で包まれる。するとその光はゆっくりと移動し、伊集院の体の中に吸い込まれるように消えていった。それと共に、飛ぶように起き上がる伊集院。


「おお、力が腹の底から湧いて出てくるみたいだ。これならもう一回行けるかも……」

 強く拳を握る伊集院だが、ココはそれを見上げながら首を横に振り「いや、さっきのは負担が凄そうだから、皆で手分けしてやろうよ!」と言い、そして皆に一つの提案をした。


 まず伊集院には、先程の氷状のオーブを出現させる。そしてココは飛翔魔法で全員を浮かせ、そして修馬が涼風の双剣で風を噴射させ、坑道内を飛んでいくというもの。それぞれに作業を分担すれば、長く飛べるのは当然の答えだ。


「コ、ココ様。私は何をすれば良いでしょうか?」

 もどかしそうにしたマリアンナが聞くと、ココは困ったように眉尻を下げた。


「マリアンナは何もしなくていいかな」

「ええっ!?」

 役立たずのような扱いを受けたマリアンナは、ショックを受けたように水溜りに跪いた。ちょっと可哀そうだが、こればっかりはどうしようもない。


 言われた通り、伊集院が氷状のオーブを出現させると、ココは手に触れることなく、全員の体を宙に浮かせた。後は出力係の修馬が、その武器を出現させるのみ。


「じゃあ、行くぞ。……出でよ、涼風の双剣!」

 緑色の刀身を持つ2本の短剣が手の中に出現すると、修馬は早速、その剣の真価を発揮させた。


 2本の短剣の切っ先から強い風が出力する。そして地面に溜まった水を吹き飛ばし、一塊になった4人は坑道の奥へと真っすぐに飛んでいった。


 風と滴る雨粒の飛沫を受けながら、狭き道を縦横無尽に突き進む。真っ暗な空間を高速で進む様は、某有名テーマパークの宇宙の山的なアトラクションに乗っているようだった。


 恐怖のためか、それとも先程より速度が速いからなのか、目から大粒の涙が零れだす。本当にこれで無事に辿り着くのだろうか?


 そんなことを思いながらも今更止まることも出来ないので、否定的な考えには蓋をして、修馬は両手に持つ涼風の双剣に出来る限りの力を集中させた。

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