第128話 二つの祭
異世界から『星巡り』という秘法を使い、こちらの世界にやってきたアイル。彼女は神社の本殿や、祭のために造られた舞台を見つめ、目をきらきらと輝かせていた。見るもの全てが新鮮で、希望と喜びで満ち溢れている様子だ。
「だけどアイルさん、何で俺が戸隠神社にいることがわかったの?」
修馬は思った。この広い地球上で、よくこの戸隠という小さな地域を見つけ出すことが出来たなと。
「よくわからないですけど、あれは占い師の人でしょうか? 変わった魔力をお持ちの方が、私の目指している場所を占ってくれて、そしてこの近くまで案内してくれたんですよ」
アイルは上って来た石段の下を指差しそう言った。
変わった魔力の持ち主という言葉が、少々気にかかる。現実世界に魔力を持った者などそういないはず。もしかするとそれは、伊集院だったのかもしれない。だがそうだとして、彼がここに来ていない理由は何だろう?
「ちなみにそれって、どんな人でした?」
「仮面を被っていらっしゃるお方でした。演劇で使用するような動物の仮面です。今思えば仮面を被っているなんて、グローディウス帝国の皇帝のようですね」
というアイルの言葉。確かにグローディウス帝国の皇帝、ベルラード三世は『劇仮面の皇帝』と呼ばれていることを、以前伊集院から聞かされていたので知っていた。アイルや天魔族が現実世界に来ているように、皇帝ベルラード三世までこちらの世界に来ているというのは、流石に考え過ぎだろうか?
「黄昏の世界では、普段から仮面をつける文化があるのですか?」
アイルがそんなことを聞いてくるので、否定しよう手を横に振ろうとしたら、急に視界の中に小面のような女面を被った巫女装束の女が入り込んできた。しかも2人。修馬は振ろうとした手で己の横っ面を叩いた。痛い。これは現実だ。
「あっ、修馬っ!」
小面Aが話しかけてきた。世間では無表情であることを、能面のような顔と比喩的に使うことがあるが、修馬はこの時、能面が見る角度によって様々な表情を見せてくれることを知った。ところが、どの表情でもめっちゃ怖い……。
「広瀬くんに、伊織さんもいらしていたんですね」
小面Bが面を外した。その女は守屋珠緒だった。ということは小面Aは友理那であろう。それは途中からわかっていたことだが、能面の迫力に圧倒されてしまい、上手くリアクションを取ることが出来なかった。何でこのお面は、眉の位置がこんなにも高いのだろう?
小面Aこと友理那は面に手をかけ、そっと顔から外した。きめの細かい美しい肌が、そこから現れる。溢れだす王女の品格。
「あ、あなたはもしや黒髪の巫女、ユリナ・ヴィヴィアンティーヌ様ですか?」
その様子を見ていたアイルが、声を漏らした。それに気づいた友理那はこくりと頷き、アイルに視線を送る。
「はい、その通りです。あなたも向こうの世界の方なのですか?」
「私はウィルセントで星屑堂という薬店を営んでいるアイル・ラッフルズと申します。異なる世界ではありますが、アルフォンテ王国の姫君にお会い出来て誠に光栄でございます」
恭しく首を垂れるアイル。
「この世界では私は一介の女学生。そんな風に気を使わなくて良いのですよ。星魔導士のアイル・ラッフルズといえば、『星降りの大祭』の儀式を司るお方。夏の終わりには、アルフォンテ王国からも数名の大使をウィルセントに送らせていただいておりますから、あなたの名前はよく存じております」
そう言われても尚、アイルは恐縮したままだ。一時は同じ学校に通う生徒同士だと思っていた友理那だが、こういう光景を目の当たりにすると、やはり一国の王女なのだなあと、改めて実感してしまう。
湿り気のある真夏の風が、神社の境内をゆっくりと吹き抜ける。伊織は軽く俯くと、玉砂利の上を音を立てずに歩き、アイルの元に近づいた。
「ここで明日、『大蛇神楽』と呼ばれる古の神事を蘇らせます。そちらの世界の事情はよくわかりませんが、アイルさんも向こうの世界で祭を取り仕切っているお方なら、是非ご覧になってください。友理那さんも神事に参加していただきますので」
「それは光栄です。来てすぐにこちらの世界の祭に参加出来るなんて、本当に夢のようですわぁ」
夢見心地のアイルは両方の頬に手を当てて、目を少女漫画のように輝かせた。こちらの世界に対する憧れが尋常ではない。
「よし、じゃあこれから前夜祭だな!」
突然張り切る茜に、隣に立つ葵が冷ややかな目を向ける。
「まだまだ準備することはあるのに、馬鹿騒ぎしてる場合じゃないでしょ」
「それでしたら私にもお手伝いさせてください。力仕事でも何でもしますから!」
テンション高めに張り切るアイル。浴衣で力仕事は厳しいでしょ。
「これから紙垂を大量に作らなくてはいけないので、みんなで手分けして作りましょう」
「はい! ところで、シデって何ですか?」
「こういう、ぎざぎざのやつ」
「へー。こちらの世界の神具でしょうか?」
そんなこんなで女子たちがわいわい盛り上がっていると、すっかり忘れた頃に、汗だくの伊集院が長い石段を這うようにして上がってきた。
「み、皆、無事かぁ……」
「……いや、おせーよ」
修馬はへとへとの伊集院にそれまでの経緯を説明してやった。中社に特に異変は無かったこと。異世界から1人、仲間がやってきたことなど。
「そ、そうか。途中で魔力が底を尽きたから……」
伊集院はそう言って、地面にぐったりと横たわった。よくわからないが、魔法の力で自転車を駆動させ走ってきたけど、途中で魔力が絶えたようだ。まあ、自分の家から守屋家の屋敷に来る時もその方法を使用していたのなら、当然の結果と言えるだろう。
修馬と伊織は、倒れる伊集院をどうにか抱えると、社務所の涼しい所に運び寝かせ介抱してやった。
―――第27章に続く。