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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第26章―――
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第127話 星の旅人

 空の異変を感じ、伊織が運転する車で戸隠神社中社までやってきた修馬たちだったが、辿り着いた時には、空の渦雲は消えており、中社にも特に異変を感じることはなかった。


 粛然しゅくぜんとした雰囲気の境内を通り社務所の中に入っていく修馬と伊織。その中には丁度伊織の双子の姉妹、葵と茜がおり、少し話を聞くことになった。


「突然お父様が血相変えて来たので、何事かと思いましたよ」

 葵は皆に煎茶を振舞いながら、大きく息をついた。この子は、相変わらず幼女とは思えない大人びた佇まいだ。


「ここは平和なもんだったよ。ま、妖怪が出てきたとしても茜の水術でいちもうだじんだったけどなぁ!」

 そして茜は、腰に手を当ててカラカラと笑い出した。こっちの子はこっちの子で、まるでおっさんのような受け答え。変わらぬ2人の有り様に、緊張の糸が少しだけ解ける思いがする。


「何も起きていないなら何よりです。ところで、祭の準備の方はどうですか?」

 伊織はそう尋ねた。彼の言う祭とは、先日珠緒が言っていた過去に廃止されたという『大蛇神楽おろちかぐら』という神事のことだ。修馬も一度会ったことのある中社の宮司、藤田が中心となって、神社に秘蔵された書物や博物館の資料を読み解き、復活させようと動いているところらしい。


「準備は万端! 大工さんやら土建屋さんやら、いかついおっさんたちが手伝ってくれたからあっという間に舞台が完成したよ!」

「そうですね。集落の住人への連絡は一通り終わりましたし、予定通り明日の正午には祭祀が始められるでしょう」

 茜と葵がそう言うと、伊織はそれは良かったとばかりに煎茶を飲み干した。


 窓の外に見える祭の舞台と思われるものを、横目で眺める修馬。社務所に来る途中にも一応目にしていたが、何やら大掛かりな舞台が出来上がっている。屋根こそないものの、一時いっときの祭で使用するものにしては十分じゅうぶんすぎる造りだ。


 そこからしばらく祭の演舞に関する解釈の話などをしていたのだが、外の蝉しぐれが不意に途切れた瞬間、煎茶を飲もうとしていた葵の体が急に固まり、言葉なく目だけをぎょろぎょろと動かし始めた。


「どうかしたの? 葵ちゃん」修馬は尋ねる。

「……あの、一瞬だけ、想像を絶するような瘴気しょうきを感じましたが、これは私の気のせいでしょうか?」

 葵は父親である伊織に目を向けた。


「瘴気? それはわからなかったな……。茜はどうだい?」

「うーん、瘴気はわからないけど、誰かこっちに上がってくるみたいだな。霊力がめちゃくちゃ強い奴だ」


 霊力が強い奴……。それを聞いて修馬はようやく思い出した。

「ああ、もしかしたら伊集院が追いついたのかも……」


 守屋家の屋敷から戸隠神社中社に来る際、修馬と伊織は車で来たのだが、伊集院は自分が乗ってきた自転車で行った方が速いと言ってはばからなかったため、1人自転車でここまで来ているはずだった。一応高そうなロードバイクを乗っていたが、流石に坂道だらけのこの辺りでは、車より先に着くことはないだろう。


「修馬さん。伊集院さんというのは、どちらさまでしょうか?」

 葵に聞かれ修馬は答える。

「俺のクラスメイトなんだけど、何て言うか、いけ好かない男だよ」

「そうですか……」


「いや、よくわかんないけど、そのいけ好かない男じゃなさそうだ。今から来るのは多分女だぞ」

 茜は警戒しながら立ち上がった。それを見た伊織と葵も同時に立ち上がる。


「女?」

 修馬が少し遅れて立ち上がると、その瞬間、外から何か大きな力が迫ってくるのを感じた。まさか天魔族ではないよな……?

 駆け出していく3人を追うように、修馬も社務所の外へ飛び出す。敵でないことを祈りたいが、この只ならぬ気配は現実世界の人間のものとは思えない。


 参道の長い石段を一歩一歩ゆっくりと上がってくる、強い霊力の持ち主。修馬たち4人が緊張の面持ちでそれを待っていると、下に続く階段から日傘の先端と黒いレース状の生地が徐々に見えてきた。


「わかりますよ。ここは聖域ですね。空気がとても澄んでいて、心が洗われるようです」

 階段を上って来たのは、空色の浴衣を着た灰色の髪の女性。その女性を見たことがある修馬は瞳孔を大きく膨らませ「えっ!?」と大きく声を上げた。


「ア、アイルさん……ですかっ!? 何で、こっちの世界に……」

 そう言うと、浴衣の女性は黒い日傘を閉じて深くお辞儀をした。


「はい、そうです。シューマさん、私、とうとう『星巡り』の秘術を成功させることが出来ました」

 そこにいるのは異世界、千年都市ウェルセントにある星屑堂の店主、アイル・ラッフルズだった。


 アイルはこちらの世界来たこともそうだが、それ以上に今着ている空色の浴衣を買ったことをしきりに自慢してきた。そういえば彼女は、童話『黄昏世界のシュマ』のファンだと公言していたから、この世界の物に触れられるのがとても嬉しいようだ。


「うーん。その雰囲気、敵じゃなさそうだな」

 鼻先を擦りながら茜は言う。どちらかというと彼女の方が味方っぽくないのだが、あえてそれは口にしないでおく。


「あら、可愛らしいお嬢さんが2人も。しかも可愛いだけじゃなくて、神官としても優れた能力をお持ちのようですね。素晴らしい」

 アイルが褒めると茜は単純に頬を緩ませたが、葵は固く表情を閉ざしていた。

「……本当に私たちの敵ではないのですね?」


 疑われてしまっているアイルだが、それでも不快な感情は微塵も出さずに修馬の顔をちらりと覗き込んだ。

「勿論です。私は龍神オミノス封印のお手伝いが出来ればと思い、こちらにやって参りました次第です」


 アイルの言葉に静まり返る一同。彼女の言う龍神オミノスとは異世界での名称で、現実世界では通用しない。


「龍神オミノスっていうのは、禍蛇まがへびのことだよ」

 補足する修馬。アイル自身も理解したように「ああ」と声に出した。


「禍蛇を打ち倒すには、並々ならぬ困難が予想されます。皆様方の力の役に立てるよう、尽力いたしますのでどうぞよろしくお願いします」

 そう言ってアイルは、また深く頭を下げた。終始笑顔を絶やさない彼女の態度に、葵も根負けするように口元を緩めた。


「疑ってしまって、申し訳ありませんでした。あなたも優れた霊力をお持ちのようですから、手伝っていただけるのならこちらとしてもとても助かります」


 その背後にいた伊織も、葵と茜の後頭部に触れ、お辞儀をするように促す。

「娘たちが失礼しました。僕はこの子たちの父親の、守屋伊織と申します。あなたは友理那さんと同じ、別世界の住人なのですね?」


「はい。私はこことはまた別の世界に生まれ育った人間です。このタイミングで星巡りの秘術を成功させ、こちらの世界にやってきたのは単なる偶然ではないのだと考えています。全ては星の巡り合わせ……。禍蛇の討伐に私の力が役立つのであれば、それが本望です」

 アイルは空を眺めると、懐かしむように目を細めた。


 星の巡り合わせ。本当にそんなものがあるのかはわからないが、彼女が来てくれたことは非常に心強かった。異世界でも、一度は仮封印の成功を収めた実績は、必ずこちらの世界でも役に立つことだろう。

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