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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第26章―――
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第126話 上空の渦雲

 蝉の声がせわしなく鳴り響く、守屋家の庭先。

 修馬の手には黒一色に染まった小さな拳銃が握られていた。ドイツ製の自動拳銃、『シグ・ザウエルP226』だ。


 ただならぬ緊張感が辺りを包み込む。当たり前だが本物の銃など始めて持つので、その重さで掲げた腕が痺れを感じてくる。始めて真剣を握った時も思ったことだが、これこそが人の命を奪うことの出来る道具の重さなのだ。


 縁側に座った伊集院は、黙ったまま修馬が引き金を引くのを待っている。基本空気の読めない彼でも、流石に急かす様なまねは出来ないらしい。


 修馬は深く深呼吸し、山の新鮮な空気を肺の中に取り入れた。心臓の鼓動が耳の奥にまで届いてくる。


 ドク、ドク、ドク、ドク、ドク、ドク、ドク、ドク……。

 山から風が吹き下し、ひさしに掛けられた風鈴の音がチリンと鳴った瞬間、修馬は空に向けて真っすぐに引き金を引いた。


 バウゥンッッ!!!

 衝撃波のような大きな銃声が戸隠山に響くと共に、修馬は発射の反動で後ろにひっくり返りそうになった。蝉たちは一斉に泣き止み、木々に止まっていた野鳥たちはバタバタと飛び立つ。


 一部始終を見ていた伊集院は、表情を変えずにただゆっくりと手を叩いた。

「どうだった、本物の拳銃は?」


「……しんどいよ。近接武器で戦うよりよっぽど楽かと思ってたけど、意外ときついし罪悪感もある」

「そういうもんか? 俺は単純に羨ましいけどな、銃が撃てるの」

 伊集院が手を伸ばしてきたので、修馬は拳銃を渡した。だが自分の手から離れると、シグ・ザウエルP226は空気に溶けて、どこかに消え去ってしまった。空っぽの手のひらを見て、悲し気に顔を曇らせる伊集院。


「まあ、俺には強力な魔法の力があるから、飛び道具はいらないといえば、いらないか……」

「仮に召喚出来たとしても、当たらなかったら意味がないしな」


 修馬は指を鉄砲の形に握り、先ほどのように空に向けた。発射による反動。所謂いわゆるリコイルのせいで、銃弾は狙った位置には飛んでいかなかった。当然だが、玩具の銃のように気軽には扱えない。


「狙いがうまく定まらないんなら、機関銃でも召喚すりゃ良いだろ。下手な鉄砲、数撃ちゃ当たるってな」

 お茶らけたように伊集院は言う。機関銃とは弾薬を自動装填しながら、連続射撃する銃器のことだ。広範囲に対する攻撃が可能で、弾幕を張ることも出来る。とはいえ非常に重量があり、召喚にはかなりのオドを消費してしまうと思われる。


「そんなでかい銃器、簡単に召喚出来ねぇから。こっちは刀やら拳銃やら散々召喚してんだから、そろそろ魔力が底を尽きる頃だぞ」

「別にガトリング砲みたいなのを出せって言ってんじゃねぇ。サブマシンガンだったら、召喚も扱いもそこまで難しくないだろ」


 伊集院に言われ、観ていた動画を思い出す修馬。だが、色々観過ぎたせいで記憶が曖昧だ。サブマシンガンって、どんなのだっけ?


「覚えてないのか? ウージーの超小型版、『マイクロウージー』ってやつ観ただろ!」

 そう言われ何となく思い浮かべる、退役軍人のハリーという動画主が撃っていたT字型の銃器。あれはグリップ部分にボックス型の大きな弾倉を挿入するため、そのような形状になっていたようだった。


「ハリー軍曹が嬉々として撃ってたあれかぁ……」

 修馬が観たのは、スローフードと日本食が大嫌いな巨漢のアメリカ人が、寿司の絵が描かれた木の板をサブマシンガンで粉々に撃ち抜くという動画だ。動画の最後に「前に間違ってスシを食ったら、滅茶苦茶美味かったけどな! HAHAHAHAHA!!」という字幕付きのコメントがあったが、どこまでがアメリカンジョークなのかはちょっとわからなかった。


 内なる魔力であるオドが尽きかけている修馬は、呼吸を整え、気持ちを落ち着かせた。ハリー軍曹よ、我に力を与えたまえ……。

「出でよ、マイクロウージーッ!!」


 手のひらの前で空間が歪み、全長30cm程の武骨な銃器が出現する。これがイスライル製の小型短機関銃、マイクロウージーだ。拳銃を一回りくらい大きくしたものなので、召喚するのはそれほど困難ではなかった。


「あのう、何ですかその銃は?」

 突然、聞こえてくる建物の中からの声。思わず銃を落としそうになるが、修馬は暴発しないようにそっと胸に抱え込んだ。


「ああ、伊織さんか。どうも」

 茶の間からこちらを見ているのは、この屋敷の主、守屋伊織だった。


「どうもじゃないですよ。大きな音が鳴ったので気になって来てみれば、まさか銃を撃ってるとは……」

 がっくりとうな垂れる伊織を尻目に、己の抱えているものに目を運ぶ修馬。あまり気にもしていなかったが、許可のない銃器の所持、それは完全に銃刀法違反だ。銃声だけなら誤魔化せたかもしれないが、この状態では何の言い逃れ出来ない。


「すみません、銃の召喚を試してただけなんです。一発だけ撃ちましたが……」

「この辺りには熊やら猪が出るので、銃を撃つのは構いませんよ。引き金を引くだけで、凶暴な害獣も駆除出来ますからね。ですが、修馬くんも刀の時代は終わったぜよ、とか言うタイプだとは思いませんでした。私があれだけ日本刀の魅力を伝授したというのに残念です。はぁ……」

 沈むように深い溜息をつく伊織。彼は銃を撃ったことを咎めているのではなく、使用武器を刀から銃に鞍替えしたことに憤っているようだ。


「違うんですよ伊織さん。こいつが刀より銃器を召喚した方が良いって言うから」

 そう言って伊集院のことを指差すと、伊織はきょとんと猫のように目を丸くした。


「おや、いつの間に……?」

 黒縁眼鏡の縁をいじりながら伊織は呟く。伊集院の野郎、伊織さんの許可なく屋敷の中に勝手に上がり込んだのかと思ったがそうではなかった。伊織の視線の先に、土色の何かが立っていたからだ。


「うおっ! 何だあれ!?」

 身を引いて戦闘態勢を取る伊集院。修馬の見立てでもそれは魔物のように見えた。何のモンスターなのか?


 その土色の魔物が「ぐおおおおっ!」と呻き声を上げると、庭の地面から同じ土色の魔物が次々と這い出てきた。異世界で見た動く死体のようなグロテスクな存在。


「これは、泥田坊どろたぼうでしょうか……?」

「泥田坊?」

 伊織の言葉を繰り返す修馬。だが、その名はどこかで聞いたことがある。田んぼの中から出てくる、亡者のような妖怪だったはず。


「魔物か、丁度いい。そのマイクロウージーで駆逐してやれ!」

 背後から伊集院にそう命令されるも、こっちははなからそのつもりだ。マイクロウージーを構えた修馬は、沸くように出現する泥田坊に向かって勇ましく銃口を向けた。


「行くぞ……、ああああああああああっ!!」


 バルrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrッッッ!!!


 白煙を上げながら、大量の薬莢が排出される。

 修馬はリコイルを押さえることに精一杯で、標的がどうなっているかはわからなかった。だが弾倉の中の弾を全て撃ち終わりマイクロウージーがその鼓動を止めると、辺り一面に倒れた泥田坊が転がっていることに気づいた。皆死んでいるようだ。圧倒的な無双力。


「思った以上に効果てきめんだな」

 顔を引きつらせながらも、しかばねを見下ろす伊集院。しばらくすると大量にある泥田坊の屍は土に溶けるようにして消えていったが、修馬の顔は険しいまま固まっていた。


「何だよ。快感っ……とはいかなかったか?」

「いくわけない」


 修馬はそこでようやく銃を持つ手を下した。動画のハリー軍曹は歓喜しながら撃っていたが、とてもじゃないがそんな気分にはなれない。

 発射の反動を押さえることだけでも一苦労の銃だったが、それ以上の結果として大量の魔物を退治することが出来た。これは強力な武器であるが、正しく扱わないと正義も悪も、その凄まじい力で塗り潰してしまうかもしれない。上手く表現することが出来ないが、修馬はそんな思いでマイクロウージーを目の前に放り投げた。武骨な短機関銃は、泡のように綺麗に消え去る。


「しかしまあ、良かったじゃないか。試し撃ちは出来たし、魔物は倒せたし」

 伊集院が言うが、修馬はそんな風に楽観的にはなれない。河童が大量に出現した後にヤロカ水が現れたように、泥田坊の大量出現も何かの前触れではないだろうか?


 嫌な予感と共に前を向き直すと、修馬の視界にぼろぼろになった庭の木々が入ってきた。一気に気持ちが冷静になる。これはまずい。

 恐る恐る、振り返る修馬。縁側に出てきた伊織は険しい表情をしていたが、荒れてしまった庭ではなく何故か空に目を向けていた。


「妙な予感はしていましたが、見てください」

 伊織が指差す空の先、透き通った青空の丁度中心に渦状の雲が薄っすらと形成されているのが見えた。以前、長野駅上空に現れた摩訶不思議な気象現象と同じものだ。


「あれは、この間話題になってた渦雲か?」

 伊集院が声を漏らす。彼もあのニュースを観ていて知っているようだ。


「以前は善光寺付近にありましたが、今は完全に戸隠山の上空にあるようですね」

 伊織は目を細め、今一度空を睨みつける。この山の上空にあるということは、つまり危険なことが間近まで迫っているということだろうか?


「戸隠神社には友理那たちがいるんですよね?」

 先日の話では、守屋家の巫女たちが戸隠神社の古の神事を復活させるということだった。これが渦状の雲と何か関係があるのかもしれない。


 伊織は眼鏡のブリッジを押さえると、ゆっくりと瞼を閉じた。

「今すぐに珠緒さんたちの居る中社に行きましょう。何か悪いことが起こるのかもしれません」

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