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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第26章―――
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第125話 召喚エアーブラスター

 自分の家に一晩だけ泊り、すぐにバスに乗って戸隠にとんぼ返りしてきた修馬。

 色の濃い晴れ渡った夏の空の元、四方から響く蝉の声を聞きながら、今は山道を歩いる。木立で出来た影を潜ると、僅かに山の涼しい空気に触れることが出来た。長野の山奥と言えども、夏になればやはりそれなりに暑い。


 かろうじて舗装されている道路をだらだらと歩いていき、小1時間程したところで守屋家の屋敷に辿り着いた。玉状の汗が額から零れ落ち顎まで伝って地面に落ちる。アスファルトの上に小さな染みが出来たが、あっという間に薄くなり乾いて消え去った。この暑さでの山登りは、むしろ健康的でないように思える。


 玄関前までやってくると、屋敷の奥から風鈴の音がチリンと聞こえてきた。何となく縁側の方に人がいるような気がした修馬は、玄関を通らず庭を通り屋敷の奥に回り込んだ。


 夏草と日陰の匂いを感じながら敷石を跨いでいくと、縁側の木台の上で扇風機の風に当たる1人の男が見えた。


「おい。お前、死んでたぞ」

 そう言うと縁側の男は、「あ?」と言って不機嫌そうに振り返った。そこに胡坐あぐらをかいて座っていたのは先に来ていた伊集院だった。細い三白眼に、釣り上がった目尻と眉。どっからどう見ても、立派な小悪党顔だ。今更だが、こいつを仲間にして本当に良かったのだろうか?


「異世界の話してんのか?」

「そりゃあ、そうだろ。お前、あん時のこと覚えてんの?」

「……知らねぇよ。動く死体に体ごと掴まれてから記憶がない」

 伊集院は更に目を細め、扇風機の羽に「あー」と声を当てた。外はねの髪が風で大きく広がりを見せる。


「あの後、大変だったんだよ。お前が動く死体に取り込まれて、こっちも手が出し辛くなったから」

「へぇ、それは大変だなぁ。で、どうしたんだ?」

 他人事のように話を聞く伊集院。異世界なら死んでも生き返るとはいえ、危機感が無さ過ぎる。


「お前のことは、マリアンナが助けてくれたよ」

 そう言ってやると、だらけていた伊集院の背筋が、電気でも走ったかのようにすっと伸びた。


「マリアンナって、あの捜してた女騎士に会えたのか?」

「ああ。お前、助けて貰ったんだから、異世界に行ったらちゃんと礼を言えよ」


「も、勿論、礼くらい言うだろ。そうか、会えたのか。良かったな……」

 頬を少しだけ赤らませる伊集院。こいつ以前、自分の魔法をマリアンナに簡単にかき消されて、プライドをけちょんけちょんにされたはずなのに、逆に恋心でも抱いているのか?


「マリアンナだけじゃなくて、その後ローゼンドールにも会ったぞ」

「ローゼンドール? ああ、芸術家で奇人のローゼンドール・ツァラか。どうだった奴は?」


「まあ、動く死体を造り出したくらいだから、やっぱりとんでもないマッドサイエンティストだったよ。ココが顔見知りだったから、戦闘にはならなかったけど」

「とんでもない? ふーん。けど、魔女っていうくらいだから綺麗なんだろうなぁ」

 変に期待を膨らませる伊集院。ついさっきまでマリアンナに欲情していたくせに、気の多い野郎だ。


「言っとくけど、今はローゼンドールの住処に泊まらせて貰ってるから、起きたらすぐに会うことになるぞ」

「まじか!? あの魔女と会えるのか。それは楽しみだな」

 伊集院はあほ面で縁側のひさしを眺めた。実際に会って失望するがいい。ローゼンドールはそういうタイプの女ではない。


「それはそうと、俺、思うことがあるんだがシューマイって武器を召喚出来るんだったよな?」

「ん? ああ、まあな」

 突然のまともな質問に、修馬は頭の回転が止まりそうになる。


「ちょっと見せてくれよ」

 伊集院は座り位置を整え、こちらに向きを変えた。急に何だというのか?

 少し戸惑いながらも、修馬は手の中に竹刀を召喚して見せた。そしてどうだとばかりに庭先で竹刀を振り回す。


「ほー。何か、他にも召喚してみてくれ」

 頬杖をつきながら言いつけてくる伊集院に、若干むっとする修馬。

 竹刀を投げ捨てるとすぐに木刀を召喚し、木刀を捨てると今度は金属バットを召喚し、金属バットと捨てると今度は初代守屋光宗『贋作』を召喚した。これだけでもかなりのオドを消費するため、だいぶ体がしんどくなってくる。


 しかしそんな修馬を見た伊集院は、何の感想を言うでもなく、ただつまらなそうに口を尖らせていた。


「何か不満があるのか?」

「不満かぁ。まあ、不満ならあるな。シューマイが召喚できる最強の武器は、今のところその刀か?」


「タケミナカタの調子が良い時は異世界の武器も召喚出来るけど、現実世界ではこれがそうだ。伊織さんのひいひいじいちゃんが鍛刀した中でも最高傑作の刀。今の俺には身に余るほどの武器だぞ」

 修馬は手にした刀の刀身に目をやった。光を当てると、きめの細かい木目のような波紋が現れる。端正でありながら妖艶な魅力を持つ美しい刀。


「その伊織さんってのは、シューマイの剣の師匠だっけ?」

 伊集院は、そう言いながら縁側の踏み石に置かれたサンダルを履いて表に出てきた。こいつはこの屋敷に初めて来たはずなのに、まるで自分の家のような図々しさだ。


「ああ、そうだよ。俺は伊織さんから剣の技術を学んだんだ」

「俺が魔法で、シューマイが剣ってか……。だけどこれはゲームじゃないんだ。別に剣と魔法っていう異世界のルールに付き合う必要はないんじゃないか?」


「……どういうことだ?」

 修馬は下唇を軽く噛んだ。伊集院が何を言いたいのか、理解出来ない。


「武器を召喚出来るなら、剣とかより銃器を召喚した方が良いんじゃないかって言ってんだよ」


 伊集院の言葉にはっとする修馬。武器を召喚する能力は得たものの、銃器を召喚するなんて発想はこれっぽっちも考えていなかった。確かにピストルやらで戦った方が遥かに楽だし、殺傷力も断然高い。


「タケミナカタ! タケミナカタッ!!」

 大声を上げると目の前の空間が半透明にぼやけた。そして薄っすらと人型が形成されると、ヒッピーバンドを頭に巻いたタケミナカタが神妙に出現した。


「小僧、今日は何時になく元気じゃないか。感心、感心」

「感心しなくていいから教えてくれ! お前の召喚術って、拳銃とかも含まれるの?」

「むー、早々にうるさい奴だな。まあ、それらは当然含まれる。弓でも、銃でも、大砲でも、それが武具と呼べるものであれば、何でも召喚出来るぞ。どうだ、恐れ入ったか!」


「恐れ入ったよ! 大砲もかよっ!? 何でそれを早く言ってくれないんだ!?」

 大砲まで召喚出来るならば、禍蛇まがへびのような恐ろしい敵と戦う時や、異世界での戦争を収めるのにも利用価値がある。これは新たなステージが見えてきたか?


「内緒にしていたつもりはないがなぁ。とはいえ、大砲のような大きな力を持つ武具は、召喚する術者の体にも大きな負担がかかるからのう。今はまだ時期尚早と言えよう」

 タケミナカタは腕を組み、うんうんと二度頷く。そう言われ察した修馬は、一気に消沈し肩を落とした。やはりそう簡単にチート級の能力は手に入らない。


「けど拳銃くらいなら、召喚出来るんだろ?」

 伊集院がタケミナカタの肩をノックするように叩きながら、軽く質問する。


「それはまあ、出来るじゃろうなぁ」

 そしてあっさり肯定するタケミナカタ。出来るのかよ!


「物は試しじゃ。とりあえず、やってみるがよい」


 そう促され、修馬は初代守屋光宗『贋作』を地面に丁寧に置いた。手から離れた刀が霧のように消えたのを見届けると、頭の中に銃を思い浮かべる。


「……出でよ、拳銃!」

 掲げた右の手のひらが閃光を放つ。そして光が渦巻くと、修馬の手の中に黄色い原色のいかつい銃的なものが出現した。静まる守屋家の庭先。


「それ、『エアーブラスター』じゃねぇかっ!?」

 伊集院が叫んだ。そうこれは修馬たちが小学生の頃にちょっとだけ流行った、エアーブラスターという名称のスポンジ弾を発射する玩具だった。


「懐かしいな」

 修馬が引き金を引くと、スポンジ弾は真っすぐに飛んでいき伊集院の左胸に命中した。俺はこの玩具が昔から得意だったのだ。


「ふざけてんのかよ! こっちは真面目にアドバイスしてやってんのに!」

 ガチで怒り出す伊集院。まぎれもない正論なので、大した言い訳も思いつかない。


「いや、銃って言っても、実際に見たこと無いからなぁ」

「見たことないやつは召喚出来ないのか!?」

「どうだろ?」

 タケミナカタに目を向けると、彼は当たり前だろと言わんばかりに顎だけで頷いた。むかつく顔である。


「術者が明確に想像出来ないものなど、召喚出来るはずもなかろう」

 彼の言い分はそういうことのようだ。現物を見なくては召喚出来ないのであれば、アメリカにでも行って、ガンショップを巡るしかない。


「画像だけじゃ駄目なのか?」伊集院は聞く。

「写真機の画像か。出来なくもないだろうが、お前たちの持つスマートフォンとやらで活動写真が観れるであろう」

 タケミナカタは、縁側の木台に置かれた伊集院のものを思しきスマートフォンを指差す。


「活動? 何だそれ。動画のことか?」

「そう、動画じゃ。それであれば静止画よりは遥かに想像しやすいからな」


「おお、やった!」

 修馬と伊集院は声を合わせた。チート能力、ここに覚醒せり。


 対して仲が良くもない伊集院と思わずハイタッチしてしまう程喜んだ修馬だったが、その後約2時間程、動画サイトで射撃場の映像を延々見せられてしまい、うんざりすることになってしまうのだった。

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