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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第25章―――
125/239

第124話 異端の芸術家

 闇夜に灯る真っ赤な炎。

 積み上げられたおびただしい数の死体が、ココの炎術によって音を立てて燃えている。修馬とココとマリアンナは、立ち込める黒いすすを避け、少し離れた場所でそれを眺めていた。


 目の前で弾ける炎が、マリアンナと最後に別れた炎上するセントルルージュ号の光景に重なって思い出される。


「ごめん、マリアンナ。俺は友理那のことを守り切ることが出来なかったんだ……」

 静かな懺悔室で己の罪を告白するように、修馬は抑揚のない声でつぶやいた。あの時、マイアンナに友理那のことを託されていたのに、俺は天魔族の手から守ることが出来なかったのだ。


「私もあの沈みゆく船の上で、天魔族の女に抱えられ夜の空を飛んでいくユリナ様の姿を目にしていた。最早、どうすることも出来なかったが、あの状況ではむしろ、奴らにさらわれた方が命の保証はできたのかもしれない。しかしシューマが生きていてくれたことが本当に何よりだ。お前にばかり負担をかけてしまい、すまなかった」


 マリアンナはこちらを攻めることなく、労わりの言葉をかけてきてくれる。非常にありがたいことだが、自責の念は少しも晴れなかった。もしかすると口汚く罵ってくれた方が、楽になるのかもしれない。


「天魔族の女は、友理那の命を奪うことはないと言ってくれた。奴らの大願を果たすには、友理那の力が必要だからって……」


「ふむ、今はそれを信じよう」

 マリアンナは考え込むように口に手を当てると、ココの姿を見下ろした。 

「ココ様もご無事で何よりでした。魔霞まがすみ山の噴火を目の当たりにした時は肝を冷やしましたが、『無垢なる嬰児みどりご』の封印は大丈夫でしたか?」


 自身の柔らかくカールした髪をほぐしていたココは、隣にいるマリアンナの顔を見上げた。

「残念だけど、無垢なる嬰児みどりごの封印は解けてしまったんだ。だけど成長する前にどうにか時空の狭間に再封印することに成功したからしばらくは平気だと思う。まあ、封印を守護する聖地のような存在がないから、帝国の人たちに封印を解かれてしまう前に、僕はシューマと一緒に帝都に向かっているんだけど」


「そうですか。ココ様も帝都レイグラードに……」

 マリアンナは、炎に視線を移しそう呟いた。燃える死体の山はバチバチと音を立て、そして異臭を辺りに漂わせる。


 背後に人の気配を感じたのは、丁度その時だった。

 砂の擦れる音に反応し振り返ると、縦巻きドーリーヘアに大きな黒いリボンを付けた、ゴスロリ風の小さな少女がしょんぼりした様子で佇んでいた。


「僕の芸術作品が……。燃やしたのは君たち?」

 可愛らしい声とは裏腹に、やけに迫力のある口調でこちらを威圧する幼き女の子。何者だろうか?


「大きな黒いリボンに、磁器人形のような真っ白い肌。その特徴的な容姿は噂に聞いている。貴様がローゼンドール・ツァラだな」

 マリアンナは彼女に対し、その名を呼んだ。それはココが言っていた、『動く死体』を作り出したという魔女の名だ。


「僕のことを知っているの? ということは、あなたたちも変人ね!」

「私は変人ではない。これ以上、死体をもてあそぶのは止めてもらう。近隣の住人が怯えているからな」


「えー、何で僕の芸術が理解出来ないの? けど燃やしていない死体もあるということは、あなたたちもその死体で何かしらの作品を作るつもりね」


 ローゼンドールはクスクスと笑いながら、修馬の傍らに寝転がる伊集院の死体を指差した。これはそのうち生き返るはずだから燃やしていないだけで、当然こんなもので芸術作品を作るつもりは毛頭ない。


「お前のような奇人と一緒にするな。止めないのであれば、力尽くでも止めさせるぞ」

 剣を抜くマリアンナ。だがローゼンドールはそれに恐れることはなく、むしろ待ってましたとばかりに戦闘態勢をとった。


「じゃあ、燃やされた材料の補充でもさせて貰おうかしら。僕の魔法でね」

 ローゼンドールは、胸の前でボールでも掴むように手のひらを近づけた。その中で小さい稲妻がバリバリと泳ぎ出す。


「ちょっと待って、ローズ。死体を燃やしたのは僕だよ」

 ココが声をかけると、ローゼンドールは血走った目で睨み、腕を大きく伸ばした。

「ならば、そっちのあなたから死体にしてあげるわ!!」


 ローゼンドールの手のひらから、黄色いいかづちがほとばしる。だがココが手にした振鼓ふりつづみの杖を前に掲げると、雷はくるりと方向を変え、ローゼンドールに跳ね返っていった。爆音と共に、遠くに吹き飛ばされるローゼンドールの小さな体。


「えっ……。僕の雷術が効かない。嘘でしょっ!?」

 狼狽うろたえながら起き上がるローゼンドール。少女のようだが、意外と丈夫な体をしている。


「やあローズ、久しぶりだね。僕だよ。ココだよ!」


 そう呼ばれ戸惑いの表情を浮かべるローゼンドールだったが、相手の顔をまじまじ確認すると髪についた砂を払い、そして飛び込むように地面に跪いた。


「だ、大魔導師ココ・モンティクレール様!! 何故貴方様が、このような小国にいらっしゃるのですか!?」

 その存在に気づいた瞬間、態度を一転させるローゼンドール。ココは彼女と知り合いだと言っていたが、どういう関係性なのだろう?


魔霞まがすみ山の屋敷が崩壊しちゃったからね。ちょっと帝国に行って、皇帝と話がしたいと思ったのさ」

「皇帝……、成程。帝国のゲス野郎共を皆殺しにして、死体の山を築くのですね。それでしたら、僕にもお手伝いさせてください!」

 危険な思想を持つローゼンドールに、流石のココも作り笑いを浮かべる。


「……そこまではしないかな。ところで、ローズは帝国のことが嫌いなの?」

「当たり前ですよ! あいつら、ユーレマイスの至宝と呼ばれる『星の鼓動』を海の底に沈めやがったんですからね」

 ローゼンドールは激しく憤る。よくはわからないが、やはりそこは芸術家として許せないことなのかもしれない。


「一つ聞いてもいいだろうか、ローゼンドールよ」

 剣を鞘に戻したマリアンナがそう聞くと、ローゼンドールは勢いよくかぶりを振った。 

「何だ、言ってみなさい。ココ様の従者!」


「芸術家、ローゼンドール・ツァラと言えば、あの『三豪家さんごうか』ガーランド家の血筋と伺っているが、良好な関係であるはずのグローディウス帝国を敵に回すような発言をするのは色々とまずいのではないだろうか?」


「知るか、そんなことっ! 僕は帝国もあの一族のことも興味はないし、ガーランド家の血筋であることを誇りに思ったことなどただの一度もない!!」

 はっきり、きっぱりと断言するローゼンドール。それを聞きながら修馬は頭の中で考えを巡らせた。ガーランド家という一家のことについては全く知らないが、その名は三豪家という言葉と合わせて聞き覚えがある。


 三豪家。それは石の森にある蜃気楼の塔で聞いた言葉だ。シャンディ・ビスタプッチの『ビスタプッチ家』、そしてライゼン・モレア・マルディックの『マルディック家』。あとは『ガーランド家』が集まれば、新しい歴史が作れそうだとココが発言していたはず。


「……ところで、三豪家って何なの?」

 ココに小声で尋ねると、彼はこう教えてくれた。


 三豪家とは一千年前に、ウェルセントの地に国を造りだした3つの一族のこと。政治をビスタプッチ家が、道路や建物の整備をマルディック家が、そして国防と侵略をガーランド家がそれぞれ担っていたのだという。


 そして現在、ウェルセントを首都とするユーレマイス共和国はビスタプッチ家が治めているが、ガーランド家の当主も別の土地でベルクルス公国という国を治めており、その名を馳せているのだそうだ。


「じゃあ、ガーランド家も立派な一族なんだね」

 何気なしにそう言うと、ローゼンドールは噛みつくような勢いで口を開いてきた。


「立派なものか! ガーランド家は武器を売りさばいて富を得ている死の商人。あの星の鼓動を消失させたセントルルージュ号の沈没も、世間的には虹の反乱軍がやったことになっているけど、実際はベルクルス公国の海賊がやったことだからなっ!」


 自分のやっていたことを棚上げにして、他人の悪行は口から飛沫を飛ばして文句を言うローゼンドール。だがそんな彼女を見ながら、修馬は少しだけ安堵することがあった。疑っていたわけではないが、やはり虹の反乱軍隊長のアーシャ・サネッティが言っていた通り、彼女たちがセントルルージュ号を沈めたわけではないということがわかったからだ。


「星の鼓動を消失させたのがベルクルス公国の海賊って、ローズ、それ本当?」

「これが本当なんですよ、ココ様。この間、東ストリーク国の首都フレスコットでいとこのマウルくんに会ったんですけど、彼が言うにはガーランド家お抱えの海賊が、虹の反乱軍の旗を偽り、セントルルージュ号を襲ったのだそうです」

 ココの耳元でローゼンドールは言う。だが声が大きいので、こちらにもだだ洩れだ。


「ふーん、戦争が起きればガーランド家が潤うからねぇ」

「そうなんですよぉ、ココ様。そして死体が増えれば、僕の材料もうるお……っおっと口が滑った」

 にやにやした顔で口を押えるローゼンドール。やっぱりこいつは、やばい奴のようだ。


「ところでローズ、君はこの灯台に住んでいるのかい?」

 ココの言葉に、ローゼンドールは首を横に振る。

「いえいえあそこはただの工房で、今は近くの小屋に住んでるんですよ」


「じゃあ夜も遅いから、今夜は泊っていっても良いかな?」

「こ、光栄ですっ! 従者の2人にもうまやがあるんで心配ないですよ」

「またまたー」

「えへへへー」


 厩の話はココは冗談だと思っていそうだが、絶対ローゼンドールは本気だと思う。修馬は顔を引きつらせて、小さく鼻を鳴らした。


 とはいえ、こんなやばい魔女と同じ屋根の下で寝たら、命が幾つあっても足りないので、馬小屋の方が遥かにましなのかもしれない。

 そんなことを思いながら、修馬は伊集院の死体を見つめ、そして首を上げると星も見えない漆黒の夜空をぼんやり眺めた。


  ―――第26章に続く。

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