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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第25章―――
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第119話 飛ぶ魔法

 高い山の裾野に広がる緑豊かな平原を歩く、修馬たち一行。現在、蜃気楼の塔と呼ばれるライゼンの住処から、ランシスという港町を目指している。そこは伊集院が『動く死体』として捕らえられていた町でもあった。


「憂鬱だ……」

 伊集院は歩きながら無駄に大きなため息をついた。


「伊集院はセントルルージュ号から海に投げ出されて遭難してから、その町の海辺に打ち上げられたんだっけ?」

 そう聞くと、伊集院は不快そうに眉を寄せた。

「ああ。浜で目が覚めたと思ったら、そこの町人にスコップみたいのでぶっ叩かれて殺されたんだよ。俺にとっては踏んだり蹴ったりな町だ」


 そして伊集院は地下牢に閉じ込められた挙句、更にそこからライゼンにさらわれたのだから、踏んだり蹴ったり殴られたりな気持ちだろう。


「けどオミノスの生贄にされずに済んだのは良かったよね。いくら不死の体だとしても、龍神に捧げられたのではどうなるかわからないからねぇ」

 微笑ましい顔でココは言う。生贄というからには、すぐに生き返ったのでは命を捧げる意味がないし、ココの言うように無事では済まないのかもしれない。


「だからといって、自分の力でオミノスを倒そうなんて恐ろしい発想には至らなかったけどな」

 伊集院は皮肉でも言うようにそう言い捨てた。彼の守護神であるオモイノカネは禍蛇まがへびの討伐に賛同していたが、彼自身はまだそのことに納得していないようだ。


「確かにオミノスは封印するもので、倒そうなんて発想は僕にもなかったなぁ」

 大魔導師と謳われるココも、概ね伊集院の意見に賛同しているようだ。修馬にしても禍蛇に関しては未知数過ぎて想像すらできない状態だったのだが、こうも否定されると流石に不安しかなくなってくる。


 薄闇が迫る空の下、しっとりとした草を踏みしめながら歩いていくと、東の方角から涼し気な潮風が吹いてきた。目的の港町は近いかもしれない。


 そして緩やかな傾斜を上っていく3人。するとそこは直角に近い角度で切り立った高い崖になっていた。東からの風が強く吹き抜ける中、修馬たちはその先端に静かに立ち尽くす。


 そこからは遠く広がる海が一望することができた。今はもう夕暮れ時だが、日中に眺めることができたなら、それは美しい光景だったろう。


「この下に見えるのが、ランシスの町だな」

 伊集院が言うので眼下を見下ろす修馬。丁度真下に位置する浜辺の近くに、こじんまりとした集落が存在していた。入り江には港があり、多くの船がひしめき合っている。


「けど、ここからどうやって下まで行くんだ?」

 そう聞くと、ココは右の方に視線を向けた。南東の方角に人ひとりが通れる程の狭い下り道があった。あそこから崖を下るらしい。ここまでかなり歩いてきて足に疲労が溜まっているが、ここが最後の難所のようだ


「修馬、お前魔法は全く使えないのか?」

 突然伊集院に言われ、きょとんとした後に小さく頷く修馬。タケミナカタの能力は武器とスイーツを召喚するだけだ。魔法何て使うことは出来ない。


「後はここから下りるだけだから、飛翔魔法を使って町に向かおうぜ」

「飛翔魔法? 飛ぶのか? お前、こっから飛べんのか!?」

 2人は共に下を見下ろす。かなりの高さがある。ビルの20階、もしくは30階くらいはあるのではないだろうか? だが伊集院は途中ジュノーの村で購入した魔法使い用のとんがり帽子の広いつばを掴み、頭部にフィットさせるといやらしい笑みを浮かべた。


「スカイダイビングみたいなもんだ。魔法の力で空を飛ぶってのは気持ちの良いもんだよ。なあ、大魔導師ココ」

「そうだねイジュウィン。ん? イジューウィン、イジュ……。なんだか言いづらいからイジュでいっか」

 少しだけ申し訳なさそうに肩をすくめるココ。伊集院は微妙に口を曲げたが、気持ちを切り替えるように一つ息をつくと、力を込めるように前傾姿勢になった。


「俺がお手本を見せてやる。……『ウイングフォーム』ッ!!」

 伊集院の背中から翼が生えた。半透明で七色に光る玉虫色の翼。つまりそれは玉虫の羽。伊集院に天使の翼は似合わないので、そういうことにしておこう。


「先に行かせてもらうぜ」

 己に酔ったように鼻先を擦ると、伊集院はおもむろに崖の先端から飛び降りた。真っ逆さまに降下していくその姿を見て、修馬は痺れるような足のすくみを覚えた。幾らこちらの世界では死なないとはいえ、やはり高いところは当たり前に怖い。


 恐る恐る崖の下を覗き込む修馬。翼を持った伊集院は、崖の中間くらいの高さをグライダーのように平行飛行していた。そういえばあいつは、現実世界でも浮いている存在だったな。


「じゃあ、僕らも後を追うよシューマ」

 背伸びをして崖の下を見下ろすココ。だがそうは言われても修馬は飛ぶことが出来ない。


「だから、俺は飛べないよ」

「あれ、そうだっけ? 前に2本の短刀を使って飛んでなかった?」

 ココは顎を上げて斜め上を見つめる。多分、戦鬼から逃げる時に涼風の双剣で飛ぶように走ったことを言っているようだ。


「確かにあの武器を使えば軽く浮くくらいは出来るけど、ガチで飛ぶのは無理だから。絶対に無理!」

「そうかぁ。じゃあ、僕の魔法で一緒に飛ぼう。とりあえず肩につかまって」


 振鼓ふりつづみの杖を足元に向かって大きく振るココ。カロンという調べと共に、緩やかな風が円状に走った。

「悠久の時をめぐる風の精霊よ、その清らかな歌声をここに奏でたまえ」


 穏やかだったつむじ風がその回転数を増してきた。慌ててココの肩を掴む修馬。2人の髪は逆立つように舞い上がった。体ごと持っていかれそうな強い風。

「それじゃあ行くよ!」


 辺りの草を巻き上げながら、上昇気流が立ち昇る。ゆっくりと浮揚するココに合わせて、彼の肩を掴んだ修馬の体も宙に舞い上がった。重力が無くなってしまったかのような圧倒的浮遊体験。喜びと恐怖と高揚する気持ちが入り混じり呆然と空を眺めていると、修馬たちはいつの間にか崖から離れ、高さ100メートルの空の上を漂っていた。理由はわからないが、無意識に目から涙が零れる。


「イジュはこのままランシスの町まで飛んでいくみたいだから、僕たちもその後を追うよ。けど最近魔法の調子がおかしいから、途中で落ちちゃったらごめんね」


「うん、わかった。……え、落ちるって……あああああっ!!!」

 ココに引かれるように一緒に飛んでいく修馬。2人は矢のような速度で、眼下の港町に滑空していった。

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