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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第25章―――
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第118話 ライゼンの想い

 テーブルの向かいに座る伊集院は、皿に盛られた大量のワッフルを頬張りながら、かんかんに怒っている。甘い食べ物を食べながらよくそんなに苛々出来るものだ。我が幼馴染ながら感心してしまう。


「だいたいお前、もぐもぐ。なんですぐに、もぐもぐ。気づかないんだよ、もぐもぐ。こっちはずっと、もぐもぐ。叫んでたから、もぐもぐ。声が枯れて、もぐもぐ。ふらふらになったつぅんだよ! もぐもぐ……」


 咀嚼しながらなので何を言っているのかいまいち理解しにくいが、どうも牢屋の中に居た伊集院はライゼンの認識操作により食堂側からは確認できなかったが、牢屋側からは食堂が丸見えの状態だったようだ。何度も何度も助けを求めていたのに、こちらの人間は完全に無視状態だったため、牢屋から出してあげた今も怒り心頭な上にお腹ぺこぺこでご覧の有様なのだ。


「そもそもお前はこのライゼンとかいう奴から助けるって言ってたのに、何で仲良しになってんだよ? おかしいだろっ!」

 上座に腰掛けるライゼンを真っすぐに指差す伊集院。確かに彼の主張は正しいのだが、それでも仲良しという表現は勘弁願いたいと思う修馬なのだった。


「けど帝国の奴らに捕まらなくて良かったじゃないか。お前、あの帝国憲兵団のフィルレインに捕まってたらオミノス復活の生贄にされるところだったんだろ?」

「それはそうかもしんねぇけど、俺はこいつに殺されかけてるんだからなっ!」


 伊集院がテーブルを叩くと、皿に盛られた大量のワッフルが幾つか転げ落ちた。だがライゼンは興味もなさそうに耳の裏を指で掻いている。


「悪かったな。お前が黄昏の住人だと思ったら、妙に舞い上がっちまってな」

 ライゼンは謝罪するが、伊集院はまるで納得していない様子。そしてそれは、以前ライゼンに首を裂かれた修馬も同じ気持ちだった。


「龍神オミノスが復活する時、黄昏の世界から勇者が降臨する……。よくライゼンさんが言ってましたからね」

 伊集院のティーカップに新しいお茶を注ぎながらフォンが言った。


「そう。それは死んだ親父が、ことあるごとに言っていた台詞。そして俺は先日、黄昏の住人がこの世界に降臨していることを確信したんだ。大地震の後、魔霞まがすみ山が噴火し、天は暗雲で閉ざされた……。それこそがオミノス復活の予兆だからな」


 星の鼓動と呼ばれる魔玉石がセントルルージュ号と共にレミリア海に沈み、異世界は天変地異に見舞われた。そして不運にも、修馬はそのタイミングでこのライゼンと出会ってしまった。その後首を斬られ、一度は息絶える修馬。ライゼンが黄昏の住人を捜していることは理解できるが、どうして自分がこんな目に合わなければいけなかったのか?


「ライゼンさん、自分の仲間を見つけたって大喜びしてたんですよ。この人、子供みたいなところあるから」

 横にやってきたフォンが、修馬のティーカップにもお茶を注いでくれる。だが、修馬はそのお茶は口にせずに、ライゼンの顔を強く睨んだ。


「大喜びしてるのなら、何故、俺を殺す必要があったんだ?」

 強い口調で修馬は問う。ライゼンは息を漏らすと、多少申し訳なさそうな顔で小首を傾げた。


「黄昏の住人である勇者モレアは、殺しても奇跡の力ですぐに蘇ったと伝え聞いている。つまりお前が黄昏の世界の住人であることを確認するには、殺してみるのが一番手っ取り早かったわけだ。強引なやり方だったと、今は反省しているけどな」


 殺された理由にしては、それはあまりにも雑な言い草。だが修馬ではなく伊集院がその言葉に食いついた。

「勇者モレアが黄昏の住人……? お前、何を言ってるんだ?」


 伊集院も異世界の偉人、勇者モレアのことは知っているようだが、流石にそのモレアが我々の現実世界の人間だということは初耳だったようだ。


「ああ。よくわからないけど、どうもそうらしいぞ。お前、牢屋の中で俺らの話、聞いてなかったのか?」

 修馬がそう言うも、伊集院の表情は硬い。牢屋の中では、本当にふらふらで倒れていたようだ。


「そんでライゼンは、その勇者モレアの末裔なんだって」

「勇者の末裔っ!?」


 驚きと共に、ライゼンの見る目が一気に変化する伊集院。だがどこか疑っているような表情でもある。

「だから自分のルーツである黄昏の住人を捜してたってわけか。でも、仲間を捜してどうしようっていうんだ?」


「どうしようってことはない。仲間がいるなら会ってみたいもんだろうよ……」

 言葉少な気にそう語るライゼン。彼が黄昏の住人を捜している理由はよくわからないが、フォン曰く、親類のいないライゼンは両親を失った子供を集めて孤児院を作り、それを家族の代わりにしてるとのことだった。


 そこにきて修馬はふと、クリスタ・コルベ・フィッシャーマンが言っていたことを思い出した。それはクジョウ・マルディックという名前の人物。クリスタはクジョウのことを、ライゼンのお姉さんだと言っていたはず。


「なぁ、ライゼン。話は変わるけど、クリスタが言ってたクジョウって人は、お前の本当の姉ちゃんなのか?」


 そう言うと、食堂の中に沈黙が落ちた。ライゼンは不愛想に膨れているし、フォンも興味はあるけど聞いていいのかわからないといった複雑な表情を浮かべている。


「駄目だよ、シューマ!」

 その時、ココが声を上げた。どうしてなのかと思い振り返ると、ココは「そのことは内緒にして欲しいって言ってたよ!」と頬を膨らませた。いや、ピュアピュアかっ!


「天魔族の言うことなんて真に受けなくて良いんだよ。そもそもこっちは、内緒にするなんて約束はしてないわけだし」

「……確かに一理ある」

 納得したココは、大きく頷いて椅子に座り直した。しかしクリスタは何で、それを知っていたことを内緒にしてほしいなどと言ったのだろうか? 誰に対して内緒にすればいいのかもわからない。


「確かにクジョウは俺の姉だ。10年くらい前にここを出ていったっきり会っていない。生きてるのか死んでるのかもわからなかったが、あの天魔族の言い方だとクジョウは生きていて、今は帝国に住んでいるみたいだな」

 何かを思い返すようにライゼンは語る。家族に執着していると思われるライゼンは、やはり姉のことを捜しに帝国に行くのだろうか?


「行くのか? 帝国に」

 修馬が尋ねると丁度その時、食堂の外からガコンッという大きな音が鳴った。これはからくり昇降機が到着した音だ。シャンディを下まで送ってきた子供たちが戻ってきたようだ。わらわらと食堂に入ってくる。


「帝国には行かねぇ。俺はこいつらの面倒見なきゃいけないからな」

 ライゼンは集まってきた子供たちの頭を撫で薄く笑った。だがフォンだけは白けた目をライゼンに向けている。よくわからないが、この子たちの面倒を見ているのは私だと言いたげな表情だ。


「俺たちはこれから帝国に向かう予定だ。もしもクジョウという名の女性に出会うことが出来たなら、でかい塔に住んでるアホが心配していたことを伝えておいてやるよ」

 修馬はあざけるようにそう言ったが、ライゼンは表情を変えない。まあ規模が一つの国となると、出会うことは奇跡に近いのだろう。


「なあ、兄ちゃん。お前は帝国に行って何をするつもりなんだ?」

 改めて問われる帝国への旅の理由。だけどそれって、何だったっけ?


「ユーレマイス共和国とグローディウス帝国の戦争を止めるためだよ。争いによって生み出される人間たちの悪意が、龍神オミノスの成長に影響を与えるかもしれないからね」

 修馬の代わりにココがそう答えた。


「戦争を止める……か、それは高尚なことだ。では黄昏の世界の魔道士、お前はどうする?」

 ライゼンは口角を上げ、伊集院に目を向ける。


「こいつらだけで帝国に行っても犬死するに決まってるからな。帝都レイグラードの地理に詳しい俺が一緒についていってやる。それが俺の守護神、オモイノカネの意向だ」


 その伊集院の言葉に反応するように、テーブルの上に白い球状のオモイノカネと、ついでに黒い球状のタケミナカタも出現した。

 初見だったフォンと子供たちは、驚いたように目を丸くしたが、一度タケミナカタを見たことがあるライゼンは、腕を組んだまま椅子にもたれかかっている。


「そうか。お前らは黄昏の世界の神様の力を借りて、星巡りをしているのか」

 ライゼンはそう言うと、ゆっくり天井を見上げた。彼の造っているこの塔も、世界間の移動、つまり星巡りに使う道具だということだった。自分の夢である現実世界と異世界の旅をしている修馬と伊集院に対して、ライゼンは今どのような思いを抱いているのだろうか?


「帝国には恐らく俺の姉、クジョウがいるのだろう。さっきの天魔族の女がそれを知っていたということは、もしかするとクジョウはあいつらの仲間になっている恐れがある。姉も俺同様、天魔族の血は薄いし邪号を暴かれても魔族化することはないが、クジョウには俺にはない強い魔力を持っている。万が一、敵対するようなことがあるとするなら、充分に気を付けるんだな……」


 ライゼンは静かに茶を口にした。修馬も合わせてフォンの淹れてくれたお茶を飲み干す。花のような甘い香りと、セイロンティーのような仄かな苦みが口の中に染みるように広がっていった。

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