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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第25章―――
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第117話 奇術師の能力

「見事に引っ掻き回してくれたもんだぜ。全くよぉ」

 大階段を一瞥し、食堂の方に歩いていくライゼン。その台詞は煽るだけ煽って去っていったクリスタに言ったのだろうが、風属性の魔法でフロア内を無茶苦茶にしたココに対する文句にも聞こえなくない。


「けど彼女は気になることも言っていたよ。この国から出るのは難しいって」

 しかしココは、そんなライゼンの言うことなど気にする様子もなく、ポンチョの裾を持ち上げるとその中に振鼓ふりつづみの杖を仕舞った。


「それは間違いなく、この国の内戦のことでしょう。帝国が支援している東軍は、こちらが思っているよりも早く西側に攻めてくるのかもしれませんね」

 シャンディは少しもどかしそうに言うと、ここまで登ってきたからくり昇降機を見つめた。


「おう、どうした? 軍人さんはそろそろ戦場に戻りたいみたいだな」

 茶化すようにライゼンが言う。だがそれは、その通りなのかもしれない。敵が攻めてくるなら、シャンディも准将という立場上、こんな所にいるわけにはいかないはずだ。


「からくり昇降機の使い方は簡単だが、野蛮な軍人に壊されては困る。しばらくしたらフォンの奴が戻ってくるだろうから、帰るならあいつに送って貰え」


 自分の粗暴さを棚に上げ、ライゼンは言う。すると階段の下に隠れていたフォンが、そこからひょっこりと顔を覗かせた。

「私ならここにいますよ」


「何だお前、そんなところに居たのか。けどまあいい。このビスタプッチ家の嬢ちゃんを、下まで送ってやってくれ」

「わかりました。けど他の皆さんは良いんですか?」

 きょとんとした顔で聞いてくるフォン。ライゼンは笑みを湛え、鼻先を擦った。


「この兄ちゃんは折角出会った黄昏の住人だ。もう少しゆっくりしていって貰おう。菓子をご馳走になった礼もある。魔導師のガキは一緒に帰って構わないがな」


 だがココは、そう言われてもまるで無視するように食堂に戻っていった。どうやら長居していくようだ。反対にシャンディは、一刻も早く帰りたいようにからくり昇降機の前に歩いていく。


「子供たちの手前、刃こそ向けなかったが、貴様が私の敵であることに変わりはない。せいぜい戦場で出会わぬように、気を付けるのだな。ライゼンとやら……」

 シャンディはフォンによって開けられた昇降機に乗り込む。ライゼンは困ったように「いや、刃は向けただろ……」と言ったが、彼女を乗せた昇降機はすでに下に下りてしまっていた。


「戦争は止められないのかな……」

 独り言のような修馬のつぶやき。それを聞いていたライゼンはため息をつくと、背中を向けて食堂へ入っていた。


「ストリーク国が東西に分かれてしばらく経つ。ここまで来て、お互い出した拳は引っ込められないだろ。俺は軍人どもがいくら死のうと興味はねぇが、これ以上戦争孤児が増えられると困るんだ。俺1人の力じゃあ、とても支えきれねぇからな」


「ふーん、お前は戦争孤児を保護して、ここで育てているのか?」

 疑問を口にする修馬。ライゼンは面倒くさそうに振り返ると、じっとりとこちらに視線を向けた。


「あのなぁ。俺がそんな慈善活動をするわけないだろ。子供らはあれだ。そのぉ、塔を造る作業員として使っているだけだ」

 合点がいくようで、今一つ釈然としないライゼンの説明。先程の言葉と矛盾しているような気がする。


「難しく考えないでください。ライゼンさんは家族を作りたいだけなんですよ」

 背後から現れたフォンがそう言ってきた。


「うわっ! もう戻ってきてたのかフォン!」

「別に戻ってないですよ。金髪の彼女は子供たちに頼んだので、ずっとここにいました」

 濃い紫色の髪をなびかせフォンはてくてくと歩き、ライゼンを追い抜かしていく。修馬も彼女の存在に気づいてなかったので、少しだけ肝を冷やした。この子こそ、認識を操れるのではないだろうか?


「親類のいないライゼンさんは、同じく両親を失った子供を集めて孤児院を作り、それを家族の代わりにしてる寂しい人なんです」

 言いにくそうなことを、はっきりと断言するフォン。ライゼンはそんな彼女のことを、恨めしそうな目で睨みつけた。


 何となく険悪な雰囲気になるかと思い修馬は口を塞いでいたが、特に言い争いになることもなく、とりあえず皆、食堂の元居た席に戻った。先に来ていたココだけは、部屋の白い壁をぺたぺたと触っている。何かを確かめるように。


「君は認識を操作出来るんだよね?」

 ココの言葉にライゼンは頷く。

「ああ、そうだ。俺は魔法なんてものは使えないが『認識の概念』を操ることが出来る。この塔が人の目に見えないのも、お前たちと会った勇者モレアの石碑で、最初に俺のことが認識出来なかったのも、全部その能力のためだ」


「認識の概念を操るか……、確かに奇妙な術だ。そしてこの部屋にはまだ違和感がある。君はその能力で、まだ何かを隠しているんじゃないのかな?」


 難事件を解決する名探偵の如く、何かに気づいた様子のココ。しかし修馬にはそれがわからない。わからないので警戒を強めるが、一方のライゼンは感心したように小さく口を開き、そして「ははは」と乾いた笑いを漏らした。


「さっきの天魔族の女には全くばれてなかったのに流石は大魔導師様、大したものだ。確かにお前の言う通り、この部屋には秘密がある。それがこれだ」

 ココの傍らに近づくライゼン。そして近くの壁をじっと見つめると、そこに向かってゆっくりと手を伸ばした。


 そこには確かに壁があった。汚れで軽くくすんでいる乳白色の壁。

 しかしライゼンが手で触れたその瞬間、だまし絵のトリックを理解した時のように、突然視界に入っていた白い壁が鉄格子のついた牢屋の入り口に変化した。


 何度も瞬きを繰り返す修馬。白い壁が鉄格子に変化したように思いはしたが、それは誤った表現なのだろうか? 元からそこには鉄格子があったのだが、どういうわけかその存在に気づくことが出来なかったというのが適格な表現なのかもしれない。


「へー、誰か居るよ」

 ライゼンの術に感心している様子のココが鉄格子の奥を指差す。真っ暗な牢屋の奥をよく見ると、そこに1人の青年が横たわっていた。黒いローブを羽織った魔道士のような男。


 それを目の当たりにした修馬は、唖然と口を縦に開いた。その中に居たのは、衰弱して倒れている伊集院祐だった。その時になってようやく思い出す、この塔にやってきた理由。ライゼンにさらわれたと思われる伊集院を助けるために、自分たちはこの塔までやって来たのではないか。


「伊集院っ! 大丈夫か!?」

 修馬が鉄格子越しに声をかけると、伊集院はのっそりと首をもたげた。

「お、お前、修馬……。何で……」


 彼は苦し気にそう言うと、再びばたりと倒れてしまった。

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