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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第25章―――
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第115話 その血筋

「朝からこんなに食ったのは久しぶりだ。甘いものだけで腹いっぱいにするのも悪くないな」

 満足そうに腹を押さえ、椅子の後ろにふんぞり返るライゼン。皆、好きな量のワッフルを食したのだが、出現した量が半端ないため、木箱の中に積み上げられたワッフルはあまり減ってないように感じる。


 3人の子供たちもモリモリ食べていたが、彼らは朝食を食べた後だったので、結局それほどの量は食べれずに椅子にもたれてお腹を抱えてしまっている。


「しかしワッフルとは聞いたことがない菓子だな。これはシューマの故郷の料理か?」

 シャンディにそう聞かれ、ワッフルを喉に詰まらせてしまう修馬。


「ごっ、ごほっ!! ……いや、故郷ではないけど、まあそんなとこかな」

 説明に困る質問をされ軽くむせたが、彼女に初めて名前を呼ばれたことがその原因とも言えなくない。


 それを聞いていたライゼンは天井を見上げ「あー……」と声を漏らした。

「どうかしましたか? ライゼンさん」フォンが問う。

「これが黄昏の世界の菓子かと思うと、腹だけじゃなくて胸までいっぱいになってくるんだ。わかるか、この気持ち?」


「黄昏の世界?」「黄昏だと?」

 フォンとシャンディが共に小首を傾げる。修馬も何となくそれに合わせて「たそがれ……」と口にした。黄昏の世界とは、この異世界で言うところの修馬たちが住む現実世界のことである。だが修馬はライゼンに対し、異世界転移してきた事実は伝えていなかったはずだ。


 修馬はにやにやと見つめてくるライゼンを睨みつつ、口の中に残ったワッフルを温かいお茶で無理やり胃の奥に流し込んだ。

「ライゼン……、お前は一体何者なんだ?」

「言っただろ。俺とお前は仲間だって」


 不敵な笑みを浮かべるライゼンを見て、修馬は表情を曇らせた。仲間ということはどういうことか? まさかこいつも、現実世界から来たとでもいうのか?


「俺に天魔族の血が流れていることは言ったと思うが、その天魔族同様に俺たち一族は『邪号じゃごう』と呼ばれる隠し名を持っている」


「邪号か。聞いたことはある。その名が明かされると、魔族としての真の姿を現すことになるというやつだな」

 事情を知っているシャンディが言う。だがそれは修馬も知っていたことだ。サッシャがココに邪号を暴かれた時、彼は人外の魔物へと姿を変えたのだ。


「その通りだ。まあ血が薄いせいか、魔物の姿になることこそないが、俺にとって邪号とはそれ以上に意味があるものなのさ……」

 テーブルを囲む人間をじっくりと見回すライゼン。不思議な緊張感が漂う中、修馬は口の中の唾液をゴクリと呑み込んだ。


「俺の名は、『ライゼン・モレア・マルディック』。ここまで言えば、どういうことかわかるよな?」


 その時、その場からあらゆる音が消えた。まるで時が止まってしまったかのような室内。モレアとは聞き覚えがあるどころではない、この異世界の勇者の名。そういえば修馬とライゼンが初めて出会ったもの、勇者モレアの石碑の前だった。これはどういうことなのか?


「モレア・マルディックだと……」

 口火を切ったのはマルディック家と因縁があるという、シャンディだった。しかしそんな彼女も、ライゼンの真の名までは知らなかったようだ。


「そうさ。俺たち一族には天魔族の血と共に、勇者モレアの血も流れている。それは黄昏の住人の血筋。俺がこいつを仲間だと言ったのは、つまりそういうことだ」


「……き、貴様は一体何を言っているんだ?」

 体を小さく震わせ、絞り出すような声でシャンディは問いただす。異世界の住人にとって、黄昏の世界は虚構のお話。それは例えば、宇宙人の話をしているようなものなのかもしれない。


「ライゼンさんが言うには、勇者モレアは黄昏の世界からきた人間なのだそうです。まあ、そうは言っても信じられませんよね?」

 きまりの悪そうな顔でフォンが聞いてくる。しかし勇者モレアが現実世界からやってきたという説は、修馬も知っていたこと。勇者モレアの石碑に日本語が記されていたことが、その確たる証拠だ。


「勇者モレアが黄昏の世界の住人かぁ。興味深い仮説だね。修馬はどう思う?」

 ココに聞かれ、修馬は答える。

「うん。前にアイルさんが言ってたんだ。勇者モレアは黄昏の世界の住人かもしれないって」


「へー、けど彼女が言うんだったら、正しいことなのかもねー」

「いや、アイルはココの弟子なんだよね? 弟子の方が知識が豊富ってどうなの」


 修馬がつっこむと、ライゼンは大きく片方の眉を上げた。

「アイル? そいつは星魔法研究の第一人者、アイル・ラッフルズのことか?」


「ああ。お前もアイルさんのことを知ってるのか?」

 そう聞き返したが、ライゼンは眉を上げたまま返事を返さない。代わりにシャンディが言葉を返す。

「ウィルセントにある星屑堂の店主ですね。あの店のパナケアの薬は、ビスタプッチ家の常備薬として重宝していますよ」


 シャンディもアイルのことを知っているようだ。同じユーレマイス共和国の国民なので、それは不思議なことではないだろう。


「……星魔法研究について聞いてみたいことがあったからその名は知っていたが、アイル・ラッフルズの師匠は確か大魔導師のはず……だったよな?」

 恐る恐る尋ねるライゼン。だがココがこくりと頷くと、逆に開き直ったように椅子に踏ん反り返った。


「くそっ。やべーガキだとは思っていたが、まさかモンティクレール家の人間だったのか……」

 ライゼンは悪びた顔でお茶を飲み干す。


「君が『三豪家さんごうか』の1つ、マルディック家の人間だというのも驚きだよ。ビスタプッチ家もいるし、後は『ガーランド家』の人間が集まれば、また新たな歴史が作れそうだね」


「そいつはつまらない冗談だ」

 ライゼンが言うと、幼い表情をしていたココが急に鋭く目を光らせ勢いよく席から立ちあがった。慌てたライゼンが、顔を塞ぐように両腕を掲げる。


「な、何だ!? やんのか、こら!」

「いや、来訪者だ。もしかすると、僕以上に招かれざる客……かな?」


 ココは着ているポンチョの中から、振鼓ふりつづみの杖を取り出す。カロンという優しい音が静かな室内に鳴ると、却って皆に緊迫感を覚えさせた。

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