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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第24章―――
112/239

第111話 幼馴染は腐れ縁

 老僧が去り一息つくと、修馬は不貞腐れたように立っている伊集院と対峙した。


「伊集院、お前は自分が龍神オミノスの生贄にされること知っていたのか?」

 そう問い質したのだが、伊集院は仏頂面のまま何も答えない。


「おい、聞いてるのか?」

 そう言って肩を軽く押すと、伊集院はまるで細いガラス細工のように簡単に膝が崩れ、地面に尻もちをついた。そして伊集院は痛がるわけでもなく、ただ死んでいるような目で呼吸を荒げている。


「だ、大丈夫か?」

 修馬は手を差し伸べたのだが、伊集院は呆然自失の状態でそこから動かない。ちらりと腕を見ると、七分丈の袖から見える肌にはぽつぽつと蕁麻疹のような大きな鳥肌が立っていた。ウェルターを倒したこの状況で、今さら何を恐れているというのだろうか?


「ああ、少し疲れているだけだ」

 伊集院はそう言ったが、そこから立ち上がろうとはしなかった。意識はしっかりしているようなので、修馬もそのまま会話を進める。


「お前、異世界の西ストリーク国の港町で牢屋に監禁されていただろ?」

「何、西ストリーク? 国の名前までわかんねぇけど、捕まっていたのは……、まあ間違いない。けど、何でお前がそれを知ってんだよ?」怪訝な表情を浮かべる伊集院。


「俺もその港町の隣にある村に滞在してて、それでその港町から来たある人間がそのことを教えてくれたんだ。町外れの牢屋に閉じ込められた怪しい奴を、帝国憲兵団が解放したって」

 修馬がそこまで言うと、伊集院は気持ちを落ち着かせるように深く息をついた。


「フィルレインの野郎が助けに来たことまで知ってるのか……。いや、助けに来たというのは少し違うな。あいつが俺を開放しに来たのは裏があったからな」

 そして伊集院は覚悟を決めるように息を呑むと、以下のようなことを話し出した。


 伊集院は異世界にて、天魔族の四枷よつかせと呼ばれる幹部の1人、ヴィンフリートに惨殺されたのだが、彼も修馬同様向こうの世界では死ぬことがなく、翌日生き返ることが出来た。何となくその法則に気づいた伊集院は、幾度となくヴィンフリートに戦いを挑んだのだが、結局勝つことは出来ず、気が付くと天魔族であるヴィンフリートに弟子入りしていたのだという。

 そこから魔法のイロハを教わり、力をつけて帝国内でもかなりの地位を築いたのだが、その後セントルルージュ号の沈没で海を彷徨い、とある港町の浜辺に打ち上げられ、動く死体として捕らえられた。


 そして、そこに助けに来たのが帝国憲兵団のフィルレイン・オズワルドだった。セントルルージュ号の沈没後、異世界では状況が一変しており、伊集院は時空の狭間に封じられた龍神オミノスを呼び戻すための生贄に選ばれてしまった。フィルレイン曰く、オミノスへの生贄は若い男である必要があるのだという。時空の狭間を開放するには、黄昏の世界の青年が最適なのだそうだ。


 しかし、それを聞いて大人しく言いなりになる伊集院ではなかった。鉄格子が開放された瞬間にフィルレインを突き飛ばし、そこからの脱出に成功したのだが、束の間、見覚えのない謎の大男に腹を殴られ意識を失ってしまった。


 おおよその話はこういうことだった。話を聞く限り、伊集院は修馬よりも早い時期に異世界に転移していたようだ。


「くそっ! あの男は何者なんだよ。フィルレインとあの大男だけは、絶対に許さねぇからなっ!」

 怒りに燃える伊集院を尻目に、修馬は自分の喉を軽く抑えた。異世界でライゼンに喉笛を斬り裂かれたのを思い出したからだ。


「その大男は多分、ライゼンっていう男だよ」

「あ? 修馬、知ってる奴なのかよ?」

 驚いたように振り上げた拳を下す伊集院。修馬は視線も合わせずに静かに頷いた。


「『奇術師』っていう異名を持つ、人さらいの賊だ。俺はそのライゼンを追って、『石の森』っていう地域にある『蜃気楼の塔』を目指しているんだよ」

「人さらいだと? お前は何の目的でそいつを追ってるんだ? 異世界で人助けでもしてるのか?」

「いや、成り行き上追ってるだけで、そんな高尚な気持ちはないよ。俺たちの旅の目的はグローディウス帝国に向かい、皇帝ベルラード三世と謁見すること。ただそれだけだから」


 修馬がそう言い切ると、伊集院は立ち眩みでも起こしているかのように、ふらふらと頭を左右に揺らした。

「皇帝に謁見する? 全く質の悪い冗談だ。帝国議会に顔が効く俺ですら陛下には会ったことがないのに……」


「何だ、伊集院も皇帝の顔を見たことがないのか」

「顔というのなら、帝国民は誰もそのお顔を拝見したことがないはず。陛下は『劇仮面の皇帝』と呼ばれ、マスクで常に顔を隠しておられるからな」

 自然に丁寧な口調になる伊集院。裏切られた今でも、皇帝に対する忠義は残っているようにみられる。


「お前、帝国と天魔族に騙されたんだろ? それでも皇帝のことを敬称で呼ぶのか?」

 修馬はそう聞いたのだが、伊集院は黙ったまま何も答えない。続けて珠緒も声をかける。


「異世界での事情は私にはわかりませんが、クラスメイト同士で争うのはよくありません。それにこのままでは、こちらの世界も禍蛇まがへびによって破滅するかもしれません。広瀬くんもそうですが、伊集院くんにも神の力が宿っています。どうかその力を私たちに貸してくれませんか?」


 珠緒の言い方の方が自尊心を傷つけることがなかったのか、不貞腐れていた伊集院がゆっくりと顔を上げた。

「修馬、お前は龍神オミノスを倒すつもりなのかよ」

「ああ。あれが復活したら皆死んじまうんだろ? どうせ死ぬなら自分たちで倒すしかないだろ」


 修馬は自分でも驚くほどはっきりとそう宣言した。今までは蘇ろうとしている禍蛇まがへびを再び封印するつもりでいたのだが、俺は本気で禍蛇まがへびを倒すつもりなのか?


「……天魔族も恐れる破壊神を倒すとは、全くめでたい頭をしてる奴だな」

 伊集院が捨て台詞を吐くと、それに被せるようにオモイノカネが「テケテケテケッ!」と笑い出した。

禍蛇まがへびを討つとは確かに面白い。それであるなら我も力を貸そうではないか」


「おい。勝手なことを言うなよ、オモイノカネ! お前までオミノスを倒すとか本気で言ってるのか?」

 声を荒げる伊集院。しかしオモイノカネはそれをいなすように薄笑みを浮かべた。


「勿論ですよ。智神ちしんであるがゆえに気づいてしまいました。魔王ギーでも禍蛇まがへびを封印することくらいは可能かもしれませんが、建御名方神たけみなかたのかみの加護を受けるこの小童こわっぱなら、もしかすると禍蛇まがへびを完全に滅することが出来るかもしれませんよ」


「……それはどういうことだよ?」

 伊集院は問いただす。しかしそれに答えたのはオモイノカネではなく、修馬の肩の上に乗った黒い球状のタケミナカタだった。


「儂の軍神としての力を、ようやく理解出来たようじゃな。流石は智神。共に禍蛇まがへびを討とうではないか」

「テケテケテケッ。そんな小さな姿で言われても説得力がありませんが、神話に残るであろうこの戦い、参加しないわけにはまいりませんねぇ」

 勝手にどんどんと話を進めていく神様たち。しかし肝心の伊集院は顔をしかめたままだ。


「なあ、伊集院。俺が皇帝に会いに行くのは何でかわかるか?」

「……まさか暗殺でもするつもりか? 陛下直属の近衛団長の強さは、四枷よつかせレベル。お前では太刀打ち出来ないぞ」

「違う、暗殺じゃない。話し合いをしにいくだけだ。戦争を止めるためのな」


 そう言うと、伊集院は何かを思い出したかのように目の色を明るくした。

「戦争……? 思い出した。さっきお前が言ってたストリーク国って、もしかして内戦状態の国のことか?」


「ああ。共和国と帝国は東西のストリーク国を使って、代理戦争を始めようとしているんだ。まずはそれを止める必要がある。まあ、その前にライゼンの件を片付けなけなきゃならないんだが、お前が望むならそのライゼンから助けてやることもやぶさかじゃあない」


 それは伊集院にとっても悪い話ではないはずだが、彼は何も答えずに地面を見下ろした。雨上がりの山門前で、暫しの時間が過ぎる。


「このままだと異世界は、共和国と帝国の二大大国を中心に大きな争いが起きる。俺はこの現実世界も救いたいが、向こうの世界も放ってはおけない。お前のその魔法の力で、一緒に戦争を止める戦いをしよう!」


 不機嫌そうな伊集院の顔が、時間をかけて徐々に崩れていった。気恥ずかしさを誤魔化すように、彼はフンッと小さく鼻を鳴らしてみせた。

「戦争を止めるための戦いって、何だよ?」

「……矛盾してるか?」


「いや。くだらないことを思い出しただけだ。俺は向こうの世界の戦争に興味はないが、帝国に行って師匠の口からどういうつもりで俺を弟子にしたのかちゃんと話が聞きたい……。お前のその面倒くさい旅、しょうがねぇから付き合ってやるよ」


 ぶっきらぼうにそう口にする伊集院。一応これで和解は出来たようだが、2人は特に握手するわけでも、目を合わせるわけでもなく、絶妙な距離感を保ったまま、その場に立ち尽くした。


 その時、タケミナカタとオモイノカネはすでにどこかに消えてしまっており、ただ1人、珠緒だけが「良かった、良かった……」と頬を赤くして、薄っすら涙を浮かべていた。


  ―――第25章に続く。

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