第103話 ライゼンとの因縁
シャンディ准将と村長の注目を受け、修馬は静かに唾を飲み込んだ。
「正直言って、ライゼンのことは俺もよく知りません。勇者モレアの石碑のあるところで奴に会い、短剣で喉を引き裂かれました」
「喉を……?」
修馬の喉元を見たシャンディが眉をひそめる。そこには傷一つ無いのだから無理もない。
「すみません、少し誇張しました。殺されかけはしましたが、実際は腹と喉元に刃が掠っただけで済みました」
がっつりと説明すると面倒なので、ここは辻褄が合う様に話を変える必要があるだろう。
「そうか、それは運が良かったな。しかし勇者モレアの石碑ということは、そのライゼンという奇術師、我が共和国領にまで出没するのか……。益々捨て置くわけにはいかないな」
眉間に皺を寄せ、不快そうな表情を浮かべるシャンディ。ライゼンに対する、相当な怒りが感じられる。
「奇術師の根城は、西ストリーク国と共和国の国境近くにあると言われています。勇者モレアの石碑付近に現れても不思議ではありません」
村長のその言葉を聞き、ゆっくりと眉を上げるシャンディ。
「根城か、そうだったな。私もランシスの町長からジュノーの村の近くにそれがあると聞き、わざわざここまで戻ってきたのだ。村長、詳しい場所はわかっているのか?」
だが村長は、申し訳なさそうに首を下げる。
「それが、確かな場所はわかっておりません。ただ噂では、『石の森』に住んでいるのではないかと言われております」
「何、石の森だと……?」
シャンディはそう言って言葉を失う。昨日村長から聞いた話だと、石の森は古くから忌み地として恐れられているということだった。それは隣国のユーレマイス共和国でも一緒のようで、先程まで威勢の良かったシャンディが、青褪めた顔で急にもごもごと言葉を濁しだした。
「だったら、僕らが代わりに行ってこようか?」
そこでそう口にしたのはココだった。その場にいる全員が、腰ほどの背の高さのココに視線と落とす。
「石の森に行くとは正気の言葉か? 彼の地は古代へい……いや、小動物はおろか、草木も生えぬ死の大地であるぞ」
シャンディの心配を他所に、ココは笑顔を振りまく。
「でも、奇術師は住んでるんでしょ?」
「まあそうだが、飽くまで噂での話だ」
村長はそう言うが、ココの意志は固かった。
「けど、僕たちも見たんだ。石の森に建つ白い塔を。シューマも行くよね?」
急に振られて肩を震わせる修馬。結局そういう流れになってしまうようだ。何の因果かはわからないが、ライゼンのことを無視することは出来ないらしい。
「ああ、まあそうだな。ライゼンには返さないといけない借りがあるからな。俺たちが代わって、あいつを倒してきてやるよ」
歯切れよく勝気な言葉で約束をする修馬。この世界では死ぬことがないので、言えることでもある。
「そ、そなたたちが行くというのであれば、私も共に行くぞ……」
どこか覚悟を決めたように、静かに目を閉じるシャンディ。あそこはそんなにやばい土地なのか?
「大丈夫? 凄い汗だけど」
シャンディの顔を伺うと、真っ青な顔に額とこめかみから大量の汗が流れていた。正直、日本の真夏でもそこまでの汗は出ない。
「無論だ。私を誰だと思っている? 共和国騎兵旅団准将、シャンディ・ビスタプッチであるぞ」
そう言いながらも、顎の先から滴り落ちる無数の汗。その石の森という土地は、漠然と忌み地になっているような気がしていたが、彼女の反応を見ていると、忌み地になるだけのはっきりとした理由が存在するのかもしれない。
やがて負傷した兵士たちが村の病院に全て運び込まれ、部下である兵士がシャンディにそのことを報告した。それに対し、彼女は生返事を返す。
大丈夫かなぁと思いつつ、目を合わせる修馬とココ。
「どうしようか?」
「けど、シャンディ准将はかなりの戦力になるよ」
「そうかもしれないけどさぁ……」
小声で話し合っていると、突然シャンディが覇気のある視線をこちらに向けてきた。
「良し。それでは石の森に向かおうではないか! しかし、ライゼンとやらの首は私が貰っていく、そなたたちは手だし無用で願いたい」
「むっ! こっちはこっちであいつと悪縁はあるが、貴方の熱意を買って、奴の首はお譲りしよう」
と、もっともらしい言葉を言いつつ、心の中で高らかにガッツポーズする修馬。図らずも恩を着せつつ、ライゼンを倒して貰えることになった。願ったり叶ったりとはこのことだ。
「首を譲るだけじゃなくて、手出しするのも駄目なの?」
ココが聞くと、シャンディは何かを思い出すように中空を見つめ小さく頷いた。
「殺してしまう前に、奴には一つ聞きたいことがあるのだ」
「聞きたいこと?」
「あのライゼンとかいう賊。我がビスタプッチ家と、何か因縁があるようなことを仄めかしていたのだ……」
シャンディは忌々しそうに奥歯を噛むと、震える右の拳を左の手のひらで力強く包み込んだ。