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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第23章―――
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第102話 動く死体と謎の大男

 視界の先で村長と会話をしている、見た目30代くらいの麗しき女性兵士。彼女が先程名前を聞いた共和国騎兵旅団のシャンディ・ビスタプッチ准将だ。少し傷んだ金髪が色褪せて見えるが、それは凛々しい彼女の佇まいを高めるものであって、決してその美しさを損なうものではなかった。


「ジュノー村の村長。ランシスの町に帝国の諜報員がいるという情報は間違いではなかったよ」

 上背のあるシャンディは、少しだけ視線を落とした。


「さようでございますか。しかし一介の諜報員が騎兵旅団をここまで追い込むとは……」

 そう言って口ごもる村長。2人の背後では、負傷した兵士たちが担架の様な荷台に乗せられ、続々と村の中に運ばれていく。治療は隣町で済んでいるようだが、病院のベッドが満床だったため、怪我の程度が比較的軽い者はこちらの村に運ばれてきたとのことだ。


 シャンディは後ろを振り返ると、悔し気に表情を暗くした。

「確かに帝国の諜報員は中々の強者でした。だが我々をここまで追い詰めたのは、帝国諜報員ではありません」

「諜報員ではない? それは一体?」


 そこで修馬は事前に聞いていた『動く死体』の話を思い出した。村長も同じことが頭に浮かんだのか、眉の辺りの筋肉がぴくりと動く。


「それは私よりも背の高い、謎の大男です。奇妙な術でどこからともなく現れたかと思うと、我が騎兵旅団の兵士たちを小型の刃物で次々と薙ぎ倒していったそうです。ランシスの町の人間によれば、その者は『奇術師』と呼ばれている人さらいだという」


「えっ、奇術師が現れたのですか……」

「いかにも。この近辺では、かなり有名な賊らしいな」

「はい。子供ばかりをさらっていく、卑劣な賊にございます。しかしまさか共和国騎兵旅団を襲うとは、何と愚かなことを……」


 自らの失態のように深く頭を垂れる村長。シャンディはそんな村長を、慰めるようにこう言った。

「だが、奇術師の目的は襲撃ではなかった。奴は我々の目の前で人を1人さらっていったのだ」


「ほう。シャンディ准将を前にして、子供をさらっていったのですか?」

「いや、子供とは言えない青年男子。私がこの村に滞在している時に聞いた『動く死体』と呼ばれる者を奴は拉致していったのだ」


 シャンディの意外な言葉に、目を丸くする村長。

「そ、それは一体どういうことでしょう?」


 隣町に動く死体の魔物が出現するという話は、修馬も村長に聞いていた。そして奇術師が人をさらうという情報も。だがその奇術師が、何故動く死体をさらっていったというのだろう?


 修馬と村長が真相を探るような視線を向けると、シャンディは眉間に深い皺を寄せ、ランシスの町であった出来事を話し出した。


 シャンディ准将率いる共和国騎兵旅団は、帝国の諜報員が潜伏しているという情報を得てランシスの町を訪れたのだが、そこで大きなトラブルに巻き込まれた。


 その町の町長いわく、帝国諜報員の新しい情報は今のところないが、動く死体は捕らえること出来たのだそうだ。折角なので案内されるまま、街外れにある古砦の地下牢についていったのだが、そこでフードを被った怪しげな男と鉢合わせてしまう。

 その男は舌打ちをして鉄格子を開放すると、中から動く死体と思しき男が勢いよく出てきて外に向かって駆けだしていった。騒然とする地下内。


 だがシャンディは、一歩出遅れたフードの男に両手剣を向けその動きを止めると、そのまま狭い地下で戦闘になった。

 その間、町長は「何者だ!?」と叫んでいたので、フードの男がこの町の人間ではないことは理解できた。そうなると得体のしれないこいつも、正体が見えてくる。深くフードを被っているので顔全体はわからないが、その神経質そうな薄い唇は帝国民の特徴に違いない。奴こそが帝国の諜報員だ。


 しばらく剣をぶつけ合わせ、2人は激しい戦闘を繰り広げる。だが火術で目を眩まされた隙に、フードの男は階段を上り外へと逃げ出してしまった。慌ててその後を追うシャンディ。


 外には大勢の仲間たちが待機している。簡単には逃げられるはずもない。シャンディはそんな思いで階段を駆け上がったのだが、古砦の外で待っていたのは想像を裏切る惨状だった。


 多くの騎兵旅団の兵士たちが血を流して倒れる中、妙な威圧感を持つ見たこともない大男が、小型の刃物を構え、最初に逃げ出した動く死体を片手に捕らえていた。しかも奴の近くには、フードの男が腕を押さえてひざまずいている。帝国諜報員にも襲い掛かるとは、奴は帝国側の人間ではないのか?


「……貴様は何者だ?」

 呼吸も荒くシャンディは言ったのだが、大男は不敵に笑うだけで質問には答えない。


「ならば名も無きままむくろとなれ!」

 シャンディの両手剣が風を切って襲い掛かる。だが閃光のように目にも止まらぬ攻撃を、大男は短い刃物で難なく防ぎ、そして片腕一つで弾き返してしまった。恐ろしい程の剛腕。


 大男は鼻から息を吐くと、短い刃物を腰につけた鞘の中に収めた。

「悪いが戦闘はあまり得意じゃなくてね。とりあえず、こいつは頂いていく」

 そう言い残すと、大男はまるで霞のようにどこかへ消えていってしまった。


 呆気にとられその場に佇むシャンディ。そして腕を負傷したと思われる帝国の諜報員も、いつの間にかどこかに逃げられてしまったのだそうだ。


「多くの兵士を束ねる旅団の長として、これほど情けない失態はない。あの大男の首を何としてでも奪わなければ、私は共和国の地に踏み入ることが出来ない……」

 シャンディは周りにいる全員に宣言でもするように声を荒げた。その深刻な雰囲気に兵士たちも声を失くしてしまう。


「ねぇ、ねぇ。その大男は横の髪を編み込んだりしてた?」

 静かになったところで、今まで黙っていたココが急に質問しだした。シャンディもその時になってココの存在に気づいたようで、少し驚いてから身を屈め視線を合わせた。


「そ、そうね。その大男は横の髪を女性のように編み込んでいたわ。君はあの男を見たことがあるの?」

 それに対し、ココは大きく頷く。

「やっぱりあの時のライゼンって人が、奇術師で間違いないみたいだね」


 修馬も友理那から奇術師という人さらいの情報を聞いた時から、ライゼンがそれなのではと疑っていたが、ココも同じようにそう思っていたようだ。


「ココは気づいてたのか?」

「ライゼンは奇妙な術を使っていたからね」

「ああ」


 成程、その名の通り奇術師なのか。納得し頷く修馬の傍らで、村長とシャンディはよくわからないといった感じで、口が半開きになってしまっていた。


「ライゼン? お前ら奇術師が何者か知っているのか?」

 村長に問われ、後頭部をかきながら答える修馬。

「まあ、知ってるというか。俺も先日、あいつに殺され……いや、殺されかけたんだ」


 シャンディは村長と目を合わせると、修馬の目の前まで歩み寄り、深く顔を近づけてきた。

「興味深い。悪いがそのライゼンという者のことを、詳しく聞かせてくれないか?」

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