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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第23章―――
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第101話 林檎の特産地

 村長の家での酒盛りの翌日、前日の盛り上がりもそのままに、キセルの男改め、村長の男は朝食の時間であるにも関わらず、ぐびぐびと林檎の酒を飲んでいた。だがそれはいつものことのようで、とやかく言う人間は誰もいない。そういう文化なのかもしれない。


「旨い! 朝から飲むジュノーの林檎酒は最高だ!」

 髭面の村長は、琥珀色の液体が入ったグラスを握りそう主張する。ジュノーというのはこの村の名だ。林檎はこの国の特産品で、この辺りの地域ではどの家庭も林檎を発酵させて酒にするのだそうだ。


「そうですね」

 村長の妻と中年の家政婦が用意してくれた朝食を頂ながら、付き合い程度に林檎酒を口にする修馬。爽やかな果実感のある香りとすっきりとしたのど越しが、この季節にぴったりの味わいに感じられる。


「だけど、この林檎のジャムもパンとの相性が良くて絶品ですね」

 そう誉めると、村長の妻はにこやかに笑みを浮かべた。

「お世辞でも嬉しいわ。パンもジャムも全部自家製で作ってるものだからね。沢山食べていってちょうだい」


 修馬は頷きながら、スコーンのように少し生地が重めのパンに、ジャムをたっぷりとつけて噛りついた。焼きたてなので、外はサクサクで中はしっとり。咀嚼するたびに、かぐわしい小麦の香りと林檎ジャムの優しい甘みが口の中に混然一体となって広がっていく。誰が何と言おうと、朝の糖分は絶対に摂取すべき栄養である。


 特に林檎が好きなわけでもないが、修馬の出身地である長野も林檎の特産地であるから、昨晩は村長との林檎談議に大いに花を咲かせた。まだ季節には早いが、いつかこの村の林檎も食べてみたいものだ。


「ところで君らはこのまま旅を続けるということだが、次はどの町に行くつもりだ?」

 村長にそう聞かれたが、地名のよくわからない修馬はそれを丸投げするようにココに視線を向けた。


「とりあえず東ストリークとの国境になっている旧首都のエクセイルに行くつもりだけど、それだったら次に行くのは港町のランシスかなぁ?」

 ココのその言葉に、顔色を暗くする村長。


「ああ、エクセイルに行くなら次はランシスの町だな。ただあの町に行くなら気を付けた方がいい。最近、動く死体の魔物が現れるとかいう事件が起きているらしいぞ」


「動く死体っ?」

 ぞっと鳥肌が立つ修馬。次なる敵はゾンビ軍団!? 戦鬼いくさおにも嫌だが、アンデット系の魔物と戦うのもあまり望ましいものではない。聖なる武器的なものでもあれば対抗できそうだが、現在修馬が召喚できる武器の中にそんなものはなかったはずだ。


「後それとは別に、帝国の諜報員が潜んでいるという噂もあったから、共和国から来た騎兵旅団の連中は嬉々として旅立っていったがね」

 村長はそう言うと、キセルを咥え石を叩いて火をつけた。一筋の煙が天井に向かって舞い上がる。


 一瞬、静まり返る室内。だがそこで突然、「村長、大変ですっ!!」という男の声と共に、外の扉を叩く音が部屋の中に鳴り響いた。


「うわっ! 熱っ!!」

 驚いて椅子からひっくり返った村長は、片手で後頭部を押さえつつ、もう片方の手で顔に乗った刻み煙草を地面に払った。見覚えのある出来事。この村長、意外とおっちょこちょいのようだ。


 そんなこんなでわちゃわちゃしている内に、玄関から入ってきた男は廊下を通り、部屋の中に現れた。胸元を革紐で結んだ麻の服を着ているモブキャラっぽい若い男。

「村長、ランシスの町に向かっていた騎兵旅団が、こちらに戻ってきているとのことです!」


「何っ、騎兵旅団が!? 何故だ?」

 村長はそのモブ男に差し出された手を掴み、どうにか体を起こす。

「詳しくはわかりませんが、遠眼鏡とおめがねで確認したところ、数名の負傷者がいるようです」


「まさか……、本当に動く死体が現れたのか?」

 そして再び訪れる静寂。誰かの息を呑む音がゴクリと聞こえた。


 村長は落ち着くためか酔いを醒ますためなのかコップ1杯の水を飲み干すと、口元を手で深く拭った。

「兵士たちの治療がすぐにできるよう、病院に伝えてくれ。俺は村境で騎兵旅団を迎える」


「了解しました。急いで手配します」

 モブ男は頷くと同時に、部屋を飛び出した。彼は村長の部下的な人物のようだ。


 修馬たちが居ることも忘れ、慌てて身支度を整える村長。同盟国とはいえ、軍人の相手をするのは色々と気を使うのかもしれない。


「これから行こうとしている町なのに大丈夫かな?」

 修馬が小声でそう言うと、ココは「うーん」唸りながら村長の元へ近づいていった。


「僕たちも村境までついていって良いかな?」

 その言葉で、村長は我々のことを思い出したかのように慌ただしく振り返った。

「そ、それは構わないが、相手はシャンディ准将率いる共和国騎兵旅団だ。くれぐれも粗相のないようにしてくれよ」


 ココは背伸びをしながら修馬の耳元に向かって呟いてくる。

「共和国の軍人が、何か情報を持っているかもしれないよ」


 隣町の情報……。未知の魔物や帝国のスパイがいるのなら、情報は必要だ。有り過ぎて困るということはない。だがその騎兵旅団と呼ばれる共和国の軍人たちは、信用できるのだろうか? 敵の敵は味方だと考えるのは、少し安直過ぎるかもしれない。


 乱暴に扉を開け部屋を出ていく村長。案ずるより産むが易し、当たって砕けろってことか……。

 修馬とココは、飛び出ていった村長の後を追い、村の境へと小走りで駆けて行った。

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