第100話 村長との宴
東西のストリーク国で起きようとしている、帝国と共和国の代理戦争。
確かに以前、星魔導師アイル・ラッフルズは帝国が意図的に客船セントルルージュ号を沈めたとなれば、ユーレマイス共和国とグローディウス帝国の戦争は避けることが出来ないと言っていた。
初めは一つの国の内戦だったとしても、それをきっかけに世界を二分するような大きな戦争に発展してしまう恐れは充分にあるのだ。
そしてアイル・ラッフルズはこうも言っていた。「時代が動く」と……。彼女の言う時代が動くとは、どういう意味だったのだろうか?
「グローディウス帝国の皇帝ベルラード三世、そしてユーレマイス共和国の国家元首、サリオール・ビスタプッチ。この戦争を裏で仕組んでいるのは、一体どっちなのかな?」
意味ありげに口角を上げ、癖のある笑みを浮かべるココ。だがそれはキセルの男によってすぐに否定された。
「おいおい、馬鹿なことを言っちゃいかん。誰か一人の意志で起こしたなんて、単純な話じゃねぇのさ戦争ってのは。政治的、宗教的、民族的、色んな国、色んな人間の思惑が渦のように混沌と混ざり合い、世界に、そして時代に大きな高波を引き起こすのさ。例えそれが一国の長だとはいえ、人一人の力で海を波立たせることなど出来やしないだろ」
それを聞いたココは、笑ったまま顎に手を当てて宙空を見つめた。
「成程。確かにそれは一理あるなぁ」
その子供らしからぬ態度に、キセルの男は少し戸惑うようにもやもやと煙を吐き出す。
帝国が故意にセントルルージュ号を沈めたため戦争になろうとしているのは明らかなのに、果たしてそれが一理あるのだろうか?
修馬はそんなことを思いつつ、キセルの男が吐き出した煙を眺めた。白く真っすぐに立ち昇るそれは、ここに来る以前に見た陽炎のような塔を連想させる。
「そういえば全然話は変わるけど、俺たち国境近くの山の上でもの凄くでかくて白い塔を見たんだ。この辺りに、そういう大きな塔ってあったりします?」
それは、『石の森』と呼ばれる奇岩群がある付近に建っていたと思われる巨大な塔。朧気ながら確かに目視できたその塔は、山を下りていく途中で何故か霞のように姿を消えてしまったのだ。
「それはお前、あれだ。『蜃気楼の塔』でも見たんだろ?」
キセルの男は「狸に化かされたんだろ」くらいの軽いテンションで言う。それは何かの比喩なのか、それとも実際に蜃気楼のように光の屈折によって見ることのできる気象現象なのか?
「何、蜃気楼の塔って?」
ココが首を傾げて質問すると、キセルの男は燃え尽きた刻み煙草を地面に捨てて、日の沈む方角に目を向けた。
「西ストリーク国とユーレマイス共和国の国境には石の森と呼ばれる地域があるのだが、いつの頃からか亡霊のような白い塔が時折出現するようになったんだ」
「時折?」
「ああ。現れる時期はまちまちで、朝に見える時もあれば、夕方に見える時もある。ただ、いずれも現れてから数分で消えちまうから、いつの日かそれを蜃気楼の塔と呼ばれるようになったんだ。噂では『奇術師』っていう奴がそこを根城にしているって話だが、彼の地は古くより忌み地として恐れられているから、誰も確かめに行こうとする者はいないんだなぁ」
「き、奇術師っ!?」
その言葉に反応する修馬。それは現実世界で友理那が言っていた、人さらいの名だ。あの情報は間違っていなかったようだ。
「奇術師って奴ぁ、小さい子供を誘拐する鬼みたいな賊のことだ。実際に子供がさらわれた前後に、その白い塔が出現してたって話から、あそこが奴の住処になっているっていう噂が広がったんだよ。お前さんたちも、白い塔を見たのなら気を付けた方がいいぞ」
キセルの男はココを見てそう言った。だが当のココは他人事のように、「人さらいとは許せないなぁ」と言って耳の後ろ辺りをポリポリかいた。まあ事実、見た目は幼いながらもココがこの場にいる誰よりも年上なので、そんな反応になるのはいささか仕方がないことである。
「まあ、人さらいよりも、自分たちは人捜しをしているからね。そっちを優先しないと」
ココにそう言われ修馬もはっと現実を向き直した。そうだ。俺たちは帝国に向かいつつ、マリアンナの捜索をするために旅をしているのだ。
「人捜し? 誰だ、この村の人間か?」
少し興味深めに身を乗り出すキセルの男。
「いや、この村の人じゃなくて、甲冑を着た金髪の女剣士なんだけど」
修馬がそう言うと、キセルの男は顔色を変えながら、ゆっくりと身を引いた。
「それはまさか、シャンディ・ビスタプッチ准将のことか?」
よくわからない名前を言われ、思わず「誰?」を返す修馬。
「サリオール・ビスタプッチの娘だよ」
隣にいるココがそう教えてくれるが、それでもよく話がまとまらない。サリオール・ビスタプッチはさっき言ってたユーレマイス共和国の国家元首の人で、その娘が准将ってことは共和国軍部の偉い人ってことなのか?
「いや、俺らが捜してる人の名はマリアンナ・グラヴィエ。そのシャンディって人じゃないよ」
修馬のその言葉を聞くなり、ほっとしたように肩を落とすキセルの男。
「そうか……。まあ、さっきも言った通り、このところ共和国の軍人が大量に押しかけてきていて、金髪の女剣士と言うだけではピンとくる人物はいないな」
「そうですか……」
初めからマリアンナの情報がすぐに手に入るとは思っていなかったので、素直にそれを受け入れる修馬。だったらもっと情報が手に入りそうな大きな町に進むだけだ。
「しかしまあ、人の多い村の中心部なら何か知ってる人がいるかもしれない。ついでだから俺が案内してやろう」
キセルの男の申し出に対し、両手をかざして頭を下げる修馬。
「いや。俺たちはこのまま次の町に向かう予定だから、気持ちだけ受け取っておくよ」
「気持ちだけって何だ? もう日が暮れるってのに、次の町もないだろ。今日はこの村に泊まっていけ。金髪の女剣士の話も色んな人に聞いといてやる」
「おっちゃんはこの辺りに知り合いが多いの?」
修馬が尋ねると、キセルの男はどこか呆れたような笑みを浮かべた。
「それはそうだ。俺はこの村の村長だからな」
「えっ! そうなの?」
あまりにも粗末な身なりだったので、そうは見えず急に恐縮する修馬。人を見た目で判断しては駄目だ。
結局修馬とココの2人は、村長であるキセルの男に言われるまま村の中心部に案内されるだけに留まらず、家にまで招待してもらい、無理やり酒を飲まされつつ、非常に楽しい夜を過ごしたのだった。