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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――序章―――
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第0話 薄明の丘陵地

 高揚感にも似た緊張が、強く胸を打っている。

 誰時たれどき。東の空が徐々に明るくなってきた。視線の先にある漆黒の建造物、あれこそが魔王ギーの居城だ。空が白んでいるため、ひと際鋭くその黒さを主張しているように見える。


「とうとう、ここまで辿り着いたな」

 広瀬修馬しゅうまは澄んだ朝の空気を思いっきり吸い込むと、干からびた丘の土を強く踏みしめた。薄らと届く南からの風が、乾いた砂をそっと巻き上げる。


「シューマ、でけーな! 城、でけー! 黒いっ!!」

 大魔導師とうたわれるココ・モンティクレールは、遠くに見える城を見て、幼児のように無邪気に飛び跳ねている。それは見ていてとても微笑ましいのだが、今は強い緊張感に支配されているため、彼のその気持ちに共感することはできない。


「いいか、ココ。魔王の城ってのは、一般的にでかくて黒いもんなんだよ」

 修馬が落ち着いた口調でそう諭すと、背の低いココは目を輝かせながら顔を見上げてきた。

「そうなのか? シューマはこの世界の住人じゃないのに詳しいんだな!」


「俺らの住んでる世界の住人なら、誰でも知ってることだよ。今朝も俺の魔王の城が建ってやがるぜ! とか言って。なあ、伊集院いじゅういん?」

 修馬は自身が引きずってきた棺桶に向かってそう声を掛けた。しかしそれは死体を納めるための容器なので、当然返事はない。


「おい、シューマ。イジュの奴、さっき死んだだろ!」

 そうだ。ココの言う通り、伊集院たすくは先程の夜襲で命を落としたのだ。惜しい奴を亡くしたものだ。


「そんなことより、ここからどうするの? 湖に囲まれてて、城に辿り着けないけど?」

 苛ついた口調でそう言っているのは、金髪の王宮騎士マリアンナ・グラヴィエだ。怒っている女性に歯向かうのはどの世界でも愚かな行為だと、修馬はこの旅を通じて深く理解していた。


「そうだな。もう少しで日が昇るし、そうしたら飛翔魔法で城に渡ろう」

 修馬は丘の上から湖を見下ろした。魔王の城は切り立った岩肌に沿って建てられているため、湖を泳いで渡ったとしても城に辿り着くのは困難を極めるだろう。そもそも俺は、カナヅチだから無理だしな。


「ねぇ、シューマ。城に行く前にアレやろうよ! アレッ!!」

 ココにそう言われると、修馬はギョッと肩を強張らせた。

「えっ!? アレをやるのか?」


 修馬の甲高い声に反応して、マリアンナがちらりとこちらに視線を向ける。彼女はアレが何なのか知らないはずだ。我々が言っているアレとは、つまりアレのことだ。


「アレって何?」

 痺れを切らたようにマリアンナが聞いてきたが、ここは答えてしまうと絶対に反対されるので言わぬが吉だろう。


「マリアンナ、アレを見たことないのか!? びっくりするぞ! でかくて長いやつ」

 ココが言葉足らずながらジェスチャーを交えて説明すると、マリアンナの右の眉がぴくりと痙攣けいれんした。

「……その長くて太いものをどうするおつもりか?」


「いや、太くない! でかいけど細いぞアレは。あっ、けど先っちょだけ太かったなぁ」

 ココは嬉々としてそう語る。もう止めてくれ。さすがにバレてしまう。


「まあ、まあ、いいじゃんか。それよりも友梨那ゆりなの奴は城のどの辺にいると思う?」

 修馬は話を反らそうとして、捕まってしまっている鈴木友梨那のことを聞いたのだが、マリアンナは以前、軽蔑に満ちた表情でこちらを睨んでいる。


「……ユリナ様は、右の塔に幽閉されているようだ」

 マリアンナは形の整った鼻を、微かに動かしている。彼女は遠くにいても友梨那の匂いがわかるのだと常日頃から豪語している。まあ、これは話半分に聞いておいた方が良いだろう。


「はい、はい。右の塔ね」

 修馬は真っすぐに魔王の城を見上げた。城は上部が3本の塔にわかれており、それぞれが渡り廊下で繋がれている。


「じゃあ、城のど真ん中にぶち込もう!」

 ココはいつものように大胆な提案を推してくる。まあ面白いので、今日はその意見に乗っかってみることにしよう。

「わかった。それじゃ、お前ら下がってろ」


 修馬が両腕を広げると、ココはマリアンナを無理やり引っ張って少しだけ後退した。

「良し。それじゃあ、行くぞ!」

 呼吸を整え精神を集中する。説明しよう。今から繰り出す術は、内なる魔力であるオドを大量に消費してしまうが、とてつもない破壊力を秘めた超弩級ちょうどきゅうの必殺技なのだ。


 微かに漏れてきた朝日が、修馬の背負う円形の盾に反射して白く輝く。さあ、目にもの見せてくれる!

「出でよ、『RPG-7アールピージーセブン』!!」


 広げていた両腕を下ろし何かを抱えるようなポーズを取ると、右肩の空間がぐにゃりと歪んだ。するとそこに、突然弾頭が装填された大型のグレネードランチャーが出現する。これはロシア製の対戦車用擲弾てきだん発射器、RPG-7アールピージーセブン。これこそが修馬の真骨頂の武器召喚術なのだ。


「発射っ!!」

 RPG-7アールピージーセブンのトリガーを引いた瞬間、辺りに衝撃波が広がった。足元の砂や小石が膝の高さまで舞い上がる。激しい後方噴射バックブラストで伊集院の遺体が入った棺桶が反転してしまったが、頑丈に閉めておいたため中身は飛び出さなかった。


 ただ術者である修馬は、背後の棺桶などには目もくれずに鋭く前を睨みつけている。

 以前、鈴木友梨那は風変わりなこの召喚術を、劇的だと表現した。最初に言われた時は、皮肉でも言っているのだと感じたが、何度も言われている内に俺の中でそれが心地よい感情に変化していくように思えたんだ……。


 視線の先にある直径90cmの榴弾りゅうだんは、青白い炎を上げながら魔王の城目掛けてまっすぐに飛んでいっている。

 もしも彼女が城のどこかでこの光景を目にしてくれていたのなら、「劇的ね……」と言ってくれているだろうか?


「行っけぇえっ!!!」

 そして城の中央に激突した細長い榴弾は、激しい炸裂音と共に大爆発を起こした。城内部からは炎が上がり、破壊された壁面からもくもくと黒煙が噴出する。これから挑もうとする魔王の城が、火事になってしまうという前代未聞の珍事件。

 風穴が開いた魔王の城を見て、ココは文字通り腹を抱えて笑っている。悪い奴だ。いや、悪いのは俺か?


「貴様、何をしてくれた!? ユリナ様の身にもしものことがあったら、どうしてくれるっ!?」

 発狂したマリアンナは修馬の胸倉を掴んで、何度も何度も揺さぶっている。すみません反省しています。そう言いたかったが、オドと呼ばれる術者の魔力を使い果たした修馬は何も言えずにその場でひざまずいた。しばらくは動くことができないだろう。


「くそっ、城が倒壊する前に、ユリナ様を救出しなくては……。ココ様っ!」

 マリアンナは金髪を振り乱しながら、大声で呼び掛ける。

「それじゃあ、挨拶も済んだので、そろそろ行きますかぁ」

 ココは呑気な口調でそう言うと、手に持つ『振鼓ふりつづみの杖』と呼ばれる大きなでんでん太鼓を天に掲げ、カロン、カロンと優しい調べを鳴らした。大気中に散らばるマナと呼ばれる魔力が、静かにざわめきだす。


「悠久の時をめぐる風の精霊よ、その清らかな歌声をここに奏でたまえ」

 ココの足元に涼しげな風が旋回する。マリアンナはココの肩を掴むと、こちらに向かって舌を出し、下瞼を指で引き下げた。これはいわゆるアッカンベーだ。


「おい、ちょっと待って。置いていく気か? 俺はこのパーティのリーダーじゃないのっ!?」

 疲労で身動きが取れない修馬は、成す術もなく2人の姿を見上げた。尋常じゃない胸騒ぎ。


「ユリナ様は私とココ様で助ける。貴様は死体と共に、ここで寝ているがいい」とマリアンナ。

「シューマ、短い間だけどお世話になりました。どうぞお元気で」

 ココは丁寧に挨拶すると、振鼓の杖を下方に振り抜いた。緩やかな上昇気流に乗ったココとマリアンナの2人は、天高く舞い上がり、湖の向こうに飛んでいってしまった。


「嘘でしょ? マジで!?」

 動くことすらできない修馬は、伊集院の死体が入った棺桶と共に丘の上に置き去りにされてしまった。魔王の城を目の前にして仲間に見捨てられてしまうという、ハイレベルな放置プレイ。


「……やれやれ。まあ、いずれにせよ、もう日が昇る。時が来るまでしばらく待とう」

 諦めの早い修馬は、何かを悟ったかのように目を細め、そして地面に寝っ転がった。徐々に明るくなっていく空を、早起きな小鳥たちが元気に飛び廻っている。


 こっちはこれから魔族の王と対決しなくちゃいけないっていうのに、鳥たちはのどかなもんだ。

 修馬は朝の清々しい空気を今一度吸い込み、そしてゆっくりと吐きだした。


 ここに辿り着くまでの出来事が、頭の中に思い浮かんでは消えていく。見たこともない化け物たちとの戦い。戦争を止めるべく奔走した日々。そして大切な仲間たちとの出会い……。


 何故、俺がこいつらと共に魔王の城に向かわなくてはいけなかったのか? それを語るには、少しだけ昔の話をしなければならない。

 次は、俺がこのおかしな世界に来てしまった時の話でもするとしよう。


  ―――第1章に続く。

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