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人嫌いの青年と恐怖を司る女  作者: ちぇりおす
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第五章


 学校のチャイムが鳴った瞬間、生徒達がまばらに帰っていく。

 俺は難波と共にとある場所へと向かっていた。学校からすぐ抜けた一本道を進み、二つほど交差点を通り過ぎた所で右に曲がり、そこをずっと行けば到着する。

 二人で歩く最中、難波が遠慮ぎみに声をかけてくる。

「あの、天宮君」

 それは昨日までの刺のある感じはなく、以前のような朗らかさがあった。

「なんだ改まって」

「いや……その」

「遠慮しなくて構わん。罵倒でも毒舌でもなんでも聞いてやる」

「そういうのじゃなくて……。今日、明花から聞いたよ」

「何をだ?」

「君の過去の話とか、結凪さんの事とか色々」

「なんだ、あいつ喋ったのか……。まぁ丁度、俺から言おうと思ってた事だから、良いんだが」

「昨日はごめん……。大きな誤解をしてた」

「今更謝らなくてもいい。昔の事だ。それにお前には関係ない話だろ」

「そうだけど……そんな話聞いたら」

 難波は唾を飲みこむ。

「君の話は他人事とは思えなかった。もしかしたら……僕も君と変わらないかもしれないな」

「お前は十分変わってるよ。俺と同じなんかじゃない」

「……」

 確かに、難波が俺と同じ立場にあったとしたら。人を信じるような気持ちにはならなかっただろう。

「お前の笑顔はお前にしかできん」

「え?」

「俺からしたらイケメン枠だからな、お前は。顔立ちが天と地ほどの差がある時点で、全然違う。同じなんかじゃない。俺は霧崎に『貧相な顔立ち』って言われるくらいだからな」

「あ、あはは……」

 難波の苦笑いが少し響いた後、ひたすら足音だけが鳴っては消える。道路を踏む音がやけに軽々しく聞こえた。

「俺は人が嫌いだ」

「っ……」

 難波が一瞬、渋った顔をする。

 昨日のバスケ部の事を思い出しているのだろう。

 俺は声音を変えず、ただ普通に話す。

「でも、お前は人が好きなんだろ?」

「!」

 難波はすぐさま俺を見る。

「別にそれだけのことだ。何が嫌いであれ、何が好きであれ、そんなのは人それぞれだからな。誰だって好き嫌いはある」

「天宮君……」

 難波の瞳がじわりと歪む。

「そんな酷い顔するな。一気に老けるぞ」

「ごめん……。つい」

「何がついだ。何が」

 難波は俺に言われると、制服の袖で涙をぬぐう。案外、難波は涙もろいのかもしれないと思った。

「あ、おいそうだ。霧崎は何処に行った? 放課後探したけどどこにも姿が見えなかったぞ」

「明花なら一足先に喫茶店へ向かうってさ。何かやっておきたいことがあるらしくて」

「はぁ……。良からぬ事でも考えてなかったらいいが。今日に持田とそこで立ちあう事を分かってるのか」

 今日、女子バスケ部員の証言を元に、持田に全てを吐かせる。 

 呼び出しは難波にしてもらい。会う時は放課後に、場所は部室にしようと思っていたのだが……霧崎の提案で彼女の知り合いの友達がいる喫茶店へ行くことになった。

 別にどこでやっても構わないんだが、その喫茶店は今日は休みで貸し切りにできるらしく、また霧崎自身もやりたいことがあるというので、ぜひとも場所を変えてほしいとのこと。

 もちろん何をするのか問いただしたが、見事に何にも答えず笑ってごまかされた。一体何がしたいのか全く意図がつかめない。もしかしてあいつが犯人なんじゃないの? とか考えだしちゃうレベルである。

「まぁいいんじゃないかな。それくらい気を抜いた方がやりやすいのかもしれないし」

「お前は平気なのか? 持田は昔からの知り合いだろ」

「うん……。でも、女子バスケ部員が言ってた事が事実なら、許されない事だよ。確かにまだ完全に信じきれてない事があるけど……ちゃんと向き合うよ」

「ほう……」

「天宮君は? やっぱりそのあたりは深く考えてないのかい? 誰が何した、とか……」

「……どうなんだろうな。少し違うような、そうでもないような」

「他にも思うことがあるのかい?」

「まぁお前の言う通りでもあるが……。よく分からなくなった」

「そうなんだ……」

 難波はそれ以上言及しなかった。

 人が嫌いである俺と、人が好きである難波。

 今回の出来事で難波は少しずつ変わってきた気がするが、俺もそうなのだろうか?

 現に、先ほどの難波の問いにはっきりと言い返せなかった。人が嫌いだ、人と関わるのは面倒くさいと豪語していたはずなんだが。

 しかし言いかえそうと思ったら、どうしてだろうか合コン部のメンバーの顔ばかりが浮かんでくる。たった数日の付き合いだと言うのに、なんなんだろうか。 

 それは今のところ、いくら考えても分からなかった。

「あ、見えてきた」

 難波の視線の先には、一件の建物があった。

 大通りに一件建っている喫茶店『ラズベリア』、ここが霧崎の指していた場所で、持田と対峙する場所でもある。

 俺は喫茶店の扉を開く。

 ガチャリ。

 水の滴りに似たベルの音が響いたと同時に、店内の様子が視界に入ってくる。

 赤茶色のライトに照らされた部屋は仄かな香りが漂いで、それそれテーブルを挟んで椅子が二つずつ向かい合っている。窓はカーテンで全てきっちりと締められており、外からの光が入ってこず、ライトなブラウンカラーの輝きを助けている。貸切状態ということで中が見えないようにカーテンを全て締めきっているんだろう。

 その奥に、一人の人影が見えた。

「持田さん……」

 自然と難波の声が漏れる。

 ふいっと振り向いた持田はこちらを振りくと、目を開く。

「……」 

 合コンの時の、難波に対しての態度は見えず、ばつが悪そうな表情で難波を見ている。しかし俺の存在に気づいた途端、眼が鋭くなる。

「電話で言ってた時と違う。難波君だけだって聞いてたんだけど?」

「悪かったな」

 俺と難波はテーブルへ移動し、持田の座っている所とは反対側の座席に座る。

「いらっしゃいませ~」

 すると店の奥から一人の店員が出てきた。

 中世にいそうなメイドの服を着た女子は優雅に腰と膝を曲げる。

「あんたは……」

「こんにちは、天宮さん」

「天宮君、知り合い?」

「ああ、合コンで知り合った。確か、涼代さんだったっけ?」

「はい。今回は霧崎様のご依頼で、特別例ですが、こちらの喫茶店を貸し切りにしております。今日が休日でしたもので、貸切日の都合が合いました。本当はこういうことは出来ないものですが、霧崎様はいつも当店を利用してくださいますので、今日は特別に店長から許可をいただいたのです」

「そうだったんですか……」

「難波幸人さんですね。霧崎様からよく話を窺っております。はじめまして」

 涼代は丁寧に挨拶をした後、メニューの本を取り出す。

「ご注文は何になさいます?」

「俺はコーヒーでいい」

「じゃあ僕はカプチーノで」

「あたしも、コーヒーでいい」

 俺と難波の注文に続き、持田は吐き捨てるように言い放ち、顔を横に向ける。

「了解いたしました。コーヒーが二つと、カプチーノが一つでございますね」

 涼代の透き通るそうな声が響き、注文をとった後、しなやかな足つきで店の奥へと戻っていった。。

「で、話って何? どうせアンタなんでしょ、あたしを呼び出したの」

 持田は閉口一番に、俺を見た。

「そうだ」

「さっさと言ってくんない? あたしこれでも忙しいし」

「部活か?」

「そうよ。分かってんなら早くしてよ」

「それまた、随分と女王様だな。さぞ部員から信頼を買っているんだろう」

「……喧嘩売ってんの?」

 持田はギロリと俺に視線を向ける。それは先ほどまでの警戒心をむき出しにしたようなものではなく、完全に敵意を解放した獣のような顔つきであった。

「あんた如きが分かったような口を聞いてんじゃないわよ。いい加減にしないと、殺すよ」

「それはそれは。いかにも犯罪者予備軍って感じの台詞だな」

「この……!」

「あ、天宮君!」

 両者手が出そうになった所で、俺はあるものをぱっと取り出す。 

 手に持っていたのは携帯で、そこから音声が流れていた。

「……っ!」

 持田の顔がゆがみ、獣のような攻撃心が消えうせたように怖気づいた。

「そう、これはお前の大好きな部員の会話だ。この意味がどういうことか分かるな」

「なんで……」

「お前が部員達に指示をし、あの合コンの日、結凪の写真を撮ってバラまかせたんだな?」

「……っ」

 持田は一度下を向くと、何を思ったのか口元がにやけており、ふつふつと話しだした。

「ええ、そうよ。私よ。だってうざかったし。なにが合コン部よ。あんたら周囲にどう思われてるか分かんない? いや、無自覚だからあんな部作っちゃったのよね。人と仲良くなる? そんなご大層な名目掲げて部活作っちゃうとか、マジでキモイんですけど」

 持田は次から次へと罵詈雑言を繰り出す。

「持田さん……」

 そこに一本の矢が刺さるように、難波が話しかける。

 難波の表情は悲しみに溢れていた。きめ細く、今にも折れそうなくらいか弱い声だった。

「……何? 同情のつもり? 超キモイんですけど」

「……」

 俺は一人、持田の様子を観察していた。

 目の動き、口の動き、話し方、額の汗、動作……。

 おかしい。

 女子バスケ部の証言に嘘偽りはない。持田の言う事は最もだ。こいつが指示したのは間違いない。

 しかし、持田の顔つきは完全に振りきれてない顔をしていた。

 難波は異和感を感じていないようだが、やけに持田は難波の方を見ている。

 何より、持田の目からは、さっき俺に向けたような鋭さを感じない。どちらかというと、詫びようとしたいのだがそれが出来なくてもどかしい、そういうメッセージが見え隠れしているような……。

 

 ……何か隠している?


 俺はすぐにその疑問へと行きつく。

「ちょっと、何アンタジロジロあたしの顔みてんのよ」

 目を何度もぱちぱちとつぶり、額から流れる汗の量も多いように見える。

 俺は持田達の視界から外れるように後ろを向き、人差し指を額に当て、すぐさま脳内に情報を張り巡らし、今までの事件の流れを整理する。

「天宮君?」

「何、こいつ……」

 持田は俺の仕草を見て舌打ちをした。気持ち悪い上に人の話を聞く気がなくてイライラするといった様子だが、そんなのはお構いなく、俺は聴覚視覚全てを遮断する。

 今回の事件の発端は、結凪の写真。

 その写真は女子バスケ部の二人、山浪と川島が協力して撮ったもので、さらに持田指示をして撮らせたものでもある。

 ここまではおかしくない。

 俺はもう少し前の方へ記憶を戻す。

 合コン当日、来ていたのは女子バスケ部と文芸部、野球部。各テーブルで、もう合コンとは言えないが軽いおしゃべり会が始まった。

 部屋の中は20人程度。テーブルは六つ。部屋の奥と中央に三台ずつ、丸テーブルが用意されていた。野球部が中央手前のテーブル、奥のテーブルは全てバスケ部が占拠、残った手前左のテーブルにはぽつんと涼代率いる文芸部の人達が座っていた。

 難波は会の後半、持田と話しこんでおり、結凪は中央のテーブルで嶋中を中心とした野球部グループと会話していた。俺と霧崎はそこから離れたスペースにいた、また涼代は俺たちと喋った後、そのまま文芸部の連中と喋っていた。

 難波と持田がいたのは文芸部の近くの壁の近くで話していた。そこなら中央にいる結凪を監視でき、なおかつ奥にいる女子バスケ部の方へ合図も送れる。俺と霧崎は中央からさらに手前の、お菓子やジュースが置いてある長机の隅っこにポツンといたため、警戒される事もないし、犯行しようと思ってもはっきりと確認できないから問題ない。さらに難波を自分に気を取らせることによって、結凪から意識を逸らす。絶好の状況であった。

 一体、何が抜け落ちている……。

 何が――――。



『全く、肉食獣は周りを気にしないのね』



 突然、霧崎の言った言葉を思い出した。

 まるで雷を受けたかのような衝撃が脳を走る。

「……そうか」

 ふと呟いた俺の声に、二人はそれぞれ反応を示す。

「は? 何よいきなり?」

「天宮君……?」

 俺はもうしばらく口を閉じた後、持田を真っ直ぐ見る。

「うわっ、キモ……。なんか言いたい事あんなら、はっきりといいなさ――」

「嶋中だな?」

 はっきりと、苗字だけをさらっと持田に付きつける。

 持田の顔は一気に驚愕の表情に変わった。

「当たりらしいな」

「は、はぁ!? なんでそこであいつの名前が出てくんのよ?」

 持田は白を切るかのように俺の言葉を全力否定する。

「嘘をつけ」

「嘘なんてついてないわよ!」

「難波」

「え、え? な、なんだい」

 俺の突然の言葉に動揺するかのように聞き返す。

「嶋中の電話番号知ってるか?」

「え? う、うん……一応、合コン部にも何回か顔出してたことあるし……」

「ここに呼んでくれ」

「ちょ!? はぁ!? あんた何いきなり意味不明な事いってんのよ!? あいつ関係ないでしょ!? 頭ぶっとんでんじゃないの?」

「関係ないなら、なぜそこまで焦る?」

「っ!?」

 持田は虚をつかれたように目を見開く。

「まぁ、どっちにしろ。奴が来たら解る事だ」

 その後、難波は持田がいることを感づかれないよう、表に出る。しばらくした後、難波が店の中へ戻ってきた。

「どうだった?」

「うん。少し用事済ませてからこっちに来るって」

「そうか」

「……っ」

 持田は後ずさりし、背中が壁にぶち当たったところでソファにうなだれるように腰を下ろした。

「この反応は……確実だな」

「あ、あの……話が見えてこないんだけど」

「まだ分からないのか、難波」

「いや、僕そんな勘鋭くないし」

「今のは決定的な瞬間だったろ」

「どういうことだい?」

「……嶋中だ」

「え?」

 難波は不思議な顔をして俺を見る。

「変な所で鈍感なやつだな……。まぁとりあえず、奴を待とう。答えはその時だ」

「分かったよ……」

 それ以上聞くまいと思ったのか、難波は理由を追及してこなかった。

 十分後、一つのドアベルが鳴りだした。勢いよくドアを開けて入ってきたのは嶋中だった。陽気な顔で部屋を見回し、俺達を見つけると意気揚々に歩いてきた。

「ちーっす」

「嶋中……あんた……」

「ん? あれ? モッチーいるじゃん? なにこれ? あ、もしかしていつしかの続きとか? それであってる? 天宮くん?」

「そんなところだ」

「そーかーそーかー」

 嶋中は軽快な歩き方で俺の前に座る。持田はすぐにソファーから立ちあがり、嶋中を避けるようにテーブルから離れる。

「で、話って?」

「なんだ、いかにも急いでいる風だな」

「いやそりゃそうだよー。だって練習あるし。鬼みたいな部長に遅れるのを伝えるだけでもどれだけ怖いか……。天宮君も一回見ただろ……」

「ああ、あの人か」

「そーだよ。だから俺は早く話を済ませて、練習に戻りたいわけ」

「そいつは大層な心構えだ。皆のお手本というわけか」

「……」

 嶋中は苦笑いを浮かべる。それは俺の発言に引いたわけではない事は自然に読みとれた。

「さて、本題に入ろうか。前に結凪の件について質問したな?」

「あ……それって例の盗撮事件?」

「そうだ」

「あれはびっくりしたぜー。で、……この空気はまた再調査? いくら俺にやっても意味はないと思うけどなー」

「そうだな。なにせ実行犯は持田だったからな」

 持田は不意打ちを食らったかのように俺の方を見やる。難波も同時にこちらに目を向けた。

「えっ!? ……マジで?」

「ああ」

「いやぁーそっかー……あ、はは。なんつーか、なんか残念だな。モッチーが犯人だったなんて。ちょっと信じられないや」

 俺はちらっと持田を見る。 

 持田の表情は硬かった。まるで何かを飲み込むのを我慢しているようにひたすら拳を握っていた。

 だがそれ以前に、彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでいる事に俺は気づいていた。

 俺は嶋中の方に目を戻した。

 そして腹の底から強く声を発する。

「馬鹿だな、お前は」

「は?」

「まるでうっかり証拠を漏らした黒づくめの犯人のようだ」

 嶋中は我を忘れたかのように固まる。空気の崩れが少しづつ起き始める。

「ちょ、いきなりストレート投げてきたなぁ! 天宮君って意外にガツガツ言う派? もうそれ百五十キロオーバーでてんじゃん! 笑えるー!」

 嶋中は大きくバカ笑いした後、空気を沈めるように低い声をあげた。

「で。どういう意味よ、それ?」

 俺は嶋中の声に一切屈することなく、いつも通りに口を動かす。

「まだ誰も『真犯人』とは一言もいってないだろう」

「は? いやさっきモッチーの事、犯人って言ったじゃん?」

「いいや。……実行犯、だとは言ったがな」

 思いっきり豆鉄砲を喰らったかのような顔をした嶋中は不気味に笑う。

「ブッ! やっべえ笑える! あ! もしかしてなぞなぞ? いやぁー天宮君も面白い事すんなー!」

「謎かけでもなぞなぞでもない。真犯人と実行犯は似ているようで違う。確かに小説でも実行犯が全て犯行をこなしたケースも多く書かれているが、俺の中では、計画から実行まで全てやった人間を『真犯人』と定義しているのでな」

「うっわー! 何そのメンドクセー理屈! もしかして天宮君クソが詰まるくらいさー頭固い理系の人? あ、ごめん。そういう人の考えわからんわ。もう固いのとか無理、きめえ」

「俺の事はどうでもいい。話を逸らすな」

 言い訳をするハイエナを、俺はライオンの如く一喝する。

「嶋中、お前が犯人だ」

「うっぉー! やっべ! 俺、悪役ぅ!? さっきのあれでしょ? イケメンタレントが探偵役やってる時にいいそうな台詞っぽくね? 天宮君もしかして! それ言いたかったってか! で、その実験役が俺! いいやはめられたもんですなー! でも辞めといた方がいいんじゃない!? そういうのガチで似合わなねえから」

「実験じゃなく、本当のことだ」

「こっちの話はガン無視ですかー! あ、じゃあさ、俺がやった証拠とかあるわけ?」

「ああ」

 俺は一呼吸置いた後、ゆっくりと口を開いた。

「……どうにも腑に落ちないことがあった。確かにあの写真は、携帯カメラを使って女子バスケ部が撮ったもので、持田が指示した事。それは間違いない。だが……どうやって撮った?」

「いや、だからそれモッチーが指示したんでしょ?」

「あ、天宮君……僕もそれは間違いないと思うけど」

 難波は嶋中の証言を擁護するかのように話に割り込んでくる。

「違う。方法じゃない。俺が言いたいのは『機会』だ」

「機会?」

 難波は不思議そうに首を傾げた。

「いやいやいやいや! 天宮くんあったま大丈夫かい!? そんなのいくらでもあんじゃん! 人いっぱいいるんだしさー!」

「それがないんだよ」

「いや、だからなにを根拠に……」

「カメラ機能だ」

「カメラ?」

「女子バスケ部は、携帯のカメラ機能を使って撮ったと証言していた。お前、携帯カメラ使った事ないのか?」

「うぉっほぉ!? 天宮君、超見下してくるねー! 顔ひどい癖に俺様タイプ!? 辞めとけって!」

「いいから答えろ」

「使ったことあるに決まってんだろヴォケ」

 嶋中は至極うざそうに返答をする。

「……それを言ってまだ気づかんか」

「……いいかげん何が言いたい訳よ、天宮君。モッチーがやったことに変わりないっしょ。なに? 俺に恨みでもあるわけ? さっきから意味不明ですよ、マジで」

「本当に分からないか?」

「…………だから、さっきから何言って――」

 俺は遮るように言葉を返す。

「カメラとったらシャッター音がなるだろ?」

「……っ?」

 言葉を聞いた瞬間、嶋中は口を閉じた。

「あ、あの……天宮君、それって何の関係が……?」

 難波もどういうことか理解できなかったようだ。

「水を差すようで悪いけど……僕は関係ないように思えるけどなぁ……あ、当たり前すぎるというか」

「当たり前の事だから気づかなかったんだよ」

「当たり前の事?」

「俺はずっと、誰がどうやって写真を撮ったかということにばかり焦点を置いていた。結果、持田が人を使っておこなったという事実に辿り着いた。この時点で俺は決着がついたと思い込んでいた。自分ではなく人を使ったとなれば確かに足がつかないし、複数での犯行のほうがやりやすい。考えていることをだから肝心なところに目が行ってなかった。慢心していたんだ。だが一つ重要なことが抜けていた……持田はなぜそれを実行できたのか。『何のリスクも恐れずに』。ここが抜けていた」

「どういうことだい?」

「携帯のシャッター音を聞いて気づかない奴がいるか? 仮に気づかない奴がいたとしても、誰かが必ずその行動を『見ている』。またはシャッター音を『聞いている』。20人いるとなれば、一人や二人『カメラの音がした』とか『携帯を掲げていた』と証言が出てきてもおかしくない。……でも、なぜその証言が一つも出てこない?」

「女子バスケ部が皆事実を知っていたから、とか?」

 難波が頭を横にかしげて、疑問を問いかける。

「いや、それはない。もし全員知っていたとしても、女子バスケ部が総動員でシャッター音がバレないように工作するだろ。でもそうなれば周りだって不自然な動きをしていると思うはず。それだったらそれなりに『女子バスケ部の様子がおかしかった』といった、全体を捉えた証言が出てくる可能性がある」

「それじゃあ……あそこにいた全員がグルだったとか……」

「それはないわ」

 持田が冷静に、難波の疑問をはっきりと拒否した。

「写真の事を知っているのは、部員の二人だけ……あとは誰も知らない」

「えっ」

 難波が驚いた顔で持田を見る。

 嶋中はバツが悪そうに持田を見返した。

「じゃあ……どうやって」

「嶋中」

 俺はまじまじと嶋中を睨む。

「……」

 嶋中はそれを無言で睨みかえした。

「お前、あの時一回、色んなものをこぼしてたよな? オレンジジュースとか、喰い物とか皿とか。あれ、わざとだな?」

「……」

 嶋中の表情が歪む。

「こぼした後も同様、異常にうるさかったんだ。霧崎が嫌そうにお前の野獣のような声を聞いていた。……ジュースをこぼし、必要以上に大袈裟にとり乱れる。その行動でお前は周りの目を一瞬だけ引きつけてた。その『一瞬』が欲しかった。そういうことだな」

「そうか……。誰かがトラブルを起こせば、周りは何が起こったのか気になってそちらに目がいってしまう……長くは続かないにしても一秒くらいは隙が生まれる……それを確認した持田さんは目配せして、合図を送った」

「ああ。町中で芸能人が登場して周囲の注目を浴びるように。その周囲に溶け込んで人のものを盗むようにな」

 納得した難波に返事をした後、俺は嶋中を再度睨んだ。

「いやいやいや、なんでそんなこと言いきれんの? オレンジジュースこぼしただけで犯人扱い? 話ぶっとびすぎじゃね? マジで引くんだけど」

「ふっ……おいおい。そういうお前も本気で引いてしまいそうな奴だな」

「は? なに笑ってんだ?」

「お前、まさか気づかなかったのか?」

「何が?」

「部室内に、監視カメラがあるってことをよ」

「っ!?」

 嶋中の目が大きく開いた。ガタっと座っていた椅子を揺らす。

「え、えっ!?」

 同時に難波も飛びあがるように驚く。

「そ、それは僕も初耳だよ!」

「ああ、もちろん嘘だ。心配するな」

「あ、天宮君……」

「怒るな。嘘も方便って言葉があるだろ。でもさっきの反応で……ビンゴだな。お前が犯人だ、嶋中」

「……っ!」 

 俺に指摘された嶋中は、しばらく口を閉ざしていた。

 それに応じてか、周りの空気もすっと静かになる。

「……へ。へへへへへへへへへ」

 今までに見せなかった嶋中の表情がそこにあった。

「やっべー。名探偵ってマジでいるのな……。おまけに心理戦も超得意とか。将棋のプロでも目指したら?」

「悪いがそんなものを目指す気はない」

 底抜けの闇が暴かれるように、感情の蓋が口を開く。

「へへへへ! おもしれー。ウチの学校に名探偵いるとか騒いだら楽しそうだわ」

「俺は名探偵じゃない」

「その答えも笑えるわぁー! へっへっへ!」

 嶋中の顔付きが変わっていた。

「いやぁー。まっさかそこまで辿り着くとか。モッチーに口止めしていだんだけど、まさか合コン部に名探偵がいるとか思わなかったわー。つか、合コン部に名探偵って……やっべ超ウケる!」

 嶋中は下劣に笑いだす。店の中が不穏な空気につつまれ、黒い息苦しさが漂い始める。

「あぁ、そうだよ。俺がやった」

「しっかりと証言したな」

「だってそこまで気づかれるとか思ってなかったしさー。合コン部とか頭悪そうなところじゃん? つか、なんか気に入らなかったし」

「結局、偏見が理由か」

「は? 誰だって気持ち悪いって思うだろ? 何、合コン部って? はやってんの? もしかして皆でなにかやりたいとか、そんな夢希望とか抱いちゃって始めたとか? 青春ドラマかっつーの、吐き気がする。でも……一番いらついたのが……結凪だ」

 嶋中は砕く勢いで歯に力を込めている。

「なんであんな訳分からない部活やってんのに人が集まるんだよ。おかしくね?  宣伝とかなんかしてんの? そりゃしないよな! でもな……そんなのも無に、自然と結凪のクソアマに人が集まって言ったのが気に食わないんだよ……。いや、それだけじゃねえ、他の部員もおんなじだ。そんな変な連中ばかりの集まりだから、話のネタにして笑い物にしようかと思ってたら……みんな顔揃えてそんなことないとか言い出すんだよなー。なにそれ? なんで皆さ、魅力とか感じちゃってるわけ? そういうの見てると気持ち悪いんだよ……」

「……」

「ホント、合コン部って何なんだよ? 人との交流だかが目的だっけ? お前ら馬鹿か? どいつもこいつもそんなホイホイ仲良くなりにいくわけねーだろうが。人間とか騙してナンボじゃん? 嘘をついてナンボじゃん? いじめたいやつがいたら徹底的にいじめて、いい臭いのする女だったら笑顔満点で自分ステータス公開すりゃいいだろ。まぁステータスも嘘だけど。それ普通でしょ? なに真剣に交流とか言っちゃってんの?」

 嶋中の見事なまでの罵倒がそこにあった。

 確かに、嶋中の言う事は最もだ。 

 本当に人に対して心を開く奴なんて、そういない。

 テーブルがドンと叩かれ、置かれたコーヒーが揺れ動く音がした。

「……もう一回言ってみろ」

 難波が席をたち、敵意をむき出しにするように見る。今までに見せた事のない、笑顔の中に隠されていた怒りの表情。難波は嶋中に対して怒りをあらわにしていた。

「僕はいくらでも馬鹿にされてもいい。でももう一回、結凪さんや他の部員の事をバカにしてみろ」

 冷めた飲み物が波を立たせ、少し机に落ち表面を濡らした。

「ブワァッハハハハ! やっべぇ難波君マジギレ!? 言う事もすっげーヒーローじゃねえか! オイオイオイオイ超ネタになるじゃんそれ!? あ、あとでその顔写メで取らしてくれない?」

「……このっ!」

 難波は目を見開き、手をあげようとする。

「……お前の言う通りかもな」

「っ! 天宮君!」 

 難波は興奮状態のまま俺を睨んだ。

「仲良くなるなんて、簡単にできるものじゃない。誰だって他人は警戒するものだ。そして、簡単に口が動く相手にはもっと警戒する。でも」 

 俺は強く言葉を言い放つ。

「それがどうあれ、お前は結凪を傷つけた。合コン部のメンバーもだ」

「……天宮君」

 難波は徐々に冷静さを取り戻し、ビクビクと怯えている様子の持田の震えは収まっていた。

「そしてお前は犯人だ。その事実に変わりはない」

「あ、そう」

 そういうと、突然嶋中は携帯を取り出し、ある写真を提示してきた。

 それは難波と持田が話している写真だった。

「あんた、それ……!」

 持田はその写真の正体に気づいている様子だった。

「なんだ、この写真は」

「何のために女子バスケ部員を二人使ったと思ってんだよ。結凪だけの写真じゃねえ、難波とお前の写真も撮るよう指示したんだ。もちろんそれはお前に内緒でな。だから最初に言っただろ? 協力する代わりに、裏切りでもしたらしっかりツケは払わせるって。お前はオレを裏切った、だーかーらこうするんだって」

 持田は顔をこわばらせる。

「おいおいモッチー、お前だって協力者だろ? それとも何? もう心入れ替えちゃったとか? 勘弁してくれよ! お前、結凪に嫉妬して俺と協力したんだろ!」

「……!」

「そうだよなぁ。難波と仲良くしてる結凪が気に入らなかったんだよなぁ! いわゆる嫉妬心ってやつ!? みにくいねぇ! ま、俺からしたらどうでもいいし。合コン部をブチ壊す道具になると思ってモッチー使っただけだしな。……で、話は戻るけどよ、ここで俺を見逃してくれたらこの写真は捨ててやるわ。んでさっきの話もすべてナシ。だが俺の事をバラそうってんなら、この写真をばら撒く」

「なるほど……。もしかして『淫乱部員の皆様へ』という解答もお前が考えたか」

「いやぁー超センスあるっしょ? ……でさ、どうなの? 見逃してくれるのかい? 天宮君!」

「そんなわけ……」

 そこで俺は言葉が止まった。

 脳内に出てきたのは、難波と持田……それだけではない、結凪や霧崎も周りから酷い仕打ちを受けている姿が出てきた。

「っ……!」

 駄目だ。言葉が出ない。

『そんな訳あるか、お前のやったことは見逃さない』

 そう言いたかったのに、言えなかった。 

 言おうとすると、胸の内が痛かった。 

 その時。

 バン!

 思いっきり店の扉が開かれた。

「……話は全部聞いたぞ、嶋中」

 身体が大きく、誰が見ても恐れおののくような顔つき。そこにいたのは、あの野球部の部長であった。

 さらに後ろにはもう一つ人影があった。

「……」

 野球部部長の後ろに隠れていたのは、まぎれもない結凪だった。






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