第二章
合コンの準備は至極単純なものだった。丸テーブルの設置と、簡単なパーティ用の飾り一式でデコレーションをするといった内容で、俺は難波と一緒にテーブル設置、結凪と霧崎で小物を準備する。事は30分程度で完了した。
しかし丸テーブルが想像以上に重たかったか、はたまた俺の体力がなさすぎるのか異常な疲労感を感じた俺はその場にバタンと倒れこむ。
「お疲れ、天宮君」
「お前、よく体力が持つな……」
「何度も運んでいるからね」
イケメンな輝きを放つ難波の光が俺の眼を刺激する。イケメン特有のオーラは青春物の本で眼にした事があるが、本物はすごくまぶしかった。こういう人ってどんだけ汗流しても気持ち悪いって言われない爽やか補正があるのがすごい。
「結凪さん達も終わったみたいだね」
難波は部屋入り口の方を見やると、作業を終えた二人の姿があった。側壁の天井近くには彼女達が色んな形をした紙や、色とりどりのリボンがあり、それが幾重にも交差して天井の隅を這っている。結凪はいつも通りのスマイル笑顔だったが、霧崎はいまだにミステリーな顔付きを維持しているもどこか疲れ顔をしている気がした。そんなにミステリアススマイルしたところで、見てるこっちが疲れるだけだから。
「お疲れ」
ねぎらいの言葉に結凪が反応する。
「あ! 二人共お疲れさーん! 準備終わった? というか、茂ちゃんすっごくお疲れ状態だねー」
「つ、疲れてはいない……」
俺は寝そべったまま二人に声をかける。
「茂ちゃん体力なさすぎ~! もー、いっつも本ばっかり読んでるからだよー。たまには運動しないと」
「フ……フッ。俺に運動など必要ない。体力が無くても知恵があれば平和な人生を送る事くらいたやすいのでな」
「でも健康は必要不可欠だと思うよー。死んじゃったら人生元も子もないしー」
結凪は心配そうな顔でなんだか怖い事を言った。
「人間の魂の行きつく先は不可思議の果て。フフ。貴方も理解しているようね」
霧崎は俺を見るなり怪しげな笑みを浮かべる。いや、理解してないから。
「もうそろそろ来る時間かな?」
難波は部屋の壁上に取りつけてある時計を見やる。
すると、部屋の入り口の向こうから、小さなざわめきが聞こえはじめた。やがてそれは大きくなり、その声の主たちがドアのあく音とともに姿を現す。
男女のペアが多数、スポーティな女子達や体育会系の男子、色んな生徒が20人超と集まってきた。
突然、流れ込んできた大群に俺は戸惑う。
あれやこれやと人が入り混じり、挨拶の声が聞こえれば即座に笑い声も聞こえ出す。ただでさえクラスでも影が薄いのに、ここまで人が来てしまえばもはや俺は空気だった。
「こんなにたくさん来るのか……」
「なるほど……今回はいつもより人が多いわね。この人の量があればどれほどの恐怖力を抽出できるかしらね……。そこで、あなたの意見を聞きましょう。天宮君。この人の量をどうやって求めたと思うかしら?」
いつのまに隣にいた霧崎が、腕を組みながら俺に声をかける。
「あのさ、さりげなく俺の横に来て声をかけるのは辞めてくれるか? お前と同類に思われるだろ」
「失礼ね。せっかく人の量を集める方法を紐解いてあげようと思っていたのに」
「紐解かなくてもいいから……。つか、これくらいなら結凪なら出来そうな気がするけどな」
「少し違うかしら? ほら、あれを見なさい」
命令口調をかましてきた霧崎が指した方向、そこには結凪がいた。彼女の隣には、ピンクの派手な髪色をした女子が一人、その横にはフレッシュな雰囲気を匂わせる男子が軽快に肩を揺らしている。
「今回これだけ多くの人数で混沌を起こせたのも、彼女とあの二人のおかげといっていいかもしれないわね」
「結凪と喋っている二人のことか?」
俺は霧崎の隣で、結凪達の会話を眺めてみる。
『へぇ……けっこう栄えてるじゃない』
『おかげさまだよー。持田さんのおかげでいっぱい人を呼べたし』
『ま。私にかかればこんな人数余裕よ』
持田と呼ばれる女性はふんっと鼻息をたて、今にも落ちそうなおっぱいの下で両腕を組む。
『いやいやちょい待ちよモッチー! オレオレ! オレ忘れてるって』
その隣で、男子がくいくいと自分に指して存在をアピールする。
『イチイチうっさいなアンタは!』
『ふふっ。もちろん、陽介君も忘れてないってー。ありがとん♪』
ギャーギャーと喚く持田に対して、結凪は余裕を持った表情で陽介と呼んだ男子に笑顔を向ける。
『うっほぉぉぉぉう! マジ結凪ちゃん! 天使!』
『キッモ! 天使とかどーいう表現よ』
『天使の魅力分からないとか! モッチーマジアリエネー!』
『うっざ……』
結凪、持田、そして陽介と呼ばれるイケイケな男子の会話はみるみるうちに花を咲かせていた。
俺は霧崎に視線をもどす。
「結凪さんと話している女子は、彼女と同じクラスの持田麻美さんで、女子バスケ部員。男の方は嶋中陽介さんで、野球部員。今日の不可思議現象を起こしたきっかけの二人でもあるのよ。今回は文化系と体育系の部活に声をかける予定だったのだけれど……文化系はなんとか人を呼び込めたものの、体育系の部活は規律がしっかりしているから、さすがに結凪さん一人の力で部活動の内部のことには干渉できなかったわ。でも結凪さんのことを知っている持田さんと嶋中さんが声をかけてくれて、こちらに人数を割いてくれたのよ」
「なるほどな」
俺はベラベラ話している持田と嶋中を見て、フッと苦笑を浮かべや。
「何がおかしいの?」
「いや、見事にありきたりだと思ってな」
「ありきたり?」
「見た目通りってことだ」
霧崎は頭に?を浮かべるように怪しく目を細めて、俺を見る。
「嶋中を一言で言い表すなら、よくあるテンプレ通りのスポーツマンだ。体力あり元気あり、それに見合うほどの声量もある。しかしその裏は分かりやすく、一切勉強ができないような天然系キャラクターといった雰囲気を感じるな。ああやって持田にあしらわれている様子を見ると、いかにもそれらしい」
「はぁ……」
「そして持田のほうは……。あれこそまさに、キャピキャピなオーラを纏わせるキャバ嬢しかり『キャバ娘』といったところだ、ビッチって言ってもいいな。髪をいじった時の余裕のある表情や、特に勢いのある『は?』とか 汚いものを見るような声で『キッモ』等の言葉を放つところは、S系キャバ嬢を目指すならぜひとも見習うべきともいっていいいスキルばかりで、もうビッチの鏡だな。あんなにお手本どおりで完璧たるオーラを放っているくらいなら、将来キャバクラのトップにもなれるんじゃないか」
本を読んで参考にした俺の自己分析理論を聞いた霧崎は、感心したように吐息を漏らす。
「へぇ、面白い分析ね」
「人物像を思い浮かべただけだ」
「そして無駄にキャバクラについても語るのね。好きなの? 一人で行ったことあるの? それともキャバクラデザイナー? プロデューサー? 将来はキャバクラオーナーになるつもり?」
「勝手にキャバクラマニアに仕立て上げるんじゃねえよ……。そんなに女好きに見えるか? 別に全然好きでもないし行ったことないし、未成年だから行けないだろうが。……これは、その、推理小説でも自己分析する探偵とかいるだろ、それのマネごとだよ、悪いか?」
俺の自己分析理論をクソのように扱うどころか話をキャバクラ路線に持っていっていっそのこと俺をキャバクラデザイナーに仕立て上げようとする霧崎に、心がボロボロになりながらも抵抗する。
「そう……。まぁそれはいいわ。でもこれで貴方も結凪さんの人脈が著しいと改めて認識したようね」
「元から人に好かれる人間だったからな。でも確かに、これだけの人数を集める事をしたと考えれば、すごいものだ」
俺は素直に感心する。
と、そこに。
「いやぁ、結凪さんの人脈はすごいよなぁ……」
イケメンこと難波が俺たちと合流する。
「あら、幸人。貴方は戯れてこないのかしら?」
「僕は遠慮しておくよ。もちろん来る人は拒まないけど」
お前そういうタイプだったのか……。このイケメンはモテ果汁100%だろうから、良い香りのする女子数名とキャッキャウフフな会話でもしたいのかと思っていたが……。
「……っ!」
すると、結凪達と話していた持田が、ねこじゃらしに反応する猫のように難波の元へとやってくる。
「な、難波君! おっはよ!」
もう朝はとっくに過ぎたのにおはようと挨拶を交わす持田。俺は突然のことで反応できなかったが、それは難波も同じようだった。
「あ、ああ……おはよう持田君……。今はもう4時だよ」
「あ! ご、ごっめーん! 勘違いしてた。てへ……」
突然このキャバ娘はあろうことか、顔を赤らめて舌を出した。嘘だろ。なんだこのギャップ。
それに『てへ』って。
純情乙女でも朝と夕方は間違えないぞ。それはただのアホだ。
「あああの難波君! どうせなら二人で話しない!? ほら、周りももう合コン? 盛り上がってるっぽいし? だ、だめ?」
「駄目じゃないけど……」
「や、やった! あ、じゃあ……あっちいこ!」
持田は指定したところは部屋の壁隅、文化系の女子達が座っている近くだった。
と、そこで持田は難波の視界に入らないように、俺と霧崎に眼を向ける。
ギロリ。
とんでもないくらいに眼を細めたこのギャル娘は、視線だけで『アンタラキエロ』と脅しの声がわなわなと聞こえてくるようだった。純粋過ぎるギャップがあるかと思ったらそんなことはなかったらしい。
「天宮君」
俺を見てきた霧崎はちょんちょんと袖を掴んでくる。
「なんだよ?」
霧崎はくいっと誰もいないスペースに顔を逸らす。そこは部屋の端、ちょうど入り乱れている人ごみかを回避できる場所だった。あそこに移動しようということか。
丁度いい。そこそこ会場も盛り上がってきたし、余計な交流は避けたいし、とりあえずここから離れるか。
俺は一旦の修羅場を乗り切る如く、人気のないスペースに移動する。背中を壁にあずけ会場をぼけーっと見ていた。
それから数十分が経過する。
談笑も熱を上げ、用意されたテーブルの上にはお菓子や飲み物が散乱し始める。
これでは合コンというよりただの飲み会だ。
どこもかしこも楽しそうに会話している中、俺は入り口の近くの壁際で光景を眺めていた。
テーブルは6つあり、部屋の三分の二のスペースをとっている。中央のテーブルには結凪と嶋中。右隣のテーブルには嶋中と同じ男子バスケ部員が数名。右奥には女子が占領し、左隣と左奥のテーブルには男女が入り混じれてはしゃぎまわっている。ちなみに、難波と持田は文芸部辺りが談笑しているテーブルに近い壁際で話しこんでいる。持田は楽しそうに話しているも難波はどこかおされぎみであった。
「フフ……。さすが幸人ね。派手な空気を纏った女も一撃で仕留めるなんて……」
「どういう褒め方だ」
まぁ、派手な空気というのは同感だが。
「いつもこんな感じなのか?」
俺は隣でじーっと眺めている霧崎に声をかけた。
「そうね……。今回はそれなりに繁盛しているわ。合コンと呼べはしない……けど、結凪さん自身が満足しているのだから、私はよしとしているわ」
「そういうお前は、さっきからずっと俺の隣で喋ってばかりだが?」
俺は不意をつくように疑問を投げる。霧崎の体が一瞬ビクっと動いた。
「混ざってこないのか?」
「………え……ええ」
「副部長だろ。まさかとは思うが会話が苦手なんてことが……」
「……」
くいっとこちらを向いた霧崎は、子供のような泣きっ面で俺の眼を捉えていた。うるるとした赤い瞳に心がぐらっとしてしまう。
「あ、あなたも人の事がいえないくせに」
「……」
少しばかり、霧崎が俺に反論してくる。まぁ確かにこいつと同じく眺めているだけだしな、言われても仕方がないか……。
「最初、結凪さんに勧誘された時はこんな場所とは知らなかったわ。合コンなんて名前だけだと思っていたし……」
「名前だけ? どういう意味だ」
「よくあるでしょう? 人の常識を抜けているネーミングセンスにも関わらず、中身はほとんど何もしていない部活って」
「ふーん。なんかラノベとかにありそうだな」
「……よく分かったわね」
「いや……まぁ、俺も見ているし」
霧崎は俺の返答を聞くと『くっ』と言いたげな表情で悔しそうにする。コイツの中二病がどこからきたのか分かった気がするわ。
「私は与えられた時間を全て不可思議現象につぎ込むつもりだったのに……まさかここまで人を呼び込むうえ、結凪さんが自分の予測していた以上に積極的な人とは思っていなかったわ……。別にこういう雰囲気は嫌いではないのだけれど」
霧崎は大損をしたかのように人差し指をピンと顔に当てる。
「まぁあの明るさには手こずるわな。ほんと結凪の人脈ってどうなってるんだか」
そう言って俺は眼を睨める。
「貴方は、どう思っているのかしら?」
突然、霧崎は夕焼けのような瞳で俺を覗く。
どくんと心臓が跳ねるような、そんな心地を感じる。
「お、俺?」
と、何かフラグの経ちそうな展開かと思いきや、見事に邪魔をするかの如く、ガシャーンと物が落ちた音が聞こえた。
『あぁぁぁ! ごめんごめん!』
見れば、嶋中が何度も何度も頭を下げて謝ってる。
テーブルにはオレンジジュースが盛大にぶちまけられており、テーブルから床に物がばらばらと落ちている。
『そんなに気にしなくても良いってー』
結凪は苦笑いしながら手を横にふる。
『いやいや! レディの胸元をよごすなんて大惨事だよろしくねぇ! うぉぉぉぉぉぉぉ! 俺はなんてことをーーーー!』
にぎやかな談話の中、一人の哀れな獣の雄たけびが轟く。哀れと言うより、あれではただの馬鹿だ。
「全く、肉食獣は周りを気にしないのね」
俺はブルっと身構える。
「お前、見かけによらずストレートな悪口を好むやつだな……。」
「肉食獣は肉食獣よ。素直なのはいい事だけれど」
「褒めているのか馬鹿にしているのかどっちだ」
「それは恐怖を司る私の胸の中にしか分からない……」
「はいはいそうですかもういいよ……」
俺は霧崎のたわごとを聞き流す。
と、そこに文芸部の方から一人の女性がこっちに向かってやってくる。しなやかな足つきで歩き方も丁寧だ。まだメイドという職業が存在するならぜひとも見習うべきところだろう。
「あら、涼代さんじゃない」
霧崎が声をかけると、涼代と呼ばれた少女は落ち着いた物腰であいさつをする。
「こんにちは。霧崎さん」
長い銀の髪が横に揺れ、神々しいにも似た輝きが彼女をより一層たしなみ深い少女であることを告げている。俺も霧崎にならって挨拶を交わした。
「こちらの方は?」
「彼は天宮茂吉君。合コン部の新入部員で、不可思議現象の実験体よ」
「おい」
さりげなく俺をモルモットにした上げる霧崎に構わず、涼代は一礼した。
「はじめまして。涼代玲と申します。文芸部の所属しています。いつも霧崎さんにはお世話になっております」
「世話? なんかしてるのか?」
「彼女、喫茶店のアルバイトをしているのよ。そこで私が訪れるようになってから知り合っって、よくクッキーをいただいているわ。そこのクッキーが美味しくて……それに彼涼代さん、なかなか落ち着きのあって評判がいいの。……ほら、あそこを見なさい」
なぜか最後に命令口調になった霧崎を無視して、俺はその方角を見る。そこには文芸部が多数、こちらに向けてうるうるとしたまなざしを送っている。
というよりこれは。
『す、涼代様が知らない殿方とお話されているわ!』
『こ、これは危ない……。あの殿方を排除すべきか……』
うるうるとしたまなざしから一変、俺を殺すかのような殺気立った目線に変わる。
「涼代さんの筆舌に尽くしがたい清楚オーラは、他の文芸部の尊敬の的になっているのよ。いわゆるファンといえばいいかしらね」
「マジかよ……」
もうあれ俺ぜったい狙ってるよ。今にもスナイパーライフル持ちだして俺を殺す気だよ。文芸部ってそんなに怖いところなの?
「涼代さん、彼女たちが待っているわよ」
「あぁ……そうですね。お気づかい感謝いたします。では、私はこれで。霧崎さんもお機会があればまた店のほうへいらしてくださいね」
「大丈夫よ、近いうちに行くと思うから。またクッキーをごちそうになるわね」
「ありがとうございます。では」
涼代はゆっくりとお別れのあいさつを済ませた後、たったったと文芸部のほうへもどって行く。
『涼代様! お怪我はありませんでしたか!』
『あっ、ええ大丈夫ですよ……? そんなにご心配されなくても!』
『いいえそうはいきませんわ! あんな良く分からない野蛮でなにをするかわからな……』
遠くから俺に対しての罵詈雑言が聞こえてくるが、気にしない事にする。
「なかなか面白い女性でしょう?」
「面白がるなよ……」
「ふふ。ああいう人こそ、自分の心に嘘をつかなさそうね」
「なに言ってんだか……」
俺は霧崎の独り言を無視しつつ、しばらく会場を眺めるのであった。
◆
昨日のお茶会から一日が経過。
いつものように歩く道は気のせいか穏やかに見えた。
なにせ放課後の自由時間が奪われたのだ。帰りに本屋によることも、『今日は何を読もうかな~』と明け暮れることもできないだろう。
ふと、右前方を見やると、同じ学校の女子生徒二人組が歩いていた。奴らも放課後タイムの使い方で論議しているのだろう。別に彼女らのリア充度が好きになったわけではなく、単に自由時間があるのがすごく羨ましかった。
俺は後方から睨みつける。リア充などくだばってしまえ。
と、そんな俺の心の声が聞こえたのか、女子二人は後ろを振り返る。突然のことで足が止まった。
彼女たちはなぜか、俺を見てギョっとする。
すぐに足を早めて、俺から逃げた。
「……」
よほど俺が気持ち悪かったのか、それとも心の声が読まれていたのだろうか。
まぁ別に隠すことでもない。平常心を取り繕う必要も感じないし、普段通りでいればいい。俺は何事もなかったのように再び歩き始める。
しばらく歩いて、俺は校門前に辿り着く。入るとグラウンドが広がっており、それをまたいだ先に校舎があった。俺は校庭に足を踏み入れ、周囲を見渡してみる。登校してきた生徒のほとんどが、どいつもこいつも朝の日差しにやられそうなゾンビの表情をしている。
軟弱者共め。よほど早起きが苦手なんだろう。だが俺の早朝は読書で始まるのだ。合コン部に入ってしまった現在、本を読める時間は限られているからな。
「……はぁ」
俺は昨日の出来事を思い出す。……といってもあれは相当きつかった。ただでさえ人と話すのは嫌なのに、どう立ち回れと。
「フッフッフ。これから先は不安……といった溜息ね」
何処からか声が聞こえた。
この妙に清楚チックで不思議感のある笑い方は……。俺はバッと後ろを振り返る。
「おはよう、天宮君」
予想通り。スマートな黒髪を兼ね備えた霧崎の美貌は朝日の美しさに負けず劣らずで、曇りのない青い眼は燦々と輝いている。これだけ見ると眼を奪われてしまいそうな美人であるが、挑発的な態度で腕を組む姿を見てしまえば一気に萎えた。朝っぱらからめんどくさい奴に会ったな……。
「何、その嫌な表情は?」
「いや別に」
俺の心を読んだのか、霧崎はすかさず言及してきた。無駄な所で勘の鋭いやつだな……。
「ところで天宮君は、今日の朝は何していたのかしら?」
「なんだよ、薮から棒に」
「周りの人間と違って血の気が通っている顔をしているものだから、朝から何かしていたのかと思って」
「はぁ?」
ほんの数秒霧崎が言っていることが分からなかったが、はっと頭に先ほどの光景が浮かぶ。それは周囲にいたゾンビのような顔つきの生徒たち。
……はっ。
こいつまさか、人の顔色で予測したってのか? だとしたら相当恐ろしい観察力だぞ……。
「合コン部のせいでまともに自分の時間がとれないからな。推理小説を読んでただけだ」
俺はしどろもどろに答えながら、顔を逸らす。
「あら、そうだったの……。てっきり貴方も不可思議現象の探求に目覚めたのかと思ったわ」
「勝手に人の嗜好を決めつけないでくれるか。ホラーは興味ないんだよ」
「あぁそうね……。貴方、昨日はとても恐怖していたものね……フッフッフ」
「え、あ、いや別に怖がってるとか言ってないぞ? 興味ないだけだぞ?」
「いきなり焦り始めるなんて、分かりやすいのね」
俺の恐怖心がバレたのか、霧崎の冷えたツッコミが入る。こんな時だけフツーに突っ込みやがって、なんか俺のほうが変人みたいじゃねーかこの野郎……。
「ちなみに私は、貴方の恐怖力を参考に不可思議現象の研究をしていたわ……朝からずっとね。フッフッフ」
朝なのにも関わらずお化け屋敷顔負けの不気味な笑みを浮かべる。
つまり、こいつの中二言い回しを訳すと、次はどうやって怖がらせようかやり方を考えていたのだろう。お前はプロの脅かし屋でも目指すつもりか。ふとホラー映画監督とか似合いそうだなとか思ってしまっただろうが。
「さてさて、次はどういう風に恐怖力を抽出しようかしら……」
「まだやる気かよ……」
「当たり前よ。せっかくのサンプルが現れたのよ? 恐怖力をもっと吸い取るためには絶好の機会……今こそ己の不可思議術を高める時よ」
「そうですかい……」
俺はため息を吐きながら、横で悩み続けている霧崎を無視する。こいつの相手をしているとキリがない。
玄関に入った俺は、そそくさに下駄箱に手をかけると。
ドカッ。
「っ!?」
突然誰かが俺の肩にぶつかってきた。
「……」
見ればそいつは俺の知らない生徒で、しばらく俺を見た後。
「……っ、すいません」
と、オドオドした声をを漏らして去っていく。
「なんだ?」
しかし、変なのはそれだけではなかった。
『ねえ、あいつらって……』
『アレだろ、あの……』
ふと周りを見れば、多数の生徒達がこちらを見て何かをひそひそ話していた。
なんだなんだ? 喧嘩売りか? それともとうとう俺にモテ期でも到来してきたか?
しかしその予測は簡単にはずれた。
……あいつら?
俺は自分の下駄箱に手を入れている霧崎を横に見てみるも、あまり気にしていない様子だ。
……変な違和感を感じる。
ただのいじめであればこの反応はおかしい。それならもっと攻撃的に関わってくるはずだ。
俺は頭の隅で、妙な胸騒ぎを感じていた。