脱出へ
その方法とは、
地面にマッキーで矢印を書くという、至極単純な方法である
道を進み、分岐点に来たら、進んだ方向に矢印を入れる
そのまま進み、行き止まりなら、分岐まで戻って矢印のない方向に進み、再度マッキーで矢印を書きこむ
その先も行き止まりなら、またさらにしるしのない分岐点まで戻る
という方法だ
これで、しるしのない道が正規のルート、ということになる
俺はマッキーで地道にしるしを書き込み、散策を開始した
新宿駅内はさすがに広く、すぐ進んだら分岐、といった具合だった
だが、この方法のおかげで、どんなに複雑な迷路だろうと、時間をかければ必ず攻略できる
俺は、ひたすら歩き、しるしをつける
という作業に没頭していった
そして、何時間たったか分からなくなったころ、ふと標識を見上げると、都営大江戸線、とかろうじて読める標識を発見した
「やっと見つけた、ここか!」
そう思い、更に深くまで歩を進めていった
駅のホームにたどり着き、周りを見渡す
一体どこに扉なんてあるのだろうか
ホームの端から端まで行ってみたが何もない
仕方なく線路の中に降り、進んでみた
その先で、ぞっとする光景を目の当たりにした
「おいおい……」
そこには、道がなかったのである
正確には、断崖絶壁がそこにあった
完全な暗闇
しかし、スマホのライトを照らしてみると、うち込まれた杭を発見した
そして、その杭にはロープがしばられている
「扉っていう表現は紛らわしいな……だけど、ここは地下世界の入り口、そんな気がするな」
ロープを伝い、下へ降りて行った
10分ほど、降りて行っただろうか
深い闇をひたすら降りていくと、底にたどり着いた
自立式の照明が何本か立っていて、道をしめしている
それをたどっていくと、町が現れた
その町並みは、新宿に昔からある、ぼろい平屋建ての家をつなぎ合わせて作られた飲み屋街、そんな雰囲気だった
淡い蛍光灯の光があたりを照らす
その家々を通り過ぎていく
周りには畑やらがあり、家庭菜園でもやってるのか、といった具合だ
ちらほらと人影が目に付く
そして、声をかけられた
「あんた、今上から来たな もしかして、地上の人間か?」
ぼろい布切れを身にまとった30半ばくらいの男性である
「ああ、そうだ 地上と地下のルートを開拓しにここまで来た もしかして俺が初めてか?」
しかし、思いもよらぬ返事が返ってきた
「俺たちの天国に踏み入れたなら、お前はもう地上には返せん」
?……
ちょ、ちょっと待て
「どういうことだよ ふざけんな」
「俺たちは地上になんか戻りたくないんだ あんなとこ、戻ったところで会社にこき使われるだけだ 俺たちはここで、気ままに生きて生きたいんだ 地上なんざまっぴらごめんだ」
男はそんなことをいい、俺を睨み付けた
「どうする?帰るというならタダではおかんぞ」
俺は真相を理解した
恐らく、地盤沈下があった際、ここに残った人間は、地上に戻ってもどうせロクなことがない、そうふんで、逆に地下に自分たちの世界を作ったんだ
俺みたいに、就職しようとしてもうまくいかず、家族からも見放された
そんな人たちに違いないと思った
だが、俺はここにとどまるわけにはいかなかった
俺は帰って、冒険家になるんだ
「悪いが、俺は帰る」
そういって踵を返した瞬間
うしろからぞろぞろと人が集まってきた
みな手にクワや棒を握りしめている
「殺せ」
そう誰かが言った
俺は一目散に駆け出した
「はあっ、はあっ……やべえ、やべえ!」
そう言いながら死にもの狂いで来た道を戻った
矢印の書いてない道を全速力で引き返していく
しるしのおかげで、迷子にならず、どうにか最初に入ってきたエレベーターまでやってこれた
振り向いたが誰もいない
しかし、いつやつらがここまで来るとも限らなかった
俺はすぐ魚クンに着替えようとした
しかし、ボンベを失った魚クンでは、地上に上がれないことに気が付いた
「方法は一つしかない」
俺は魚クンのモニターを起動させ、地上で待機している教授と連絡を取った
「大丈夫か?事情は理解した、すぐにボンベをもってそちらに行く」
そう言って、2着目の魚クンで、教授は自らこちらに来ると言った
俺は焦っていたため、あることを見落としていた
サメの存在である
俺が気づいた時には遅かった
「ぎゃああああああ」
という断末魔がモニターから聞こえてきたのである
その時、はっとした
「あっ」
サメのことを忘れていた
……
やってしまった……
俺はまたしても途方に暮れた
教授がサメに襲われ、ボンベがない状況が続いていた
もう地上からの助けは望めない
それより、教授に対する罪悪感にさいなまれた
「教授、ごめんなさい」
そんなんで許されるとは到底思わなかったが、次は自分の身が危険にさらされている
「どうすればいいんだ……」
俺はダメもとで、二酸化炭素の入ったボンベに、装置でクリーンをかけてみた
すると、奇跡が起こった
酸素のメーターの針が少し触れたのである
「ボンベ一本分の酸素があれば、行ける!」
俺はそれを背負い、魚クンを着て脱出を試みた