98. 寄り道
98 寄り道
テナの婚礼を祝う式典の当日。借りている倉庫に繋がっている扉を使い、アスタの街へとやってきた。今回の付き人には、目立ちすぎる巨人族のラキリスを除いて、全員を連れてきている。というのもテナの晴れ姿を見物に行くと言って付き人を募ったら、皆こぞって手を挙げてきたからだ。少し戸惑ったが、まあどうせ物見遊山である。人数がいても問題ないだろうということでまとめて連れてきた。
ただし、案内役のレン以外は耳や尻尾を隠す外套を身につけさせている。そのため少し怪しげな集団になっているが、まあ大丈夫だろう。
「ご主人様。すぐに広場に向かいますか?」
リースが広場へ直行するかどうか聞いてきたが、まだ時刻は昼前だ。そこまで慌てる必要もあるまい。
「いや、適当に寄り道しながら向かおう。昼飯もまだだしな」
「かしこまりました。それではレン、案内をお願いします」
「は、はい。頑張ります!」
緊張した様子で返事をするレン。彼女は人魚族なので、唯一外套を身につけず先導する役割を任せている。みなを率いるという大役に緊張しているようだが、まあ頑張ってもらおう。
◆
まずは食べ歩き牛獣族であるサラが、おすすめの屋台を紹介すると言ってきたので、その屋台のある市場へ行ってみた。
「ご主人様ぁ。これがそのスープです。とっても美味しいですよぉ」
うきうきとした表情のサラが買ってきたものは、赤みがかった茶色で、食欲を誘う香ばしい匂いのするスープだった。俺の知っている知識で言うと、この色と匂いはスープカレーである。早速食べてみると、知っているカレーよりも随分と辛く、複雑な味をしていた。どうやら知らない香辛料を大量に使っているようだ。
「サラ、このスープの味を再現できるか?」
「えぇと、ちょっと難しいかもしれません。使われている食材の種類が多すぎるし、珍しい調味料も使われているのかとぉ」
「シュリはどうだ。屋台で作ったことはないのか?」
「簡単なスープなら作ったことはありますが、このスープは何が使われているのか、想像もつかないほど複雑な味です」
困った表情で兎耳をへたらせながら、兎獣族のシュリが答えた。アスタで育った彼女でもわからないのなら、自分たちで試行錯誤するしかないだろう。
「それならこの街で手に入る香辛料と調味料を全て買って帰ろう。それを使って色々試してみてくれ。同じ味は無理でも、二人でこれは美味しいと納得できるものを作ってみろ」
「わかりましたぁ。がんばってみますぅ」
「かしこまりました。頑張ります」
それにこれはカレースープだが、出来ればとろみをつけてもらい、ご飯と一緒にしてカレーライスを食べてみたい。今度試作している時にでも厨房に行って、二人に注文を付けるか。
次に見て回ったのは果物類だ。このレバ海周辺で採れる果物の種類は多い。形も色も、見たこともないようなものがいくつもあった。いい機会なので、片っ端から皆で食べて比べ、美味しい果物を探して回った。
「これがココナッツですか」
「はい。ナイフを使い口を開いて中身を飲みます。使用後に水筒としても使えるので、この先の道中でも重宝しますよ」
ある露店で質問すると、売り手のおばさんが丁寧に説明してくれた。どうやら旅人かなにかと思われているようだが、確かに容量も大きく耐久性もある。水筒として使うには手軽だろう。ここよりも乾燥している砂国とかに持って行けば、意外と売れるかもしれない。
中身の果汁も、まあそれなりに飲める美味しさだ。今度大量に買ってみて、砂国のネフェルにでも紹介してみるか。
ほかにもマンゴーやらマンゴスチンやら、あまり馴染みは無いが聞いたことのある果物も買ってみたが、奴隷達には好評だった。気に入ったものをいくつか買い込み、手の空いている者に持たせる。その後も一通り市場を見て回り、昼過ぎになってから広場へと向かった。
◆
式典の本会場になっている広場にやってくると、多くの見物人が集まっていた。中心の方まで行くと、許可のない者はそれ以上進めないよう、人魚族の男達が槍を手に立っていた。見た覚えのある顔の人魚族が多かったので、おそらくイスタ族の旅団の連中だろう。
広場の中心を眺めてみると、旅団のリーダーであるサルドの姿が見えた。その横には笑顔で客の相手をしているガギルダの姿もある。
さらにサルド達のいる天幕の傍には、リヴァイアサンの魔核――神獣核が掲げられていた。深みのある蒼色をした神獣核は、サルドがリヴァイアサンを倒した証拠で、今はイスタ族を象徴する宝物として扱われているそうだ。
俺としては以前から、神獣核を西方諸国に持って行けばどれくらいの値段になるのか興味があったのだが、さすがに買い取ることは難しそうである。
そして彼らとは少し離れた場所で、艶やかな青色に染色された民族衣装を着たテナが、すました顔で座っていた。姿勢よくまっすぐに前を見つめ、凛とした雰囲気だ。その神々しさすら感じる姿に、周囲の見物人からもため息が漏れる。
「あれがテナ様か。リヴァイアサンとの戦いでは、あの怪物の怒りに負けないほど魔法を放ち、サルド様を手助けしたそうだ」
「とてもお美しい。気が強そうなところも素敵だな」
周囲の会話に耳をそばだてると、そんな声が聞こえてきた。確かにここから見るとお高く見える。カルサ島でも大工衆などの前では優雅な立ち振る居舞いを見せることもあるが、今日はさらに澄ました様子だ。
人魚族のレンを使って、周囲を警戒していた戦士にテナと話してもよいか尋ねてみる。リョウの名前を出すと、すぐに許可が下りたようだ。
「ご主人様。中に入ってもよいそうです。ただし従者は一人だけ、武器を持ち込むなとのことです」
「ご苦労。それじゃあレン、一緒に来てくれ。リースは皆と一緒にここで待っていろ」
「かしこまりました」
ボディチェックを受けた後、レンを連れて本会場に入る。そのままテナを目指して歩いていると、その前にある男に声をかけられた。テナの実兄、イスタ・サルドである。
「リョウ殿、久しぶりだな」
「サルド殿。ご無沙汰しております」
「カルサ島での拠点づくりの話は聞いている。見たこともない種族の女衆を連れてきたり、変わった作物を育てようとしたりと、なかなか不思議なことをしているそうだな」
「えぇ。テナ様にもお手伝いいただき、なんとか軌道に乗ってきたところです」
サルドはこれまで一度もカルサ島を訪れていないが、テナが護衛として働いていることは知っているはずだ。とりあえずアイツのことをほめておけば間違いないだろう。
「そうか。それはよかった。だがテナを頼りにしていたのなら、突然呼び戻してしまって悪かったな」
「いえ。婚礼となれば喜ばしいことです。しかも相手は大部族だと聞きました。イスタ族にとっては一大事でしょう」
「勿論だ。エリン族は気に食わない連中だが、レバ海では強い影響力を持っている。今でこそテナを嫁に出して衝突を避けるが、いずれ決着をつけるつもりだ」
強い口調で放たれるサルドの言葉には、以前にはなかった覇気のような力強さを感じた。どうやらリヴァイアサンを倒した英雄として、一皮むけてきているようだ。
「私も微力ながら、協力したいと思います」
「よろしく頼む。それで今日はテナに会いに来たのだろう?」
「はい。テナ様にはお世話になりましたので、祝いの品を用意してきました」
「それは妹も喜ぶだろう。アスタに来てからなにやら元気がないようだから、気を紛らわせてやってくれ」
「かしこまりました」
サルドに頭を下げ、従者のレンと共にテナの座る天幕へと歩を進めた。