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96. 海水浴

96 海水浴


 クー国の商人シアンとの約束が数ヶ月後に迫ってきていた。約束とはクー国の首都であるシェンヤンに扉を繋げ、東方国の商品を取引するというものだ。そんな約束をしたはいいが、まだあの男が信用できるかどうかはわからないので、カルサ島の扉を開くのではなく適当な場所を探す必要があった。


「かなり小さな島だけど、ご希望通り人族が泳いでいける距離に島はなくて、起伏の少ない珊瑚島よ。魔物もほとんどいないみたい」


 そこで護衛として雇っている人魚族のテナに頼んで、適当な大きさの無人島を探してもらっていたのだが、今日はそのテナから良い島が見つかったと報告を受け、護衛の奴隷達と共にその島の確認にやってきていた。


 船から降りて小高い丘に登ると、木々の隙間から反対側の海が見える。なるほど確かに平坦で小さな島だ。これなら海から攻撃することも容易だし、何よりテナの水魔法の威力を最大限発揮できるだろう。


「このくらい小さい島なら、お前の魔法で根こそぎにできてしまいそうだな」

「やってみないとわからないけど、流石に無理でしょうね。まあでも海が近いから、どれだけ人族が来ようが相手にならないと思うわ」

「頼りにしている」

「えぇ。それじゃあ、ここに決定ね」

「そうだな。さっそくカルサ島に扉をつなごう。レン、船にある木板を持ってきてくれ」

「はい」


 後ろに控えていた人魚族マーフォークの奴隷であるレンに命令し、扉を開く板を用意する。それを適当な木に立てかけ、手をかざし印をつけると、カルサ島の岸壁へと扉をつなげた。


「……何度見ても不思議な光景ね」

「そうか? 俺にはお前の魔法の方が不思議だ」

「私の魔法は、魔法杖の力を借りて水を動かしているだけだけど、あなたのそれは完全に理を無視しているように見えるわ」


 確かにそうかもしれない。離れた地点をつなげる扉だけなまだしも、俺にだけ見える表示画面や印はどういう理屈なのかさっぱりだからな。まあ気にしても仕方がないし、さっさとカルサ島に戻ろう。


「ご苦労だったな。今日はこれで仕事はおしまいだ」

「えぇ。用があればまた呼んで」

「あぁ。さて、ロル。奴隷の皆に、手が離せない仕事をしている者以外全員集合しろと伝えろ」

「はい! わかりました!」


 護衛として同行していたロルに命じると、元気よく返事をし駆け出していった。その後ろ姿をキョトンとした様子で見送ったテナが、肩越しに聞いてくる。


「奴隷達を集めて、なにかあるの?」

「さっきの島の下見ついでに、皆で海水浴でも楽しもうと思ってな」


 海水浴を楽しむだけなら、カルサ島でも普通にできる。ただせっかく手に入れた新しいプライベートビーチだ。奴隷達を集めてイロイロ楽しむのもいいだろう」


「そう。それなら私も参加していいかしら」

「……なに?」

「あら、何か都合が悪いことでも?」

「いや、別に」

「今日の仕事は終わったし、私も奴隷の子達と遊びたいわ」


 奴隷達と遊びたい、か。たしかに最近、こいつと奴隷達が話している姿をよく見る。何を話しているのかリースに確認したこともあるが、お肌の手入れ方法やらアスタで流行っている装飾品やら、特になんということはない雑談ばかりだった。


 一瞬どうしようか悩んだが、まあ別に構わないか。


「まあ、いいだろう」

「ありがとう、ご主人様っ!」


 調子よく言ってくるテナに、小さくため息をついてしまった。



 すぐに集まった奴隷達と共に、さきほどの無人島に移動すると、まずは浜辺に麻のテントを張り拠点を作った。その間アーシュ率いる護衛班には簡単に島の探索を行ってもらい、地形と魔物がいないことを確認してもらう。


 その後は浜辺で海水浴だ。美しい砂浜と奴隷達の姿を楽しみながらのんびりと過ごした。残念ながら水着というものは存在しないので、彼女たちは皆短パンに肌着のシャツという格好である。


 ちなみに奴隷達が身につけているシャツは、水に濡れるとほとんど着ている意味がない程度に透けてしまっている。人魚族マーフォークがよく海に潜る時に着ている麻の布地はあまり透けないようだが、どうせ俺以外の男はいないので誰も気にしていない。ただ、唯一テナだけはそのことに触れてきた。


「リョウ。あなたが彼女達をそういう風に使っていることは知っているけど、さすがにあの格好で遊ばせるのは趣味が悪いんじゃない?」

「裸にさせていないだけマシだろう。テナ、お前がいなけりゃあいつらいまごろ、おそらく全裸で泳いでいるだろうよ」


 実際、この島に皆を連れてきて海水浴をするぞと宣言した時、ロルのやつなど速攻で全裸になろうとしていた。それをテナが慌てて止めて、皆仕方なく下着を着たまま泳いでいるに過ぎないのだ。


「なに。私を邪魔者にする気? 誰のおかげでこの島を見つけられたと思っているのよ」

「そんなことは言っていない。ただこの中で俺の奴隷じゃないのお前だけだってことだ」

「私にしてみれば、あなたさえいなければ女性だけで気兼ねなく楽しめるのだけど」

「そんな無粋なことは許さん」

「でしょうね」


 はあとため息をついたものの、テナはすぐに気を取り直して皆が遊ぶ浜辺へと駆け出していった。俺は海には入らず、美女達が無防備な姿で水飛沫を上げながらはしゃぐ姿を楽しみながら、日除け用のテントの下でのんびりとした時間を楽しんだ。



 その後は皆でバーベキューだ。西方諸国で仕入れた牛肉と羊肉を、ウードの保存庫から大量に持ってきていた。カチコチに凍りついた肉をみて、テナが興味深そうにじろじろと見つめてくる。


「これが凍らせた肉なのね。冷たくって硬いなんて不思議。なにの肉?」

「こっちが牛で、こっちは羊だな」

「牛に羊ね。聞いたことはあるけど、初めて見たわ。クフィムの胸肉はないの? 私はあれが好きなんだけど」

「残念ながら今回は仕入れてないな。だがこれらも美味いぞ。楽しみにしておけ」


 しばらく待っていると、凍った肉が南部諸島の熱気にあてられてあっという間に解凍されていく。皆で分担して切り分けられた後、サラとシュリによって味付けがなされていった。


 やがて熱せられた鉄板で焼き始めると、じゅうじゅうという音ともに香ばしい匂いが立ちのぼる。


「うーん、美味しそうな匂い! 食べていい?」

「ダメよロル、まずはご主人様からです」


 身を乗り出して匂いを嗅いでいたロルを、姉のリースがたしなめる。ロルはしょんぼりと犬耳をへたらせつつも、焼きあがる肉をじっと見つめ続けていた。隣にいるラキリスやレン、それにノーラといった年少組は皆落ち着きを隠せない様子だ。


「ご主人様ぁ。どうぞぉ」


 焼き上がった肉をうやうやしく献上してくるサラ。それを受け取ると、次いでサラがテナにも手渡す。


「テナ様もどうぞぉ」

「ありがとうサラちゃん。それじゃあ、いただいてもいいかしら」

「あぁ」


 一応俺に確認をしてから、テナが焼肉を口にした。俺も一切れいただく。部位は不明だが、おそらくロースあたりだろう。塩胡椒が利いて普通にうまい。できれば焼肉のタレのような濃いソースがあれば最高だったが。


「味が濃くって、美味しいわね。こんな肉、初めて食べたわ」

「まあ西方諸国でも滅多に食べないがな。こっちの羊肉の方が一般的だ」

「んぐ……うん。ちょっとクセがあるけどこっちも美味しいわ」

「それは良かった。お前達も食べていいぞ」


 そう言うと奴隷達からわっと歓声が上がる。そしてすぐに皆で焚き火を取り囲み、ワイワイと騒がしいバーベキューパーティーが始まった。


 この肉は確か、1週間ほど前に仕入れたものだ。それをウードの倉庫に保管しておいたものなのだが、普通に美味しい。どうやらウードの拠点を保冷庫として利用することに問題なさそうだ。


 しかし保管はできても、運搬までは難しい。今回のように扉を使えば問題ないが、一般に冷凍保存した生鮮食品を販売できるのは、現状ブルーレンのように販売体制が整っている街に限られるだろう。もしくは例の魔石の開発次第か。


「アン、アイスウルフの魔石の開発はどうなっている」

「あ……はい」


 皆から少し離れた場所で、一人隠れるように肉を頬張っていたアンに声をかけた。


「……冷気を蓄えるための素材として、ヨトゥン山脈で採れる青水晶が相性がいいことがわかったようです」

「青水晶か。それをつかえば、どれくらい冷たさが保たれるんだ?」

「……実験ではカルサ島にて、氷を入れた木箱に板状にした魔石を入れておくと、少なくとも丸一日溶けることはありませんでした。量を調整すればおそらく数日は氷が溶けない温度を維持できるかと」


 数日木箱の中を0度以下に維持できるのであれば十分だろう。運搬だけでなく、現地で保管するにも使える。思った以上に便利そうだな。


「そうか。それじゃあ性能強化はその辺りでいいから、量産できるように素材と作成手順の簡略化を進めてほしいとヴィエタ夫妻に話しておいてくれ」

「……かしこまりました」



 次に、最前列でロルとともに豪快に肉を頬張る巨人族のラキシスに声をかけた。元々ヨトゥン山脈を離れると体調を崩していたラキリスだが、アンとともに行なっている特訓の成果がでて、今はほとんど問題なく過ごすことができている。それでも激しい運動をするとまだ発作が出るので、さきほどの海水浴には参加せず、俺と一緒に皆が泳ぐ姿を日陰から眺めていたが。


 彼女はロルと同じくらいの年齢で、胸の大きさなど身体的な特徴も少女のそれだが、背は一番大きい。今後は背も胸もさらに成長するのだろう。そして今は幸せそうに焼きあがる焼肉を誰よりも多く口に運んでいた。


「ラキシス」

「ふぁ、ふぁい。ご主人様」


 慌てて口に残る肉を飲み込んだラキシスが向き直ってくる。


「ウードの街で、青水晶を買い付けることはできるか?」

「青水晶ですか……市場では見かけますが、大量に売りに出されることはないと思います」

「巨人族の村ではどうだ」

「えぇと、石材や燃える石を掘り出す際に出てくる青水晶で装飾品を作ることはありますが、それを目的として掘り出すことはあまりありません」

「それじゃあ余ってはいるんだな」

「は、はい。おそらくは」

「それじゃあ、ヴィルハルにアイスウルフの魔核とともに、青水晶も買い取りたいと交渉してくれないか」

「わかりました。爺様達ももっと南の商品が欲しいと言っておりましたので、大丈夫だと思います」

「南の商品か。今度は酒だけじゃなくて、香辛料でも持ち込んでみるか。この東方のトウガラシなんか、寒い場所でこそ美味しいだろう」


 トウガラシが塗りたくられた焼きソーセージを手に取ると、その真っ赤な色味にテナが興味を持った。


「寒い場所の方が美味しいっていうのは気になるわね。それちょうだい」

「構わんが、びっくりするなよ」


 串に刺さったソーセージを差し出すと、テナがパクリとそれに食いつく。最初はもぐもぐと味を確かめるようとしていたが、すぐに大きく目を見開き悲鳴をあげた。


「きゃあああああ。なにこれ、辛い……からい……いたたたた」

「テ、テナ様。お水を」


 慌ててレンが冷水を差し出す。それをガブガブと飲みほすテナだったが、ほとんど効果がなかったらしく、顔を真っ赤にしたままじたばたと暴れていた。


「もう、無理!」


 そう言ってテナは弾かれたように駆け出し、浜辺から海へと飛び込んでしまった。そのまましばらく潜っていたので、おそらく海水で口を洗っているのだろう。その様子に俺は大笑いしていたのだが、奴隷達は皆本気で心配しているようだった。


「ちょっと多く塗りすぎちゃったみたいですぅ……ごめんなさいテナ様ぁ」

「いや、俺には丁度いいぞ、サラ。あれはあいつが辛さに弱いだけだ」


 もしかしたら人魚族自体、辛さが苦手なのかもしれない。コショウは大丈夫なはずなのにトウガラシはダメとは、よくわからんな。


 やがて海から上がってきたテナに、ナスタが心配そうにタオルを持って駆け寄る。体を拭きながら、テナが恨めしそうにこちらを睨みつけてきたが、無視してバーベキューの続きを楽しんだ。



 用意した肉を一通り食べ終えると、再び海辺で遊びだしたテナと奴隷達を眺めながら、海岸でのんびりと過ごしていた。そんな中、仕事のためにカルサ島に残っていたダークエルフのラピスが、少し慌てた様子でやってきた。


「お休みのところ申し訳ございません、ご主人様。先ほどカルサ島に、人魚族の一団がやってきました」

「人魚族の一団?」

「はい。イスタ族を名乗り、テナ様を出せと言っております。今は留守にしていると答えた大工の方々と少し揉めてしまっています」


 イスタ族ということは、サルドあたりが妹のテナに用事があってきたというところか。いつもはカルサ島にいるのだが、間の悪いことだ。


「わかった。すぐに戻ろう。リース、海水浴は終わりだ。すぐに全員集めろ。カルサ島に戻る。サラはテナだけ先に呼んできてくれ」

「かしこまりました」

「はぁい」


 傍にいたリースとサラに指示を出すと、すぐにテナが戻ってきた。先ほどまで海に潜っていたのだろう。全身から水が滴り、一つに纏められた長い黒髪を両手で搾り上げていた。


「イスタ族がやってきたそうね」

「そうらしい。お前に用事のようだ」

「えぇ、悪いけど先に戻るわ。貴方は奴隷達と来て」


 テナはそう言い残して、さっさと扉を使ってカルサ島に戻ってしまった。身体を拭くこともなく濡れねずみのままだ。まあ人魚族にとってはそれほど気にすることではないのかもしれないが。


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