95. 鍛冶師
95 鍛冶師
屋敷の外に出ると、村人たちに囲まれるドワーフの一団がいた。皆ずんぐりむっくりとしたひげ面のおっさんばかりだったが、その中でも中心にいたひと際威厳のあるドワーフが、ギド爺さんの姿を見つけて歩み寄ってきた。
「じじい。久しぶりだな」
「ウェルンド。よく来た、歓迎するぞ」
ウェルンドと呼ばれた男は、顔を覆うほどの茶色い髭を蓄えた男だった。ギド爺さんと比べても遜色ない屈強な身体をしており、なかなか風格がある。
「あんな手紙を貰ったら仕方ない。国の仕事も飽きてきたところだったし、丁度いいさ。だが、本当に魔銀が見つかったんだろうな」
「本当だ。まだ精錬に適するほどに質の良いもの見つかっていないが、これから見つかる可能性は高い」
「それはいい。楽しみだ」
「魔銀が見つかればお前にも提供するが、金の精錬についても頼むぞ」
「わかってるよ、じじい。俺様に任せておけ。国家工房よりも質のいい精錬を見せてやる」
「寝小便をたらしていたはなたれ小僧が、偉そうなことを言うようになったな」
「いつの話だ!」
少し子供っぽく胸を張る男に対し、ギド爺さんは余裕げな口調だ。見た感じ、ずいぶんと近しい関係にみえる。そのギドがこちらを振り向き、俺に手招きをしてきた。
「紹介しておこう。こちらがリョウ殿、今回の出資者だ。こっちはウェルンドだ」。
「リョウ・カガと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「ウェルンドだ。ニズ国では一級鍛冶師だった。出資者と言ったが、帝国かどこかの貴族か?」
「いえ、ただの商人でございます」
「商人? だからそんな言葉遣いなのか。金山を開発しようなんていう輩でそんな低姿勢な奴、初めて見た」
訝しんでくるウェルンドに少し戸惑ったが、間にギド爺さんが入ってくる。
「ウェルンドは昔ワシがニズ国で工房を持っていたときの徒弟だ。口は悪いが、腕は保証する。ウェルンド、あまり非礼なことを言わないほうがいいぞ。リョウ殿は商人と名乗ってはいるが、とんでもない魔法を使う魔法使いでもある。この男がその気になれば、お前など小指で消し飛ばされるだろう」
「魔法使い……まじかよ」
いや、別に離れた地点をつなぐ扉を開けるだけで、消し飛ばすなんていう芸当は難しい。相手の立っている地面に扉を開けばできなくもないが。
「ギドさん。余り過大評価しないでいただきたい。私は皆さんの力を借りて、儲けたいだけの卑しい商人ですよ」
「がははは! そういうことにしておこう。しかしまあ、例の扉を見せればウェルンドも納得するだろう。ウェルンド、ついてこい。金鉱山に連れて行ってやる」
「ちっ、くそじじいが。峠道を越えてきたばかりだっていうのに、いまからまた山を登れと?」
「ついてくれば分かるさ」
そう言ってギド爺さんはさっさと歩きだしてしまった。ウェルンドは連れてきた一団に荷物を屋敷に運び入れるように指示を出すと、ギドの後を追う。俺もその後を追って、金鉱山へとつながっている扉へと向かった。
◆
「……信じられねえ。本当にあそこに見えるのがさっきまでいた村なのか」
扉を抜けて金鉱山のある野営地へ移動したウェルンドが、ふもとの村を見下ろしながらつぶやいた。
「そうだ。この扉を使えば、ここと村とを一瞬で移動できる。この野営地に精錬施設も設置する予定だ。お前さんにはさっそく仕事にとりかかってもらうぞ」
「それは構わねえが、リョウと言ったか。お前さん、確かにとんでもない魔法を使うな」
「ありがとうございます。ですが、私がこの扉を作ったという話はあまり広めないようにお願いします」
実際のところ、もうすでに結構な人数が俺の能力のことを知っている。どこから漏れてもおかしくはないので、そろそろ面倒が起きるかもしれない。ただそのリスクも、今後のための必要経費だろう。
「勿論だ。しかしこんな魔法をつかってこの周辺を開発するつもりなら、前代未聞の鉱山地帯が開発できそうだな」
「とりあえずはこの金鉱山からだが、今後は周囲を調査しつつ、良い鉱山が見つかればリョウ殿に扉をつなげてもらうつもりだ。それを繰り返していれば一大拠点が出来上がる。その産出される鉱石を精錬するために優秀な鍛冶師が必要になるから、お前さんを呼び寄せたんだ」
「なるほど、確かに腕のなる場所だ。それに魔銀鉱も手に入るとなると、鍛冶師にとっては最高の土地かもしれない。やるなぁじじい。耄碌して辺鄙な場所に隠居したと思っていたが、面白そうなことを始めてやがって」
「もしかすると、伝説の魔金まで見つかるかもしれない。今後の調査を楽しみにしておけ」
上機嫌に笑うウェルンドに、ギド爺さんもガハハと笑って応じていた。性格に難があるようなことをギド爺さんは言っていたが、口が悪いだけで別に普通の人に見える。ただの軽口だったのだろうか。
「失礼、少し質問したいのですがよろしいですか?」
「ん、リョウ殿。なんだ?」
「先ほどからお二人がおっしゃっている魔銀や魔金というものは、実在する鉱石なのでしょうか」
さも当たり前のように出てきたワードだが、ミスリルやらオリハルコンというのはゲームに出てくるような架空の鉱物だ。魔物や魔法が存在するくらいだから別に驚かないが、これまで存在するという聞いたことがない。
「勿論だ。リョウ殿はニズ国の魔銀製品を知らないのか?」
「恥ずかしながら、知りません」
「そうか。まあ一般に流通する類の商品でもないからな」
「なんだじじい。説明していなかったのか」
「リョウ殿は金を所望しているだけだったからな」
二人は互いにキョトンとした様子で顔を合わせた後、ギドが説明してくれた。
「魔銀というのはニズ国だけで産出される特殊な金属のことだ。剣にすればドラゴンの鱗を切り裂き、盾にすれば巨人族の一撃を受け流す。ただその鉱山はニズ国の重要拠点であり、精錬も国家鍛冶師しか扱うことが許されていない」
「俺やじじいのような一介の鍛冶師にとっては、人生で一度は扱ってみたい金属だろうな」
どうやらミスリルは相当珍しい鉱石らしい。ただ珍しすぎて、市場に出てくる類のものではないようだ。
「それでは魔金とやらも、ニズ国の国家工房でしか生産されていないのでしょうか」
「いや、魔金については、ここ数百年は産出されていないはずだ。過去に制作された製品が各地の国宝として残っているだけで、ワシも鉱石は見たことが無い」
「ニズ国を建国した鍛冶王ガルが制作した武具一式と、いにしえからスピラ神国に伝わる聖杯、それにガロン帝位の象徴である剣璽。知られているのはこれくらいだな」
ウェルンドの説明を聞く限り、それは珍しいというか、実存するのかも怪しいレベルの金属だ。もし鉱脈なんかが見つかった日にはとんでもないことになりそうだな。
「なるほど。そのような珍しい鉱石が竜の巣に存在している可能性があるわけですね」
「まあ魔金についてはあまり期待していない。ただ魔銀については間違いなく竜の巣で採れるはずだし、実際に質こそ悪いが鉱石自体はすでに見つかっている。ウェルンドがここに来たのも、魔銀を扱えるかもしれないと手紙に書いておいたからだ」
「そうなのですか」
「あぁ。さっきも言ったが、魔銀は鍛冶師にとって一度は扱ってみたい金属だ。それが見つかったとなれば、ニズ国のつまらん鍛冶仕事なんかやってられるか」
魔銀という金属は鍛冶師にとって、国を放り出すほどの魅力があるということか。夢のある話ではあるが、しかしそうなると俺としては心配なことができてしまうな。
「もちろん魔銀鉱山見つけるための地質調査についてもお手伝いいたします。しかし私としては、もし見つけてしまった場合の危険性の方が気になります」
「危険だと?」
ギドが首をかしげて聞いてくる。
「えぇ。先ほど教えていただいたニズ国に通じるという峠道。もしそのようなものがあるならば、ニズ国の武力がこの集落まで届く可能性があります。魔銀などという稀少な資源が見つかってしまうと、さらにその可能性が高まるでしょう」
「ニズ国の軍隊が来ることを心配しているのか? それは心配しすぎだろう、リョウ殿。あそこは軍隊が通れるような道じゃあない」
「そうかもしれませんが、可能性はあります。それにタタールに駐留している帝国軍というのも気になります。この2国の武力に対して、現状この村を防衛できるだけの戦力はありません。戦力と呼べるものは護衛の冒険者達くらいですが、彼らは関わらないでしょう」
現在麓の村と金鉱山には、タタールで雇った数人の冒険者が駐留している。主にワイバーンや他の魔物から鉱山を防衛する仕事を請け負っている中堅クラスの者達だが、連中はあくまで護衛と魔物退治が仕事であり、軍隊に対抗することは仕事ではない。帝国なりニズ国なりの軍隊を目の前にしても、彼らは動かないだろう。
「なるほど、リョウ殿の心配はわかった。ただ、村人を訓練するといってもたかがしれているぞ」
「勿論です。その件については、私が何とかしておきましょう」
「何とかというと、連中が来たらリョウ殿の魔法で撃退でもしてくれるのか?」
確かに俺の魔法をうまく使えば、数百程度の軍隊なら何とかなってしまいそうな気がする。だがこの能力は今のところ、緊急時以外に人同士の戦闘に使うつもりはない。
「魔法を使うのは間違いありませんが、撃退するというのは違います」
「何か考えがあるというのだな」
「はい」
それならばどうやって侵攻を防ぐか。簡単な話だ。要は連中がこんな辺境に軍隊を送る余裕をなくしてしまえばいいだけだ。
「恥ずかしながらニズ国のことはほとんど知らないのですが、軍事的に最も重要な拠点があれば、教えていただきませんか」
「それならおそらくデルン要塞だな。ニズ国の北にあるコーカサス王国との国境近くにある軍事要塞だ」
コーカサス王国というと、たしか俺が最初にこの世界に来た時におこなった小麦取引をしていた都市がある国だ。ニズ国とコーカサス王国が隣接しているということは知っていたが、国境沿いの要塞というのなら戦力は十分だろう。
「なるほど。それでは後日、そのデルン要塞に私が参ります。そして適当な場所で、先ほど通ったような扉の大きめのものを開きましょう」
「どこと繋げるつもりだ?」
「帝都ガロンの城壁です」
「なんだって?」
ギドとウェルンドが同時に声を上げる。驚いたというよりも、何を言っているんだこいつという困惑した声だ。
「そんなことをして、何になるというんだ」
「単純に言えば、ガロン帝国とニズ国、ついでにコーカサス王国が隣国同士になるということです」
「隣国に……そうか。こんな辺境にかまってる場合では無くすわけだな」
先に俺の意図を理解したのはギド爺さんのほうだった。こくりと頷き、説明を続ける。
「ガロン帝国は強国です。ゲルルグ原野のタタールや、ヨトゥン山脈のウードという辺境にまで軍隊を送るくらいですから。しかし帝都の城壁に、突然新しい国へつながる道ができれば、さすがに混乱するでしょう。同時にそれらの国への対処に戦力を割かざるを得ません」
「無理矢理戦線を作り出してしまうということか」
ウェルンドが言う通り、扉を使って国同士の地勢的な関係を変えてしまい、わざと軍事的緊張を煽る。互いの重要拠点が隣同士になってしまえば、こんな辺境の村など見向きもされないはずだ。
「はい。実際に片方の戦力が扉を使って攻め込み、優位に事を進めるようであれば、扉を破棄してしまえばいい。そうすれば攻め込んだ側は補給路が断たれて全滅です。つまりどちらも確実に勝てません。かといっていつ攻め込まれるかわかりませんから、無視するわけにもいかないでしょう」
「だが、もし戦闘が起きれば互いに随分と被害が出そうだ。特に帝都など目の前が戦場になるわけだからな」
「えぇ。ですが所詮、対岸の火事です。我々には関係ありません」
そう答えると、ギド爺さんに少し微妙そうな顔をされた。余りお気に召さない解決法だったのだろうか。ただ強く言ってこないところをみると、致し方ないとは考えているようだが。
「互いの国が和解してしまえば、戦力を割かなくてもよくなるのでは?」
ウェルンドが腕組みをしながら聞いてきた。確かに平和的に利用されてしまえば、単に両国を結ぶ便利な道ができるだけだろう。だが、それは余りにも楽観的過ぎる。特に帝国は現在進行形でウードやタタールなどの辺境に侵攻し続けているのだから、もしも何の戦闘も起きずに平和的に利用するのであれば、逆に見てみたいくらいだ。
「扉を開くのは互いの重要拠点同士です。すぐに状況を理解し、和解することは不可能でしょう。いきなりのど元にナイフを突きつけられて、穏やかに過ごせる人間はいないことと同じです。必ず軍事的な緊張が発生します」
もちろん時間が経てば、外交によって平和的に利用する動きがあるかもしれない。それが俺にとって良い方向に動くか悪い方向に動くかはわからないが、都合が悪くなれば扉を破棄すればいいだけだ。今より状況が悪くなるということはない。
「なるほどな。それじゃあ、その件はお前さんに任せていいということだな」
「はい。お二人には当面金鉱山の開発と精錬施設建設をお願いいたします。また地質調査については、今後ゆっくり進めていきましょう」
「わかった。任せておけ」
「これからよろしく頼む、リョウ殿」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。ウェルンド殿」