94. 卸売
94 卸売
フィズとエミリアが野営地を築いた竜の巣中腹には、現在俺の扉が設置され麓の村と接続されている。それはここに見つかった金鉱山を採掘するためだが、同時に開発を進めるため、ギド爺さんによってあっという間に人も建物も増やされていた。
「それでは、タタールで人を集めてきたのですか」
「そうだ。麓の村も、元々はワシが十年ほど前に鉄鉱山を見つけたのを機にタタールで人を集めて開拓したものだ。今回は連れてきたのは冒険者も合わせて15人ほど。雨季の前だからな、すぐに集まったぞ」
金鉱山のそばに建てられた小屋でギド爺さんと話していると、そんなことを説明された。
「それで追加の資金援助が必要というわけですね」
「あぁ。支度金やら護衛代、それに設備投資で軽く金貨100枚近く吹き飛んだ。採掘自体ははじまっているが、これからも継続的に護衛は雇わなきゃならないし、精錬も始めるためにももう少し設備が必要だ」
「わかりました。それでは追加で金貨100枚ほど準備いたします」
「ありがたい。それと物資についても問題があってな。用意してほしいものがいくつかある」
話を聞くと、どうやら食料やら衣類やら、生活に必要な物資が不足気味らしい。それ自体は予想していたが、思ったよりもタタールから商人が来ていないようだ。金鉱山を開発するという情報はすでに広まっているはずだが。
「私が用意するのはやぶさかではありませんが、他に商人の方はいないのでしょうか」
「人を集めに行った時に何人か商人もついてきたが、全然足りていないのだ」
「金鉱山の開発が進めば状況も変わるでしょう」
「ワシもそう考えていた。だがどうも、タタールの情勢が変わっていてな。タタールに帝国軍がやってきたことは知っているか?」
「いえ、初耳です」
一年ほど前に訪れたタタールの街は、荒くれた冒険者と活気のある商人に溢れた自由な雰囲気の街だった。帝国に隣接はしているものの、帝国領ではなかったはずだ。
「帝国軍が数か月前にやってきて、属領として従うよう要求してきたそうだ。タタールを構成する族長達の間でも結構もめたそうだが、結局は軍の駐留と徴税権を認めることで手を打ったらしい」
「それは実質、属領になったということでしょうか」
「そうだろうな。ただタタールは基本的に魔粉末以外採れない不毛の地だ。帝国の目的はおそらく、竜の巣東部に点在するうちの村のような鉱山だろう」
「それは問題ですね」
この金鉱山は俺が資金を出し開発している。目的である金やその他の鉱石を産出するようになってから、帝国に奪われるというのは非常にまずい。なにか対策を考えておかないとならないか。
「まあ間もなく雨季が始まるし、すぐにここまで手が伸びるということもあるまい。それよりも現状問題なのは、タタールに軍が駐留しているから、帝国領の行商人がここまでやってこないんだ。わざわざここまで来なくても軍隊相手に商売したほうが安全だし儲かるからな」
「となると、タタールに帝国軍がいるかぎり、ここに行商人は訪れないということですか」
「あぁ。だからお前さんに頼んでいるんだ」
実際のところ、俺が物資を販売しても問題はない。むしろ開発の資金を出した上で、物資も販売してその資金を回収することは悪くないように思える。ただ香辛料や砂糖といった利益率の高い取引を行っているので、利益の少ない日用品の商売にはあまり手を出したくはない。ただでさえ各地の取引やカルサ島の開拓で人手が足りていないのだから。
「わかりました。それではいま村に来ている行商人を集めていただき、彼らに商品を卸しましょう。商品の販売自体は、彼らに任せてしまいたい」
「それだとお前さんの利益は少なくなると思うが?」
「実は現在各地で事業を進めており、この村で直接商売を行うのは難しいのです。現地の商人を相手にしたほうが、こちらとしては手間がかからなくて都合が良い」
「そうか。まあお前さんがそれでいいというのなら、構わんさ」
「ありがとうございます。先日フィズさんが創設した踏破者ギルドにフリオという者がおります。彼に物資の管理を任せますので、行商人の方には彼から商品を補充してもらうことにしましょう」
「わかった。それじゃあ今度村にいる商人達を屋敷に呼び出そう。明日の午後でいいか?」
「了解いたしました。こちらも準備しておきます」
後ろに控えていたリースを使い、踏破者ギルドのフリオに明日ギド爺さんの家に来るよう伝えておく。フィズ達はすでに竜の巣深域にむけ探索に出発しているが、非戦闘員のフリオは村に残っているはずだ。実際に必要なものは明日、行商人の連中に聞いてから仕入れることにしよう。
◆
翌日、ギド爺さんの屋敷に集まった行商人たちと個別に商談を終え、食料品や日用品を卸す契約を結んだ。具体的な取引内容についてはリース率いる取引班に任せることにした。どちらかと言うと地域貢献の色が強い話だし、それほど利益にこだわる必要もないので任せることにしよう。
「そういえば金の精錬については、目処が立ったのですか?」
商談を終えた後、持ってきたお茶と砂糖菓子を振る舞いながらギド爺さんと雑談していると、ふと金の精錬について考えがあると言っていたことを思い出した。ギドがおう、と頷きながら答えてくる。
「精錬に詳しい知り合いがいるんだが、先日フィズに頼んでおいた手紙に返事があってな。こちらに来るそうだ」
「呼び寄せたのですか」
「あぁ。少し気に食わないやつだが、腕の立つ鍛冶師だ。手紙を出してすぐにニズ国を出発したそうだから、そろそろ到着するとと思うぞ」
「そろそろ到着するというのは、さすがに早すぎると思うのですが」
ニズ国というと竜の巣北部にある国だが、帝国経由でこのギドの村に来ようとすれば、最低でも3か月はかかるはず。フィズが手紙を渡したのはおそらくひと月くらい前だから、さすがにまだ到着しないだろう。
「いや、そろそろ到着するはずだ。まともな道を使えばまだかかるだろうが、竜の巣を縦断する道を使えばニズ国まで1ヶ月もかからんからな」
「そんな道があるのですか?」
「ある。ニズ国の住人の中でもドワーフの一部しか知らないだろうし、冬は使えなくなるような険しい道だがな」
「ギドさんも通ったことあるのですね」
「何度かな。ただわしももう若くはないのであまり通りたくはない。だからフィズに手紙を託したんだ」
ギド爺さんは還暦をとっくに超えたいい年のドワーフだそうだが、以前温泉に一緒に入った際に見た感じ現役といってよい身体をしていた。そんな男が通りたくないというのだから、相当きつい道なのだろう。
「私などでは途中で力尽きてしまいそうですね」
「山の知識を持った案内人を連れて、しっかりと準備していけばお前さんでも行けるさ。来年雪が解けたら、連れて行ってやろう」
「それはぜひ、お願いします」
ギド爺さんは単純にレジャーとして誘ってくれているようだが、俺としては少し心配事があるので、ニズ国に繋がる道というものは一度確認しておきたい。扉を使えば遭難することはないだろうし、まあ大丈夫だろう。
その後も雑談していると、なにやら屋敷の外が騒がしくなっていることに気が付いた。ギド爺さんが人をやって確認すると、どうやら今話していた人物の一団が到着したとのことだ。
「噂をすれば、だな。丁度いいからお前さんを紹介しておこう。一緒に来てくれ」
「わかりました」