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93. 踏破者

93 踏破者


 アモスの学校を出た後その足で、別の通りにあったうずら亭という宿を訪ねると、ロビーを兼ねた食堂に冒険者のフィズがいた。テーブルの上にある木のコップからはアルコールの匂いがする。どうやら昼間から飲んでいるらしい。


 こちらに気がついたフィズが、白い犬耳をピクリと動かした。


「リョウ殿。こっちだ」

「お久しぶりですフィズさん。こんな時間から飲まれているのですか?」

「ただの蜂蜜酒ミードだ。こんな酒、飲んだうちに入らねーよ」


 にかりと笑うフィズが、お前もどうだという仕草をしてきたが、丁重にお断りしておいた。


「お一人ですか? ローレライはどちらに」

「あのクソビッチは部屋でお楽しみ中だよ。毎日毎日、暇さえあれば男を拾ってくる。まったくよくやるよ」

「そうですか。とりあえず、道中ご無事でなによりでした。それでお目当ての人には会えましたか?」

「あぁ、もっと探すのに時間がかかるかと思っていたんだが、たまたま神都のギルドに戻っててすぐに会えたんだ。今は中庭で稽古中だな。ちょっと呼んでくる」


 そう言ってフィズは店の奥に消えていった。しばらくして戻ってきた時、傍には見上げるほどの大男を連れていた。2mは軽く超える身長に加え、横の幅もでかい。彫りの深い顔は茶色のヒゲと毛に覆われており、かなりの威圧感だ。ただ頭から飛び出す丸い耳だけが、妙にユーモラスだった。


「紹介しよう。熊獣族(ワーベア)の冒険者、ドドルマだ。旦那、こっちは例の出資者様のリョウ殿だ」

「商人のリョウと申します」

「……ドドルマだ」


 ドドルマはその巨体を折り曲げて頭を下げてきた。見るからに偉丈夫で、威圧感のある風貌のドドルマだったが、物腰はそれほどきついわけではなさそうだ。


「ドドルマの旦那は凄いぞ。私の知っている限り、世界で一番強い冒険者だ」

「フィズさんよりも強者ですか」

「そうだ」

「……持ち上げすぎだろう。昔ならいざ知らず、今はお前の方が強い」


 低い声でツッコミを入れるドドルマだったが、フィズはドドルマの腰のあたりをバンバンと叩きながら笑う。


「私が言う強さってのは、冒険者としての強さだよ。なにせあんたは、あの暗黒大陸から無事に帰ってきた唯一の人間だからな」

「暗黒大陸にですか」


 スピラ国の西にある外海を越えた先にあるという暗黒大陸。竜の巣、大森林と並んで三大魔域の一つに数えられているが、どんな場所なのかはほとんど情報がない。理由はおそらくこの世界の航海技術では、海の魔物によって暗黒大陸に渡ることができないからだと以前話していた。


 しかしどうやらこのドドルマという大男は暗黒大陸に渡ったことがあるらしい。


「驚きました。暗黒大陸へは誰も行ったことがないと聞いていましたので」

「私もそんな奴、旦那しか知らない。このおっさんは神獣核の魔粉末を使って海を渡り、船を壊されても最後は泳いで渡りきった猛者だからな。帰りも巨大な渡り鳥にしがみついてきたらしいし、規格外もいいところだ」


 話を聞く限りかなり不確定な方法で渡ったようだ。紹介するのがフィズじゃなければホラ話になってしまうだろう。


「そんな素晴らしい冒険者にお会いできるとは光栄です」

「……あの武器を作ったのは貴様か?」


 笑顔で手を差し出すと、その手を握り返しながらドドルマは威圧的な言葉を返してきた。あの武器というと、前にフィズに渡したパイルバンカーのことだろう。


「私の奴隷であるアンというドワーフが作りました。ドドルマさんのような方が使えば最大限威力が発揮できる仕様だと思いますが、すでに試してみましたか?」

「……あぁ。素晴らしい代物だ。できれば製作者に直接会ってみたい」

「今日は連れてきておりませんが、後日紹介しましょう。アンも実際に使われている話を聞ければ喜ぶと思います」

「……よろしく頼む」


 ドドルマが大きな体を折りたたんで礼をしてくる。見た目の押しつぶされそうな威圧感と大きなギャップのある礼儀正しさに、なんだか拍子抜けしてしまう。


「それでリョウ殿。ドドルマの旦那もギルドに参加してもらう。これでメンバーは私とエミリアと旦那、それにローレライで4人だ。最初はこんなもんだろう。竜の巣に戻り次第、ギルドとして探索を開始しようと思う」

「わかりました。では一度、竜の巣へ戻りましょう」

「あぁ。それじゃあ、あのクソビッチを呼んでくるか」


 フィズが少し眉をひそめながら二階へ続く階段へ向かった。しばらくして、毛布一枚に身を包んだローレライの首根っこを掴んで降りてきた。美しい翡翠色の長髪を振り乱し、ローレライが抗議の声をあげる。


「やい、最中だというのに無粋な奴め」

「黙れ、放っておいたら一日中盛ってるだろうが。リョウ殿が来たから、竜の巣に向かうぞ」

「おう? 短小男、来ていたのか。久しぶり」


 軽い感じで手を振られる。その呼び方はいい加減やめてほしい。


「では、すぐに出発しても?」

「私は構わないが、こいつに服を着せないとな。旦那は?」

「……荷物を取ってくる」

「了解」

 

 ドドルマが部屋から荷物持ってくるのを待つ間にローレライに服を着せていると、ローレライは子供のように何度も旅が終わることを嘆いていた。どうやらずいぶんと楽しんできたらしい。まあ数百年ぶりに島の外に出たと言っていたしな。


 屋敷に戻り竜の巣へと移動する。その際、最小の扉だとドドルマの巨体が引っかかってしまうというアクシデントがあったが、なんとか身を縮めてもらって無理矢理通ってもらった。



「エミリア、戻ったぞ」


 竜の巣の野営地に移動し、新しく建てられた小屋で冒険者のエミリアと合流する。この小屋はギルドの本拠として用意した物で、すでにエミリアによって内装も整えられていた。


「お帰りなさい。ローレライも、逃げずに大人しくしていたみたいね」

「なかなか楽しい旅だったぞ」

「それはよかったわ。それで、あなたが帰還者ドドルマね。帝都の冒険者エミリアよ。よろしく」

「ドドルマだ……お前は放浪姫エスタミリアだな。噂は聞いている」


 その言葉に反応したエミリアが、明らかに不機嫌な表情を浮かべた。


「やめて、その呼ばれ方は嫌いなの。エミリアって呼んで」

「……それはすまなかった。エミリア、これからよろしく頼む」

「えぇ。こちらこそ」


 なにやら二人ともカッコいい二つ名があるらしい。フィズにもあるのだろうか。聞いてみようかと思ったが、フィズはこちらを向いて言ってきた。


「リョウ殿。メンバーも拠点もそろったわけだから、すぐにでもギルドとしての活動を始めようと思う。まずは竜の巣深層へ向けたルート探索から進めるつもりだ」

「わかりました。前にも説明しましたが、探索の成果を報告してくだされば、その時に報酬を支払いますし、もし必要なものがあれば私が用意しましょう。出来る限り用意いたします。その代わりギルドとしての活動をある程度監視させてもらいたい。そこで私の部下を一人、このギルドで働かせたいと思いますがよろしいですか?」

「部下? そこのひょろい男のことか」


 ローレライが指さしたのは、ブルーレンで預かりそのまま連れてきていたフリオだ。落ち着いた性格をしているとは聞いていたが、ここに来るまでほとんど動揺せずに影のようについてきている。扉を使っていきなり見知らぬ土地に移動しても表情を変えなかったし、なかなか肝も据わっているようだ。


「そうです。フリオといいます。まだ若いですが、信用できる筋から紹介された優秀な男です。彼をギルドの事務員としてここに置いていただきたい」

「それは構わないが、特にすることはないと思うぞ。どうせしばらくは竜の巣に籠るだろうし、探索に一般人を連れていくわけにもいかないからな」

「えぇ。ですから皆さんが留守の間には別の仕事をしてもらうつもりです。フリオは少し変わった特技があるようですので」

「ほう」

「見たほうが早いでしょう。これは彼が描いたものだそうです」


 さきほどアモスからもらってきたブルーレン周辺の地形図を見せると、フィズは大きく目を見開いた。


「これはすごいな。ずいぶんと描き込んである」

「ほんと。私たちが描くものよりずっと精密だわ」


 エミリアも同意する。ランク5の冒険者の目から見ても、やはり質のいい地図のようだ。


「この鉱山より先の地形についても把握していきたいので、安全が確保され次第フィズさんの判断でフリオを連れて地図を作成していってください。もちろんギルドの雑用に使ってもらっても構いません。給金はこちらが出します」

「探索と並行して地図作りも行ってしまおうということか」

「えぇ。竜の巣を踏破するためにも地図は必要でしょうし、さらに質のいい鉱山が見つかる可能性もありますしね」


 この野営地を含む竜の巣は、現状ほとんど地形が分からない未開地だ。しかし各地で様々な鉱石が見つかっていることを考えると、宝の山である可能性も高い。フィズたちが探索して安全がある程度確認されれば、新たな資源を調達できる地点も見つかるだろう。その為にもこのフリオの才能は役立てていきたいところだ。


「私たちはそれで構わないけど、フリオ君とやらはそれでいいの? さっきからずっと黙っているけど」


 エミリアが話を振ると、フリオは表情を変えずに答える。


「大丈夫です。是非、働かせてください」

「それじゃあ決まりだ。フリオ、よろしく頼む」

「よろしくね、フリオ君」

「はい」


 頭を下げて礼をするフリオに対し、一人ローレライだけが怪しげな笑顔を向けていた。


「フィズ。ずいぶんと可愛らしい男だが、こいつは食べてもいい男か? だめな男か?」

「だめな男に決まってるだろうが、クソビッチ。お前はそこら辺の鉱夫の相手でもしていろ」

「え、鉱夫ならいいのか?」


 ローレライがきらきらとした瞳で聞き返す。なんというか、最高に不純な発言なのに、逆に純粋無垢な気がするから不思議だ。


「大丈夫だよな、リョウ殿」

「この旅の中で、特に問題は起きなかったのですよね」

「そうだな。男を取っ替え引っ替えセックスしまくる以外は、特に何もなかったな。連れ込んだ相手も、一夜程度じゃあ体調が悪くなったという話も聞かない」

「逆にわしは調子がいいぞ。久しぶりに新鮮な魔を補給することができたからな。いまならこの集落くらい一瞬で吹き飛ばしてみせよう」

「それはやめてねー」


 得意げに言うローレライをエミリアが笑顔で止める。よくわからんが、どうやら男を食いまくって絶好調らしい。そういえばローレライは男の魔という表現を前にもしていた気がする。それが言葉通り魔法の力のことだとすれば、ローレライの力の源は男とのセックスということになる。それなら制限するのももったいないな。


「男を殺したりしないのであれば、とりあえず好きにさせてもらって大丈夫でしょう。ただ麓にあるギドさんの村にはいかせないでください。あそこには子供や女性もいますし、女しか生まれないという例の呪いを発動されても困る」

「ということだそうだ。ローレライ」


 フィズが少し呆れた顔で言うと、ローレライはこくこくと嬉しそうに頷く。


「わかったぞい。それじゃあさっそく今日の獲物を――」

「それは後にしろ。今日はこれから明日の探索の準備をする」

「ぶぅー」


 子供っぽく唇を尖らせるローレライに、ドドルマとフリオの男二人が眉をひそめて視線をおくる。とくにフリオなんかまだ子供なのに、これはダメな女の見本だと理解したようだ。まだ若いんだからこれを反面教師としてもらい、変な女に引っかからないことを祈ろう。


「そういえばエミリア。旅の途中で暇だったから、ギルドのことをドドルマの旦那と話していたんだが、とりあえず踏破者ギルドと名乗ろうと思うんだが」


 フィズがエミリアにそんなことを言う。そういえば、これから活動するギルドの名前は後で決めるみたいなことを話していたな。


「へぇ。踏破者か」

「あぁ、三大魔域の踏破のみを目指す者のギルドという意味だ」

「いいかもね。ドドルマさんも賛成しているなら、文句はないわ」


 エミリアが視線を向けるが、ドドルマは無言のまま目をつむっていた。勝手に決めろということらしい。


「それじゃあ決まりだ。踏破者ギルドの設立をここに宣言する。これでいいかな、リョウ殿」

「えぇ。それではわたくし商人のリョウ・カガが踏破者ギルドの支援することを約束しましょう」


 これでランク5の冒険者が3人と神獣ローレライ、そして事務員のフリオの5人による踏破者ギルドがスタートした。俺は資金と物資を提供するだけだが、今後の活躍に期待しておこう。


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