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92. 紹介

92 紹介


 巨人族の村を訪れてから1ヶ月ほど。例のヨトゥンを離れられない症状を克服するため、あれからアンに手伝ってもらいながら、徐々にラキリスをブルーレンの空気に慣れさせていった。


 結果は思った以上に効果的だった。最初は息すらまともにできなかったラキリスだったが、今では安静にさえしておけばブルーレンの屋敷でも苦しまずに過ごすこともできるほどだ。やはり巨人族がヨトゥンを離れられないという症状は、急激な気圧の変化に慣れる間もなく移動させられていたから起きていたらしい。


 ただ運動したり焦ったりすると、すぐに呼吸が苦しくなってしまう症状が見られるため、まだ1人で出歩かせたり仕事を任せることが難しい。もう1ヶ月はあまり無理をさせずに様子をみるつもりだ。


 また、巨人族の集落との交易も始まった。ヴィルハルから貰った狼ソリを使ってラキリスとアンの二人を向かわせているが、特に問題なく取引できている。屋敷ではヨトゥンを離れる訓練のために閉じこもることが多いラキリスにとって、いい気分転換になっているようだ。



「……御主人様。もう一つ報告したいことがあります」


 砂国の屋敷の一室で、アンから巨人族の村での取引の報告を聞き終えたと思ったら、少し間をおいてそんなことを言ってきた。控えめで声も小さくボソボソと話すことが多いアンだが、面と向かって話すときはちゃんと顔を上げ、声も張ってくれている。恐らくだが、リースあたりに指導されているのだろう。


「なんだ」

「アイスウルフの魔核についてです。ヴィエタ様に協力してもらい調べた結果、あの魔核には冷気を吸収し、氷として排出する性質があることがわかりました」

「冷気を吸収、か」


 たしかに巨人族の村では寒さ避けとして使われると言っていた。それは冷気を吸収し、その結果周囲を暖かくするということらしい。どういう原理でそんな現象が起きるのか知らないが、なかなか面白そうな性質だ。


「はい。さらに魔石化のために色々な素材を用いた加工を試していますが、このような魔石が作れました」


 アンが差し出してきたのは薄青色の立方体だった。受け取るとそれは氷のように冷たく、握ると手が痛い。


「なるほど。冷気を保存して放出する魔石か」

「今の段階では溜め込める冷気の量が少ないのですが、ヴィエタ様はもっと長持ちする素材を探しておられるようです」


 もしこの冷たさを数日保てるほどの魔石ができれば、色々なことに使えそうだ。夏が終わり雪が降り始めたウードでは、肉や野菜を保冷庫に持ち込みどれほど保つかという実験をすでに始めている。さらに今後は屋敷近くの山に、年中氷点下になるような場所を確保できないか検討中だ。


 アイスウルフの魔石とやらは、これらの設備でも利用できるし、何より持ち運びできる。完成すれば便利だろう。


「わかった。ヴィエタ夫妻にはとても興味深いから、改良を進めてほしいと伝えておいてくれ。必要な素材があればなんでも用意する。アン、お前も何か欲しければ勝手に仕入れて構わないからな」

「ありがとうございます。それでは失礼いたします」


 アイスウルフの魔石の試作品を回収すると、アンは礼をして部屋を出て行った。無表情で淡白な対応だったが、ああ見えて実は気分が高揚している。いつもよりずっと、顔色が良かったからな。


「御主人様。失礼いたします」


 アンが出て行くと、今度は入れ替わりで犬獣族ワードッグのリースがやってきた。


「ご主人様。今日は午後からアモス様の屋敷を訪ねる予定となっております」

「あぁ。そろそろ出発したほうがいいか」

「はい。護衛が必要ならロルに用意をさせますが、いかがいたしましょう」

「ブルーレンならリース、お前がいれば十分だろ。すぐに準備してくれ」

「かしこまりました。それとブルーレンの屋敷に伝言が残されておりました。どうやらフィズ様が戻ってこられたようです」

「フィズが? 早かったな」


 冒険者のフィズが西方諸国に旅立ったのは2ヶ月ほど前だ。たしか3ヶ月はかかるとか言っていた気がするが、何かあったのだろうか。


「はい。うずら亭という宿に泊まっているとのことです」

「それじゃあ先にアモスさんの屋敷に行って、その帰りに寄ろう」

「かしこまりました」



 アモスの屋敷兼学校をたずねると、すぐに応接間へ通された。


「リョウ殿。ご無沙汰しております」

「こちらこそ。今日はなにか用事があるとか」

「えぇ。以前資金を出してもらう代わりに交わした約束はおぼえておりますか」


 先日、アモスの学校事業に対してバフトットと共に大金を投資した。その際交わした約束は、その見返りとして優秀な人材を紹介してもらうというものだ。


「もちろんです。それでは今日は人を紹介してもらえるのでしょうか」

「えぇ。入りなさい」


 アモスが部屋の外に呼びかけると、ドアを開けて入ってくる者がいた。頭に角を持った少年で、おそらく牛獣族ワーカウだろう。アモスが立ち上がり、少年を紹介する。


「牛獣族のフリオといいます。孤児だったものを引き取り、うちで育てておりました。教養は一通り仕込んでいますし、基本的な能力も優秀です。必ずリョウ殿のお役に立つと思います」

「なるほど。それは楽しみです」


 フリオのことは、同じくアモスの下に教養を学んでいるリース達から聞いたことがある。無口だが別に人付き合いが苦手という訳でもなく、特に性格に問題がある話は聞いていない。能力についても、アモスが推薦するのであれば心配ないだろう。


「実は、リョウ殿に紹介したのはこの子が変わった趣味を持っているからです」

「変わった趣味ですか」

「えぇ。こちらをご覧ください」


 そう言ってアモスが差し出してきたのは、粗末な羊皮紙だった。そこには緻密な地形図が丁寧に描き込まれいた。どこの地図だろうとしばらく考えていたが、どうやらこれはブルーレン周辺の地形図のようだ。


「これはこの街の周辺図ですか」

「その通りです」

「なるほど。しかし、随分と詳細に描かれていますね」

「実はこの地図、このフリオが一人で描いたものなのです」

「……ほう」


 現代人の感覚で考えると、この地図はなんでもないような普通の地図に見える。おそらくだがこの世界にも、探せばこの地図くらいの代物はあるのだろうが、ただフリオが一人で描いたというには、あまりに出来が良すぎる。


「最初はブルーレンの街中の地図を落書きのように描いていたので、少し測量法を教えてやるとすぐにこれくらい綿密な地図を描くようになってしまいました。この地図も外出許可を与えてから、暇を見つけては出掛けていき、3ヶ月ほどで描き上げてしまったものです」

「なるほど。それは凄いですね。ただここまでの地図が作れてしまうとなると……」

「はい。勝手にこのような詳細な地図を作っていることが自治軍にバレると、あらぬ疑惑を抱かれる可能性があります」

「地図というものは戦略的価値がありますからな」


 この世界における地図というものは、基本的には都市同士の繋がりや目印となる地形などを簡略的に描いたものだ。詳細な街周辺の地形図など、戦略的価値が高すぎる。もしもブルーレンに攻め入ろうとする者がいれば垂涎の品だろう。


「フリオの才能は、大変非凡ものだと思います。もし私がコーカサスにいた頃なら部下として召し抱えていたことでしょう。ただ、一市民としてはこの才能は危険すぎます。そこでリョウ殿に紹介した次第です。この子はリョウ殿のような方に仕えるのが一番でしょう」

「道理を知っている領主や指導者なら、誰でも欲しがると思いますが」

「えぇ。しかしそのような連中に仕えたところで、政争や戦争に利用されるだけです。私はこの子に、私と同じような人生を送ってほしくはありません」


 たしかにアモスさんはコーカサス王国の役人だったと言っていた。有能な役人がどのように権力者に利用されるのか、身をもって知っているのだろう。


「わかりました。ではフリオは私が預かりましょう」

「ありがとうございます」

「よろしくお願いいたします。リョウ様」


 フリオが初めて口を開いて挨拶をしてきた。声色は落ち着いて、若さを感じさせない。


「遠方の地で仕事をさせると思うので、しばらくブルーレンには戻れないでしょう。身の回りの整理もあるでしょうから、3日後に奴隷の者を迎えに来させます」

「お気遣いなく。すでに別れは済ませております」


 アモスはそう言ってこちらの提案を断ってきたので、結局そのまま小さな手提げ袋だけ持つフリオとともに屋敷を後にした。こいつには当面の間、これから迎えに行く女の下で働いてもらうことにしよう。


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