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90. 酒

90 酒


 やがてヴィルハルは、腹に響くような低い声で聞いてきた。


「酒は手に入るか」

「……酒ですか?」

「ビールでもいいが、きつい蒸留酒があれば最高だ」

「はい、用意しております」

「本当か!?」


 うなずくとヴィルハルは子供のような無邪気な笑顔をみせた。かなり切実に酒が欲しかったらしい。ウードで巨人族が酒を交換していたという話を聞いていて助かった。


「今回は見本だけなので量は少ないですが、帝国産のワインとブランデーを持ち込んでおります。すぐに取ってこさせましょう」

「ブランデーがいいな! 帝国産の奴は、ガツンと効くから最高なんだ」

「わかりました。アーシュ」

「かしこまりました」


 アーシュに命じて荷物の中からそれらの詰まった小樽を持ってこさせ、ヴィルハルに差し出す。


「毒味が必要なら、先に飲んでみせましょう」

「気にすんな。久しぶりの酒だからな。一滴も無駄にしたくねえ……」


 受け取るやいなやそのまま口に運ぶと、ヴィルハルはごくごくとそれらを飲み干していく。ちゃんと味わっているのか怪しいが、とても嬉しそうなので大丈夫だろう。


「いやあ、うまい! 質の良いブランデーだ。最近は飲めても蜂蜜酒ミードくらいだったが、やはり酒はもっとこうガツンと来ないとな」

「そうなると、もっとキツイ酒をご所望でしょうか」

「そうだな。だがこのブランデーや、もちろんワイン程度でも十分だ。冬を前にもっと持ってきてくれるなら、村にある好きなものと交換してやるよ」

「それはありがたいです。ただ、冬前とは言わずこれからはいつでも持ってきましょう」

「はは、ヨトゥンをなめるなよ小僧。もう1ヶ月もすれば、ウードからこの村まで荷を運ぶなんて、巨人族でもなければ不可能になる。それともなんだ。昔のように俺たちにウードまで来いと?」

「いえ、ラキリスを使えばいいでしょう」

「ほう」


 ヴィルハルは興味深そうの顎ヒゲをさすりながら、話の続きを促してきた。


「ラキリスは今のところ、ウードでは私の奴隷ということになっています。ここで解放したとしても、首輪さえしておけば奴隷扱いとなり、ウードをうろついてもそこまで危険はありません。帝国法により、他人の奴隷に手を出せば刑罰を食らいますからね。そこで10日に一度程度の頻度で、この村とウードにある私の屋敷とをラキリスに往復させることで交易を行うというのはどうでしょう」

「奴隷として捕まってしまった事実を利用するわけか」

「はい。ラキリス一人でどれほどの荷を運べるかは検討と工夫が必要ですが、荷ソリなどを用意すればいいかもしれません」

「それなら狼ソリを貸してやる。あれは人族には扱えないだろうが、ラキリスなら使いこなせるはずだ」

「その狼ソリとやらで、ウードまでどれくらいでしょうか」

「天気が良ければ朝出発して昼過ぎには着くだろう。まあラキリスはまだ子供だから、もう少し苦労するかもしれないが」


 来る時は歩いて丸一日掛かってしまったことを考えると、狼ソリとやらはずいぶんと足が速いらしい。なかなか便利そうだ。


「それではラキリスを通して交易していただけるということでよろしいでしょうか」

「もちろんだ。ただ一つだけ条件がある。ラキリス」

「は、はい。爺様」

「お前、このリョウのところに嫁に行け。今日からお前はこの男のものだ」

「え……」


 ヴィルハルによる突然の命令に絶句するラキリス。いきなり何を言っているんだ、このおっさん。


「いえ、私は別に嫁はいらないのですが」

「だが、そこにいる女どもはお前の嫁だろう? それならラキリス一人増えたところで変わらないだろう」


 後ろにいたアーシュとロルを指さしながら、ヴィルハルはそんなことを言ってきた。どうやらこの二人が俺の嫁だと勘違いされているらしい。


「後ろにいるのは奴隷達です。嫁というわけではありません」

「女ばかりを侍らせているから嫁だと思ったが、なんだ違うのか……あぁそうか。思い出した。そういえばウードの連中は一人しか嫁を持たないのだったな」


 話を聞くと、どうやら巨人族は一人の長を中心に、その嫁と子供たちのみによって集落を築くらしい。このヴィルハルの村の女性はヴィルハルの嫁か娘のどちらかしかおらず、男は息子か居候のどちらかだそうだ。


 ラキリスが爺様と言っているからてっきり祖父なんだと思っていたが、血縁的には父親らしい。巨人族の女は、大人になれば育った集落から別の集落に嫁に出されるそうだが、話のニュアンス的にヴィルハルにとってそれほど大事でもなく、単に沢山いる村人の一人を出稼ぎに向かわせる程度の感覚のようだ。


「みたところお前さん、しっかりと他の嫁も侍らせて力も持っていそうだから、ラキリスを嫁に出すのも悪くないと思ったが、そうかそいつらは奴隷なのか」

「はい。奴隷の証である首輪もつけております。仕事としては屋敷の管理のほかにも、護衛や商売の手伝い、それに夜の世話もさせています」

「ははは! うちの嫁たちと変わらないな。それじゃあ奴隷でいい。ラキリスをくれてやる。交易以外でもこき使ってやれ」


 どうも嫁という言葉に認識の違いがあるだけで、このまま奴隷として使えば問題ないらしい。それならまあいいか。


「わかりました。奴隷として扱ってよいのであれば、いただきましょう」

「おう。まだ乳臭さが抜けねえガキだが、よろしく頼む。ラキリス! 聞いていたな。お前は今日からこの男の嫁……じゃなくて奴隷だ」

「前から奴隷でしたよ爺様……せっかく村に帰れたと思ったのに」


 ぶつぶつと視線をそらしながらつぶやくラキリスだったが、すぐにこくりと頷くと、こちらに向き直り頭を下げてきた。


「ご主人様。どうかこれからもよろしくお願いします」

「あぁ」


 多少同情してしまうくらい簡単に奴隷に出されたな。母親もいるはずなのに相談すら無しとは、長の決定は絶対ということか。


「それじゃあ取引の話の続きだ。こちらとしてはまず酒が欲しい。ガツンときく蒸留酒を大量にたのむぞ。あとは蜂蜜、小麦粉、それにロングソードが欲しいな」

「ロングソードですか。鉄製でいいでしょうか」

「あぁ。料理やら解体に使いたいから、切れ味が良いと助かる。あとは女どもにくれてやる品が欲しいから、金銀細工の品を適当に見繕ってくれないか」

「わかりました。他にも必要なものがあれば、ラキリスに言付けていただければ大抵のもの用意いたしましょう」

「わかった。こちらから出せる物はそうだな。熊の毛皮、肝、脂。宝石だとルビーやらサファイヤが良く採れるな。あとは燃える石とかアイスウルフの魔核とかだな。何が欲しい?」

「燃える石というものを見せてもらっても?」

「あぁ。ラキリス、持ってこい」


 ヴィルハルがラキリスに指示を出すが、彼女はふふんと胸を張って言い返した。


「爺様、私はもうリョウ様のものになりました。爺様のものじゃあありません。これからは爺様の言うことに従う必要は――」

「つまらんことを言ってないで、とっとと取ってこい!」

「ひっ!」


 ドヤ顔で指示を無視しようとしたラキリスだったが、怒鳴りちらされて半泣きになりながら洞窟を出て行った。なんというか、不憫な奴だ。


 しばらく待っていると、ラキリスが箱に入った燃える石を持ってきた。墨の塊のような真っ黒なそれらは、やはり思った通り石炭のようだ。


「なるほど。やはり石炭のことでしたか」

「みたことがあるのか?」

「木を燃やすよりも質の良い熱が得られるので、製鉄などに重宝されると聞いたことがあります。ぜひこれは定期的に譲っていただきたい」

「あぁ。今は冬前だからあまり出せないが、蓄えを終えたら大丈夫だ」

「ありがとうございます。それじゃあこの石炭と熊の毛皮、胆は定期的にいただきたいと思います。それとアイスウルフの魔核でしたか。これは魔粉末に使っているのでしょうか」

「確かに魔粉末として使うこともあるが、主には寒さよけだな」

「寒さよけ?」

「外に氷柱があっただろう。あれは全部アイスウルフの魔核を繋ぎ合わせたものだ。今はまだ夏だから放置しているが、冬になると毎日朝晩に氷を削り落とすんだ」


 冬になるとあれの氷を落とすことで寒さ避けになるらしい。一体どういうことだろう。


「氷を作ることが寒さ対策なのですか?」

「氷ができる際に周囲を暖かくする。それがアイスウルフの魔核の性質だ。人族の連中はそういう風に使わないみたいだがな」


 氷ができて周囲を暖かくする? よくわからないが、不思議な性質を持っているようだ。ヴィエタのところに持っていけば何かわかるかもな。


「面白い品ですね。ぜひ、それも譲っていただきたい」

「わかった。それじゃあ取引内容は決まったな」


 まとめるとこちらからは酒、刀剣、蜂蜜、小麦粉、それに金銀細工を用意し、あちらからは熊素材、石炭、アイスウルフの魔核を提供してもらうことになった。狼ソリとやらに載せられる量がイマイチわからないので、一度に運ぶ量については何度か交易しながらまた相談するとしよう。


 その後、雑談も交えながら細かい点を詰めたのち、ヴィルハルが今日は村に泊っていけと提案してきた。


「これからウードに戻れば、途中で日が落ちてしまうだろう。寝床を用意するから、今日は村に泊まっていけ」

「いえ、そこまでお世話になるというのも」


 どうせ村を出たらすぐに扉を使えば一瞬で街まで戻れるし、正直このヴィルハルや他の巨人達の威圧感が半端ないので、できれば早く村から出たい。


「何を言っている。ラキリスの婚礼の儀もあるんだ。つべこべ言うな」

「歓迎してくださるのは有難いのですが、ラキリスは奴隷としてくるわけです。婚礼と言われても私としては困ってしまいます」

「大丈夫だ。飯をご馳走するだけで、お前さんに面倒はかけん。それにラキリスにも一応、あれの母や兄弟との別れもあるだろうしな」


 ラキリスが別れを済ませるためと言われると弱いな。あれでまだ子供のはずだし、親元を離れるのはそれなりにつらいだろう。仕方ない、1日くらい我慢するか。


「わかりました。それではお言葉に甘えて、お世話になります」

「よし。寝床にはラキリスが案内するから、飯ができるまでゆっくりしておいてくれ。ラキリス、例の人間用の洞窟に案内してやれ。その後は挨拶をして回ってこい。今日はそれ以外、何も仕事はしなくていいぞ」

「爺様……ありがとうございます」


 ラキリスは少し驚きながら返事をしていた。後で聞いたが、ヴィルハルはあまりこういう気を利かせたことをする人では無いから意外だったそうだ。


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