9. 奴隷
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「ようこそ。店主のヨリッヒと申します」
「商人のリョウです」
「リョウ様ですね。どのような奴隷をお求めでしょう」
「若い女性をお……願いします」
堂々と言おうとしすぎて、少し噛んでしまった。恥ずかしい。
俺は奴隷を買いに来ていた。懐にはバフトットから渡された金貨袋が入っている。
あの男が訪れて数日、この街から逃げ出すことも考えたが、結局残ることにした。秘密を見抜かれたことはショックだが、逃げたところで何のメリットもない。金貨100枚はありがたく貰っておき、これを元手にあの男を利用してさらに金を稼ぐことにした。それにはまずは自由にできる労働力が必要だ。
ということで奴隷を買いに来たのである。若い女性が欲しいのは、俺が男だから当然である。以上解散。
「若い女ですか。教育前だと金貨30枚ほど、教育後だと40枚ほどでしょうか」
奴隷商人のヨリッヒは慣れた様子で答えてくれた。俺としては非常に恥ずかしいことを要求したのだが、あまり気にならないようだ。
しかし教育って……エロいな。
「壮健な男ならばどれくらいでしょう」
「男でも女でも、そこまで値段は変わりませんよ。教育前と後で値段が変わるのも同じです」
あれ? 男も教育するのか?
「教育というのは何を教えているのでしょう」
「文字と計算を教えております」
あぁ、なるほど。普通の意味か。
「奴隷というものには多くの利用方法があります。教育前ならば水汲みなどの雑用、旅の際の荷物持ち、農場や鉱山での重労働など。教育後ならば小間使い、乳母、商売の手伝いまでさせることができます」
俺が奴隷について詳しくないとみたヨリッヒが、丁寧に説明してくれた。たしかに教育された奴隷のほうが便利そうだ。ただどうせメインは愛玩用だし、今回はどっちでもいいか。
「教育前でも後でもよいので、年若い処女を一通り見せてもらえますか」
「性奴隷用でしたら、どうしても教育前か、途中の者が多くなってしまいますが」
「構いません」
「種族に指定はありますか」
「ありません。できるだけ容姿のいいものをお願いします」
「わかりました。すぐに用意しましょう」
そう言って、ヨリッヒは部屋から出て行った。
この街における奴隷の社会的地位はそれほど悪くない。市民よりは下だが、浮浪者やスラム街の貧民よりは上という話だ。さらにこの商会では教育まで受けさせているというし、最初イメージしていた奴隷制度よりもずっと健全だった。
「それでは、こちらへどうぞ」
しばらくして通された部屋に居たのは、5人の女性だった。全員がボロの服、というか布をかぶせられ直立させられている。種族は指定しなかったが、人間が二人、獣耳の獣人が三人といったところか。容姿が良いものと注文をつけただけあり、全員美人だ。
「この娘たちは、どれくらい教育を受けているのですか?」
「ほぼ全員が受け始めと言うところですね。一番長いもので一ヶ月ほどでしょうか」
「それなら期間ではなく、どれが一番必死に学んでいたかわかりますか?」
「それは……少々お待ちください」
ヨリッヒは一度奥に消えていったが、すぐに戻ってきた。
「それなら、右から二番目の犬獣族の娘のようです」
「……!」
指名された少女ではなく、なぜか右端の少女がびくりと体を動かした。少し不思議に思ったが、紹介された犬獣族の娘が進み出る。
年は年下に見える。整った顔立ちに赤い瞳を持ち、美しい銀色の長髪からはピンと立った獣耳が飛び出していた。背は俺より少し低いが、芯は強そうな雰囲気だ。
「名前は?」
聞くと、なぜか店主の方が答える。
「リースと申します。年齢は16。ここに来たのは一月ほど前で、東のガロン帝国から売られてきました」
「そうですか。値段は?」
「ユーチラス金貨40枚でいかがでしょう」
高い。教育前は30枚じゃなかったのかよ。
「教育前なのでは?」
「この者は覚えがよく、性格も従順で器量も悪くない。もう3ヶ月教育すれば、得意先に売りに出そうと考えていたほどです。40枚でも妥当かと」
リースは説明の間も、無表情にこちらを見つめていた。特におびえている様子も無く、堂々としたものだ。たしかに真面目で従順そうだし、なにより美人だ。うーむ。
「少し2人で話してもいいですか」
「勿論です」
ヨリッヒが指示すると、召使達がリース以外の奴隷を退出させた。本人は残るようだ。
「出身はどこだ?」
「ナスリ村……大森林のそばにあった小さな村です」
あった、か。あまり深入りしないほうがよさそうな話題だな。
「身体に問題は無いか?」
「特に大きな怪我などはしたことがありません。ご覧になりますか」
「ん、あぁ」
何を見せるのだろうと思ったら、リースは淡々と服を脱ぎ始めた。驚いたが、ヨリッヒは何も言わないので、普通のことなんだろう。
一糸まとわぬ姿になったリースの身体は、なんというか、思わず息を呑むほどに美しかった。肌には傷一つなく、みずみずしく張りがある。ウエストは引き締まっている一方で、胸は結構な大きさを誇っていた。そして背中にはうっすらと銀色の毛が生えており、それがお尻のあたりで集まって、ふさふさとした尻尾に続いていた。
「少し、身体を動かしてみろ」
「はい」
リースがすらりとした腕を頭の上にあげてみせる。すると胸が強調され、大きく盛り上がる。つづけて軽くジャンプすると、その山がゆさゆさと揺れた。
うーん、これはなかなか……ではなくて、たしかに身体的に問題はなさそうだ。
「もういいぞ。服を着ろ」
「はい」
指示すると、すぐに服を着始めた。結構じろじろとみていたのだが、やはり恥ずかしがる様子は無い。なぜか少し残念な気分だ。
それはともかく、金額が高めな以外は問題はなさそうだ。教育を必死に受けているということは、自身の境遇を理解しているのだろうから、頭も悪くない。この娘に決めるか。
ただ、一つだけ気になることがあるんだよな。
「さっき端に居た少女は知り合いか?」
「それは……」
リースが言葉に詰まる。困ったようにヨリッヒを見つめると、代わりに彼が答えてきた。
「あれはリースと同時に売られてきたロルという者です。姉妹らしいのですが、姉と違って反抗的で出来が悪いので、あまりお勧めはできません」
「値段はいくらでしょう?」
「そうですね。あれはまだほとんど教育が進んでいませんので、金貨20枚で結構です」
金貨20枚。リースの半額か。
「あの……いえ……」
リースが何か言いたげに声を上げたが、ヨリッヒがにらみつけるとすぐに引っ込んでしまった。どうやら自分から話すことは禁止されているらしい。
「構わない。言ってみろ」
俺が促すと、リースはヨリッヒの表情も確認した後、こう言いだした。
「ロルは私の言うことならば素直に聞きます。もしも一緒に買っていただければ、私がしっかりしつけてみせるので、考えていただけませんか」
売り込みか。二人とも買うとなると、リースが40枚でロルが20枚、合わせて60枚か。バフトットから渡された金貨は100枚だから予算的には問題ないが。
まあ1人でも2人でも大して変わらないし、ロルという娘も幼いながらも普通に可愛かった。リースに恩を売るという意味でも、ここは二人ともに買っておくか。
「ヨリッヒさん」
「はい」
「リースとロル、二人で金貨50枚というのはいかがでしょう」
「50枚ですか……」
適当に値切ってみた。一気に金貨10枚も減る訳が無いと高をくくってのことだったが、意外なことにヨリッヒはすぐに頷いた。
「良いでしょう。それでお譲りします」
買えたよ。結局、相場より安いじゃないか。商人の言うことは当てにならない。
「すぐに連れていかれますか?」
「そうですね。お願いします」
「かしこまりました。では、こちらを」
そう言って、ヨリッヒは獣の皮でできたベルトのようなものを取り出した。
「それは?」
「首輪でございます。奴隷の所有者は、これに自身の名前を彫って奴隷につけることで所有権を示します。首輪を勝手に外した場合には、それが他人なら罪に問えますし、奴隷自身なら反逆したとみなして殺しても問題ありません」
何やら物騒だ。勝手に外せないとか、古くなって朽ちたらどうするんだろう。
「所有者の名前はリョウでよろしいですか?」
「それなら、リョウ・カガで頼む」
イニシャルにしてもらおうかとも思ったが、伝わるかどうか不明だったので素直にフルネームを彫ってもらうことにした。ヨリッヒは名前を彫り終えると、それらをリースとロルの首に巻き付ける。
「さて、いくつか奴隷について注意事項を説明いたします。主人は奴隷に対し絶対の権限を持っていますが、理由もなくむやみに殺してしまうと罪に問われる場合もあります。ですが先ほど言ったように、首輪を外そうとしたり、他にも反抗的な態度をとった場合には罰することができます。また衣食住についての責任は所有者が持ちますので、お気をつけください」
「衣食住についての責任というのは、具体的には?」
「そうですね。例えば服を着せずに裸で往来に連れて出た場合、罪を問われるのは主人であるリョウ様ということになります。勿論、命令違反でそのようなことをした場合は別ですが」
なかなか適当な話だな。命令違反じゃなくても、奴隷が勝手にやったことにすれば罪に問われないじゃないか。気に食わなければ殺していいと言っているようなものだ。
まあ奴隷を次々に殺すような人がいれば、周りから危険人物扱いされるだろうから、それによる社会的制裁の方が怖いってことなのかもしれない。
「わかりました。では金貨50枚です。確認してください」
「……たしかに。それでは、こちらが商品となります。ありがとうございました」
清算を終えて、リースとロルを連れて店の外に出る。最初は2人とも、暖かな陽の光でまぶしそうにしていたが、すぐに俺の後につき従ってきた。