表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/104

87. 再会

87 再会



 ウード商会の建物から、歩いて数分のところにあった屋敷に案内されると、再会の挨拶もそこそこに、ザリッヒが少し興奮した様子でしゃべりだす。


「しかし驚きました。まさかこのような辺境でリョウ殿と再会できるとは」

「それはこちらも同じでございます、ザリッヒ殿。帝都の外でお会いしたのも驚きですが、よく私がカイン殿と面会していることをご存知でしたね」

「なに。先日カインと商談していた帰りに、昔うちにいた牛獣族の奴隷を見かけたのです。今日はいないようですが」


 今、付き人として付いてきているのは護衛のアーシュだけだ。ほかの連中には、新しく仕入れた屋敷の片づけを任せている。


「なるほど。サラを見かけたわけですね」

「はい。これでも記憶力は良い方で、売った奴隷とその相手先はすべて記憶しております。すぐにピンときてリョウ殿がウード商会を訪ねているのではと思った次第です」


 話を聞けば奴隷商人は、一年の半分近くは奴隷の仕入れのために各地を巡っているらしく、雪が少ない夏の間はウードを含めた帝国北西部を訪れるそうだ。


「奴隷商というものは商人の中でも顔が広いほうなのです。各地の有力者や商人、それに冒険者から商品である奴隷となる候補を仕入れなければなりませんから」


 確かに奴隷という商品は、農作物や工業品とは違い定期的に得られるものではない。広い地域を巡って探さなければ、良い奴隷を手に入れることができないのだろう。


「それでカイン殿とも知り合いなのですね」

「えぇ。あの方はこの街で一番の商人ですからな。しかし先ほどカイン殿から、リョウ殿はいま奴隷商をお探しだと聞きましたが」

「実はそうなのです。カイン殿には町外れの屋敷を紹介してもらいましたので、そこの管理をさせるために奴隷を仕入れようと思っておりました」

「そうなると現地の奴隷のほうが良いでしょう。この屋敷にも数人候補がいますが、これから帝都に連れて帰るものばかりで、ほとんど教育されていないものばかりです。それでもよろしければ紹介しますが」

「えぇ。お願いいたします。あともし巨人族の奴隷をお持ちでしたら見せていただきたいのですが」


 そのように言うと、ザリッヒは困ったように眉をひそめた。


「巨人族をお求めですか。いるにはいるのですが」

「いるのですか」


 意外だ。ダメもとで聞いてみたら、普通にいるらしい。


「えぇ。しかもリョウ殿に気に入られそうな器量の良い女で、病気を持っていないことも確認済みです。ただ……」

「ただ?」

「えぇ。ただ巨人族というものは、あまり奴隷に向かない種族なのです」

「それは性格が狂暴とか、攻撃的との理由でしょうか」

「いえ、確かにそういう噂はありますが、それらは事実と違います。巨人族というものは本来、聡明で落ち着いた気性を持つ者が大半です」


 どうやら危険だからという理由ではないらしい。それならば、なぜ奴隷に向かないのか。


「実は巨人族という種族は、ヨトゥン山脈でしか生きられないのです」

「ヨトゥン山脈でしか?」

「えぇ。昔から巨人族の奴隷は戦力や労働力として、たびたび帝都や他の都市へと輸出されていました。しかし彼らはヨトゥン山脈を離れるとすぐに発狂して死んでしまうのです。私が知る限り、帝都まで生きてたどり着いた例はありません」


 発狂するとは穏やかではない。もしそれが本当なら、巨人族を買ったとしてもこの街くらいしか働かせられないということか。


「なるほど。だから帝都などでは巨人族を見かけなかったのですね」

「えぇ。巨人族の奴隷を売りに出すならこのウードか、周辺の村々に限定されてしまいます。そうなるとあまり高値で売れないため、奴隷として向いてないのです」


 どうやらあまりお勧めの商品ではないらしい。他に売りたい奴隷もいるのだろう。だが、今回仕入れたいのは先ほど買ったウードの屋敷の管理を任せる奴隷だから、もし本当に巨人族の奴隷がヨトゥン山脈を離れられないとしてもなんとかなる。それに単純に、巨人族という種族を見てみたい。


「それでもかまいませんので、その巨人族の奴隷とやらを紹介してもらえませんか」

「そうですか。わかりました。では、こちらにどうぞ」



 屋敷の中を案内され、巨人族の奴隷がいるという部屋に移動した。部屋の前でザリッヒが注意してくる


「中に入るのはリョウ殿だけでお願いいたします。暴れることはないとは思いますが、あまり刺激するようなことは控えてください」

「わかりました。アーシュ、ここで待て」


 付いてきていたアーシュに命じたのち、ザリッヒと共に部屋の中に入ると、緩めの手錠と足枷をされた女性が、ベッドの上で所在なさげに座っていた。


「ラキリス。立て」


 ザリッヒが強い口調で言うと、ラキリスと呼ばれた女性がベッドから立ち上がる。すると天井に頭をぶつけるのではないかという背の高さに、思わずおおと声が出そうになった。


 大きな瞳にブラウンの短髪がよく似合う、幼い顔立ちをした女性だった。身長はおそらく2mを軽く超えているだろう。ごくごく平均的な身長の俺と比べるとずいぶんと背が高いので、確かに巨人族のようだ。顔の印象は、太めの眉やぼさぼさの髪のせいで田舎っぽく見えるが、そこまで悪くはない。


 ただ思っていたほどの大きさではないな。


「リョウ殿。こちらが巨人族のラキリスです。先日ウードの近くの森で行き倒れているところを捕獲され、私が買い取ったものです」

「巨人族というので、もっと大きな身体なのか思っておりましたが、そこまででもないのですね」

「いえ、この娘はまだまだ巨人族の中では子供です。本人は13才だと言っておりました。これから成長すれば、この倍程度には大きくなるでしょう」


 この倍というと、単純に計算して4mは超える。南部諸島の大鳥クフィムがそれくらいの大きさだから、あれに匹敵するほどの身長になるのか。


「なるほど。まだ子供なのですね。少し話をしても良いですか?」

「勿論です。しかし、まだ奴隷となって日が浅いので、失礼な発言があるかもしれませんがどうかお許しを」


 予防線を張るザリッヒだが、俺は礼儀を気にする方ではない。とにかくラキリスに近づくと見上げるような背の高さだったが、かなりおびえていた。両手を胸の前で祈るようにして組み、少し震えながら俺を見下ろしてくる。


「ラキリスといったか、なぜウードの近くまで来たんだ?」

「えっと、爺様に言われて薪を集めていただけなの。どうか、どうか許してください」


 いきなり懇願された。ひどい目にあわされるとでも勘違いしているのだろうか。


「落ち着け、話を聞きたいだけだ。薪を集めに来て捕まったのか?」

「えっと、薪を拾いに森まで降りてきて、道に迷ってうろうろしていたらお腹がすいて、一休みしていたら人族の男の人に食事を分けてもらって、気づいたらこの手枷と足枷が……」


 どうやらうちのアーシュと似たような経緯で捕獲され、奴隷商に売り飛ばされたらしい。違いがあるとすればアーシュの奴は自ら外の世界に出てきたところを捕まったが、このラキリスは道に迷って運悪く人族に見つかってしまったことくらいか。


「できれば村に戻りたいか?」

「もちろん……戻りたいけど、こんなに遅くなっていまさら戻ったら、爺様にどれだけ叱られることか……でも戻らないとお母さんが心配するし……あぁ、どうしたら」


 なにやらわめいているが、先ほどから出てくる爺様とやらに頭が上がらないことだけはわかった。おそらく祖父のことなんだろうが、行方不明になった孫娘が戻ってくれば喜んでくれると思うが。


「俺の奴隷となったら色々と仕事をしてもらうことになるが、何か特技はあるか」

「えっと、村でも色々お手伝いしてたけど、特技かぁ……なんだろう。氷削りはうまいって母さんに褒められたことならあるけど」

「なんだその氷削りってのは」

「それは、溜まった氷を削り落とす仕事のことです」


 まるで意味が分からん。まあそういう仕事が巨人族の村ではあるのだろう。あまりうちに来て活躍できる特技ではなさそうだが。



 話した感じ、本当に田舎から出てきたばかりであまり要領の良い答えを期待できなかったのでそれくらいで質問を終え、一度部屋を出た。


 捕まったばかりという話は本当のようで、いままで買ってきた奴隷の中では、最初のロル並みに言葉が無作法だ。ロルの場合はリースという目付け役がいたから大丈夫だったが、このラキリスはどうだろうか。


「ザリッヒ殿。巨人族という連中は本来おとなしい性格なのですよね」

「えぇ。勿論例外もいますが、基本的には平和的な種族です」

「このラキリスはどうでしょう。今話した感じ、言葉遣い以外に問題があるように思えませんでしたが」

「保証はしかねますが、少なくともここに来てから一度も暴れたりしていません。ただ少なからず人族に対する偏見を持っているかもしれません」


 まあそれはこちらも巨人族は粗暴で暴力的な種族だと聞いていたし、お互い様だ。人間よく分からない相手へ偏見を持つことなどよくあることだろう。


「いかがでしょう、リョウ殿。もし気に入らなければ、ほかにも紹介できる女奴隷はいますが」

「そうですね」


 まあ、これは買いだろうな。ほかの奴隷と同様の待遇で扱えばそこまで不満が出ることもないだろうし、境遇の似ているアーシュ辺りに話し相手になってもらえば打ち解けやすいだろう。なにより、巨人族の村からやってきたという点が使えそうだ。


「いえ、このラキリスを頂きましょう。おいくらですか?」

「そうですか。ありがとうございます。それでは金貨10枚でいかがでしょう」


 たしかアーシュやサラは金貨40枚ほどしたはず。それに比べるとずいぶんと安い


「では、すぐに用意いたしましょう。しかしずいぶんと安いですね」

「えぇ。実際のところ巨人族にはその程度の価値しかないのです。帝都に連れて行ってもすぐに死んでしまいますので、教育を施す意味もありませんから」


 あっさりとした口調で言うザリッヒ。どうやら巨人族が奴隷に向いていないというのは本当のようだ。まあ安く買えるのは好都合だが。


「それでは、すぐに身柄を受け取りたいのですが」

「かしこまりました。首輪はすでにつけておりますので、そのままお使いください。手枷と足枷はどうしますか?」

「外しておいてください。それと大きめの外套を一枚いただければ助かるのですが」

「それではあの娘が最初から身に着けていた一式をお渡ししましょう」


 商談は成立し、ラキリスを買い受けてザリッヒの屋敷を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ