86. ウード商会
86 ウード商会
「ウード商会のカインと申します。よくお越しくださいました」
「商人のリョウです。今回はお時間をいただきありがとうございます」
次の日、ナスタが約束を取り付けてきた商人の店にやって来ていた。今回はバフトットに紹介状を書いてもらっている。このカインという商人はこの街の有力者らしく、仕入れたいものがあればなんでも彼に聞けばよいとのことだ。
「ランカスター商会のバフトットからの紹介ならば、無下することはできません。ウードの街は初めてですか?」
「はい。聞いていたよりも穏やかな気候のようで、少し安心しているところです」
「夏の時期だけですよ。もうじき毎日のように吹雪きます。それまでは是非、美しい景色と肉料理を楽しんでいただければと思います」
肉料理というのは、この辺りに多く生息する雪兎の肉のことだ。雪兎からとれる質の高い毛皮はウードの街の特産であり、さらにその肉を使った煮込み料理もまた名物として有名らしい。昨夜の夕食時にサラが教えてくれた。
「先日、さっそく舌鼓を打たせていただきました」
「それはよろしゅうございました。それでリョウ殿、今回はなにやら物件をお探しとか」
「はい。実はこちらにしばらく滞在できるような屋敷を探しております」
「街の中心部に近いとなると、あまり良い物件は残っていないかもしれません」
「いえ、利便性はあまり求めません。むしろ街から離れていても構いませんので、広い敷地と倉庫があるようなものが良いのですが」
「なるほど。別宅をお探しなのですね。それならば良い物件があります。これから行ってみましょう」
「ぜひ、お願いいたします」
そのままカインに案内され、ある物件へと移動した。それは街の中心部からはかなり外れた、鬱蒼とした山のふもとにある屋敷だ。厩舎や倉庫なども備え付けてある大きな屋敷だったが、しばらく住み手が居なかったようでそれなりに荒れていた。
「ここには数年前まで、奴隷商人の男が住んでおりました。帝国の侵攻の後、商売を続けられなくなった男が手放してから管理する者がいなかったので荒れておりますが、少し手を加えれば十分に住めるでしょう」
屋敷自体はレンガ造りの二階建てて、地下室もある立派なものだ。中央のリビングには暖炉もある。掃除と簡単な補修をして、さらに薪を用意しておけば、問題なく冬を越せるだろう。
「確かに造りはしっかりしているようです。敷地も広いですし、周囲にほかの住居が無く静かそうなのも気に入りました。是非買い取らせていただきたい」
「ありがとうございます。では、金貨50枚でいかがでしょう」
「わかりました。すぐに用意しましょう」
ナスタとアーシュに命じて、宿から金貨を持ってくるように手配をした。その間に屋敷内と周囲を一通り案内してもらった後、受け渡しの契約をするためにカインの商会に戻った。金貨を持ってきたナスタ達と合流し、金貨と屋敷の所有権を交換する証書を作成して商談を終える。
とりあえず目的であった屋敷は手にいれた。しばらくは掃除や補修を進めなくてはならないだろうが、それが終われば保冷庫としての運用を始めてみよう。
「実は先ほどの屋敷を管理させるために奴隷を探しているのですが、どなたか奴隷商を紹介していただけないでしょうか」
ついでなので奴隷についても聞いてみる。カインは少し意外そうな顔をみせたが、すぐに髭を撫でつつ答えてきた。
「奴隷商ですか。もちろん何人か知り合いはいますが、どうしても帝都などと比べると質も数も悪くなってしまうと思われます」
「まあ、珍しい種族もいるかもしれませんので」
「なるほど。巨人族をお探しですか」
こちらの考えを見透かしたようにカインは言った。まあ、この辺りにしかいない種族といえば巨人族のことなのだろう。
「巨人族でなければならないという訳ではないですが、もし売っているのであれば見てみたいものです」
「なるほど。しかしそうなると少し困りましたね。一昔前ならいざしらず、現在巨人族の奴隷はかなり稀少です。実際に見つかるかどうかは、保証しかねます」
「やはり巨人族は珍しいのですか」
「巨人族はヨトゥン山脈の奥地に住んでいます。帝国の属領になる以前はウードにもたまに交易に来る巨人族もいたのですが、帝国が侵攻してきてからは、人族以外で人頭税を払っていない者は奴隷として捕えても良い、という布告により多くが捕らえられ、売られていきました。それ以来巨人族はめったに姿を見せません」
巨人族と思われる者を見かけないのは、どうやら奥地に身を隠しているかららしい。しかし、以前は交流があったという話は興味深いな。
「巨人族の方々は、ウードで何を取引していたのですか」
「山脈の奥地で取れる肉や毛皮、他には薄青色の魔核や燃える石などでしょうか。それらを持ち込んできて、代わりに大量の酒を買い占めて帰ることが多かったはずです」
酒か。確かに山奥では作るのは難しいのかもしれない。もし巨人族と交易することがあれば、持っていってみよう。
「まあ、巨人族の奴隷が見つからなければ別に構いません。どなたか奴隷商を紹介していただければ、こちらで交渉してみます」
「そうですか。それならば紹介状を書きましょう」
「お願いいたします」
その時、部屋に入ってきたカインの部下がなにやら耳打ちをしていった。その報告を聞いて、少し驚いたような表情に変わる。
「リョウ殿、ザリッヒという者をご存知でしょうか」
「ザリッヒですか?」
ザリッヒ、ザリッヒ……聞いたことがあるような、ないような。思い出そうと頭を小突いていると、後ろに控えていたアーシュが耳打ちしてくる。
「ご主人様。私を買われた際に取引をした奴隷商の名前が、確かザリッヒでした」
なるほど。そういえばそうだった気がする。帝都の奴隷商か。
「以前帝都でお世話になった奴隷商ですね。ここにいるエルフや牛獣族の奴隷を買う際に世話になったことがあります」
「そうですか。それならば話は早い。いまザリッヒがうちの店にやって来て、もしかしたらリョウという商人が訪ねてきていないかと聞いてきたそうなのです。彼はウードでも有力な奴隷商ですので、奴隷の件は彼に聞いてみてはいかがでしょう」
それはまた、なぜ帝都の奴隷商がこんなところにいるのかは知らないが、まさに渡りに船だな。
「わかりました。すぐに会いに行ってみます。カイン殿、大変お世話になりました」
「いえ、これからもこのウードで何かありましたら、ぜひ当商会をご利用ください」
立ち上がり優雅に礼をするカインに、こちらも丁寧に礼をして応接間を後にした。ロビーに出るとすぐに、見たことのある顔の男が笑顔で迎えてくる。
「おぉ、リョウ殿。お久しぶりでございます」
「ザリッヒ殿。ご無沙汰しております」
「まさかこんなところでお会いできるとは、カイン殿との商談は終わりましたかな?」
「えぇ、なかなか良い買い物ができました」
「それはそれは。どうでしょう、ここではなんですので、私の屋敷で茶でも飲んでいかれませんか」
「それはぜひ、喜んで」
ザリッヒに連れられ、ウード商会を後にした。