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83. 利益

83. 利益



 自分が手引きをすることで俺を皇都シェンヤンに案内し、茶や絹などの東方国の商品の手配をする代わりに西方諸国などの他の地域の交易品を扱わせてほしい。それがシアンの提案だった。


 もちろんクー国の交易品は魅力的だ。西方諸国では茶や絹だけでなく、質の良い金銀細工、絵画や書物などの芸術品、それに陶器などの工芸品も高値で取引されている。これらを扱うためにクー国を目指すことは、予定の一つには入っていた。ただ面倒が多そうなので後回しにしていただけだ。


 そこにこのシアンが島を訪れて、クー国まで案内すると言ってきた。渡りに船といえば聞こえはいいが、さすがに今回はリスクが大きすぎる。


 このシアンという男はとても優秀だ。『扉の管理者』の性質に一人でたどり着く洞察力と推理力は西方諸国のバフトット並みだし、さらにこいつは他人の考えを読み取る共感覚まで持っている。今は何やら低姿勢に懇願しているが、それは俺ではなく『扉の管理者』に対する態度だ。そこを取り違えては足元をすくわれるだろう。


 そんな優秀な男が、ただ無策に力を貸してほしいと頼みに来るだろうか。何か裏があるのではないか勘ぐると、やはり背後にちらつく組合の影が消しきれない。二つ返事でついていくわけには行かないだろう。


『残念ですがあなたの話を、いますぐ信用することはできません』


 ロルを通して断りの返事をすると、シアンは大きく息を吐き、頭を抱えた。


「そうですか……残念です。それでは抵抗は致しませんので、ひと思いにお願いいたします」


 そう言って首を差し出してくる。どうやら苦しまずに殺してほしいという意思表示らしい。


『殺してほしいわけですか?』

「もちろん死にたくなどありません。しかし私は神仙様の御力の秘密を知ってしまった。誓って誰にも秘密をばらす気などありませんが、組合との関連を疑ったうえで断ったというのなら、私を生かして帰す理由がないでしょう」


 確かに扉を披露する際に、話を受けないならば殺そうとは考えていた。ロルを通してでも俺の考えが読めるとすれば本当に厄介な男だが、今回は秘密を組合に話す危険性を考えれば、口封じをされると読んだだけか。


 ただまあ、早とちりだ。別に殺すつもりは無い。


『よしてください。まだ、あなたの話を全て否定したわけではありません』

「なんと」

『あなたは組合を出し抜き、クー国内で再起を果たしたい。このことに間違いはありませんか』

「はい。間違いありません」

『それならば、あなたにあるものを授けましょう。少々お待ちください』


 ロルにしゃべらせる一方で、ノーラの耳打ちしてあるものを持ってこさせた。しばらくの間、サラが淹れてくれたお茶を飲みながら待っていると、ノーラが戻ってきた。


「これは?」


 ノーラが持ってきたのは木の板だ。見た目にはどこにでもある板だが、これは扉(最小)を開くことができるぎりぎりの面積を持つもので、以前から移動する際にはこれを持ち歩いていた。


『これは力を込めた板です。このように、私はいつ何処にいてもこの板に扉を開くことができます』


 そう言って、板と机に扉を発動させて繋げてみせる、その後すぐに破棄して再び印を設置しておいた。実際は扉を廃棄すると印も消えるので、遠くに持っていかれると扉を開けられるのは一回限りなのだが、些細な事だ。


「おぉ、まさに……」

『あなたにはこれを持ってシェンヤンとやらに戻っていただきたい。ここからだとどれくらいの日数がかかりますか』

「アスタから北の関所までが2ヶ月ほどです。クー国内は小国を通り抜ける際に時間がかかるため、さらに2ヶ月はかかるでしょう。政情次第ではもっとかかるかもしれません」

『それならば、余裕をもって半年後にしましょう。今から180日後の正午に、その板とこのカルサ島の適当な場所に扉を開きます。それまでにシェンヤンとやらで商会を立て直し、扉を秘密にできる状況を作り上げてください。もちろん資金も出しましょう』


 そう言って、ノーラから受け取った大袋を渡す。そこには大量の宝石類が入っていた。いつぞやの砂国のある屋敷でかっぱらってきた宝石だが、鑑定した後いままで倉庫に放置していたのだ。バフトットにでも売りつけようと思っていたのだが機会を逸していた。ちょうどいいので資金代わりに提供しよう。


「これだけあれば、確かにシェンヤンまで戻って負債を返せます」

『その代わりにシェンヤンで商会を立て直すことができたなら、この扉を用いて絹や茶などを融通してもらいます。よろしいですか』

「もちろんでございます」


 シアンの話が、どこまで本当なのかはわからない。もしかしたら、俺の力を組合に報告し、半年後の扉を開く際に何かしら仕掛けてくる可能性もある。例えば戦力を待機させておいて乗り込んでくるとか。


 しかしなにか企んでいたとしても、扉を開く場所を選べばどうにでもなるだろう。こちらも馬鹿正直に開いてやる必要はないのだから。


『それでは、こちらを持ってお帰りください。急いだほうがいいでしょう。もうじきレバ海沿岸では、クー国人と組合を排除する動きが起きると思われますので』

「はい。存じております。だからこそこうして危険を冒してまで急ぎやってきたのですから」


 確かにガギルダに武器を流しているという話は知っていた。その事実がこの先どのような事態を引き起こすのか、十分に理解しているようだ。


『それでは、半年後を楽しみにしております』

「はい。神仙様のご期待に応えられるよう、精進いたします」


 シアンは最後まで低姿勢のままだった。いかにも怪しい。宣言通りにシェンヤンに戻って取引に備えてくれればいいが、実際のところ何を考えているのやら。



 シアンが連れてきていた狐獣族の部下も解放し、残橋からシアンの船を見送る。帆を張って進む船が見えなくなるまで眺めていると、横にいたテナが話しかけてきた。


「あの男の話、信用しているの?」

「お前はどう思う?」

「あなた以上に商人らしい振る舞いをする男だったわ。誇りも何もなく、利益のためならどんなことでもする態度とかね」


 商談中は口を出さないように指示していたため無表情に過ごしていたが、どうやらあまりいい印象ではなかったようだ。


「まあ、確かにしたたかな印象だったな」

「半年後に扉を開くなんて約束して大丈夫だったの?」

「さあ、どうだろう」

「それは信用していないということ?」

「信用はしているさ。話は作り話で、ちょっと演技臭かったけどな」

「何が言いたいわけ?」


 テナが少しイラついた声で聞き返してくる。正直なところ、俺にも何もわからないだけだ。


「確実に言えることは、あのシアンという男は優秀な商人だってことだ」


 俺がシアンと面会したのは、アスタの街についてすぐだった。そんなどこの馬の骨ともわからない商人とも顔合わせをしておく周到さ、ガギルダの武器売買の噂を素早く仕入れてその意味を理解する情報力、狐獣族だけでレバ海を渡ってきた行動力、そしてなによりこの俺の力に気が付いた洞察力。どれをとっても一級品だ。


 そして実際に結果だけ見れば、暫定的ながら俺から扉の使用権と資金援助という実を得ている。奴にしてみれば危険を冒してカルサ島まで来た意味は十分にあったわけだ。


「あの男がどのように俺の力を使うつもりなのかは知らない。ただ商人ならば、何らかの利益になるように使うはずだ。そのことについては信用しているさ」

「随分と現金な信用ね」

「信用ってのはカネで買うものだ。逆もまた成り立つな」


 適当なことを言って煙に巻くと、テナは不満そうに続ける。


「あの男との取引がレバ海の人たちにとって、不利益にならないとも限らないわ。貴方、言ったわよね。レバ海の人々の不利益になることはしないって」

「そりゃそうだ。ただ、利益にならないとも限らないだろう?」


 あの男が実際のところ、組合の手下なのか、それとも本当に組合と敵対しようとしているかなどわからないし、今すぐ判断する必要もないだろう。シアンの利益になることが俺の利益にもなるならば、利用するというだけの話だ。


 テナがついに呆れたようにため息をつき、ぽんと肩に手をかけてくる。


「貴方と口論してもあまり利益にならないってことに、最近気づいたわ」

「誉め言葉だと受け取っておくよ」

「誉め言葉よ。でもあの男、敵にならなければいいけど」

「半年後に扉を開けてみればわかるだろ」

「ずいぶんと無策に聞こえるけど、大丈夫なの?」


 もちろん扉を開けるまでには、色々なケースを想定し準備しておく必要があるだろう。


 最悪の可能性は幾つか考えられるが、最もありえそうなのは戦力を待機させておいて、開いた瞬間突入させて俺を拘束してしまうケースだ。俺の身柄さえ確保すれば、脅すなり拷問するなりして扉を自由に使わせることができるだろう。だがこれはさすがに俺が相当油断しなければあり得ない。


 またシアンがもし俺の扉の噂をクー国内で広めたとしても、あの国の連中がこのカルサ島までやって来るとは考えづらい。いまでこそ組合という組織があるが、この先ガギルダの策略により排斥されるはずだからな。


 他にもいくつか考えられるが、どれもこれもそこまで危険がある話ではない。それならシオンの話に乗っておき、実際にどう動くつもりなのか見極めるのも悪くないはずだ。


「扉を開ける場所は十分に考えておくつもりだ。例えば周囲を断崖で囲まれた孤島とかで、俺は船の上から扉を開くとかな」

「なるほどね。まあそれなら、私もいるし大抵のことには対処できるわね」

「今度この周辺で、ちょうどいい無人島でもないか探してみるさ。お前にも護衛を頼むだろうよ」

「それくらいなら、いつでもご命令を。ご主人様」


 慇懃な声でそれっぽく言うテナに、思わず微妙な顔をしてしまう。


「……奴隷じゃないんだ。その言い方はやめてくれ」

「ふふふ! こういう返しが苦手なのよね。だんだんわかってきたわ」


 おかしそうに笑うテナを無視し、水平線に視線を移す。予想通りにいけば労せずクー国との交易手段が手に入るわけだが、そこまで上手くいくとは思えない。まあ半年後に何が起こるか、だな。





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