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82. 訪問者

82. 訪問者


 浜辺に行くと、先日のローレライと同じく建材に縛り付けられた狐獣族数人がいた。その中でも一際身なりが良さそうな男がシアンだった。抵抗せずに捕まったのだろう。服も綺麗なままだ。俺の姿に気が付くと、繋がれたまま頭を下げてくる。


「お久しぶりです。リョウ殿」

「シアン殿、ご無沙汰しております。手荒い歓迎になってしまい申し訳ございません。ラピス、彼だけ縄を解け」

「かしこまりました」


 ラピスが縄を解いている間、テナが小声で話しかけてきた。


「知り合いなの?」

「まあな。以前、少しだけ話したことがある商人だ。旅団も雇わずに来たということは、なにか急いで話したいことがあるんだろう」

「それじゃあ、話を聞くわけね」

「あぁ。内容が気になるなら付いてくればいい。ただしお前だけな」


 何の用事か知らないが、おそらくは商談だろう。できればテナにもご遠慮願いたいのだが、そうはいかないようだ。人魚族にとってクー国商人という肩書きは目の敵にされているからな。


「それじゃあお言葉に甘えて」

「ただし、気を付けろ。あいつは言葉から人の考えを読めるそうだ」

「なにそれ」

「知らん。とにかく一切喋らないようにしてくれ」


 その後、作りかけの小屋に椅子と机を持ち込み、簡単な応接間に仕上げた場所へシアンを案内した。俺とシアン以外に立ち合っているのは、テナの他にサラとロル、それにノーラの4人だ。


「さて。手荒い真似をしてしまい、改めて謝罪いたします。申し訳ございませんでした」

「いえ、お気になさらず。正直なところ、問答無用で殺されることも覚悟していましたから」

「しかし人魚族マーフォークの旅団も雇わずに、よくもここまで来られましたね」

「魔粉末さえ惜しまなければ、レバ海もそれほど危険ではないのですよ。ただしこの辺りでは得られない高品質な物が必要となりますがね」

「なるほど」

「それよりもクー国人を敵視している人魚族のほうがはるかに危険です。基本的に南部諸島には人魚族しか住んでいませんしね」


 たとえ魔粉末を使えば航海はできるといっても、途中の村々には人魚族しかいないので立ち寄ることが難しい。無寄港無補給ではまともな航海にならないはずだ。それなのにこのカルサ島までやって来たのは、おそらく俺に用事があるからだろう。


「それでは、今回はなぜこのような島にお越しに?」

「お考えの通り、あなたに会いに来たのですよ。西方の商人リョウ・カガ」


 シアンは余裕気な表情でそう言った。やはりこいつ、どこまでわかっているのかは知らないが、こちらの考えを読み取ってやがる。


 だがこいつのサトリのような能力の種は割れている。それはおそらく同じ狐獣族ノーラも持つ、声に色が見えるという共感覚によるものだ。そうとわかっているならば対策はある。


「なるほど。それでは話を聞きましょう」

「ありがとうございます」

「ただしここから先は、私の代わりに隷属人に話させますが、よろしいですか」

「隷属人に、ですか?」


 シアンが意外そうに聞き返してきた。素で驚いているようにみえる。


「えぇ。もちろん私はここにいますが、発言をこのロルに伝えますので、私の代わりに彼女がしゃべるということです」

「……なるほど」


 声に色がついて聞こえるならば、他人に話させればいいだけの話である。特に間に立てるのはロルだ。こいつははっきり言って頭が悪い。これから話す話の内容もほとんどわからないだろう。

 

 しかし今回はそれが好都合だ。話がよくわかっていないロルの声色から、話の虚実を判断することはできないだろうし、微妙な感情の揺れなどわかるはずもない。もちろん、こいつが声以外の共感覚を持っていたとしたら意味は無いが。


「わかりました。それでも大丈夫ですので、話を聞いていただきたい」


 相変わらず読みづらい表情なので、この対策が有効なのかはいまいちわからない。まあなるようになるか。

 

 緊張した様子で横に立ったロルの耳に口を近づけ、小さな声で伝える。


『ど、どうぞ。用件を聞きましょう』

「ではまず最初にお聞きしたい。あなたは魔法が使えると思うのですが、見せていただくことはできませんか? 私の予想ではそれは、大量の物資を持ち運ぶことができる魔法です」


 驚いた。『扉の管理者』のことに気づいているとは。しかも性質についてもだいたい合っている。


『なぜそう思ったのか、お聞きしてもよろしいですか』

「実は以前アスタで出会ったときから、なんらかの魔法使いではないかと思っていました。理由は西方諸国から来たにしては、連れている奴隷の数が多すぎたからです」


 クー国を経由するならまだしも、それ以外の未開のルートを10人近くの女性を連れて踏破することなど、絶対に不可能だとシアンは考えたらしい。


「女性10人近くを連れて、はるか西方諸国からクー国を経由せずに南部諸島を訪れることなど、絶対に不可能です。なぜならば道中の魔物は何とかなるにしても、補給が確実に持たない。もちろん西方の商品を一切持たずに水と食料だけを満載してくるなら可能かもしれませんが、そうではありませんでした。人魚族の商人ガギルダと鉄製の武具を取引をしているようですからね」


 ガギルダとの交易はすでに始まっている。あいつが買い付けてきた香辛料に対して、俺は西方諸国の鉄製品を売っている。どうやらすでにそのことを知っているようだ。


「我々が確認しただけでも、売りに出された西方諸国産の武具は商隊一つ分にも匹敵する量です。このように大量の商品も持ち運びながら、そのうえで大勢の女をつれて西方諸国から訪れた。これはもう魔法使いでもなければ不可能です。おそらく大量の物資を持ち運べるような世にも不思議な魔法の使い手がリョウ殿、あなたの正体だと考えました。以上です」


 シオンは優雅に礼をして締めくくった。さて、どうするか。


 実際のところ、こいつはすでに正解にたどり着いている。この考えを他の連中に話したかどうかは不明だが、俺の能力に独力でたどり着いたのはこれで二人目だ。一人目のバフトットの時は、お互いに利用し合うことで秘密を共有できたが、こいつの場合はどうだろう。


 しかしまあ、すでにここまでわかっているなら隠しておく意味はあまり無いな。


『確かに私は魔法使いです。使用する魔法についてもあなたが考えているものに近いでしょう。そのこと踏まえた上でお聞きします。何の用事でしょうか』

「あなたの魔法を披露していただければ、お話ししたいと思います」


 言葉だけじゃあ信用できないということらしい。どうやらロルを通して話している意味はあるようだ。


 しかし魔法使いでなければ話せない内容か。おそらく何かに利用するつもりだろうが、さすがに何を要求してくるかまでは読めない。ただまあ、そこまで言うなら披露して話を聞いてみるか。


 つまらない話だったら、生かして帰さなければいいだけだ。


『わかりました。それでは披露いたしましょう』


 そうロルに言わせて、立ち上がる。適当に近くの壁に印をつけると、扉の管理者を発動させて扉を開いた。近くにいたノーラを使って、開いた扉が互いに繋がっていることを確認させる。


『このように、私は二つの地点をつなぐことができます。それがどんなに遠くの地点であろうとです』


 ロルに説明させた言葉を聞いて、扉を凝視していたシオンが大きく息をのんだ。そして突然、椅子を蹴って立ち上がったかと思うと、そのまま机の横でひざまづいてみせた。


「どうか私に御力をお貸し下さい。神仙様」







「……はい?」


 思わずロルに伝えるのも忘れて、聞き返してしまった。


「御力を貸していただきたいのです、神仙様」


 シアンは繰り返し、ひざまづいた姿勢のまま懇願してきた。いきなりの低姿勢っぷりに、さすがに頭が追い付かない。通訳をしているロルも、後ろに立っていたサラやテナも、突然の態度の変貌ぶりに息をのんでいた。


『お、落ち着いてください。どういうことでしょうか』

「私と共にクー国の皇都シェンヤンに赴いていただきたいのです。そして御力を振るっていただきたい」

『それはあなたが東方国内の交易品を仕入れ、私が扱う西方諸国の交易品と交換してほしいということですか』

「その通りでございます」


 いきなりの低姿勢でビビったが、何のことはない。俺が各地で特定の商人達にさせていることを、クー国では自分にさせろと言っているだけだ。


『それは組合としての考えですか。それともあなた個人の考えですか』

「もちろん私個人の考えです。むしろ組合は敵対する側でしょう」


 ということは、組合に黙って勝手に俺をクー国に入国させる気か。それは少し心配だな。


『組合と敵対するということは、あなたは対抗できるだけの権力をお持ちということなのでしょうか』

「いえ、わたくしは組合に所属する一行商人です。組合の行商人というものは、本国での商売に失敗し、もはや国内では生き残ることができなくなった商人が、落ち延びて仕方なくやることが多い。私も例にもれず、クー国の皇都シェンヤンで小さな商会を開いていましたが、競争に敗れ、妻と娘を生かすかわりに行商人の道を選んだのです」


 シアンは跪いたまま、流れるように説明する。どこか芝居臭さも感じるが、本気のようにもみえる。


『つまりシェンヤンに残してきた家族のために、私の力を利用して再起するつもりですか』

「その通りでございます」


 なるほど。この話が本当かどうかはしらないが、言い分はわかった。今回はそれほど悩む必要も無いだろう。


『そちらの言い分はわかりました』

「それでは」

『いえ、その話はお断りします』


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