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81. 見回り

81. 見回り


 その後はテナとフィズの二人が、手縄をつけたローレライにシクル島を案内させ、連れ去られた大工たちを救出してきた。連中は少し衰弱はしていたが、特に体調に問題はなかった。話を聞けば、連れ去られた日から散々搾り取られ、いままで放置されていらしい。しばらく休ませれば、普段通りの仕事ができるまで回復してくれるだろう。


 数日後、フィズが保護観察処分中のローレライを連れて出発するというので、ブルーレンの拠点まで送ることにした。


「またここに戻ってくれば、扉を使わせてくれるんだろう? 勧誘がうまくいけば連れが増えているはずだが」


 家を出る前にフィズが聞いてきた。鍛え上げられた身体を旅行用の外套で隠し、背中には大きなリュックサックを背負っている。馬くらい用意しようといったのだが、別に大丈夫だと断られてしまっていた。


「えぇ、もちろんです。留守の時もありますので、その時は書置きを残しておいてください。迎えをよこします」

「わかった。戻ってくる時期なんだが、ちょっと行くところが増えたから3ヶ月ほどかかりそうだ」

「行くところですか」

「あぁ。ギド爺さんに挨拶にいったら手紙を預かったんだ。それを届けるためにニズ国に寄ることになった」


 ニズ国といえば、竜の巣の麓だからブルーレンからは南に位置するはずだ。そこから西方諸国の西端であるステラに行くとなると結構な旅路だな。


「わかりました。道中お気を付けください」

「あぁ。それじゃあ行くぞ、ローレライ」

「おう。数百年ぶりのシャバじゃあ。楽しみよのう」


 ローレライは薄汚いローブを身につけ、緑色の髪を毛皮の帽子で隠し、首には奴隷であることを示す首輪をつけていた。こうしてみると本当に普通の人間と見分けがつかない。なにやら久しぶりにシクル島を離れ、旅に出られることに浮かれているようだが、フィズが釘をさす。


「一応旅の途中は奴隷ってことにするが、反抗したら殺すからな」

「物騒な奴じゃのう。夜、自由にさせてくれるなら文句はないと言うておろうに」

「夜は宿から出るのは禁止だ。そこまで見張りきれない」

「えー冗談じゃろう? それなら部屋に連れ帰るのは?」

「部屋は別に取ってやるから、好きにしろ。ただし、やりすぎるなよ」

「よっしゃ! もちろん殺しはしないさ。殺しはのう……ふふふ」


 ローレライは流し目を決めつつぺろりと唇をなめる。その姿を見て、呆れた様子でため息をつくフィズだったが、なにか危険があればすぐに処理すると約束してくれた。フィズのことだから、あまり心配はしていない。男に対する危険性も含めてしっかり観察してもらおう。



 二人を見送り、カルサ島に戻る。いつも俺が外を移動する際、奴隷のうちだれかしらが付き人として侍っているが、今日の担当は牛獣族のサラだ。彼女はふわふわとした雰囲気の女性だが、料理が非常にうまい。うちにが来てからは食事に困ったことは一度もないくらいだ。新しい料理を作るセンスも高く、まったく料理ができない俺が説明する元の世界の料理も、なんだかんだ工夫して再現してくれる便利な奴である。


 ちなみに胸のサイズは特大で、最近は買った時よりもさらに大きくなっている。よく食べる奴だから、その栄養がすべて胸に行っているそうだ。アーシュの奴がよくぼやいていた。


「……? ご主人様、どうされましたぁ?」

「いや、なんでもない。ちょっと島を見回ってからもどるか」

「はい。お供いたしますぅ」


 ぼーっと胸をガン見していたら不審がられてしまった。結構な頻度でお世話になっているのでいまさらという感じだが、確かにでかいな。


 そんなサラを連れて、まずはカルサ島の広場へと向かった。元々集落があったその場所では大工衆が小屋を建てている。3棟程が同時に建築中で、まだ骨組みと床くらいしかできていないが、ローレライの誘惑から回復した大工たちも復帰して、遅れを取り戻すべく張り切って仕事をしていた。むしろ以前よりも元気になっている気もするが、おそらく気のせいではないだろう。男とは単純な生物である。


 小屋が完成すれば、とりあえず俺、ヴィエタ夫妻、テナという順で入居する予定だ。その後も大工衆自身やシクル島の女性たちの為にも必要だし、そもそも交易の為に倉庫はいくらあっても足りない。今後も大工衆には頑張ってもらおう。


「テナはどこか知っているか?」

「テナ様なら、浜辺で魔法の実験をすると言っておりましたぁ」

「そうか、行ってみるか」


 次に浜辺に行くと、テナとヴィエタ夫妻が、ドワーフのアンも加えて何やらやっていた。見ると色々な種類の杖のような物が並んでいるので、魔法杖の性能実験をしているようだ。テナが魔法杖を取り替えるたびに水魔法を使用し、夫妻はその様子をしっかりとメモとスケッチで記録していた。いちいち大げさな反応をみせる二人の前で、テナもまんざらでもない様子で魔法を披露している。最初は少し心配だったが、関係は良好そうだ。


 また奴隷なので一歩引いた場所に立っていたアンも、じっとテナの魔法を見つめていた。アンには時間がある時、ヴィエタ夫妻の世話をするように命じている。あいつはヴィエタ夫妻の研究について俺より詳しい。今後も勉強してもらって、フィズ達に提供する魔石製品の製作に活かしてほしいところだ。


「ついでにラピス達の様子も見ていくか」

「はぁい」


 続けて島の内陸に移動すると、シクル島の女性たちが鉄製の農具を手に農作業をしていた。以前、人工的に作った溜池から流れだした川に沿って、数十人規模で作業している。その中にはラピスやセレナのほか、元奴隷の少女達の姿も見えた。


「やはりクフィムがいたほうが楽そうだな」

「はい。でもあの鳥さんは大きいですから、ご主人様の御力でも運ぶのが難しそうですねぇ」

「まあこれから必要なのは間違いないから、何頭か先に仕入れておこう。リースに言って見繕っておいてくれ」

「かしこまりましたぁ」


 クフィムというのはダチョウのような大型の鳥で、南部諸島では労働力として広く使われている。このカルサ島にも連れてきたいのだが、なにぶん体長が人の倍はあるので簡単ではない。もう少しポイントに余裕ができれば、一度アスタの街に大きめの扉を開いて数頭連れてこよう。


「ラピスはよく働いているな」

「はい。ラピスちゃんは本当にいい子です。でもあの子だけじゃなくて最近はみなさん、お忙しそうですよぉ」


 アンやラピスだけではなく、他の奴隷達もみな、それぞれ仕事をこなしている。リースは朝からバフトットのところに打ち合わせに行っているし、ナスタは砂国の屋敷の留守を預かってくれている。ロルはノーラと一緒に稽古がてら魔物退治を進めてくるといって出かけていたし、アーシュはアスタの街で情報収集中だ。


「手が回らないようなら、新しい奴隷を仕入れてきてもいいが」

「そうですねぇ。一応いまのところは大丈夫だと思います。必要ならリースさんが言ってくれるかとぉ」

「そうか」


 仕事の細かい振り分けは筆頭奴隷であるリースに一任している。何かあれば言ってくるだろう。


「それじゃあ、砂国に戻ってのんびりするか」

「はぁい」


 サラは手を合わせながら、嬉しそうに返事をしてきた。



 砂国に戻ると、中庭を見渡すお気に入りの部屋で昼寝をする。お付きのサラを枕にし、屋敷にいたナスタを近くの椅子に侍らせていた。のんびりとした空気の中で、まどろみながら考えを巡らせる。


 カルサ島を開拓し始めて1ヶ月ほどが経過した。ここまでは随分とせわしなく動いた気がするが、とりあえずはこれで一段落だ。これからは交易を続けながら、各事業の進捗をみていくことになるだろう。


 ただ今後のことを考えると、時間がある時は扉を開ける場所を増やすため、これまで行ったことの無い場所に行っておきたい。向かう場所の候補はいくつか思いつくが、まず挙がるのは東方国だ。

 

 東方国という場所は話を聞く限り、西方諸国と同等か、それ以上の文明を持つ地域だ。クー国と呼ばれる巨大な帝国の中に、いくつもの小国家が分立しているという。地理的に大森林の東に位置し、南部諸島からは北の関所を越えた先にある。


 絹や茶を中心として、高価な交易品も多数存在するため一度は訪れたいと思っているのだが、これがなかなか難儀なことだということが分かってきた。


 というのもアスタの街を中心にアーシュを使って情報を集めていたのだが、クー国という国は分立する小国それぞれが法治権を持っており、小国を出入りする人々を厳しく監視しているそうだ。元々クー国内の人間ならまだしも、身分を保証するものが無い外国の商人が旅をすると面倒が多いらしい。


 面倒を避ける当てがないことはないのだが、今のところは様子見だ。もう少し情報を集めてからでも遅くはないだろう。それよりも今向かうべきなのは北だ。


「ナスタ」

「はい」


 ナスタはすぐに返事をし、ピンと猫耳と姿勢を正して椅子に座り直した。


「次は、西方諸国の北にあるヨトゥン山脈に向かおうと考えている。そのときお前とアーシュ、それにそうだな……ノーラ辺りに付き人になってもらうから、準備しておいてくれ」

「かしこまりました。しかし私は砂国のネフェル様との取引がありますので、日に一度は砂国に戻らなければならないと思います」

「基本的には休暇のつもりだ。大事な商談があるときは戻ってもいいが、それ以外はそばに居ろ。リースにも事情は話しておく」

「あ、ありがとうございます」


 休暇と聞いて、ナスタは少し嬉しそうな表情を浮かべていた。こいつはここ数ヶ月ずっと砂国での取引を担ってくれていたから、たまには旅についてこさせるのもいいだろう。本当はラピスやアンあたりにも休暇をやりたいのだが、あいつらは今かなり忙しいだろうから、また今度だ。


「ご主人様ぁ。私には休暇はいただけないのでしょうかぁ」


 サラが少し不満そうに唇を尖らせてきた。サラは帝都での取引以外は、基本的に皆の食事を用意するのが仕事だ。別の奴隷に任せてもいいのだが、旅の間ずっとサラの料理が食べられないのはさみしいな。


 彼女の頭にのっている小さな角に手を伸ばし、撫でながら答える。


「サラにはいつもおいしいご飯を作ってくれるから、とても助かっている。ありがとう」

「あ……はい。勿体ないお言葉ですぅ」


 テレテレと顔を赤くするサラに続けて言う。


「だから今回は、時間があるときに扉を使って合流するだけにしてくれ。ヨトゥン山脈とやらに行く途中には温泉もあるというし、みんなで楽しむといい」

「はい。みんなでお風呂は楽しそうですぅ」


 暗に休まずに飯を作れといったのだが、表情から見るにずいぶんとポジティブに受け取ってくれたようだ。助かった。横ではナスタがクスクスと笑っていたので、こっちは誤魔化せなかったみたいだが。


「ご主人様」


 サラとナスタと共に、のんびりとした空気を楽しんでいると、ラピスが部屋に入ってきた。農作業上がりなので泥だらけで、汗も随分とかいていた。アーシュがエルフ族は汗をかきづらいと言っていたが、ダークエルフは違うのか。


「ラピスか。ご苦労様」

「お帰りなさぁい」

「お帰り、ラピ」


 二人と一緒に迎えたが、ラピスは小さく会釈をするだけだった。少し息を切らしているのは先ほどまで働いていたから仕方ないとは思うが、なにやら様子がおかしい。


「どうした。何かあったのか」

「はい。先ほど浜辺の方で騒ぎが起きていました。そばにいたアンに状況を聞いてみると、どうもご主人様を訪ねにきた者がいるようです」

「俺を?」


 カルサ島にわざわざ訪ねに来たということは、人魚族のだれか……サルドあたりがテナでも連れ戻しに来たのか。


「サルドでも来たか?」

「いえ。それがシアンと名乗る者なのですが、ご存知ですか?」


 シアン。アスタの生贄祭の時に会ったな。たしかクー国の組合に所属する商人だ。あいつは狐獣族(ワーフォックス)のはずだから、カルサ島に来ることは難しいと思うが。


「まさか、何をしにきたんだ」

「わかりません。旅団も雇わずに数人の狐獣族とともに船できたようですが、クー国の商人と名乗ったため、テナ様が身柄を拘束したそうです。一応、ご主人様とお知り合いということで、手荒い真似はやめていただくようにお願いしております。どうされますか?」


 どうするもなにも、俺が相手をしないと人魚族マーフォークであるテナと大工衆が何をしでかすかわからない。急ぐか。


「それじゃあ会いに行こう。案内してくれ」

「はい」

「それとサラ。ロルとノーラを連れ戻してきてくれ。広場の近くにいるはずだ」

「かしこまりましたぁ」

「ナスタは普段通り、砂国に居ろ」

「はい。いってらっしゃいませ、ご主人様」



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