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80. ローレライ

80. ローレライ


 ロルとアーシュに案内されてカルサ島の浜辺にいくと、建材用の丸太に縄で縛り付けられ猿ぐつわをかまされた女がいた。薄緑色の長髪をした、肌白の美しい女性だ。蒼色の瞳と整った顔、長身の身体と尖った耳の印象などから、アーシュやラピスのようなエルフ族に似ている気がした。というか、髪の色がおかしいだけのエルフだ。


「これがローレライですか」

「あぁ。思ったよりも手強かったが、なんとか無事に捕まえれたよ」


 長槍をローレライに突きつけていたフィズが、警戒を崩さずに答えてくれた。少しでも危険な行動をすれば息の根を止めるという言葉に間違いはなさそうだ。


「ローレライは女性には手を出さないと聞いていましたが」

「こちらが襲い掛かったら普通に反撃してきたぞ。風の魔法でな」

「風の魔法ですか」


 たしかにリヴァイアサンが水の魔法を使っていたんだ。他の魔物も魔法くらい使ってもおかしくはないが。


 フィズの横にいたテナが身振りしながら進み出てくる。


「ただ残念なことに、出会った場所が湖のそばだったの。水場が近くにあるなら、私も存分に力を発揮できたわけ」

「テナの魔法で風の魔法を打ち消して、エミリアの弓にひるんだところに私が切り込み、手足をえぐって終わらせた」

「手足を? 特にけがをしているようには見えませんが」

「そりゃ治ったんだろ。魔物は息の根を止めなきゃ、時間が経てば元通りになるものだ」


 そんな性質があるのか。あまり真面目に魔物について考察していなかったから、知らないことばかりだな。


「しかしまあ、今回はテナに助けられたよ」

「ほんとー。人魚族の水魔法ってすごいのね」

「それはこちらのセリフです。お二人とも、私の知っている戦士の常識では考えられない強さでした」


 なにやらお互いに褒め合っているが、まあいい。こいつらが人外レベルで強いことなど知っている。それよりもローレライだ。


「私に話があると聞きました。猿ぐつわを外してやってくれますか」

「あぁ。そうだったな。注意しておくが、怪しいそぶり見せたら、話の途中でも殺すからな」


 フィズは強い口調で注意しつつ、猿ぐつわをといた。ローレライは息苦しかったのだろう、自由になった口を大きく開き、ふうと深呼吸をしていた。そしてキッとフィズ達を睨み付ける。


「まったく、乱暴な連中じゃな。何もせんと言うておろうに」

「何が何もしないだ。散々暴れやがって」

「うるさいぞ犬獣族ワードッグ。あれはおまえ達がいきなり攻撃してきたからじゃろうが。か弱き乙女に集団が襲い掛かってきたら、そりゃ反撃もするわ」


 なんか、思っていたのと違う感じだ。絶世の美女と言ってよい見た目をしているくせに、なんだか喋る雰囲気はガキっぽい。本当にローレライなのか、こいつ。


「お前は本当に伝説の魔物ローレライなのか?」

「伝説かどうかはしらぬが、ローレライであることに間違いはないのう」


 すんとした顔で答えられた。自称ではあるが間違いないらしい。まあそれならいい。


「いろいろ聞きたいことがある。まずは先日連れ去った人魚族の男衆はどうした」

「わしの住処にいるぞ。島の湖畔にある。昨晩は魔を搾り取ってやったが、まだ全然無事じゃろうよ」

「魔を搾り取るというと?」

「そりゃあ男から絞りとるものなど、一つしかないじゃろうが。貴様は童貞なのか?」


 どうやらイロイロとされたようだが、生きているならよかった。尋問が終わったら救出に向かわせよう。


「シクル島には、お前以外に危険な魔物はいるか」

「別にわしは危険でも何でもないが。ただまあ、どうせ食い残しの連中くらいしか残っておらん。わしを捕らえるようなこいつらなら、セックスしながらでも倒せるじゃろう」

「そうか。それならテナ。悪いがこの後、救出に行ってくれるか」

「えぇ。セックスしながらは無理だけどね」


 テナが冗談っぽく言う。わざと無視しているんだ。そこは拾わなくていい。


「それでローレライ。扉を作った術者に用事があるとか聞いたが」

「そうじゃ。お前みたいな童貞じゃあ話にならん。さっさと術者を連れてこんかい」

「ここにいるだろうが。さっさと用件を話せ」

「なに? こんな魔のかけらも感じない短小男があの扉を開いたというのか。信じられん」

「残念ながら、俺が術者だ。今ここでお前を砂漠にでも送ってやってもいいんだぞ」


 どうやら俺には魔のかけらも感じないらしい。ということは魔法使いの才というものもないのだろう。仕方が無いので近くに扉を開いてみせると、ローレライは不本意そうにうなずいてみせた。


「驚いた。確かに魔は感じないのだが、お前が術者なのか。残念だのう」

「どういう意味だ」

「昔の恋人に会えるかと、一瞬だが思っただけじゃ。気にするな。もう用事は済んだ。さっさと犯して、肉奴隷にでもするがいい」

「昔の恋人が、この扉と関係があるのか?」

「同じようなものを作ることができたというだけじゃ。ただもう1000年以上も昔の話。神獣化したわしとは違い、奴は短小男だったからな。のたれ死んだのじゃろう」


 話がいちいち要領を得ないな。ところどころ差し込まれる下ネタも面倒くさいし、随分とあくが強い奴だ。


「よくわからんが、お前はもしかして元々人間、というかエルフだったとか?」

「こんな美人がエルフでないわけがなかろう。我の名はイクシオン・ローレライ・ルート。昔は大森林に住んでいた、由緒正しきエルフ族じゃ」

「えっ……」


 後ろにいたアーシュが驚きの声をあげた。そういえば、アーシュの元々の名前がそんな感じだった気がする。


「アーシュ。何か知っているのか」

「あ、はい。イクシオンとは私の族名でした。ルートという家名は聞いたことがありませんが」

「そりゃそうじゃろう。ルート家は当主のわしが里の男を食い過ぎたせいで、里を追放されたからな」


 何をやっているんだか。割とひどい追放理由だな。しかしそうなると、扉を作った恋人というのはあれか。


「それじゃあエルフの里にあるという扉を作ったのが、お前の言う恋人か」

「扉が残っておるのか?」

「あぁ。そこのアーシュが言うに、エルフの隠れ里にはこの扉と似たようなものが残っているそうだ」

「ほんとうか、小娘。その扉はどこに繋がっている」


 ローレライが顔を向けて質問すると、アーシュは少し恐縮しながら答える。


「あ……はい。はるか昔から、大聖樹につながっていると聞いております」

「大聖樹? あぁ、ガイアの樹か。しかしそれじゃあ、やはり死んでいるようだ。あの男が作る扉は持って一か月程度の代物だったからな」

「どういう意味だ?」

「今も残っているということは、自らの命が途絶えた時に固定されてしまったのじゃろう。まあ魔法が死後にも残り続けるなどよくあることだ。それよりも行き先がガイアの樹とは滑稽じゃな」

「なぜだ。聖地なんだろう?」

「いや? わしがいたころは、あそこは男女が逢引きするためによく使われる場所だったぞ。景色は良くて魔物もおらず、水場も近かったからな。おそらくわしとの情熱的なセックスが忘れられなかったのじゃろう」


 いや、普通に別の女を連れ込んでいただけじゃないのか? と思ったが、まあ黙っておこう。どうでもいい話だ。アーシュの奴も、そんな話は知りたくなかったとでも言いたげな微妙そうな表情をしているし。


 とにかくわかったことが二つある。一つは俺の扉はエルフの里にあるという扉と似ているようで、別物の可能性が高いということ。なぜならこれまで1年近く前から扉を作ってきたが、時間経過で消え去ったことは一度もないからだ。


 そしてもう一つは別物なので、俺が死んでも扉が残り続けるかどうかはよくわからんということだ。まあとりあえず死ぬ予定はないのでどうでもいいが。とにかくローレライの用事は済んだらしいし、こいつの処遇を決めないとな。


「フィズさん、こいつ、どうしたらいいと思いますか」

「そりゃあ、さっさと殺すべきだろう。あそこまでの力を持つ魔物だ。神獣核にして売り出せば、いい値段が付くだろうよ」

「あら、やっぱり殺しちゃうの? 意思疎通もできるし話も面白いし、しばらくこのままでもいいんじゃない?」


 そう言ったのはエミリアだ。続けてヴィエタがワクワクとした表情で言ってくる。


「私たちとしては、ぜひこのまま生かしておいていただきたい。色々と聞いてみたいことがあります」


 確かにこいつは1000年以上前の記憶も持っている魔物だ。研究対象としてはかなり興味深いだろう。だが生かしておくリスクは結構でかい。


「ローレライは風の魔法を使うそうですが、加えて男を連れだす呪いの歌もあるし、島に女しか生まれなくする呪いもあります。シクル島に置くなら、扉を使用できないように拘束する必要がある。それでも力ずくでやってこないとも限りません」

「待て待て。確かにテンションが上がって歌いながら男を誘惑することはあるが、呪いの歌などではないぞ。女しか生まれなくする呪いなどもかけていないし、濡れ衣じゃ」


 そういうが実際に連れ去られているし、男も生まれないのだ。無自覚に何かしているのだろう。やはり殺して魔核にしてしまうのがベターか。


 そういうと、エミリアがフィズに向かって話しかける。


「実際のところ、あの力は戦力にならないかしら。フィズ」

「利用できればな。ただ常に逃げ出さないよう見張るのは面倒だぞ」

「そこは交渉次第でしょ。ねえローレライさん?」


 怪しい瞳で語り掛けるエミリアに、ローレライは共感する何かを感じ取ったのか、ニヤリと笑った。


「聞こう」

「話を聞く限り、あなたって別に男を殺さなくても生きていけるんでしょう」

「そうじゃな。わしは精と一緒にその者のもつ魔を得ている。だが魔なぞ本来、人には不要なものだ。我が頂いたところで死になどせぬ。これまで我が連れ込んだ男も勝手に自殺したり、休まず搾り取っておったら餓死したりしたりがほとんどじゃ」


 どうも男を殺すというのは、捕まえてきた男の世話をしないからのようだ。食い散らかすだけで計画性というものがないのだろう。


「それなら、男の件はリョウ殿にお願いすれば問題ないんじゃない」

「いえ、私は間に合っていますので」


 確かに美人だが、こんな危険なやつを相手にするのはごめんだ。そう思って即お断りしたのだが、エミリアは苦笑いをしてみせる。


「そうじゃなくって、あの扉を使って男がいる街に連れていく約束でもすればいいってこと。それを条件に私たちのギルドに参加してもらうっていうのはどう?」

「逃げたらどうするんだよ、そんなことして」


 横からフィズが至極まともなツッコミを入れる。しかしエミリアはにっこりと笑って答えた。


「その時は、あなたが追いかけて息の根を止めるのよ。フィズ」


 どうやら本気のようだ。フィズのほうも、まあそうだなといった様子でうなずいている。普通に自信はあるようだ。彼女はローレライに向き直って質問した。


「どうだ、ローレライ。逃げたら殺すが、力を貸す気はあるか?」

「男を用意してくれるのじゃろう? それなら願ってもない。なんでもするぞ。シクル島には全然男がいないから、いつも困っていたのじゃ」


 まったく、伝説の魔物が聞いてあきれる。男を与えればなんでもいいらしい。ただまあ力を貸してくれるなら有益なことに間違いないだろう。本当に男を与えていれば無害なのか、しばらく観察する必要はあるだろうが。


「ということだリョウ殿。こいつは私が預かって、使えるようならギルドに参加させてみる。危険性について何かわかれば報告するよ」

「わかりました、フィズさん。くれぐれも気をつけてください」

「任せておけ」


 結局ローレライはフィズ達の監視の下で、生かされることになった。彼女たちは女だからあまり危機感が無いのかもしれないが、正直なところ男としてはかなり怖い。カルサ島や砂国の屋敷には連れて来ないようにお願いしておこう。


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