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8. 化物

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 その日の午後。先日仕入れた茶を楽しもうとお湯を沸かしていると、ドアをドンドンと叩く者がいた。誰だと思いつつも玄関に向かう。


「はい」

「リョウ殿。ランカスター商店のジェフトットでございます」

「あぁ、ジェフトットさん」


 知った声に安心しドアを開けた。するとそこにはジェフトットのほかに、もう一人の妖精猫族ケットシーがいた。


 吸い込まれそうなほどに黒い瞳と、ぴょんと跳ねた金髪。ユーモラスな印象を受ける猫耳と猫髭のわりに、妙な存在感のある男だった。


 まずはジェフトットが用件を告げる。


「リョウ殿。先日言っておられた御仁のことがわかりましたので、伝えにきました。この住所にお住まいのようです」


 メモを手渡された。書かれている住所は見てもよくわからなかったので、後で調べることにしよう。


「これはわざわざ、ありがとうございます。こんな場所ではなんですので、良ければお茶でも一杯いかがでしょうか。お連れの方もぜひ」

「ありがとうございます。しかしこの後は用事がありまして、すぐに商店に戻らなければなりません」

「それは残念です。ぜひお礼がしたかったのですが。それではお代だけでも――」

「お代は結構ですので、代わりにこちらの者の話を聞いていただけないでしょうか」


 そう言ってジェフトットは連れの肩を叩いた。金髪の妖精猫族ケットシーが進み出る。


「バフトットと申します。リョウ殿、先日の小麦の取引では当商会をご利用いただきありがとうございました」

「こちらこそ。えっと、ランカスター商店の方ですか」

「紹介いたします。ランカスター商店が当主、バフトット・ランカスターでございます。私の息子でもあります」

「息子さんでしたか。当主なのですね。随分とお若い」


 ジェフトットはそこまで年を取っているように見えないのに、もうこの息子に家督を譲っているのか。バフトットという男は獣人だから歳は分かりづらいが、すくなくとも20代には見える。


「リョウ殿。それでは申し訳ありませんが、私は失礼いたします」

「わかりました。またこのお礼はいつか必ず。それではバフトットさん。どうぞ中へ」

「お邪魔します」


 バフトットを招き入れる。応接間には家具がないので、居間のテーブルに案内した。沸かしていたお湯でお茶を入れ、カップに注ぎ分ける。


「どうぞ。初めて淹れたもので、お口に合うかどうかはわかりませんが」

「ありがとうございます……これはクー国産の茶ですか」

「ちょっとした贅沢です。先日の取引では稼がせていただきましたから」

「こちらこそ良い取引でした。ところでリョウ殿、その小麦売買の際にミクリアが戦場になるとおっしゃっていましたよね。それについて、詳しくお話を聞きたいのですが」


 当主がわざわざ来るから何事かと思ったら、なんだその話か。


「ミクリアの話ですか? ジェフトットさんにも話しましたが、あれは人から聞いた噂話ですよ。確証なんて何もない」

「今朝、コーカサス国がバラン国に攻め入ったという情報が入りました。進軍先はミクリアです。すでに今頃、ミクリアは包囲されているでしょう」


 俺の言葉をさえぎるようにバフトットが言った。まじで戦場になったのか、あの街。逃げといて正解だったな。


「戦況までは不明ですが、兵糧の面でバラン側が苦しいでしょうな」

「バラン国は今年、不作でしたからね」


 となると、現状ミクリアの商人の予想通りに事態が動いているということか。ここから儲けられるかどうか、あの商人の力が試されるな。


「はい。リョウ殿にお聞きしたいのは、今回の戦争についてなにか知っていることがあれば教えてほしいのです。もちろん、謝礼は用意しております」


 そう言って金貨1枚を机の上においた。どうやら情報を知りたいということだ。話を聞かせてもらう為に金貨1枚というのは少し高すぎる気もするが。ただまあ先日取引しただけの行商人に自ら情報収集に来るとは、随分とフットワークの軽い当主だな。


 まあ別に大した話ではない。市場に作った扉とは関係なさそうだし、答えてもいいか。


「ミクリアの小麦商と取引しているときに『ミクリアが戦場になるから小麦を買い占めようとしている。だから在庫をすべて売ってもらえないか』と持ち掛けられたのです。結局私はその提案を受け、ミクリアに保管していたすべての小麦を売った後、ブルーレンに逃げてきたわけです」

「なるほど……」


 バフトットは納得したようにうなずき、そしてにこりと笑った後、言った。


「やはりあなたが、市場の穴を開けた魔法使いなのですね」










「なっ……」


 あまりに唐突な指摘に、思わず言葉を失ってしまった。しかしその反応を見て、バフトットは確信を深めたようだった。


「どうやら当たりのようだ」

「……」


 この男、どうして……いや、もしや昨日、石碑の前にいたところを見られていた? 見られていたとしても石碑の前に居たのは一瞬だし、扉を設置したのはその日の夕方だ。それだけのことで判断されるわけがない。しかし――


 黙っていると、バフトットは懐から小袋を取り出し、それを丁寧な手つきで机の上に差し出してきた。


「リョウ殿。こちら、金貨100枚となっております」


 何を言っている、こいつ。一体何を企んでいやがる。


「警戒されるのもわかります。しかし二つだけ、伝えたいことがあります。一つは今回の件、私以外だれもあなたの正体にはたどり着いておりません。ランカスター商店の人間はおろか、わが父ジェフトットもです。そしてこれからも気がつく者はいないでしょう。そして二つ目、私はあなたが魔法使いであることを絶対に他言しないことを約束いたします。その誠意としてこの金貨100枚を献上します。お受け取りください」


 つまり今回の訪問はランカスター商店としてではなく、バフトット個人の判断ということか? この金貨100枚も?


「……何が目的ですか?」

「リョウ殿にバフトット・ランカスターという名前を覚えていただきたいだけでございます」


 バフトットは微笑を浮かべたまま立ち上がり、優雅に一礼をして答えた。


 ……そうか。そういうことか。


 どうやって扉と俺を結びつけたのかはわからない。だがこいつは最初から確信を持って俺に会いに来た。そして俺が能力を使って交易する際に、自分の商店を利用するよう売り込んできたのだ。


 もしも俺の能力を利用した交易すべてを、自分の商店で仲介することができたら、たしかに良い儲けになるだろう。こうして表だって協力を申し出てこないのは、へたに取引内容を強制するより、泳がせておいたほうが扱いやすいということか。


 つまりこいつは、俺とこの能力『扉の管理者』に投資しにきたのだ。言い換えれば――


「奇貨居くべし、ですか」

「なんと?」

「古いことわざです。『珍しいものを買っておけば、後で大きな利益になるはずだ』という意味でしょうか」

「……」


 バフトットの貼り付けたような笑顔が少しだけ崩れた。少しはカウンターパンチになってくれたようだ。ざまあみろ。


 ただ、俺にできる反撃はこれが限界だ。どうやらこの話し合い、最初から俺の負けみたいだからな。


「バフトットさん。お名前は覚えさせていただきました。もし今後、重要な取引(・・・・・)がありましたら、ランカスター商店を利用いたします」

「ありがとうございます」

「ただし取引の際にかかわる人間は、必要最低限にしていただきたい。この意味は、お分かりですよね」


 バフトットはにっこりと笑ってみせる。


「もちろんでございます、それではご連絡、お待ちしています。お茶もごちそうさまでした」


 バフトットはそう言って席を立ち、丁寧に礼をして玄関へと向かう。それを見送る際に、一つだけ聞いてみた。


「どうして私だと思ったんですか?」


 その問いにバフトットは、子供のように無邪気な笑顔を浮かべて答えた。


「数日前のオセチアに、毎日のように小麦を宿に買って戻る奇妙な行商人がいたそうですよ」


 それだけ言って、バフトットは帰っていった。


 バフトット自身がオセチアにいたわけではないだろう。おそらく小麦を毎日仕入れて宿に持ち帰っていた俺の噂を、どこかで聞いただけだ。しかしあの男はその噂と俺とを結び付け、さらにミクリアの商人と取引していたという俺の発言とも組み合わせて、市場にできた扉の製作者が俺だと推理してきたのだ。


 あり得ない話ではない。だがどれか一つでもピースが足りなければ無理だし、そもそも扉ができてまだ一日も経っていない。それなのに奴は答えにたどり着きやがった。


 こんな芸当、普通の人にできるはずがない。できてたまるものか。 


 あれは化物――俺みたいな能力に頼った凡人ではなく、本物の天才なのだろう。

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