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79. 歌

79 歌


 ナスタが報告してきた緊急事態とは、今朝から人魚族の大工数人が行方不明になっているというものだった。昨日からずっとギドの村と竜の巣を往復していたため、俺に伝えるタイミングが無かったようだ。


「なにがあった」

「テナ様によれば昨夜、不思議な歌が聞こえたそうです」


 不思議な歌だって、まさか――


「ローレライの仕業か?」

「リースさんはその可能性が高いと言っていました」


 シクル島に住まうという伝説の魔物ローレライ。島にやってくる男を不思議な歌で誘惑し、島の奥に連れ去って殺すという。おそらくシクル島とカルサ島をつないだ扉からやってきたのだろう。


 しかし、なぜ今更なのだろう。以前から砂国の倉庫とシクル島の小屋とをつないでいたはずだが、音沙汰はなかった。てっきりシクル島から出られない類の魔物だと思っていたが。


「ヴィエタは無事か」

「はい。扉から離れた場所のテントに居たため歌も聴いていないそうです」

「そうか。それなら連れされたのは大工衆だけか。正確には何人連れ去られた」

「4人だとテナ様はおっしゃっていました」


 4人、約半分だな。それだけの人数がいなくなるとさすがに仕事に差し支えるだろう。しかし助けに行くとすればシクル島の奥地に乗り込む必要がある。どうするべきか。


「なんだい、そのローレライっていうのは」


 ナスタから受けた報告の対応に考えを巡らせていると、フィズが割り込んできた。


「簡単に説明すると、砂国に住まう伝説の魔物です。現在私が拠点を作っているカルサという島に、扉を使って侵入してきたようなのです」

「面白そうだな。詳しく聞かせてくれないか?」


 興味津々といった様子のフィズ。この調子なら、救出依頼を受けてくれるかもしれない


「ローレライはシクル島に生息する、男のみを狙うといわれる変わった魔物です。島に女しか生まれない呪いをかけると同時に、訪れる男を夜な夜な連れ去り殺してしまうそうです。シクル島はそのせいで女しか住んでいないという変わった島なのです」

「ん。さっき言っていたカルサ島とやらとは、別の島のことなのか?」

「はい。カルサ島というのは南部諸島のレバ海にある島で、私はそこで人魚族の男たちを大工として雇っていました。一方でローレライのいるシクル島の住人をカルサ島に移住させるため、二つの島を繋げる扉を設置しておいたのです」

「なるほど。そうしたらローレライも扉を使って移動してきたということか」

「はい。以前からこの倉庫とシクル島とは繋いでいたので大丈夫かと思ったのですが」


 倉庫からシクル島へつながる扉に視線をおくると、ローレライが侵入できた理由に気がついた。ここの扉はどちらの入り口も屋内に設置してあるから、ローレライは使用できなかったようだ。おそらく今回、シクル島からカルサ島への扉を野外に設置したのがまずかったらしい。人里なら大丈夫だろうと思って油断した。


「フィズさん。もし良ければローレライの討伐と、連れ去られた大工たちの救出を頼まれてくれませんか」

「構わないよ。出資者様のご依頼だからな」

「いえ。これは新ギルドとしての仕事ではなく、個人的な依頼でして……」

「どっちでもいいさ。だけど、ちょっと戻ってエミリアも連れてきていいか。そんな面白そうな話、黙っていたら後で怒られてしまう」

「構いませんが、竜の巣の野営地は大丈夫ですか」

「ギド爺さんにはしばらく留守にするから、来ないように注意しておくさ」

「そうですか。それなら是非、お願いします」



 カルサ島に戻り、浜辺近くの岸壁に設置したシクル島へと繋がる扉に行くと、テナとラピス、それにシクル島の住人であるセイラが待っていた。


「ローレライが出たそうだな」

「えぇ。私もローレライとやらについて、今この子達から聞いたところ。そんな魔物がいる島と扉をつないでくれるとはね」


 憤慨して唇を尖らせるテナに、ラピスとセイラは恐縮した様子だ。彼女達のせいではないが、シクル島の魔物の仕業なので立場が良くないのだろう。


「まさか人里のど真ん中にある扉を使ってくるとは思ってなかった。悪かったな」

「それで、どうするつもりなの? まさか放っておく気?」

「いや、こちらの方々に救出と討伐を頼むつもりだ」


 そう言って、連れていたフィズとエミリアを紹介する。


「冒険者のフィズさんと、同じく冒険者のエミリアさんだ」

「フィズだ。よろしく。見たところ人族ではなさそうだが」

「イスト・テナと申します。私は人魚族マーフォークで、今はリョウ殿に島の護衛として雇われています」

「人魚族。初めて聞く種族ね」


 エミリアは興味津々といった様子でテナを見つめていたが、テナは気にせず俺に向かって言う。


「救出にいくのなら、わたしもついていっていいかしら」

「そうだな……フィズさん。よろしいですか?」


 一応フィズにお伺いとたてると、フィズはテナをジロジロと見つめ返してから質問した。


「護衛といったが、戦えるのか?」

「はい。海の傍でなくても、ある程度は水をつくりだせますので」

「水をつくりだす?」


 言っている意味が分からないと顔に書いてあったフィズに、俺から補足する。


「言い忘れましたが、こちらのテナは水の魔法使いです。先日リヴァイアサンと呼ばれる巨大な魔物も倒したほどの使い手ですので、腕は保証しますよ」

「ほう。魔法使いか。珍しいな」


 フィズが力を見せて欲しいと言って、魔法でなにかするよう要求してきた。テナがそれに応じて水の塊を作り出し、地面に投げつけて穴を開けてみせると、フィズは感心した様子で頷いた。


「確かに魔法のようだ。それなら問題ない。よろしく頼む、テナ殿」

「はい。よろしくお願い致します」

「リョウ殿。できればもう少し戦力が欲しいのだが、ロルかアーシュを借りてもいいか?」

「えぇ。どちらかといわず、二人とも連れていってやってください」


 二人ともフィズたちに比べると戦力は落ちるが、戦えないことはないだろう。ローレライがどれほどの魔物かは知らないが、いい経験になるはずだ。




 フィズは結局、エミリアとテナ、それにロルとアーシュもつれてシクル島へと向かった。まさかやられることはないとは思うが、すれ違いでカルサ島に来られても困るのでヴィエタ夫妻と共に砂国の屋敷に避難しておいた。人魚族である大工衆の残りは、海を渡って近くの島に避難してもらっている。


「最近は驚くことばかりです。こんな屋敷も持っておられるとは」

「今回は事情が事情なので、一時的にきてもらっただけなので悪しからず」

「えぇ、わかっております。しかしここが砂国ですか。カルサ島とはまたずいぶんと離れた場所ですな」


 ヴィエタが窓の外の太陽を見ながら言った。なんだろうと思ったが、時差のことを言っているようだ。確かに先ほどカルサ島では夕方近くだったが、砂国では正午過ぎだ。


「おっしゃる通り。こことカルサ島とでは大砂漠を通って半年は旅をしなければならない距離にあります」

「私も国によって日の長さが違うという話を聞いたことがあります。リョウ殿の扉を使うとそれをはっきりと実感できますね」


 こちらはヴィエタ夫人の言葉だ。確かに扉で行き来するたびに時差を感じることは少なくない。しかし実際のところ、これまで時差に困ったことはない。


 一番離れている西方諸国とカルサ島でさえ、感覚的にはたかだか数時間程度しか違わないし、そもそもこの世界の人々は随分と大雑把な時間の流れのもとで生活している。例えば正午に会う約束をしていれば、太陽が高いうちに会いに行けば問題ないので、それほど細かく時間を意識しなくてもよいといった感じだ。


 しかし時差についても知っているとは、ヴィエタ夫妻の知識には恐れ入る。


「二人とも素晴らしい博識だと感心いたします。どこでそのような知識を身に着けたのでしょう」

「帝都の貴族学院ですよ。我々はそこの卒業生なのです」

「というと、まさかお二人とも貴族なのですか?」

「だった、というべきですな」

「昔の話です」


 二人とも、あまり話したくなさそうな雰囲気だ。視線をそらし、口を閉じてしまった。帝都に屋敷を持っている時点で上流階級だとは思っていたが、元貴族とは。まあしかし、色々と事情があるのだろう。


 空気を察してそれ以上何も聞かずにいると、ヴィエタのほうから話題を変えてきた。


「しかしローレライ、伝説の魔物ですか」

「えぇ。伝説というだけで、実際にどれだけの力を持つのかはわかりません。無事に帰ってきてくれるといいのですが」

「リョウ殿はどうして魔物が出現するのか、知っていますか」


 ヴィエタからの唐突な質問に、とりあえず首を横に振る。


「いえ」

「これには諸説あるのですが、私は生物を媒体に魔素が結集したものだと考えています」

「魔素……ですか」

「えぇ。魔素とはそこら中にありますが、空気のように我々には見えない物質だと考えられています。これが生物を媒介に結集して魔物となるのです。そして魔物が残す魔核とは、魔素が元の生物の魂と結合して結晶化したものだと私は考えております」


 この世界では基本的に、魔物というものは魔核を残すもののことを指す。生物と明らかに異なる点は死亡したら魔核だけが残り、あとは何も残さない点だ。その説明としてヴィエタの言っている話は、なんとなく納得できる。


「魔物は元々、普通の生き物だったということですか」

「そういう説もあるというだけです。実際には魔素の存在も含めて、何もわかっていません。まさか魔物にどうやって生まれたのか聞くわけにもいきませんからね」


 魔物に聞くか。もしも喋れる魔物と意思疎通が取れるとしたら、その辺りのことも何かわかるかもしれないな。


「以前、テナとその兄であるサルドが倒したリヴァイアサンという魔物は、人間の言葉をしゃべっておりました」

「ほう。人の言葉を解する魔物ですか。存在するという話は聞いたことがありますが、お目にかかったことはありませんな」

「もしそのような意思疎通できる魔物と話せれば、先ほど仰っていた魔物の由来もわかるかもしれません」

「そうとは限らないでしょう。人が生まれた時のことを覚えていないように、魔物も自分が生まれたときのことなど覚えていないと思いますよ」


 俺の考察にカエラ夫人が反論してきた。まあ、それもそうだなと納得しかけていると、今度はヴィエタが夫人に言い返す。


「しかしだカエラ。ニズ国に伝わる伝説では、謀殺されたオルトウィーン王子がドラゴンとなって復讐するという話もある。もとは人間だった魔物が復讐したということは、記憶を持ったまま魔物になった証拠だ」

「それはそうですが、あくまでも伝説です。たまたま王子が死んだ直後にドラゴンが襲来しただけかもしれません。そのドラゴンが王子と同一の存在だったと、どうやって判断するのですか。そもそもその伝説の出典であるニードリグ叙事詩には疑問も多く――」


 二人はそのまま議論を白熱させていった。はっきり言って俺にはついていけない領域だ。適当に聞き流しつつ、砂国産の麦茶を飲んでフィズ達が帰って来るのを待った。



 やがて砂国でも日が暮れ出した頃、フィズ達が戻ってきたと、リースが報告してきた。さっそくヴィエタ夫妻と共に、扉のある倉庫へと向かう。するとフィズと一緒に出ていたはずのロルとアーシュが迎えてくれた。


「お前たちだけか。どうなった」

「島の湖でローレライを見つけて、みんなで捕まえました!」


 ロルの元気な様子には安心するが、捕まえたとはどういう意味だ。


「捕まえた? 倒してないのか」

「実はローレライが、扉の術者に会わせろとごねているのです」


 アーシュが少し困惑した様子で伝えてくれた。俺に会いたいか。そんな要求してくるということは、ローレライもリヴァイアサンと同じく言葉を操る魔物なのだろう。どうするか。


 先ほどのヴィエタ夫妻の考察もあるし、俺に会いたいという理由にも興味はある。しかしこのままほいほい行くのもどうなのだろう。


「歌とやらで連れ去られてしまうんだろう? 危険じゃないか」

「それらしき行動をした瞬間、フィズ様が息の根を止めるとおっしゃっていました。おそらくは大丈夫でしょう」


 アーシュが言うに、フィズの奴もさっさと殺そうとしたそうだが、エミリアとテナが止めて拘束するだけにしたらしい。3人のうち2人が大丈夫だと判断したのなら、会いに行ってみるか。


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