78. ギルド
78. ギルド
結局、二人が戻ってきたのは夕方近くになってからだった。あまりに暇すぎて、ギドに許可をもらって温泉に3回ほど入浴したくらいだ。まあ俺たち以外誰もいなかったので、ロルとアーシュ、それにアンとの混浴をゆっくり楽しめたので良かったが。
迎えに来たフィズに連れられ、竜の巣の野営地に再びやってきた。二人はパイルバンカーと防火の盾をそれぞれの手に抱え、狩りの成果をみせてきた。
「思ったより遅くなって悪かったな。これが使用料ってことで許してくれ」
手渡してきたのは朱色の魔核だった。数は4つで、大きさは野球のボール程度。どうやらワイバーンの魔核らしい。
「4体も倒されてきたのですか」
「この防火の盾のおかげで随分と楽に狩れた。なあエミリア」
「えぇ。これがあれば打ち放題だったわ」
どうも防火の盾に隠れることで、エミリアが上空からの火の息を気にせず狙いをつけることが可能になったらしい。そうなるとワイバーンも厄介な弓から倒そうと急降下を仕掛けてくるのだが、そこをフィズが待っていましたとばかりに襲い掛かっていったそうだ。
「それにこのパイルバンカー。思ったよりも威力があるな。ワイバーンの頭蓋に一発で穴をあけやがった。私には重すぎて扱いが難しいが、上手く当てる個所を選べば即死させられるっていうのはでかい」
「ほんと。ワイバーンの頭蓋なんて、私の矢でも貫けないのよ。鉄鎧くらいは貫通するはずなんだけどねー」
軽く言っているが、鉄鎧を貫通する矢というのはとんでもないことだと思う。ランク5というのは伊達ではないらしい。
しかしパイルバンカーにそれ以上の威力があるというのは朗報だ。アンも後ろで小さく微笑んでいるから、喜んでいるのだろう。
「それはよかった。我々といたしましても、優秀な冒険者の方々にそう言ってもらえると嬉しいです」
「あぁ。まだこれらって試作品なんだっけ。完成したら買うから、教えてくれ」
「ほんと。できればすぐにでも売ってほしいわ」
そう言って二人がパイルバンカーと防火の盾を差し出してくる。しかしそれを受け取らず首を振る。
「こちらは二つとも、お二人に差し上げます」
「本当か?」
「さすが、あなたならそういうと思っていたわ!」
現金なことを言いながら抱きついてこようとするエミリアを落ち着かせながら、話を続ける。
「その代わりですが、本題を聞いていただきたい」
「おー。そう言えばまだ話の途中だったな。こいつらをくれる礼だ。何でも聞いてやろう」
「一夜くらいなら、好きにしても構わないわよ」
そう言ってしなりを作って見せるエミリアをみて、フィズが慌てて言う。
「エッチなのは無しで頼む」
「あはは! フィズって相変わらずよね。顔もスタイルも悪くないんだから、男遊びの一つくらいすればいいのに」
「大きなお世話だ……」
殺意を持ってエミリアを睨み付けるフィズ。なにやら俺を置いてけぼりで会話しているが、今は真面目な話がしたいのだ。ごほんと咳ばらいをし、二人の注意を引き戻す。
「私は帝都の研究者であるヴィエタ夫妻と、ここにいるドワーフのアンと共に、このような一風変わった魔物討伐用の魔石製品を開発しています。そこで提案なのですがフィズさん。これらの魔石製品を優先して提供しますので、竜の巣を攻略するギルドを設立してみませんか?」
「なんだって?」
俺の提案に、フィズは変な声を上げた。たしかにいきなり言われると唐突に聞こえるだろう。
「ギルドというと冒険者ギルドみたいなものか?」
「えぇ、そうです。私が知っている冒険者ギルドというものは、魔物の討伐と護衛の依頼、それに魔粉末のための魔核収集が主たる事業です。しかしこれらの仕事は基本的に人の生活圏の近くでしか行われない。つまり竜の巣を始めとする三大魔域など辺境への探索や討伐依頼はほとんど出ていないはずです」
西方諸国にある冒険者ギルドでは、魔物に関する全般の仕事を取り扱う。フィズによると三大魔域の攻略は最大の目標らしいのだが、現実的には今言ったように街の近くでの依頼が主体で、秘境の探索や未開の地での魔物退治などはほとんど行われていない。
理由は単純に、そんなことに金を出すスポンサーがいないからだ。冒険者ギルドの主な出資者である国家や自治体は領内とその周辺の魔物を討伐してもらえれば十分だし、護衛は街や街同士を結ぶ間でしか必要とされない。そして魔粉末のための魔核についても、タタール周辺のもので十分なのだからそれ以上強力な魔核は必要とされていないのである。
そうなると、三大魔域を目指そうとするフィズのような実力者がいたとしても、今回のように冒険者ギルドを通さず自主的に活動するしかない。これは非常にもったいないことだし、逆に言えば商機だろう。
「新ギルドの構成員には、三大魔域へ挑戦するために必要な援助を受けることを約束します。報酬の保障、街と行き来するための扉の使用権、そしてさらに先ほど説明したように魔石製品の提供などを考えております。その代わりに得られる魔核や探索結果は私に優先的に売っていただき、さらに活動地域も限定します」
早口にならないように意識しながら説明を続ける。フィズとエミリアは一言も発せず、真剣な表情で聞いていた。
「最初はこの野営地とギドさんの村を拠点に、竜の巣を攻略してもらいます。ゆくゆくは大森林、暗黒大陸にも展開していただくことになるでしょう。そしてこれが重要なのですが、このギルドの人材はフィズさん、あなたに選んでいただきたい」
「私が?」
「えぇ。正確に言うと、あなたとあなたが認めた実力者によってのみ構成されるギルドであって欲しいのです。最低限ランク5の実力相当をもつことは必須条件としていただきたい」
冒険者ギルドにはランクという称号が存在する。これは栄誉の称号というよりも、育成・成長のためのシステムと言った方が良い。このランク付けによって多くの冒険者が段階を追って実力を磨き、魔物を倒すノウハウを獲得していくことができるが、一方で最大ランクであるランク5より上の強さは必要とされていないという意味でもあるからだ。
しかし今回作るギルドでは。ランク5以上の戦力が必要となるし、それ以下の戦力は不要だ。目標は三大魔域の攻略それのみであり、加入する者はモチベーションの高い真の実力者だけであるべきだろう。
「つまり、三大魔域の攻略を本気で目指している実力者を集めてこいということか」
「その通りです。心当たりがどれほどいるかは存じませんが、最大でも10人程度まででしょうか」
「あはは。そんなにはいないさ。エミリア以外だと、そんな酔狂な奴は数人しか知らない」
「結構です。その方に先ほど言ったような条件で新ギルドに参加してくれないか、連絡を取ってくれませんか」
フィズはにやりと笑みを浮かべたが、しばらくはそのまま何も言わずにいた。しかしやがて、くっくと声をあげて笑い出す。
「ふふふ。三大魔域を攻略するためとはいえ、冒険者ギルドの代わりに新ギルドを作るなど、とんでもないことを思いつくな」
「まあ新ギルドといっても大々的に宣伝するわけでもありませんから、好きな名前を付けてもらっても構いませんよ」
「いや、いいだろう。ギルドと名乗ったほうが気分も乗るし、他の連中も誘いやすそうだ。その話、受けさせてほしい」
「ありがとうございます」
「それじゃあ、私がギルドリーダーだな」
「私は副リーダーね」
あっさりと言ってきたエミリアに、フィズが少し苦い顔をして見せる。
「お前をギルドに入れるとは一言も言っていないが?」
「何を馬鹿なこと言ってるの。私が参加しないで誰が参加するわけ?」
「ふ、冗談だ」
フィズがくすりと笑ってみせる。実力的にもモチベーション的にも、エミリアが参加するのは当然だろう。他にもこのエミリアのような実力者が集まってくれることを期待しておこう。
「当面は私とエミリアでワイバーン狩りを進めることにして、各地の有望な奴には手紙でも書いて、連絡を取っておくよ」
「もし直接説得に行くのでしたら、扉を使ってお手伝いしますよ。どこへでもというわけにはいきませんが、ある程度場所を選べば移動できます」
「そうか。それなら一人、すぐにでも声をかけたいやつがステラ国にいる。おそらくこいつをこの世で一番うまく使える奴だ」
そういってパイルバンカーを指さす。この特殊な武器をうまく使えるとはどんな人物なのか、気になるな。
それはともかくステラというと西方諸国の西端だったはず。そこまでは行ったことはないのでブルーレンで許してもらおう。
「申し訳ございません。ステラには扉を開けません。ブルーレンまでならすぐにお送りしましょう」
「それじゃあ、頼む。エミリア、悪いがしばらく留守にするぞ」
「はいはい。お土産よろしくねー」
軽い調子で手を振るエミリアに見送られ、俺はフィズと共に竜の巣を後にした。
◆
フィズを連れて、砂国の倉庫に戻る。そのままブルーレンの拠点に向かおうとしたら、倉庫で猫獣族のナスタが待ち構えていた。猫耳をヘタリと倒し、少しほっとした様子で声をかけてくる。
「ご主人様、戻られましたか」
「あぁ。これからちょっとフィズさんをブルーレンに送ってくる」
そう言ってすぐに移動しようとしたが、ナスタが押しとどめて来た。
「あの、リースさんから緊急の用件があるので、できるだけ早く戻ってほしいと言われております」
「緊急?」
緊急とは穏やかじゃない。ナスタはちらちらとフィズの方を見ながら切り出しづらそうにしていたが、気にせずに先を促すと続けて言った。
「カルサ島で大工の方数名が行方不明になりました」