75. 調査
75. 調査
翌日からカルの推薦でやってきたシクル島の女性達が、騒がしくカルサ島を見物して回っていた。彼女たちの視線は特に俺や人魚族の大工たちに向かっていたが、気にしないでおこう。少なくとも俺には必要ない。
とりあえず建物ができるまで、夜の作業用のテントを幾つか設置した。その後溜め池に案内し、この水を使ってシクルの栽培をしてほしいと伝えた。どのような場所が耕作地として適当なのかは俺にはわからないので、ここからは彼女たちに任せるしかないだろう。
一方でテナに対し、彼女たちがサトウキビという作物を育てるために畑を開拓するという旨を説明し、ついでに何かあったときは守ってやるようにお願いしておいた。
「魔物退治をすればいいだけかと思っていたのだけど、なんだか大事になってきたわね」
説明を終えると、そういってテナは呆れて見せた。確かに拠点を作るとは聞いていたが、こんなにもあっという間に人が増えるとは思っていなかったようだ。一応シクル島の連中は村長のカルが率いてくれるようなので、先ほどテナにも紹介しておいた。二人の間はラピスが立ってくれるはずだ。
元々面倒見がいいのだろう、テナは皮肉は言いつつも結局引き受けてくれていた。これでシクル島の連中の世話はひと段落だ。次に向かう場所は、竜の巣のふもとにあるギド爺さんの村である。
◆
「久しぶりだな。前の雨季以来だから、一年近く前か」
「はい。ご無沙汰しております」
竜の巣の麓の村のギド爺さんを訪ねると、以前と変わらぬ姿で迎えてくれた。背の小さな老年のドワーフだ。この人には以前、竜の巣で金鉱を探してくれるように依頼していた。
色々とあって訪ねるのが遅れてしまい、すでに約束していた期日はずいぶんと過ぎていたが、ギドはそこまで気にしていない様子だった。
「音沙汰が無いから心配していたぞ。例の調査も、とっくの昔に終わっている」
「申し訳ございません。思ったよりも砂国で色々とありまして、遅れてしまいました。今日は調査の報告を楽しみに来た次第です」
「もちろんだ。色々と有意義だったぞ。まずはこれを見ろ」
手渡されたのは、木板に記された地図だった。単純な線しか引かれていなかったので見づらかったが、どうもこの周辺の地図らしい。赤い点が一つと、いくつかの黒い点が銀や鉄といった文字と共に記されており、そのうち金と付記されていた一つが特に強調されていた。
「赤の点がこの村の位置で、黒い点が使えそうな金属が見つかった場所と種類だ。そして強調している場所では金鉱が見つかっている。少し掘ってみたが、質も量も申し分ない」
「本当ですか」
どうやら頼んでいた金鉱は見つかったらしい。それ以外にも各種鉱脈も見つかったようで、竜の巣東部の調査は成功していたようだ。もしも活用することができれば、この村は鉱山街として繁栄するだろう。
しかしそうだというのに、ギドの顔はあまり晴れていなかった。
「何か問題があるのですね」
「あぁ、金鉱の場所だ。竜の巣の中域でもかなり奥のほうにある。周囲一帯にはワイバーンが大量に生息しているし、そこに行くまで道中もかなり危険だろう」
竜の巣には最低でもランク3、つまりベテランクラスの冒険者の護衛が必要となる。具体的には最低限ロルやアーシュ程度の戦闘力が無ければ、竜の巣に立ち入ることすら難しいということだ。その上で中域に生息するというワイバーンのランクは5。形式上は最強クラスの魔物が大量に生息している。
「今はフィズの奴が金鉱の場所でキャンプを張って、周囲のワイバーンを掃討している。だがいくらランク5の冒険者であるフィズといえども、全滅させるのは到底不可能だろう」
「フィズさんは今、竜の巣にいるのですか」
「あぁ。調査が終わった後、一度帝都に用事があったらしく帰って行ったのだが、先月また、今度は冒険者の女を連れて戻ってきた。どうもワイバーンの魔核が高値で売れたようで、しばらく金鉱の場所に野営しながら魔核を集めることにしたそうだ」
おそらくワイバーンの魔核を買い取ったのはヴィエタだろう。まだ乾季で稼ぎ時であるはずのタタールでの仕事をほっぽりだしてやってきたということは、相当いい値段で売れたようだ。フィズにはこの後、別用で会いに行こうと思っていたから丁度いいな。
「なるほど。それでは金鉱周辺は、ある程度フィズさんによって安全が確保されているわけですか」
「そうだ。だが道中が危険な場所であることは変わりない。お前の護衛だけでは竜の巣に入るのは危険だろう」
ギドがロルとアーシュに視線をやりながら言った。確かにこの二人は戦えるが、せいぜい中堅冒険者程度の実力しかない。フィズのいる竜の巣中域に行くには力不足だろう。一度行ってしまいさえすれば扉を繋げばいいのだが、やはりフィズ級の戦力がいないと難しいか。
「なんとかフィズさんと連絡を取ることはできないのですか?」
「狼煙を上げれば、緊急に村へ戻ってほしいという合図だと取り決めている。あちらはこの村が見下ろせる場所にあるから、すぐに気づくだろう」
「なるほど。その方法を使わせてもらっても構いませんか」
「もちろんだ。フィズのやつも、お前が砂国から帰ってこないから心配していたぞ」
どうやら今後の金鉱の扱いについて、俺も含めて話し合いをしたかったそうだ。ギドはすぐに使用人に向けて狼煙を上げるように指示を出していた。
「さて、それじゃあ奴が戻ってくるまで半日はかかる。それまでゆっくりしているといい。そういえば最近、温泉が湧いてな。一緒にどうだ」
「温泉ですか?」
温泉とは、なかなか魅力的なお誘いである。ぜひ行ってみたい。
「あぁ。まだ石で囲んだだけだが、なかなか具合がいいぞ」
「ぜひ、お願いいたします」
「おう。それじゃあ、ついて来い」
ギドは勢いよく立ち上がると、どかどかと屋敷の外に出ていった。ロルとアーシュに外で適当に待っておくように指示をし、俺はギド爺さんの背中を追った。
◆
ギド爺さんの温泉は野外にポツンとあった。本当にできたばかりといった様子で、施設も何もない開放的な場所だったが、湯の温度は丁度良く、景色も綺麗でなかなかいい感じだ。どうやらギド爺さんが個人的に見つけて整備している秘湯らしく、他の利用者はいなかったので、ギド爺さんの昔話を聞きながらのんびりと湯を楽しんだ。
その後は、湯冷ましがてら村を散策したあと、屋敷に戻ってからはヴィエタさんやアリの事件の話をしたり、砂糖を使ったお菓子や麦茶を披露するなどして時間をつぶした。そして夕方頃になってようやくフィズが村に戻ってきた。
フィズは荒々しい金髪と白に近いクリーム色の毛を持つ犬獣族の女性で、冒険者のなかでも最高峰のランク5の称号を持つ凄腕だ。筋肉質のスラリとした体つきをしているが、動きやすさを重視した軽鎧から覗く胸もとと太ももは女性らしくふっくらとしている。顔も端的に言って美人の部類だ。
「フィズさん。お久しぶりです」
「あぁ、リョウ殿。久しぶり……なんだが、ちょっと近づかないでくれ。先に水浴びがしたい」
急いで山を下ってきたのか、フィズは大きく口で息をして、顔からは滝のような汗をかいていた。犬なのに汗をかくのかとどうでもいいことを思ったが、そう言えばリース達もかいていたしそこは人間っぽいのだろう。
水浴びをさせてくれというフィズに、ギドが提案する。
「それならフィズ、例の温泉が入れるようにしてある。今なら誰もいないはずだから入ってくるがいい」
「そうか。ありがたい。だが一人というのもな……」
こちらに視線をよこすフィズ。一緒に入る相手を探しているなら、俺は一向にかまわんぞ。昼間に入ったばかりだが、その時はギド爺さんの筋骨隆々な身体しか見られなかったからな。
「リョウ殿。ロルとアーシュをお借りしてもよろしいか。久しぶりに話をしたい」
「……もちろんです。好きに使ってください」
俺ではなく、後ろに侍る二人に目を付けただけらしい。残念だ。
◆
「金鉱に向かいたいだと?」
フィズが驚いた様子で聞き返してきた。フィズが温泉から上がった後、ギドの屋敷で夕食をいただいていたが、その中で金鉱へ自分も行きたいと切り出していたのだ。
「えぇ。難しいでしょうか」
「私が護衛すれば行けなくもないだろうが、何をしに行くつもりだ」
「実際に金鉱の場所に行かないとできない話があるのです。とにかくいまは何も聞かず、金鉱まで案内していただきたい」
フィズが一瞬、怪訝な顔を見せる。わざわざその場に行かなければ話せないという言葉に疑問を持ったのだろう。しかし扉について二人に秘密を明かすのは、できれば現地の状況を確認してからにしたい。
「フィズさんには私を金鉱の場所まで護衛していただき、さらには今後もワイバーンの討伐を続けていただきたいのです。もちろん、報酬はお支払いいたします」
「報酬はいらないぞ。ワイバーンの魔核が結構いい値で売れるからな。帝都に良い買い手がいるんだ」
「その買い手、もしやヴィエタという男ではありませんか?」
「なんだ。知っているのか」
ヴィエタは以前、金髪の犬獣族からワイバーンの魔核を買い取ったといっていた。やはりフィズのことだったらしい。
「知っているも何も、彼に資金を援助しているのは私です。つまりフィズさん、あなたが得た金貨は、元をたどれば私が彼に支払ったものなのですよ」
「あははは! そうか、それは何というか縁があるな」
「えぇ。ヴィエタさんにはいくらで売ったのですか?」
「40個ほどを金貨100枚で売った。一つに換算するとえーと、いくらだ?」
「だいたい金貨2枚か3枚ですね。それではワイバーンの魔核一つにつき金貨2枚を出しましょう。またそれとは別に、護衛料として金貨20枚をお支払いします。いかがでしょうか」
「悪くないな。いいだろう」
こちらの提示に対して、フィズは気持ちよくうなずいてくれた。
「ありがとうございます。それでは明日にでも早速出発したいのですが」
「私も出発は早いほうがいい。連れも待たしているしな」
そう言えば帝都から仲間を連れていると聞いていたが、一人で戻ってきたところをみると金鉱に残しているのだろう。ワイバーンの生息している場所に一人で過ごせるとは、やはり凄腕らしい。
「わかりました。できればギドさんにも同行していただきたいのですが、いかがでしょう」
「なんだ、年寄り扱いして置いていくつもりだったのか?」
「いえ、そういうわけではありませんが。それなら是非ご一緒しましょう」
「当然だ」
ギド爺さんは力強く胸を張り、明日の出発に備えてしっかり食べてくれと勧めてきた。その後は屋敷の一室を貸してもらったので、カルサ島には戻らずそのまま一泊した。