74. 移住
74 移住
「移住、ですか?」
「はい。正確に言えば、この島と別の島を私の魔法によって繋げてしまうのです」
魔法という言葉に、カルは少しだけ表情を険しくさせた。
「……やはりあなたは魔法使いでしたか。しかし、繋げてしまうとは?」
「言葉通りの意味です。この島と別の島とを一瞬で移動できる扉を開きます。そこはまだ開拓がされていない島ですが、人魚族とよばれる種族の男がいるので、子種の問題は解決すると思いますよ」
カルサ島には今、ガギルダが連れて来た大工衆がいる。挨拶したとき見渡したら、全員男だったので丁度いいだろう。
「悪くない提案ですが、なぜ未開の島なのでしょう。本土にでも繋げてくれれば助かるのですが」
「それは残念ながら、私の利益にならないからです。この島に私以外の商人も訪れることになりますので」
「そういうことですか」
砂国本土につなげてしまえば、確かにこの島の問題はすべて解決するだろう。しかし同時に砂糖の独占が崩れてしまうため、俺にとって何の利益にもならない。一方でカルサ島に移住してきて貰えば、こちらとしてもメリットがある。砂糖の栽培だ。
「私としては、その島にシクルの栽培技術を持ち込んでほしいのです」
「栽培技術ですか」
「えぇ。精製に関する秘儀までは要求しません。しかしカルサ島に移住していただいた者には仕事としてシクルの栽培をしてもらい、うまく育つようであれば周辺の島にも広めていきたいと考えています」
素人目に見ると、このシクル島と南部諸島は気候が似ている。土や水の問題もあるのでやってみなければわからないが、もしもサトウキビの栽培を広められれば、供給量の問題は解決していくだろう。
「島を行き来できるようにするとのことですが、ローレライや呪いは大丈夫でしょうか」
「私もそのことは心配しておりました。しかし以前訪れた日からラピスの住む小屋と砂国にある私の屋敷とをつなげていたのですが、これまで特に問題は起きていません。おそらくローレライはこのシクル島を離れることができないのでしょう」
「なるほど。では先ほどおっしゃっていた人魚族の男というのは、どれくらいいるのでしょう」
「いま滞在しているのは10人程です。また人魚族という連中は、海を自在に移動できます。これから先も多くの男が島を訪れることでしょう」
「それは魅力的ですね」
「はい。いかがでしょう、移住を考えてくれませんか」
移住という言葉を使っているが、実際のところ行き来は自由なのでカルサ島の開拓を手伝って欲しいと言っているだけだ。もしくは砂糖の栽培技術と子種の交換という、かなり特殊な交易とみることもできる。どちらにせよ二度とシクル島に戻れないというわけでもないので、その点は彼女たちにとっても気楽だろう。
カルは長い時間考え込んだ後、ゆっくりと頷いてみせた。
「いいでしょう。お願いいたします」
「おぉ。ありがとうございます。それではさっそく、扉を開きにまいりましょう」
「わかりました」
そのままカルと共に、村のはずれへと移動する。扉を設置する場所を協議した後、結局村の外れにあった小屋の壁に印を設置し、カルサ島への扉を開いた。最小を約3000kmの距離でつないで15.000ポイントほどの消費だ。本当は小を繋ぎたかったのだが、先日のリヴァイアサン戦で大盤振る舞いしたのでポイントが足りない。まあ、とりあえずは繋がればいい。
「これが扉ですか」
「えぇ。少し狭くて恐縮ですが、どうぞ」
カルの手を引き、カルサ島へと移動する。開いた場所は浜辺近くにある岸壁の一角だ。あとから来たラピスと共に、残橋のある浜辺へと移動する。
「ここが島の入り口の残橋です。たまに島の外から商人や職人がやってきます。あそこで働いている方々が人魚族で、見てのとおり見た目は人族と大して変わりません」
浜辺のそばに小屋を建設中の大工衆を指差して言う。雇い主である俺に気づいた彼らが手を振って挨拶してきたので、こちらも手を上げて応じておいた。
「たしかに。健康そうな男たちですね」
「えぇ。まあしかし、あまり無茶はさせないようにお願いします。仕事に差し支えると困るので」
仮にシクル島の女性たちが全員で乗り込んできては、今いる大工衆だけでは相手が足りないだろう。その辺りの舵取りは村長であるカルに任せるしかない。
「わかっております。しばらくの間は、こちらに移動してくる者は畑づくりと栽培の知識のある者に制限するつもりです。ただ、実際にシクルの栽培ができるかどうかは、私にもわかりませんがよろしいですか?」
「もちろんです。農具が必要であれば用意いたしますので、遠慮なく言ってください」
「わかりました。では、さっそく村に帰って皆に伝えてきましょう」
カルは先ほど開いた扉をくぐり、シクル島に戻っていった。しばらくすれば島の女性陣を連れて乗り込んでくるだろう。
「ラピス。聞いていたと思うが、今後はこの島にシクル島の連中がやって来る」
「はい」
「お前には島の連中と一緒に砂糖の栽培をしてもらうが、同時に連中の不満や要望を聞いたら教えてくれ。お前だからこそ話したりしてくることもあるだろう」
「かしこまりました。精一杯努めさせていただきます」
ラピスは真剣な表情で頷いた。こいつは命令に従順で性格も素直な奴なんだが、ちょっと気負いすぎなところがあるんだよな。
「まあ、そんなに気を張るな。気楽にやれ」
「あ……わかりました。ありがとうございます」
美しい銀髪を軽く撫でながら言うと、ラピスは褐色の頬を赤く染めながら礼を言ってきた。見た目は妖艶なダークエルフのくせに、いつまで経ってもうぶなところが可愛らしい。
「……ご主人様。それでは私もシクル島に戻ります」
「いやまて。ちょっと手伝って欲しいことがある。もうすぐ魔物退治に出ているテナが戻るはずだから、それまで残っていてくれ」
「かしこまりました」
◆
その日の午後は、ラピスとアーシュを連れて島の中心に向かった。というのもこのカルサ島で農業を行うために、解決しておかなければならない問題があったからだ。
それは水源である。このカルサ島には、大きな川や池が存在しない。まとまった水といえば、スコールの後の水たまり程度だ。そこでシクル島の連中が乗り込んでくる前に、農業用の水源を確保しておかなければならない。
中心にある山のふもとにちょっとした窪地があると、アーシュから報告を受けていたので、護衛がてら道案内を頼んでいる。どれだけ溜まるかわからないが、とりあえずそこにため池を作ってみることにした。
「ラピス。サトウキビを育てるとなると、どれくらいの水量が欲しい?」
「正確にはわかりませんが、シクル島にはかなりの水量を持つ川がありました。その水を使って、三日に1回程度の頻度で大量の水を撒きます。どれほど多くの耕作地を作るかわかりませんが、水量が多いことに越したことはないでしょう」
そうなると中くらいの大きさの扉を開きたいが、現在3万程度しかないのでポイント的にちょっと苦しいか。仕方ない、とりあえずは小で我慢しておこう。繋げる先はアスタの近くを流れる川で、距離は200kmほどだ。
雨風を避けるために、近くにあった洞穴に木板を立てかけ、扉を設置した。すぐに大量の水が勢いよく流れだしたので、急いで洞穴の外に出る。水は窪地に向けて流れこみ、すぐに泥水の池を形成し始めていた
実際にどんな風に水が溜まるのかは、やってみないとわからない。いずれはどこかしらから溢れ出すだろうが、最終的にはどうせ海に流れ出るはずだ。しばらく様子を見て、必要なら水路の整備をすればいいだろう。