72. 武器
72 武器
夕方近くになって、入り江に数隻の船がやってきた。乗船していた人魚族の男たちによって大量の木材と石材が荷揚げされるなか、集団を率いる人魚族の大男が近づいてきた。
「リョウ殿、約束通り大工を連れて来たぞ。建材も載せられるだけな」
「ありがとうございます。道中ご無事で何よりでした」
豪快な態度でやってきたガギルダと握手をし、旅の無事を喜ぶ。まあこれだけ人魚族がいれば、多少の魔物など蹴散らしてしまうのだろう。そのまましばらく雑談していると、俺の後ろに隠れていたテナが進み出て頭をさげた。
「こんにちは、ガギルダおじ様」
「テナか? なぜこんなところに」
「事情がありまして、今はリョウ殿に護衛として雇われております」
「そうか。テルテナ島での生贄祭は見物していたが、見事なものだったな」
ガギルダが何気なくいうと、テナは驚いてみせる。
「見物されていたのですか……ということはリョウ殿の力で?」
「そういうことだ。リョウ殿に誘われてな。アスタでも噂になっているぞ。テルテナ島の英雄イスタ・サルドが神獣リヴァイアサンを討ち倒したとな」
その説明にテナは小さく顔をしかめ、続けて俺に視線を向けた。どうやら噂の出どころに勘付いたらしい。しかし彼女はすんと澄ました顔で答える。
「確かにサルド兄様がとどめを刺したのは事実です」
「なんだ。自分のほうが活躍したとでも言いたげだな」
「そうではありません。ただ噂が広まるのがあまりにも早すぎると思っただけです。大方、だれが糸を引いているかは想像がつきますが」
テナが再び視線を向けてくるが、気づかないふりをして話を続ける。
「まあ積もる話もあるでしょうが、先に用事を済ませましょう。とりあえず大工衆の棟梁に挨拶をしておきたいのですが」
今回は手配した人魚族の大工には、住居と倉庫になる小屋を建設してもらう予定だ。数十軒は建ててもらうため、しばらく彼らには島に泊まり込んで働いてもらう。
「もちろんだ。連中の荷揚げが終わったら紹介しよう。ただ、テナがいるなら丁度いい。奴らへの指示はテナ、お前が出したほうがいいかもしれないな」
「私がですか?」
唐突な提案に、テナが困惑した声を上げた。しかしなるほど。確かにそうかもしれない。
「彼らもまたクー国を嫌っているということですか」
「あぁ。人魚族のなかには人族と狐獣族はすべてクー国の人間だと考えるやつもいる。奴らは信用できる大工衆だが、内心どう思っているかまではわからん。もちろんリョウ殿のことも説明しているが、面倒を避けたいならテナを表に立てたほうがいいだろう」
それならテナに指示を出して、彼女からそれを伝えてもらうだけだ。少々面倒だが問題はない。
「構いませんよ。では後程、そのように紹介してください」
「任せておけ。それじゃあ、先にお前さんの商品を見ようか」
「わかりました。こちらです」
先にこちらの商品を披露することになったので、ガギルダを荷物置き場としているテントに案内する。そこに積み上げてあったのは、西方諸国ブルーレンで仕入れた鉄製の刀剣類だった。
「とりあえず見本としてスピアー、ロングソード、ダガー、それに矢尻一式を用意しました。これとは別に農具一式と、胸当てや籠手などの防具も用意できます」
「ふむ」
ガギルダは商品を手に取る。これらはブルーレンの南にあるニズ国から輸入されたものだ。竜の巣の北側に位置するニズ国は鍛冶の国として知られ、輸出される金属製品は西方諸国随一の品質を誇る。ガギルダは南部諸島ではなかなかお目にかかれない品質の鉄製品に終始感心しており、一通り商品を目利きすると納得したように頷いた。
「なるほど。クー国産にも全く劣らない品質だ。素晴らしい。西方諸国とやらの製鉄技術がこれほどとは」
「ありがとうございます。それでは」
「あぁ。ここにあるものは全て買い取ろう。今後も定期的に仕入れておいてほしい。とりあえず今回は大工衆の紹介料と建材代との交換でいいか?」
「はい、一応、今後も建材を運んでいただくことは約束していただきたい」
「いいだろう。すぐに手配しておこう。それじゃあ交渉成立だ」
こちらは鉄製の武器類を合わせて10箱ほど、ガギルダ側は大工衆の紹介と建築材を船5艘分という交換になった。どんぶり勘定だが、そこまで悪い交換でもないだろう。今後は定期的に建材と香辛料を卸してもらう代わりに、今回のように鉄製品を売っていくことになりそうだ。
「しかし最初からこのような商品を要求なさるとは思いませんでした」
「確かに武器なんて、ガギルダおじ様。何を考えていらっしゃるの?」
これまでは黙って見守っていたテナが、商談が終わったとみて発言してきた。やはり彼女にとっても、鉄製品とはいえ農具ではなく武器を仕入れていることは疑問らしい。
「なに。レバ海からクー国人と組合を排除するだけだ」
当たり前のように言うガギルダ。まあ武器を仕入れるということはそういうことなのだろう。レバ海周辺の地域では組合を始めクー国人は嫌われているらしいが、力ずくで排除するつもりのようだ。
「武器を人魚族の戦士に売りつけ、武力で対抗するつもりですか」
「大体正解だ。ただ重要なのは、鉄製品の武器を人魚族である俺が流通させることだな」
ガギルダがにやりと笑いながら言った。そのまま親指と人差し指を立ててみせる。
「レバ海周辺が組合の影響から抜け出せない理由は二つある。一つは統治機構の問題、もう一つは武器の問題だ」
その後のガギルダの話は長かったが、要約すると次のような話だ。まずレバ海には島や沿岸都市ごとそれぞれに権力者がおり、まとまった国は存在しない。これは神獣リヴァイアサンという存在が大きすぎたためだとガギルダは説明した。
組合はそのような政情を利用し、各地にクー国産の武器を売りつけていた。この武器により各都市はそれぞれ独立した勢力を維持していたのだが、一方でクー国に反抗すると武器の供給を失うことになり、防衛力を失ってしまう。そのため組合を排除することは難しく、不満はあれど付き合うしかないというのがレバ海沿岸の常識だった。
「しかしリヴァイアサンが倒されたいま、状況は変わるだろう。特にサルドが英雄視され、奴を担ぐ連中が増えれば、レバ海一帯は一つにまとまる方向に動くはずだ」
統一された政治機構、すなわち国が発生する。そうなれば各部族が協力して組合に対抗することができるわけだ。なるほど、ガギルダの青写真が見えてきた。
「反目させていた原因の一つである武器についてはガギルダさん、あなたが全体に供給することでクー国の影響力を弱める、ということですか」
「その通り。この辺りはあまり製鉄が盛んじゃないからな。この問題さえ克服すれば、我々がクー国人に後れをとることなどない」
この人が考えるレバ海周辺の問題点は、製鉄技術の低さとそれに付随する武器の貧弱さのようだ。たしかにサルドが率いる旅団の戦士たちは、石の槍というずいぶんと原始的な武器を使っていた。ギーヌの村でも鉄製の農具は相当珍しがられたし、この辺りにはクー国産以外の鉄製品がほとんど存在しないのだろう。
そこでガギルダはレバ海周辺で鉄製品を売り物にしようとしている。人魚族のガギルダが鉄製品を売れば間違いなく売れるだろうし、それによってクー国の影響が減るのは確かだろう。そうして土台作りをした上で英雄サルドを担ぎ、南部諸島一帯をまとめ上げるつもりか。なかなか悪くない話に聞こえる。
「なるほど。わかりました。それではこの先も、鉄製品を仕入れてきましょう」
「あぁ。よろしく頼む。次に来る時までに何か必要なものがあるなら今聞いておくぞ。建材以外でな」
「以前もお話しいたしましたが、香辛料を持ってきていただければ買い取りますよ」
「種類はなんでもいいのか」
「えぇ。できれば黒コショウかクローブ、それにナツメグあたりだと助かります」
「いいだろう」
その後、ガギルダの紹介で大工衆に挨拶をした。人数は10人程で、待遇と報酬について説明し、さらにテルテナ島の族長の娘であるテナの指揮に従うようにお願いしておいた。畏まって受けてくれたので、今後彼らのことはテナが管理してくれるだろう。
◆
夜は宴会となり、翌日になってガギルダは部下を連れ、カルサ島を出発していった。ガギルダを見送った浜辺で遠ざかる船影を眺めていると、隣にいたテナが複雑そうな表情でため息をついている。
「ガギルダおじ様が、あんなことを考えていたとはね」
「どういう意味だ?」
「兄様も含めて、人魚族の多くがクー国人を恨んでいることは私も知っているわ。あなたの武器を得れば、確かに彼らは反抗し始めると思う。だけど反抗すれば、多くの人間が死ぬことにもなるわ」
それはそうだろう。武器というものは、基本的に人を殺すためにある。それを売るということは、その武器で死ぬ人間も増えるということだ。だがガギルダも無闇に戦争を起こそうとしているわけでもない。
「これまで組合はさんざん人魚族と沿岸地域に武器を売り、代わりに香辛料や薬草などを安く買い叩いてきたそうだ。クー国の影響を排除するためには命を惜しまないという連中は多いだろう」
「確かにそうでしょうけど、今のままでもそれなりに平穏に暮らせているのに、わざわざ血を流して戦うのってどうなのかしらね」
テナはそう言うと、憂鬱げに再び息を吐いた。テナの言うことにも一理あるが、現在のレバ海の情勢を考えるとガギルダに正義があるように感じる。もちろん俺の売る武器で殺し合いが起きるのかと思うとげんなりするが、どんな商品を扱おうが多かれ少なかれ影響は与えてしまうものだ。
例えば砂国の砂糖や綿製品を仕入れることでさえ、ブルーレンでの物価を上昇させ貧民を増加させている。他にも俺が投資した金でヴィエタが開発した魔石という技術は、これから先広まってしまえば武器や兵器へ転用されていき、多くの悲劇を生み出すことだろう。武器を売る影響は、これらと比べて直接的だというだけの話だ。
しかしそれらによって人が死のうが不幸になろうが、所詮他人事だ。気にしてもどうしようもない。世界を変えることが怖くて、商人などやってはいけないだろう。俺にできることは精々、全体としての不利益よりも全体としての利益が上回るような選択をしていくことだけだ。
「残念ながら、武器の輸入をやめるつもりはないぞ」
「えぇ。わかっているわ。それがレバ海の人々にとって、利益になることもね」