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71. 夫妻

71 夫妻


 3日後、サラとともにヴィエタの屋敷を訪ねた。なんというか幽霊屋敷のような雰囲気だ。庭は荒れ果てており、人が住んでいる気配がしない。少し心配になったが、玄関をノックするとすぐにヴィエタが現れた。

 

「よくお越しくださいました。どうぞ中へ」


  通されたのは応接間だった。最低限の家具しかない簡素な部屋で、客を迎えたことは一度もないのだろう。その部屋では、先日話にあがったヴィエタの奥さんが待っていた。


「紹介しましょう、妻のカエラです」

「はじめまして、リョウ殿。主人がいつもお世話になっております」


 丁寧に礼をしてくるカエラは、ぼさぼさの黒髪と、目の下の大きなくまが印象的な女性だった。ヴィエタ同様服も安物で、容姿に無頓着な様子がありありと伝わってきた。


「使用人にはすべて暇を出しましたので、今この屋敷には我々しかいません」

「そうですか。この屋敷にあるものはすべて持って移動しますか?」

「最低限、研究室にあるものを持っていければ問題ありません。案内しましょう」


 そう言われて案内されたのは本や巻物、魔核や金属類、そして石材や薬草類が散らばる不気味で乱雑な大部屋だった。棚には怪しげな生物の標本や不気味な形をした器具も並んでいる。多少は片づけたそうだが、まったくそうは見えなかった。


 これをすべて運びだすのは大変だ。さっさと始めないと日が暮れてしまう。


「では、この近くに扉を開きましょう」

「扉?」


 首をかしげるヴィエタ夫妻に対し、最終確認をする。


「最後にお聞きします。これより先、後戻りできませんがよろしいですか?」

「はい」

「もちろんでございます」


 うなずく二人の表情は明るい。不安よりも、好奇心のほうが勝っているようだ。研究室を出ると廊下の壁に、帝都の拠点の地下に繋がる扉を開いた。大きさは中で、開くとすぐに待機していたリース達がやってきた。


 扉と奴隷たちを背に、ヴィエタ夫妻に向き直る。二人は大きく目を見開き、突然開いた大穴を見て言葉を失っていた。


「それでは、これから二人を南部諸島へとご案内します」



 カルサ島には今のところ建物が一つもない。たまに降るスコールを避けるため、ヴィエタ夫妻の荷物は丈夫な麻のテントに搬入することにした。屋敷の荷物を運び出す作業をリース達にさせている間、ヴィエタ夫妻を連れて島を案内する。


「ここは南部諸島のカルサと呼ばれる島です。帝都の東にある東方国のさらに南方に位置する、言ってしまえば世界の果てですね」

「な、なんというか。とんでもないことですね」

「……そうですか。あなたが帝都の穴を作ったのですね」


 カエラ夫人が俺を見て、納得したようにうなずいていた。帝都の各広場にはポイントを得るための扉を設置している。面倒を避けるため自ら確認はしていないのだが、ブルーレンの扉と同じように施設化されて帝国により管理されているそうだ。


 その扉を開いた魔法使いはだれか。帝国では随分と噂されているが、誰も正体を知らなかったそうだ。その謎めいた魔法使いが、目の前にいる俺だと気づいたらしい。ほぼ間違いではないのだが、ひとつだけ勘違いされていそうだ。


「先に言っておきますが、私は魔法使いではありません」

「この力が魔法ではないと?」

「はい。正確には魔法かどうかわからないのです。この後紹介する水の魔法使いから話を聞けば、私の言い分も理解していただけるかと思います」


 これまで『扉の管理者』の秘密を明らかにしてきた連中には、基本的にこの力は魔法だと説明してきた。これは単に説明するのが面倒だったからだ。


 本物の魔法使いであるテナと話してみて、彼女が使っている魔法と俺の『扉の管理者』は、どうも別の力である気がしてきた。魔法杖の必要性や魔力とやらの概念が、扉の管理者にはないからである。まあだからどうしたという話でもあるが。


 続けてヴィエタ夫妻を浜辺で待たせていたテナのもとに案内した。テナは午前中の魔物退治から帰ったばかりなのだろう、動きやすそうなパンツルックで、鉄製の胸当てをつけ武装していた。戦力として貸し出していたロルとアーシュを従えて、凛とした立ち姿で俺たちを出迎える。


「テナ。こちらがヴィエタ夫妻。魔核について研究している西方諸国の人族だ」

「イスタ・ラウの娘、イスト・テナと申します。どうぞよろしくお願いします」


 テナが優雅な振る舞いで礼をすると、二人もそれに応え礼をする。


「ジョン・ヴィエタと申します」

「妻のカエラです」

「こちらのテナが、二人にお話ししていた魔法使いです」


 本物の魔法使いと聞いて、二人の目の色が変わった。


「本物、ですか」

「はい。テナ。なんか適当にやってみてくれ」

「えぇ」


 テナが魔法杖を掲げると、すぐに海の様子が変わる。しばらく脈動したのち、海面の一部が柱のように立ち上がると、鞭のようにしなってバチンと水面を叩いた。


 テナにしてみれば、おそらく最小限の規模に抑えた魔法なのだろう。しかしそれでも、二人を興奮させるのには十分だった。


「こ、これはまさに――」

「魔法だわ! 信じられない!」


 ヴィエタの驚きの声は、隣のカエラの叫びによってかき消された。彼女は最高にハイな表情でテナの下へ駆け寄り、その手を強く握りしめた。


「本物の魔法使いに出会えて光栄ですわ! ぜひ、あなたの力を観察させてください!」

「え、えぇ」


 思ったよりもはるかに熱心な反応だったのだろう。テナはすこし戸惑っていた。その後もどうやって魔法を使っているのか問い質されていたが、テナは曖昧なことしか答えられずたじたじだった。


 魔法について聞かれても答えられないのは、まあ仕方ないだろう。テナにとって魔法で水を操作できることは当たり前なのだから、鳥にどうして飛べるのか聞いているようなものだ。本人にしてみれば、できるからできると言うしかない。これを理論的に説明をつけるのは、ヴィエタ夫妻のような研究者の仕事だ。テナには悪いが、夫妻には彼女を実験台に魔法への理解を深めてもらおう。


 テナへの質問を続けるカエラを横目に、ヴィエタに対してこれからのことを説明する。


「しばらくはテントで生活してもらうことになりますが、お許しください」

「わかりました。見たところ周囲に集落がないので、水と食料を頂けるのであれば助かります」

「えぇ、お任せください。他にも必要なものがあれば私か奴隷に言付けてください。できる限り便宜を図りましょう。不便をおかけしますが、よろしくおねがいします」

「こちらこそ礼を言いたい。まさか本物の魔法使いと縁を持てるとは」

「えぇ。しかし奥様の方がなにやら熱心そうですね」


 カエラは先ほどからずっと、テナにまとわりつくようにして質問を浴びせている。会ったときはもっと引っ込み思案というか、暗い感じの人かと思ったが全然ちがった。


「あれは元々、魔法に大変興味のある女なのです。過去にいたという魔法使いの伝説や、それらが使う魔法についての知識などなら私よりも豊富でしょう」

「なるほど」


 どうやら魔法マニアだったらしい。しかしそうなると、テナに無理をさせないように注意しておく必要があるな。すでにテナはかなり引いているように見えるし。


「テナは私に雇われている立場で、魔法についての実験に付き合ってもよいことは確認していますが、強要はできません。あまり無茶なことはさせないでください」

「わかりました。後でしっかりとあれに伝えておきます。それでは屋敷の荷物の搬入に戻りますね。カエラ!」

「あ……はい」


 ヴィエタに呼ばれると、カエラは少し名残惜しそうにテナから離れた。待機していたロルとアーシュに指示を出す。


「それじゃあロル、アーシュ。ヴィエタ夫妻の荷物運びを手伝ってやってくれ。先にリース達が始めている。終わったら報告に来い」

「はーい」

「わかりました」


 ヴィエタ夫妻が二人を連れて帝都へとつながる扉に戻っていくと、入れ替わりにカエラから解放されたテナが、少し疲れた様子でやってきた。


「まったく、とんでもない人を紹介してくれたものね」

「俺も少し予想外だった。まあ、あまり無茶なことを要求されたら言ってくれ。なんとかする」

「分かったわ。それよりリョウ。ガギルダおじ様が大工を連れて今日くらいに到着するって聞いたけど、彼らを紹介するの?」


 カルサ島に来てすぐ、アスタのガギルダに大工を紹介してほしいと依頼していた。すぐに手配すると言っていたので、確かにそろそろ到着するはずだ。


「いや。今日一杯はヴィエタ夫妻も引っ越しで忙しいだろうし」

「そう。それなら私は立ち会ってもいいかしら。みんな引っ越しの手伝いに行っちゃったし、ガギルダおじ様にも久しぶりに挨拶がしたいわ」


 ガギルダとは今後の取引についても打ち合わせをする予定だ。それは扉の管理者を用いる交易の話である。本当ならテナにもご遠慮願いたいが、こいつは扉の管理者のことを知っている。ガギルダとも親しいみたいだし、まあ構わないか。


「いいだろう。だが商人同士の商談だ。見聞きしたことは他所で話さないでくれ」

「えぇ、勿論。ありがとう」


 テナはにこりと笑って、ウインクをしてみせた。


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