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69. 社会貢献

69 社会貢献


 ブルーレン西地区の南には、比較的貧民が多く集まっている。その地区の端で、街の中心を流れる川沿いに新しく造られた建物があった。それはアモスが自費を投入して建設した学校兼孤児院である。


 その校舎の一室で、俺はバフトットと共に主人であるアモスと向き合っていた。


「現在の生徒数は20人ほど、預かっている孤児は30人ほどです。生徒には私か妻が教養を教えており、孤児の世話は同じ孤児から学校に上がったものに任せることが多いです。余裕があれば、地区の方々に炊き出しなども行うことがあります」


 アモスの説明を、バフトットも興味深そうに聞き入っていた。訪れてすぐ、アモスさんに現在の学校の状況を説明してくれと頼んでいたのだ。バフトットが質問をする。


「生徒というのはどのような身分が多いのですか」

「主には奴隷や徒弟たちです。仕事が忙しいという子が多いので、全員集まることは滅多にありません。多くても10人くらいでしょうか」

「具体的には何を教えているのでしょう」

「基本的には読み書きと計算です。英雄伝や叙事詩の書き写し、簡単な計算とアバカスを用いた収支計算や損得勘定などを教えております。たまに政治情勢の講義や護身術の稽古もしますね」


 結構いろいろなことをしているようだ。リース達がたまに披露する変な知識も、ここで仕入れているようである。ちなみにアバカスというのはそろばんみたいな計算器で、たまにリース達が使っている。俺は使い方を知らない。これまでもこれからも、暗算で押し通す所存である。


「なるほど。やっていることは家庭教師などから習うことと同じですね」

「えぇ。身分の差に関係なくすべての人間が教育を受ける。これが私の理想ですので」


 アモスが力強く言う。青くさい理想論だと思うが、その理想を本気で実現しようと行動しているところは感心する。俺も出資しているとはいえ、実際に自費を投入してこの学校を作ってしまったくらいだ。


 説明が一段落し、アモスの家の住む犬獣族ワードッグのネルがお茶を淹れて来たので皆でいただく。一息ついたのち、アモスが切り出してきた。


「それでリョウ殿、今日はどうしてバフトット様をご紹介に?」

「アモスさんは彼をご存知なのですか」

「勿論です。このブルーレンで今一番話題に上がる人物でしょう」


 ここに来たときは、ランカスター商店のバフトットとだけ紹介していた。しかしどうやらバフトットが例のなんとか委員会のトップとなることも知っているようだ。それなら話が早い。


「今回バフトットさんにアモスさんを紹介したのは、学校制度を拡大するための資金を出していただきたいからです。アモスさんにはバフトットさんの後ろ盾のもと、特に貧民層を中心に孤児や生徒を集めて、教育を施してもらいたい」

「貧民に施しを行えということですか」


 バフトットは少し眉をひそめた。先ほどの説明を聞いて、バフトットはアモスの活動を施しだと認識していたようだ。


「その通りです」

「貧民の為に金を出すことに何の意味があるのでしょう。多少は喜ばれるかもしれませんが、一時しのぎしかならないのでは」

「ただ投げ与えるだけならばそうでしょう。しかし施しの内容と資金を出しているのがバフトットとランカスター商会であるという事実を、街で喧伝してはどうでしょうか」

「……施しを宣伝に使うということですか」

「それもただの施しではありません。貧民に食事を配布し、教育を施して、さらに仕事を与えるのです。もちろんすぐに貧民全体に実施することは無理でしょうが、将来的にバフトットさん、あなたが制度として法を整備し、ブルーレン全体に広めてしまえば、ランカスター商会の名声は盤石なものとなるでしょう」


 以前からアモスの学校制度について、バフトットに相談して資金提供を頼もうと考えていた。というのも現在とんでもない勢いで成長しているランカスター商会にとっても、メリットのある話だと思ったからだ。


 それはいわゆる企業による社会貢献である。貧民層を救い教育を広めるという高尚な建前のもとで出資するが、その本質は俺との交易によって儲け過ぎ、さらには大きすぎる権力まで得てしまったランカスター商会への評判の改善にこそ効果があるだろう。


 バフトットもすぐにそのことに気づいたようで、すこし高揚した様子で猫髭をいじりはじめた。


「貧民のための学校など聞いたことがありませんが、宣伝と貧民対策ですか。たしかに効果的かもしれませんな」

「実現するにあたり問題なのは人材と資金、そして行政の協力です。人材はアモスさん自身にどうにかしてもらうしかないでしょう。資金については私も出しておりますが、バフトットさんにも力をお借りしたい。最後に行政の協力ですが、これはバフトットさん、あなたを頼るほかありません」

「私としては願ってもいない話です。ぜひお願いしたい」


 俺の言葉に続けて、アモスが頭を下げてくる。


 アモスにとっても学校というシステムを広めるには、パトロンによる出資と行政側の協力が必要不可欠だ。バフトットはその両方を行う力を持っている、ほぼ唯一の人間である。この話はブルーレンにおいて彼にしか実現できないだろう。


 バフトットはしばらく考えたのち、神妙な面持ちで答えを待つアモスに向け言った。


「よろしいでしょう。確約まではしかねますが、私が委員長に就いたのち、十二委員会の協議にかけてみます」

「おお、ありがとうございます」

「そして資金ですが、とりあえずは金貨500枚まで提供しましょう。これでよろしいですかな、リョウ殿」

「もちろんです。それでは私も金貨500枚提供することにしましょう」

「ええ。それが良いでしょうな」


 俺の言葉にバフトットもうなずいた。アモスだけが心配そうに表情を曇らせる


「リョウ殿、あなたにまでそこまで出していただくのは……」

「いえ、これはアモスさん。学校の独立性を保つためには必要なのです」

「商会同士で均等に資金を出すという行為は、他国に支店を出す際などでも行われます。危険と発言権を分散することが目的ですが、今回は先ほど聞いた学校という施設の性質を考えると、リョウ殿の提案は妥当でしょう」


 途中からはバフトットが、俺の言いたいことを説明してしまった。


 バフトットだけが大量の資金を出すと、アモスはバフトットに逆らうことができない立場になる。独占という行為はこと交易においては儲かるものだが、教育機関に対して行ってもあまり良いことはないだろう。正式にブルーレン自体が出資する体制になるまでは、俺とバフトットで分割所有する形にしておいたほうが健全だ。


「……わかりました。ご期待に応えられるよう、頑張ります」

「それでは、さっそく証書を作りましょうか」

「はい。よろしくお願いします」


 本日二枚目も証書もまた、バフトットがあっという間に書き上げた。いますぐに500枚支払うわけではないが、3か月以内に提供するという話で落ち着いた。この後コショウ取引の証書と一緒に公証人のところに持っていけば契約成立だ。


「それでは、お二人のご恩は無駄にはしません」


 立ち上がり、丁寧に頭を下げてくるアモス。それに対してバフトットは、椅子に座ったまま答える。


「いえ、私は宣伝に使わせていただくつもりですから。それよりもリョウ殿に感謝したほうがいい。何しろ私と違ってブルーレンに商会を持っていないで、評判も何もないでしょうからな」

「たしかに、リョウ殿には昔からお世話になってばかりです。何かお返しできるものがあればよいのですが」


 アモスの言葉に対して、実はこの話を最初に思いついた理由でもある、ちょっとした見返りをお願いすることにした。


「そうですね。強制は致しませんが、一つだけお願いしたいことがあります」

「何なりと言ってください。できる限り配慮します」

「それでは今後教える生徒のうち、優秀な者がいればまずは私に紹介していただきたい」


 そういうと、アモスはこくりとうなずいてみせた。


「リョウ殿に雇っていただく人材を見繕えばいいのですね」

「えぇ。最近、別の場所で事業を拡大しており忙しくなっています。リース達はもちろん頑張ってくれていますが、仕事を手伝ってくれる優秀な者が欲しいのです」

「なるほど、わかりました。これはという者がおりましたら、まずはリョウ殿に紹介いたしましょう」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 さて、どうやら優秀な人材を供給してもらうことができそうだ。これは得難い実だろう。収穫までには時間がかかりそうだが、まあゆっくり待っておこう。


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