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67. 市場

67 市場


 カルサ島に拠点をつくろうと上陸して、数日はまず地理や魔物の把握に費やした。魔物はどれも大した強さではなく、護衛として雇った人魚族(マーフォーク)の魔法使いテナと貸し出した奴隷達によって問題なく討伐されていった。


 その合間にアスタへと赴いてガギルダと連絡を取り、大工衆を紹介してくれるよう手配しておいた。今のところカルサ島には建物がなく、テント生活を強いられているからだ。ガギルダはすぐに大工衆を紹介してくれるそうで、建材と一緒に島へ連れていくと約束してくれた。


 その際、リヴァイアサンの噂について聞いてみたが、サルドを英雄視する話題が結構な勢いで広まっているらしい。これから事実を確認するためにテルテナ島に向かう商人や戦士たちが増えそうとのことだ。



「ブルーレンは久しぶりだな」

「はい。私達は頻繁に来ておりますが、ノーラは初めてですか」

「は、はい」


 拠点を出ると、雑多な石造りの街並が広がっていた。少しおびえていたノーラだったが、リースが腕を引いて外に連れ出すと、大きな狐耳と箒尻尾をせわしなく動かしながら周囲を見渡していた。


 今日は犬獣族(ワードッグ)のリースと狐獣族(ワーフォックス)のノーラの二人を連れて、西方諸国の自由都市ブルーレンを訪れていた。この街での用事はほとんどリースに任せているので、ほとんど外を出歩くことはない。一方で奴隷達は、回数は少なくなったものの学校に通うため街を歩く機会は多い。そのため彼女達のほうが、俺よりもずっとブルーレンの街に詳しかった。


 ちなみにノーラは仕入れてから初めての西方諸国だ。これまでは南部諸島の案内で忙しくさせていたため、学校にも通わせていなかった。今日は後でアモスのところに行く予定なので、その時にお願いしておこう。


 そのまま二人を連れ、東市場へ向けて歩き始めた。ノーラは終始きょろきょろとしていたが、俺も久しぶりなので同じように周囲を見渡しながらの移動だ。


「なんか、前よりも人が増えた気がするな」


 道すがら、以前よりも多くの人とすれ違うことに気が付いた。たしかに以前から大通りや市場などは賑わっていたが、いまは住宅街の通りだというのにすでに混雑している。


「ここ一年ほどで、ずいぶんと人口が増えたそうです。国外からも商人や職人が集まっているからだと、アモス先生が仰っていました」

「商人はわかるが、職人っていうのは?」

「主に大工と仕立屋だそうです。大工は人口が増えてきたため、仕立屋は綿織物の流行とともに毛皮や麻、さらには東方の絹までもがこの街に集まっているからかと」


 以前バフトットと会った際に言っていた、綿織物の流行を作るという話はうまくいっているようだ。以前100箱ほどの綿織物を売り渡したが、その後も定期的に卸している。こちらとしてはかなりの量を卸しているつもりだが、それでも需要に追いついていないようである。


 綿織物はこの街でしか供給されないために不足する。バフトットはこの不足を綿以外の商品を仕入れることで乗り切っているようだ。正規の商品に希少価値をつけて高値で売り、代替品は安値で大量に捌く。まったく正しく商売人である。


 東市場にやってくると、多くの商人と買い物客でにぎわっていた。以前よりもずっと活気がある。人も出店も倍になっているのではないかと感じるほどだ。


 しばらく商品を見て回り、実際にいくつか購入した後、一年ほど前に『扉の管理者』を使って西市場へとつながる扉を設置した石碑の前にやってきた。


「こうなっているのか」


 以前は市場の中心にぽつんと置いてあった石碑は、今や周囲を土色のレンガで囲まれ、武装した自治兵によって警備されていた。その前には人々が列をなしている。扉を使って西市場に移動するための列だろう、次々と扉の中に消えている。しかしなぜか、扉から出てくるものは一人もいなかった。


「なぜ向こうから人が出てこないんだ?」

「この時間は東から西へのみ移動が許される時間です。1時間ごとに移動が許される方向が入れ替えられます。皆が無秩序に移動しようとして怪我人が出てから、このような取り決めになったそうです」


 なるほど。確かにこの扉は小だから、大人一人が通れる程度の大きさしかない。そんな扉を自由に使わせては、渋滞が起きるのも当然か。それを解決するために片側一方通行にしていると。


「しっかり管理されているということか。どうせ通行料もとられるんだろう。いくらだ?」

「一人につき小銀貨1枚です。ただしある量以上の荷物を持っているとかなり割高な料金をとられます」


 昔乗った渡し船の運賃が銀貨1枚だったから、随分と安い。小銀貨1枚というとパンが一つ買える程度だ。その一方で荷物を持っていると値段が上がるということは、できるだけ人の移動にのみ使いたいという意向だろう。荷物や商品は馬車や渡し船などの方法で運ばせ、ここの扉は市場を活性化させるためにより多くの人を移動させる手段にしている。そんなところか。


「なるほど。それじゃあ、使ってみるか」

「はい」

「は、はい」


 ノーラが人込みに視線を向けて警戒しながら返事をした。どうも今日は、ブルーレンについてから様子がおかしい。


「どうした、ノーラ。何か気になるのか」

「あ、いえ……ここの人たちの声に驚いてしまって」

「あぁ。色が見えるのか?」

「はい。こんなにも多くの人々が赤い言葉を発するなんて、とても恐ろしい街です」


 ノーラは敵意を持つ声が赤く聞こえるという共感覚を持つが、彼女によるとそこら中に敵意が渦巻いているらしい。見渡してみても、別に危険そうな連中はいない。あちらこちらで値段交渉や目利きが行われているので、それが原因だろう。客と商人による仁義なき値切り合戦は、ノーラにとって敵意のぶつけ合いに聞こえるようだ。


「まあ、あまり気にするな。俺たちに向けられているものじゃあない。ほら」

「あ、ありがとうございます」


 ノーラの手を取り、扉の列に並ぶ。反対側の手はすぐにリースによって埋まってしまった。兵士から通行料を求められたので、小銀貨3枚を支払い、あとは列が動くのをじっと待つ。流れは結構速く、すぐに順番がやってきた。


「これが、噂の扉ですか……」

「そうだ。さっさと行け」


 扉を前にしてつぶやくと、兵士に急かされてしまった。少しくらい演技させてくれよと思ったが、言われた通りさっさと扉に足を踏み入れる。


 扉をくぐると、当然だが西市場にたどり着いた。見渡す限り出店と人であふれており、振り向くと東市場のそれと同じように、レンガによって囲まれている石碑があった。


 なんというか、自分で設置した扉を一般人として使うのは初めてだったが、こんな感じなのか。勉強になった。



 西市場は東市場と比べて、かなり雑多とした雰囲気だ。食料品や日用品が所狭しと並んでおり、競うように商人達が声をあげていた。ここでも一通り商品を見て回ったあと、目的地であるランカスター商会へと向かう。


 ランカスター商会には普段なら拠点の地下にある扉を使って移動するため、こうして正面から向かうのは久しぶりだ。道もほとんど覚えていなかったので、リースに案内を丸投げしている。


 その道中、道端に乞食のような連中が多く目についた。おそらく貧民層の人々だろう。東地区ではあまり見かけなかったし、昔この辺りを通った時にはここまで多くなかった気がする。


「あのような連中は、東地区では見かけなかったな」


 指差すことなく、歩きながら言葉にする。リースもまた、特に視線を動かすことなく答えた。


「西地区には貧民が多く集まっております。理由は以前、東地区で貧民を排除するために自治軍が投入されたことがあったからだそうです」

「それで大半が西地区に逃げて来たというわけか」

「はい。しかしこの辺りはまだましで、一度アモス先生に連れられ皆で西地区の南を見学したことがありますが、とても悲惨な状態の人々が住んでいました」


 いわゆる貧民街という奴だろう。西方諸国では、職も扶養者も持たない者を貧民という。野良犬同然に扱われる彼らは、奴隷よりも地位が低い。西地区の南にはそのような貧民が集まっているそうだ。


「アモスはなんて言っていた?」

「特に何も。このような人たちもいるのですよ、としか」


 あのアモスのことだ。なにか考えがあってリース達を連れて行ったはず。それなのに何も言わなかったということは、自分たちで考えろという意味だろう。とりあえず、リースの答えを聞いておくか。


「リース。お前はどう思った」

「私とロルもご主人様に買われなければ、彼らの一員になっていたのかなと思いました」


 奴隷は不要になれば奴隷権を放棄できる。実際買っても気に入らず、すぐに捨てる買い手も多いそうだ。そうなれば奴隷は貧民として生きるしかない。リースとロルも俺以外に買われていたら、やることだけやってさっさと捨てられていた可能性もあったわけだ。


「それなら、彼らに同情するか」

「いえ、特に。彼らは私達とはなんの関係ありませんので」


 結構ドライな答えが返ってきた。おそらくだが、この世界の多くの人はそのような考えなのだろう。貧民に同情しても、一銭も得られるわけではない。それどころか手持ちの荷物を奪われる可能性すらある。好き好んで施しを与えるのは、一部の人格者かお人好しだけだ。


「なるほど。しかし、やはり以前よりも増えているように見えるな。なぜだかわかるか?」


 貧民が目に見えて多くなっている理由を二人に聞いてみるも、どちらとも小さく首を横に振るだけだった。ノーラはともかく、リースにもわからないらしい。もちろん俺にもさっぱりわからない。仕方ないな。


 そんなことを話しながら歩いていると、ランカスター商会に到着した。店では多くの行商人と売買人が商談を繰り広げており、なかなか活気がある。


「なんか、結構変わっているな」

「私も外から見るのは久しぶりです。ずいぶんと改装されておりますね」


 以前見かけたときは通りの一角に面した中堅程度の商店だったが、現在は通り一本すべてに塀や入り口が設置してある。内部には倉庫などの建物が大量に見えるし、明らかに堅気でない用心棒風の連中も巡回をしていた。なんというか全体としては要塞のような印象だ。


「いかがなされますか」

「約束はしているんだ。普通に会いに行くさ」


 正門らしき場所で大鎧を着た戦士に、バフトットにリョウという商人が会いに来たと言づけを頼むと、しばらくして問題なく通してくれた。


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