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66. 今後

66. 今後


 テルテナ島を出発して二日ほどで、目的地であるカルサ島に到着した。サルドの旅団に護衛してもらった往路と比べ、今回の護衛はテナ一人だったが、特に問題はおきなかった。


 朽ちかけた桟橋のある入り江に船を着ける。水の魔法を使うテナに手伝ってもらったので、道中を含めて船を操縦する必要はほとんどなかった。せいぜい風がでていれば帆を広げる程度だ。


「ご苦労様、テナ」

「ふぅ。たどり着けて良かったわ」


 朽ちた桟橋の残骸に腰かけ、水を滴らせながら、テナが大きく伸びをしてみせた。


「あまり魔物に遭遇しなかったのは運が良かったな」

「えぇ。魔粉末とやらのおかげかしら」

「魔粉末を使って旅するのは初めてか?」

「そうね。それにこの近くには何度か来てるけど、一人で案内するのは初めてだったから。実はちょっと不安だったの」

「そうか」

「とにかく良かったわ。それより、これからどうするつもり?」

「とりあえず野営の準備だな。リース、荷揚げをしてあのあたりに火を起こしておいてくれ」

「かしこまりました」


 隣にいたリースに指示を出し、次いでアーシュを呼び寄せる。


「アーシュ。荷揚げが終わったらロルを連れて、村の跡地周辺を探索しておいてくれ。無理をしない程度に魔物の強さも調べてこい」

「わかりました。ロルちゃん」

「はーい」


 武器を手に上陸する二人の姿を見つめながら、テナが聞いてくる。


「私も手伝ったほうがいいかしら?」

「いや、お前はここまでずっと働いていただろ。休んでおけ。これから他の奴隷も呼び寄せるから、人手は足りている」

「そう。それならお言葉に甘えて」


 ちなみにまだテナにはリース達を紹介していない。奴隷だとは言っているが、テナが奴隷という言葉を知らなかったので、まあ家族みたいなものだと説明している。あとで全員そろったときに説明しておこう。



 一休みした後、テナを連れて近くの丘に登ってみた。見渡してみると、それほど大きな島ではなさそうだ。比較的高い丘が島の中心にあり、草や背の低い木々が全体を覆っている。見たところ、川や水場のようなものが存在しないことが気になった。


「島全体を見渡せるわけじゃあないみたいだな」

「テルテナ島よりはずっと小さそうだけど……本当にリヴァイアサンの怒りで滅ぼされたのね。木々の背があんなに低い」


 カルサ島は一度リヴァイアサンによって破壊されている。一度根こそぎ洗い流されたのだろう。まともな建物はおろか、背の高い木すら存在していない。


「テナはリヴァイアサンに滅ぼされる前のカルサ島には来たことはないのか?」

「ないわね。私がまだ小さいころに滅ぼされたから」

「そうなると、この島の集落を実際に見たことはないか」

「えぇ。それほど大きな部族ではなかったとは聞いているけど」


 それは何となく集落跡地の大きさからわかる。テルテナ島にあった住居でいうと十数戸程度だろう。


「見たところ水場が無いな」

「水場? 川のこと?」

「川か湧き水か、こんな小さな島なら雨水の溜まり場でもいいが。集落の近くにあるはずだ」

「へぇ」


 人は淡水が無いと生きられない。だから集落のある島には必ず水場があるものだ。そのことが分かっていなさそうなテナの様子に呆れていたが、ふと気がついた。人魚族って淡水は必要なのか?


「ちょっと待て、もしかして人魚族って海水を飲めたりする?」

「好んで飲むことなんて滅多にないけど、海にいれば乾くことはないわね」

「料理に海水を使ったりは」

「もちろん。海水以外に何を使うの?」

「……テルテナ島には確か川があったよな」

「あっ、洗濯には川の水がいいわね。あと子供の遊び場にも」


 どうやら水場は期待できないようだ。まあ別の場所から運び込めばいいから、絶対必要というわけではない。当面リース達の仕事が増えそうだが。


「さっき言った水場があるって話は訂正する。人間と人魚族の違いを知らなかった」

「というと、人間は海水を飲めないのかしら。不便ね」

「まあ些細な違いだ。海中で行動できることに比べればな。とりあえず契約通り、明日からは魔物退治を手伝ってもらうぞ」

「えぇ。任せておいて」


 リヴァイアサンを倒したテナだ。海の近くならば心配ないだろう。問題は陸地でどれだけ戦えるかだ。


「ちなみに魔法無しではどれくらい戦える?」

「島に出る魔物退治くらいなら小さい時から手伝っていたわ。心配なら、今ここで手合わせでもしてみる?」


 テナが懐から短剣を取り出してみせたので、慌てて首を横に振った。


「確認しただけだ」

「実は剣の才もあるとか」

「残念ながら、腕には全く自信が無い」

「そう」


 すこしがっかりした様子で、テナは短剣を収めた。


「お供に俺の奴隷を貸し出してやるから、無理させない程度に使ってくれ」

「貸してくれるのは、さっき探索に出したエルフさんと犬獣族のお嬢ちゃん?」

「あぁ。それともう一人、ドワーフだな。奴らにも仕事があるから、3人とも忙しい時は適当に過ごしていてくれていい」

「ドワーフ……ねぇ。エルフと犬獣族もそうだけど、本当に珍しい種族ばかりね。それに、みんなとっても美人さん」


 感心しているような、呆れるような、どちらともとれる表情で言われた。俺からしてみると人魚族が一番奇妙な種族である。


「まあ、食事の際には全員揃うはずだ。紹介してやるよ」

「楽しみにしておくわ」





「イスタ・ラウの娘、イスト・テナです。リョウに雇われて、しばらくこの島に滞在することになりました。よろしくお願いします」


 夕食の後、呼び寄せた奴隷たちの前でテナが自己紹介をした。その横で俺が補足する。


「一応注意しておくが、テナは雇っているだけで奴隷じゃあない。分をわきまえて、あまり話しすぎないように……な」


 ここでいう話というのは、西方諸国や砂国での生活や商売のことだ。明言しなくても、奴隷仲間以外には秘密をばらさないように言い聞かせているので分かってはいるだろう。念のためだ。


「私はみんなと仲良くなりたいのだけど」

「好きにすればいいさ。あまり探るようなことをすると煙たがれるだけだ」

「ふふ、安心して。気を付けるわ」


 安心できないので、どんな話をしているのかはリースあたりに確認するようにしよう。


「それじゃあお前ら、自己紹介していけ。リースからだ」

「かしこまりました」





 その後、順に自己紹介をし終えると、テナが歓迎してくれた礼に魔法を見せるといって、浜辺で魔法ショーを始めてしまった。ロルやアーシュ、それに魔法に興味のあるアンなどは食い入るようにテナの姿を見つめていた。


「テナ様を雇われると聞いたときは、少し驚きました」


 その様子を眺めていると、隣に座っていたリースがそんなことを言ってきた。


「これまでも護衛を雇ったことはあっただろう」

「そうですが、明日からはロル達を貸し与えるとも聞きました。ここまでご主人様が気を許しておられる相手は初めてです」


 これまで奴隷以外には、互いに利益の出る商人相手にしか能力を明らかにしてこなかった。今回リヴァイアサンを倒すためとはいえ、初めて一般人に扉の管理者の秘密を明らかにし、さらに護衛として雇っている。そのことがリースには意外なようだ。


「別に気を許しているわけじゃあない。ただ今のところ敵意を持っているわけでもないし、なによりあの魔法の才がある。なかなか興味深い女だろう?」

「おっしゃる通りです。しかし互いに秘密を共有する商人方とは違って、あの方にはご主人様の御力の秘密を守る必要性がありません。いつご主人様の下を去って、秘密を広めてしまうか」


 俺がこの世界に突然放り出されて一年ほど経っている。その間ずいぶんと旅をしてきたが、『扉の管理者』の秘密を知っている人間はそれほど多くない。リース達を除けば西方諸国の商人バフトット、砂国の商人ネフェル、南部諸島の商人ガギルダ、そして人魚族の魔法使いテナの4人だけだ。


 『扉の管理者』について他人にばらせば不利益になる立場の連中ばかりだが、テナだけは毛色が違う。確かにリースの言う通り、秘密が漏れるとすればテナからだろう。というか、もうすでにテルテナ島の連中にはしゃべっている可能性すらある。


「テナについては、なにかおかしな行動があれば報告してくれ」

「かしこまりました」


 しかしまあ、そこまで神経質になる必要はそのうちなくなるだろう。


「ただ、今後は秘密を明かす相手がずっと増えるはずだ」

「え……?」

「この旅の目的は香辛料だったが、それは達したからな。次に何をするか。旅に出るころは何も考えてなかったが、今はいくつかやりたいことを思いついている」


 すでに砂国の砂糖と綿織物を西方諸国に輸出するだけでもかなり儲かっている。このうえ南部諸島から香辛料を輸出し、代わりに西方諸国の製品を南部諸島に卸していけば、もはや稼ぐ必要がないほどの財を得られるだろう。


 ならば、これからなにをするか。旅の途中では色々な体験したが、特に興味深い出会いがいくつかあった。彼らとの出会いを生かせば、面白いことができるはずだ。


「それらを実行するために今後は秘密を明かす機会も増えるだろう。まあそれなりに、だがな」

「承知いたしました」

「どちらにせよ、お前たちにはもっと働いてもらうことになる」

「はい。なんなりと」


 真剣な様子でうなずくリースの肩を抱き寄せ、浜辺へと視線を向けた。テナによる魔法で盛り上がった海面に夕焼けが反射して、幻想的な風景が作りだされていた。




 

 

 

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