65. 宴
65 宴
テルテナ島ではリヴァイアサンを打ち倒したことを喜ぶ宴が日が落ちても続いていた。人々は島の集落の中心部に集まり、飲めや歌えの大騒ぎである。
「いつまで騒ぐのやら、という感じだな」
「はい。皆さんうれしそうです」
一緒にいた兎獣族のノーラが笑顔で答える。騒がしい雰囲気に当たって、少し興奮しているようだ。いつもよりも声が明るい。
「リヴァイアサンの噂は村でも聞いたことがありましたが、倒されるとはだれも想像しませんでした」
その言葉に、酒を飲んで白い肌を赤くさせたアーシュがうなずいた。
「私もご主人様に買われてから長く旅をさせていただきましたが、神獣が倒される瞬間を目撃できるとは想像していませんでした。とても感動しました」
「そういえば、リヴァイアサンを倒す瞬間を見逃したんだが、結局とどめはだれがさしたんだ?」
「それはおそらく、サルド様だと思われますよ。ねぇロルちゃん」
「ふごっ? ふごごふぶふご――」
口いっぱいに食事を頬張っていたらロルが答えようとしたが、残念ながら何を言っているのかわからなかった。
「ロル。ちゃんと飲み込んでから喋れ」
「んぅ。ごくぅ……あー、ごめんなさいご主人様。えっと、最後はテナ様の魔法で触手をはじいた瞬間、サルド様が投げたスピアーが眉間に当たって倒されたの。すごかった」
となると、とどめを刺したのはサルドか。ガギルダに頼んだ噂もあながち嘘じゃなくなったな。
「しかし素晴らしいのはご主人様です。そもそもリヴァイアサンをあそこまで追い詰めたのはご主人様の――」
「アーシュ」
慌ててアーシュの口を塞ぐ。今のところ、俺の助力は無かったことになっている。儀式の際に入り江内に開いていた無数の大穴は、テナが魔法で作りだしたことになっているのだ。下手に話を聞かれたら面倒なことになる。
「言っただろう。その話はするなと」
「申し訳ございません、つい……」
「ぷぷ。アーシュ姉様、怒られている!」
「あはは……」
ロルとノーラがけらけらと笑うので、アーシュは少しバツの悪そうに顔を背けた。
その後も祝宴の雰囲気を楽しみながら過ごしていると、テナがやってきた。彼女は儀式の際に着ていた民族衣装から、普段着にしている麻のチュニックに戻っていた。
「リョウ様。こんな端で過ごされていましたか。こちらに来ればよろしいのに」
「遠慮しておく。それよりもテナ、主役が抜けるとまずいだろう」
「兄様も含めて、皆ずいぶんと盛り上がっているので構わないでしょう。それよりももう一度お礼がしたくて。リョウ様の"修行"のおかげでリヴァイアサンを倒すことができました。本当に感謝いたします」
ここ数日の間、"修行"をつけるといってテナを島中に連れ回していた。扉を設置する準備のためだ。テナにはすでに俺の扉のことは広めないようにお願いしているが、わざわざ"修行"について礼を言ってきたということは、秘密は守ると念を押してきたのか。
「テナの魔法の才があってこそだろう。なによりサルドさん達の助太刀に助けられた。俺の“修行”など大した意味はなかったさ」
「謙遜なさらないでください。少なくとも私には分かっております」
「それなら例の件をしっかり頼んでおいてくれ。もう話したのか?」
例の件というのは、カルサ島に拠点を作りたいという話だ。
「あ、その件は先ほど父様に確認しました。勝手にすればいいとのことです」
「それはまた、ずいぶんと適当だな」
「昔はいざ知らず、現在カルサ島はどの部族の縄張りでもありませんので。誰が住み着こうが問題ないのでしょう」
「なら明日にでも旅団を護衛に雇って、出発するか」
「明日ですか。わかりました」
「まあ仕事を受けてくれれば、の話だが」
そう言って宴に視線を向ける。島中のアルコールをすべて飲み干す勢いでバカ騒ぎが続けているところを見るに、明日の朝は死屍累々だろう。仕事の話ができればいいが。
「それならご安心ください。私が護衛をいたします」
「テナが?」
「えぇ。それとよろしければ、そのまま私にもカルサ島の拠点づくりとやらをお手伝いさせてください」
「なんだって?」
その提案は少し予想外だ。確かに最初は一緒に来るように誘ったが、あのときはテナが島を捨てることが前提だった。いまは状況が全然違う。
「……何が目的だ?」
少し声を低くして聞き返したが、テナは恐れることなく、逆に顔を近づけてきた。
「カルサ島では、例の魔法を使って何かなさるつもりでしょう?」
誘うように言い放たれた言葉に、一瞬どきりとしてしまう。こいつ、何を考えていやがる。
「そうだと言ったら?」
「邪魔するつもりはありません。ただ、興味があるのです。あのような強大な力を持ち、西の彼方からやってきた商人が、この海で何をするつもりなのか」
「お前たちの不利益になるようなことをするつもりはない」
「疑ってなどいません。ただ、あなたがやろうとしていることを知りたいだけです」
テナは俺の『扉の管理者』のことを知っている。知った上で、何をするつもりか監視するつもりか。すぐに敵対するつもりはないだろうが、地味に面倒だな。
「島はいいのか。サルドのやつも心配するだろう」
「兄様は関係ありません。私も先日20歳となりました。何をしようが私の自由です」
同い年であることが判明したが、今は関係ない。それより雇うかどうかだ。
「……あっ」
狐獣族のノーラに視線を向けると、すぐに俺の意図に気づいたようではっとし、小さく首を横に振っていた。どうやらテナの声は赤く聞こえない、すなわち敵意があるわけではないらしい。
それならまあ構わないか。邪魔になれば排除するだけだし、それまでは魔法の力も含めて利用させてもらおう。
「いいだろう。しばらくの間、お前を雇おう」
「ありがとうございます」
「給金は宝貝で支払う。必要なものがあれば給金から天引きして用意しよう。主な仕事は護衛、島についてからは魔物退治だろうな」
「承知しました」
「それと魔法について調べたいことがある。色々と実験に付き合ってもらうぞ」
「裸になって踊ってみせろ、とかでなければいくらでも」
そう言ってウインクしてきた。こんな冗談を言うやつだったっけ? 生贄の恐怖から解放されて、素に戻っただけなのかもしれないが。
「……拒否権は保証する」
「ふふっ。わかりました。それだけですか?」
「あとはそうだな。これは仕事じゃなくて、お願いなんだが」
「はい?」
「その堅苦しいしゃべり方、いいかげんやめないか? 前に船の上で一瞬素に戻っただろ。あのほうが気が楽だ。名前も呼び捨てで構わない」
テナはぽかんと口を開き、黙ってしまった。
「……くく、あはははは!」
そしてケラケラと声をあげて笑ったのち、その長い髪をかき上げて顔を向けてくる。
「わかったわ。よろしくね、リョウ」
屈託の無い笑顔で差し出された手に、こちらも手を伸ばして応じておいた。