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63. 発動

63 発動


 生贄祭当日。島民が遠巻きに見つめる中、入り江の中央に設置された祭壇の上にテナの姿があった。民族衣装だろうか、不思議な雰囲気の衣装を身にまとい、多くの宝貝や宝石で着飾っている。テナは瞑想しながら、リヴァイアサンが姿を現すその時を待っていた。


 俺は儀式を見下ろせる丘の上に陣取っていた。入り江からはかなり離れており、周囲に島民の姿は見えないが、普段砂国にいるナスタたちも呼び寄せており、皆でその時を待っていた。


「ご主人様。あれ!」


 ロルが大きな声を上げる。島の外に、とてつもなく大きな黒い影が現れたのだ。それは以前アスタの街で見たそれだった。巨大な影はゆっくりと入り江内に入ってくると、テナのいる祭壇の前で姿を現した。


 神獣リヴァイアサン――巨大な顎からは鋭利な歯が見え、身体のいたるところから生やした無数の触手はそれぞれが意思を持つかのようにうごめいている。水中に隠れた部分も含めれば100m以上の全長だろう。神々しささえ感じる異形の魔物に、島民たちから畏敬するような声が漏れ聞こえた。


『ぬしが今回の贄か』


 突然、腹の底に響くような声が聞こえた。口からというよりは、脳に直接響くような不思議な声だった。その声にもひるまず、テナはリヴァイアサンに語りかける。


「リヴァイアサン。一つだけお願いがございます。私を最後に、テルテナ島で生贄を求めることを終わりにしていただけませんか」

『ほう』


 リヴァイアサンは興味深げに唸った。静かだった海面が小さく波立つ。


『ぬしは確かに稀有な魔の持ち主だ。だがその事実が余と魚人間どもとの契約に影響などしない』

「そうですか……」


 テナが小さく息を吐き、次の瞬間、キッとリヴァイアサンをにらみつけた。


「ならば仕方ありません」


 テナが魔法杖を差し出すと、周囲の海面が激しくうごめいた。そしてリヴァイアサンの巨体に匹敵するような水柱を作りだす。


『力を見せよ』


 リヴァイアサンの周囲もまた、海面がうごめいた。両者の魔法が発動直前となる中、口火を切ったのはテナだった。


「海よ!」


 テナが魔法杖を右手で高く掲げ、水柱から無数の礫を打ち出した。リヴァイアサンがそれに対し、海面を隆起させて壁を作る。


 礫はすべて防がれたが、次にテナは大きく身を振りかぶった。


「開け。海神の扉!」


 その瞬間、俺は『扉の管理者』の力を発動し、海底の扉を開いた。


 同時に放たれたテナの大規模攻撃により、海面が大きく波打っている。その音に隠れ、ひっそりと開かれた海底の扉から、海水が入江外に設置した排出口に向けて流れ出ていく。リヴァイアサンから見えない位置だが丘からは見える場所だ。今のところ、順調に水を排出しているようだ。


「アーシュ。海面は低くなっているか?」

「はい、ご主人様。かなりの速さで低くなっています。それほど時間もかからず、入江内は干上がりそうです」

「順調に行けば、だな」


 問題はリヴァイアサンがいつ気づくかだろう。状況に気付いた時、もしも俺の存在の助力に感づいたならば、即怒りを発動させるかもしれない。そうなればテナはおろかテルテナ島も破滅だが、その時は仕方ないな。


 儀式の決着がつく前に、さっさと始めよう。


「リース」

「準備はできております、ご主人様」

「よし。それじゃあアーシュ、ここは任せた。しっかり見物しておいてくれ。危険だと判断したら早めに逃げることを徹底しろ」

「かしこまりました。いってらっしゃいませ」


 奴隷達が一斉に頭を下げてくる。リース以外の7人に見送られながら、扉をくぐりある場所へと向かった。





「リョウ殿。道中、無事で何よりだ」

「ご無沙汰しております。ガギルダさん」


 リースを連れ、アスタの商人であるガギルダのもとを訪れた。先日、テルテナ島から戻ったので話がしたいと、あらかじめ会う約束を取っていたのだ。


「まあ座ってくれ。テルテナ島での取引がどうだったか、ゆっくり話を聞きたい」

「それなのですが、実はガギルダさんに重要な話があります」

「ほう」


 ガギルダの大きな目が怪しく光る。警戒と好奇心が半々といった様子だ。


「突飛なこともあるので、まずは話を聞いてください。まずテルテナ島ですが、今日いままさにリヴァイアサンの生贄祭が行われています。ガギルダさん、あなたにはこれから私とともに、その様子を見物してもらいたい」


 ガギルダは一瞬意味を掴みかねてた様子だったが、すぐに大きな声で笑い出した。


「がははは! 何を言い出すかと思えば。今日行われる生贄祭を見物するためにテルテナ島に向かうだと? あそこまでどれだけ日数がかかるか、往復したなら知っているだろう。どんな優秀な旅団を雇っても片道5日はかかる距離だ」

「船ではありません。私の魔法を使います」

「魔法……だと?」


 魔法という言葉にガギルダの表情が変わった。


「お前さん……魔法使いなのか?」

「はい。こちらをご覧ください」


 扉の管理者の能力を使い、部屋に入る際に壁に設置した二つの印をつなげる。開いた扉にリースを通らせると、ガギルダは大きく息をのんだ。


「まさか……これは?」

「この通り、私は二つの場所を瞬時に移動できる扉を作ることができます。この魔法が使えるからこそ、私は西の大砂漠を抜けてここまでやって来られたのです」


 少し警戒しながら、ガギルダがその大きな体を扉に突っ込んだ。そして部屋の別の場所から出てくると、感心した様子でうなずく。


「ただものではないとは思っていたが……」

「先日借りた倉庫にテルテナ島へ一瞬でたどり着ける扉を用意しております。今からお越し下さればすぐにテルテナ島に辿り着けるでしょう」

「ほう。しかし、なぜわざわざ魔法を披露してまで、俺をテルテナ島に誘う?」

「それは、今回の生贄がリヴァイアサンを倒すからです」

「なんだと?」


 ガギルダは一瞬目を見開いたのち、大きく口を開けて笑い出した。


「がははは! まさか、リヴァイアサンを打ち倒す生贄が現れたというのか」

「えぇ。今回の生贄に選ばれた少女は――」

「まあ待て。続きはテルテナ島に着いてから聞こうじゃないか。案内してくれ」


 ガギルダは説得される前に、とっとと出発しようと促してきた。あれやこれやと口説く方法を用意していたのだが。


「私が言うのもなんですが、もう少し警戒されないのでしょうか?」

「魔法使いが自身の魔法を晒してみせたのだ。なにか考えがあるのだろう。俺を騙して連れ出そうというのであれば、もっと良い言い訳などいくらでもある」

「なるほど」

「なにより、お前さんの魔法からは儲かる匂いがするからな」


 先ほど説明したばかりの扉の管理者に対してこの発言である。なかなかよく分かっている。


「わかりました。それでは案内いたしましょう」

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